研究室日誌 

                 2003年6月〜8月

20年の歳月(8月30日)
 私の初著書(共著)である『国際理解としての地理学』が、いよいよ絶版になるという知らせがあり、手持ち分が行方不明になってかれこれ10年にもなることから、記念に3冊注文したところ、「昭和58年3月24日初版発行」という奥付のついた懐かしい本が送られてきました。記念すべきわが論文「国際理解と地域認識」は、今読み返してもおもしろくてガッカリ。つまりは、20年間ほとんど進歩していないわけですね。
愛知県大口町へ(8月29日)
 フォッカー50で名古屋空港まで飛びました。大口町の会場には、来秋に県社研大会を控えた丹葉地区の小・中の先生方約80名。場面設定型の5本の実践報告と質疑応答のあと、ビデオをまじえた90分ほどの助言兼講演を行いました。腑に落ちたという感想を多くいただきました。犬山温泉で行われた懇親会(27名参加)では、上田薫。大村はまと並ぶおもしろい講演だったと言われ面くらいました。あの2人と一緒にされるとは、光栄と言うか、何と言うか…。
太田先生来訪(8月26日)
 昨日、10月着任の太田先生が奥様と一緒に大学に来られました。研究室などをゆっくりご覧いただきました。今日は里浦の宿舎へ。”新居”は2階のなかなか見晴らしのいいところに決まりました。人ごとながら、新しい生活のスタートを見るのはうれしいものです。
お引っ越し(8月23日)
 講義メモ、授業用プリント原稿、論文原稿、講演資料、教科書原稿などがいっぱい詰まっている愛用のマルチプロセッサが古くなったので、同じ機種の新しいハードディスクにデータを移し替える作業をしました。2日がかりで本日完了。分類再整理も同時に行いましたので、これからは資料の検索がスピードアップされます。
特等席(8月22日)
 野暮用で11月にパリへ出かけることになりました。今日KLMに電話してB747−400の11番席を確保しました。この席は知る人ぞ知る「エコノミーの特等席」。ラッキーでした。これで楽にヨーロッパまで飛ぶことができます。ユーロウインド35という正規運賃で82,000円です。
大学院入試(8月20日)
 全般的に新構想大学への現職派遣が減少するなかで、わが総合学習開発コースへの受験生もこれまでになく落ち込みました。総合への「逆風」も影響しているかもしれません。わが講座は、そんな目先の流行や行政に振り回されない「根性ある」教師を育てることをめざしているのですが、そういう意図がなかなか伝わりにくいようです。
ウイルス(8月20日)
 本学のサーバーが感染してしまいました。幸いかなり早めに復旧しましたが、学内各所に張り紙が出され緊急館内放送が流れるなど、かなり物々しい状況でした。
台風被害(8月12日)
 本学の名物の一つであったアメリカデイゴの大木のうち2本が折れてしまいました。毎年6月になるとトロピカルな味わいの赤い花をつけてくれていたのですが。台風10号が真上を通ったものですから、さすが20年の風雪に耐えた大木も自らを支えきれなかったようです。
台風を追いかけて東京へ(8月9日)
 暴風雨の中で開かれた研究会では神戸大学の吉永潤さんや、元駐タイ大使の岡崎久彦氏と親しくお話する機会がありました。夕刻、小やみになった雨の中を恵比寿まででかけ、10月1日づけで総合学習開発講座国際領域を担当してくださることになった太田直也先生、ならびにその先輩格である立正大学の齊藤昇教授と楽しい夕食の時間を持ちました。太田先生の奥様は小松島高校のご出身だそうです。2学期からの授業が楽しみです。
いよいよ全国放送へ(8月8日)
 以前、NHKから授業取材の依頼がありましたが(日誌5/13参照)、今日、「花いっぱい道路」の益田正晴先生からお便りが届き、先生の授業の取材がいよいよ9月から始まることになりました。内容は5年生情報単元で、「テレビ番組の企画」という授業です。これを全国放送するなんて遊び心満点ですねえ。
愛知だより(8月6日)
 29日に愛知県大口町で開かれる研究会の資料がメールで届きました。来年の県大会へ向けての準備ですが、佐賀や徳島の研究と比べても見劣りしない骨太な内容で、当日報告される6年生の授業実践もずいぶんおもしろそうです。月末の訪問が楽しみです。
社会科を語る会例会(8月3日)
 今月は例外的に日曜日の開催となりました。いま大学院に来ている多喜川さん、新卒2年目の前田先生、附属小学校の坂田先生の発表がありました。小西ゼミ修了生の秋山さんも駆けつけてくれました。終了後は徳島駅ビル屋上のビアガーデンで労をねぎらいました。
大塚国際美術館(8月2日)
 美術講座の企画に便乗させていただくかたちで、小西ゼミM1の近藤さん、小坂さん、山崎先生たちと一緒にはじめて訪れました。開館5周年記念講演「ポンペイの魅力」を聞いたあと、館内を早足で見てまわりました。予想以上の迫力でした。
公開講座(7月29日)
 午前中に文化間教育論の最後の授業をすませて、午後からは多目的教室で行われた公開講座に山崎先生と参加しました。札幌市、春野町、檮原町の小学校の先生、高知県教育センターの先生のあわせて4人と我々で、総合的な学習の時間の進め方の問題点などを話しあいました。センターの先生が高知大学時代の教え子(社会科)だったのには驚きました。
佐賀県教育センターでの講座(7月28日)
 福岡のホテルを出て空港経由で10時には佐賀に着きました。修了生の小宮さんの案内で彼が教頭をしている循誘小学校を訪問。校長先生にご挨拶したあと、車でセンターへ。定員の倍以上の受講生で部屋は一杯でしたが旧知の先生も多く、手を振ってくれたりする女性がいたりして和やかムードの講座でした。16時10分にセンターを出て、高速バスに乗り、空港到着が17時28分。同50分発のYSで徳島にもどりました。
日田巡り(7月27日)
 昨日に続いて夏らしい好天にめぐまれました。湯美香さんお勧めの無料駐車場に車をとめて豆田の町並み見物。今日も山鉾が出ました。木の車を摩擦熱から守るために、沿道の各家が道路に次々と水をまく風景は、人々の和(輪)を感じさせました。飯塚の高田さんが前週の水害の影響で急遽不参加になったのは残念でしたが、じつに実り多い1泊2日でした。
小西ゼミ同窓会in日田(7月26日)
 ホテル山陽館に懐かしい顔ぶれが集まりました。まずは露天風呂で一汗流して19時から屋形船で鵜飼いを楽しみながらの宴会。そのあとはロビーで開かれたカナダ人ピアニストによる弾き語りコンサートにうっとり。おつぎは祇園山鉾巡行につられて夜の町へ。ワニ料理を楽しんだ人も23時には部屋にもどり、あとは思い出話に暴露話、暴言・失言・爆弾宣言その他。
公開ゼミ(7月24日)
 小西ゼミ唯一のM2・野本さんの修論中間発表会を今日の4時間目に公開で行いました。他ゼミのM2、M1の人も来てくれて予想外の盛況。実際に論文を書き始めてその恐怖を実感しているM2とやる気マンマンのM1との間には、やはり微妙なズレみたいなものがありましたが、しかしそのズレを確認することも双方にとって大切な一里塚です。さて、終了後はご苦労さん会。今日は、梅雨明け間近のビール日和。これから料亭「かかし」に乗り込みます。
プレゼン完成(7月21日)
 佐賀県教育センターの講座で使用するプレゼンを作りました。指導案や地図をスキャナで読み取って作ったものも含めて全25枚のスライドです。これまでこの種の講座ではOHP専門でした。少々荷物が重くなりますが、このご時世、やっぱりパソコンでなくっちゃ。
峯さんの発表(7月20日)
 92年度修了の峯明秀さんが、学校教育実践センターで開かれた鳴門社会科教育学会で研究発表をされました。さすがに場慣れしていて言葉に無駄のない発表、応答でした。この日は「徳島県の社会科を語る会」の主要メンバーの一人である多喜川先生の発表もありました。
和歌山の嶋田先生から(7月19日)
 小包の差出人を見ても思い出せませんでしたが、お手紙を読んでびっくり。5年前に紀伊田辺にある紀南教育事務所で講座を受け持ったとき、終了後、田辺から和歌山港まで車で送って下さった先生でした。今度、中学校社会科の授業記録集を東京の大学の先生たちと出版されたとのことで、地理、歴史、公民の3冊を送ってくださいました。
昭和46年以来の…(7月18日)
 30年以上にわたって世界各地(ちょっと大げさか?)で撮影してきた多数のスライド写真のなかから精選した約1000枚が、今日、松永さんたちの支援のもと、NEC最新型パソコンにjpeg形式で格納されました。ソ連侵攻前のアフガンや湾岸戦争前のイラク・クウェート国境、自爆テロ現場などの貴重な映像ばかりです。これだけ入れてもHDはびくともしません。さすが160ギガ。
九州の田村さんから(7月15日)
 日本国際文化学会で留学生教育関係の発表があったので、レジュメを転送したところ、お返し?に田村さん自身のカリキュラム学会での発表レジュメが添付ファイルで届きました。拙稿も引用していただいています。私の専攻外の難解な内容ではありますが、異世界に触れてみるというのも心地よいものです。
いのち・心・いきがい(7月14日)
 こういうカッコイイ?副題のついた「教育課題探究T」の授業は、その副題に忠実であろうとすればするほど教える側としては苦労の多い授業です。小西担当分最後の今日は「自然への畏敬とか宗教の必要性」について。聖地巡礼の話を具体例にとりあげましたが、内容が内容だけに、同時通訳の近森先生は大汗。しかしおかげで大助かり。ありがとうございました。
スライド制作(7月11日)
 世界各地の風物を写した小西スライドコレクションのかなりの枚数をCDに焼きましたが、これをパワーポイントに組み込む作業が十分にできないでいました。来週の授業に備えて、今日、M1の松永さんに手伝ってもらって要領を覚えました。これで重いプロジェクタを運ばなくてすみます。松永さんありがとう。
ゲームと哲学(7月8日)
 チエちゃんこと谷村千絵先生が、今日もGTとして総合学習総論の授業に現れました。目下フリーの超若手研究者なのですが、デートゲームや伝言ゲームを取り入れながら、「出会い」や「他者性」という奥深い概念を哲学の広範な知識をちりばめながら説明していくという魅力に満ちた展開で、同席した近森先生と「勉強になるなあ」と感心することしきり。オモロイ人からどんどん学んじゃうという総合学習開発講座のハチャメチャ精神に乾杯!
日本国際文化学会−2(7月6日)
 クーラーの効き過ぎとスケジュールの乱れには若干閉口しましたが、久方ぶりに本物の学会の雰囲気を味わうことができました。繰り返される「学会ごっこ」にいささか辟易としていた私には、知的刺激に満ちた充実した2日間でした。文化人類学ありメディア論あり文学論あり…の多彩な出会いの場となっており、シンポのパネリスト全員が非学会員というのも、好企画だったように思います。来年の学会は、わが母校の神戸大学(国際文化学部)で開催とのことです。
日本国際文化学会−1(7月5日)
 乗り継ぎがじつにスムーズだったので、徳島離陸後2時間15分で早稲田大学国際会議場に到着しました。わがゼミ修了生金野さんの発表は午後前半の最後。大方が大学教官もしくはドクターコースの院生という中で、たった一人の小学校教諭として堂々の発表でした。栃木からかけつけてくれた同窓の川村さんとともに、夜は居酒屋で3カ月ぶりの再会を喜びあいました。
第2ラウンドへ(7月3日)
 今日の4時間目で、小西ゼミ第1期「頭の柔軟体操」が終了しました。来週と再来週の2回に分けて第3期生の「おおまかな所信表明」の会を行います。先月来五月雨式に行ってきた個人面談もほぼ終わりました。修士論文作成にむけての長い旅が実質的にスタートです。
18年ぶり(6月30日)
 教育課題探究T−いのち・心・いきがい−の時間に、「ぼくはくまのままでいたかったのに」という感動的な絵本を使った授業を18年ぶりに行いました。アイデンティティの喪失をテーマとした作品です。大学院生にも十分にその意味は伝わったようです。なお、前回この授業を行った直後に阪神タイガースが優勝しました。
社会科と総合(6月28日)
 EDICから頼まれていた「社会科と総合」に関する原稿を、今日午後、一気に書き上げました。今さらという感の否めない課題ですが、今なお誤解しっぱなしの人もいるようです。きちんと説明しようと力んだので、少々嫌みな内容の原稿になりました。いつものことですが。
深草さんから(6月27日)
 皇學館大学の深草教授から研究年報が送られてきました。相対主義をめぐる二人の立場の対立はいっこうに埋まらないのですが、しかしいつも仲よしなのです。「あべこべの世界」と題する彼の小論は、彼らしいいつもながらの自由な発想に満ちていました。
西宮市の山本先生から(6月27日)
 昨年11月にヨンデンプラザで行った「環境エネルギー教育」の講演記録を山本先生がテープ起こししてくださり、今日、例の小西MLを通じて添付で配信されてきました。じつに正確に文字にしてくださっていて感激しました。小見出しまでついています。読みたい人はご連絡を。
研究授業(6月27日)
 99年度の修了生から研究授業をやり終えての感想がMLで届きました。算数だったそうですが、もう一人の算数専門の人とTTだったそうです。「あらためて研究授業をしてみると、それぞれの教科の専門性の深さを感じないでいられない」…。謙虚な性格が滲み出た含蓄に富む感想でした。
懐かしい声(6月24日)
 30日の教育課題探究Tの授業で使用する録音テープの準備をしました。4月に1期生の徳増純子さんがナレーションを吹き込んでくれたものです。国語が得意だっただけあって、見事な朗読で、目をつぶって聞いていると、ゼミの様子が懐かしく思い起こされました。
お子さん誕生(6月19日)
 先日、99年度修了の佐藤さんから長女鈴華ちゃん誕生というおめでたいニュースがMLを通じて送られてきました。毎日風呂に入れてやるのが生き甲斐だと、本当に幸せそうなお便りでした。今日も92年度修了の峯さんから「第2子が生まれて大変!」というお手紙が届きました。
卒業アルバム(6月18日)
 2期生の卒業アルバム用記念写真の撮影を行いました。あいにくの雨で、満開になったアメリカデイゴを尻目に、ゲート下でのワンパターンな構図での撮影となりました。小西ゼミはM2が1人なので、M1も友情出演して、7人でゼミ写真を撮りました。
石井先生をお迎えして(6月17日)
 総合学習開発講座が単独主管する学部授業「生活」の実地指導講師として、今日はお茶の水女子大学附属小学校の石井恭子先生をお迎えしました。パワポを使いながら、お茶の水の子供たちの自然体験、自然認識のありさまを詳しく説明していただきました。子供のころの原体験の有無がその後の教科学力の獲得にも大きな影響を及ぼすという指摘が印象的でした。
社会科を語る会(6月14日)
 6月例会が市立青少年センターで行われました。先日の附属小学校での授業ならびに授業検討会の報告と前田先生(鳴門市堀江北小)の研究授業報告。「社会的判断」と「社会認識を使った判断」の違いなどについて突っ込んだ議論が展開されました。
伊東亮三先生から(6月12日)
 わが恩師の伊東亮三先生(もと広島大学教授)から久しぶりにお手紙と講演記録(日本仏教教育学会)が送られてきました。勤勉を旨とする日本文化に「ゆとり」や自由教育はなじむわけがない…など、いつものことですが薄っぺらな「世論」をメッタ切り。わが師匠健在です。
メーリングリスト(6月10日)
 修了生の大西正泰さんのご尽力で、現下の教育をめぐる言説風景や提案する社会科論のその後などを自由に論じあうメーリングリストが開設されました。小西ゼミ修了生のなかでもウルサ型の論客が名を連ねていますので、かなりオタクっぽい議論が展開されそうです。
学会あれこれ(6月8日)
 この学会ははじめて参加しましたので、戸惑うこともありました。冗長な発表、質問、回答が多く、それを遮断、整理すべき司会者がその役割を十分に認識していない場面が少なくありませんでした。おかげで議論は深まらず「時間割」はめちゃくちゃ。何のお知らせもなく発表者が変更になっていてびっくりということも2回。ベルの代わりに民族楽器とおぼしき太鼓をポンと叩いてみたり、衣装や楽器の展示会やイベントを開くなどの”工夫”が災いして、「学会ごっこ」みたいな印象もありました。発表内容も、教育実践系の「学会」にありがちな十年一日のごとき苦労話やアイデア報告が目立ちました。ただ2日目にあった文化人類学研究者の発表と大学院生の発表はさすがで、救われた思いで帰途につきました。
日本国際理解教育学会へ(6月7日)
 JD,BC,エディ号と、思い思いの方法で上京したゼミ生6人が町田市の桜美林大学食堂に集まりました。午前の研究発表の批評などを語り合いながら昼食をとりました。心配していた石川さんのヤドも同じホテルが夕方ぎりぎりに確保できて一安心。夕食会場はそのホテル1階にある「つぼ八」。大いに飲みかつ食べました。
附属小学校研究会(6月6日)
 今年は校舎改築の関係で午後のみの「授業研究会」という形式でしたが、思いのほか多くの先生方が集まって下さり、今春修了した稲井さんの教室などは文字通り黒山の人出でした。分厚い要項や紀要を作る必要がなかった分だけ授業づくりに力を注ぐことができたようです。
小宮山さんから(6月5日)
 2000年度修了の小宮山さんから結婚式の写真が届きました。連名の封筒が淡路島から届いたので、もしかしたらお二人揃っての新しい生活が始まったのかも知れません。二人して海峡を南へ越えて来られる日を楽しみにしています。
M2野本さんゼミ(6月5日)
 修士論文を検討する初めてのゼミを開きました。M1からも厳しい意見やさまざまな感想が出て、有意義な時間でした。いわゆる小学校英語については誤解や偏見が山のようになっていて、そういう雑音をどう整理するかが、とりあえずの課題のようです。
九州同窓会通知が届きました(6月4日)
 幹事の湯美香さんから封筒で届きました。会場となる山陽館のきれいなパンフレットや交通案内など至れりつくせりの内容です。熊本や鹿児島、長崎からも参加者があるといいですね。近畿地方以東へは送っていませんので、希望の方はメールでお知らせください。
川村さんから(6月3日)
 今春修了した川村さんから久しぶりにメールが来ました。現場復帰直後は風邪などで体調が安定しなかったようですが、どうやら復調したみたいです。7月の国際文化学会での金野さんの発表を早稲田大学まで聞きに来てくれるそうです。ミニ同窓会ができますね。
引越し(6月3日)
 今日午後、急遽パソコンの入れ替えをすることになり、村川研究室M2の山中さん(和歌山県現職)の大変なご支援のもと、メール等の移動を行いました。インターネットも開通し、そこそこ使えるようになりましたが、「手なづける(手なづけられる?)」には、まだまだ時間がかかりそうです。
ホームページ(6月1日)
 トップページの配色を変えたのと、自己紹介ページのデザインを変えた以外は、内容的にはあまり変えていません。「ゼミのページ」があったもいいなとは思いますが、これはゼミ生との相談です。HPの根本的な大改訂は来年3月のお楽しみです。