My Stage 令和711月改訂  



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やってみるもんだ




-11月30日-
 先月末のリバークルーズに際して初めてEK(エミレーツ航空)を利用したのですが、旅行社の案内パンフにはマイレージの案内がなかったので無視していたところ、関空でのチェックインのときに加算対象だということが判明。そこで帰国後、少々やっかいな国際線事後登録手続きをしたのですが、案じるほどもなく先日無事に13,000マイルあまりが加算されました。東京往復分ぐらい。さてどこに行きましょうかと。
訃報届く





-11月28日-
 小欄が高校や大学の教員そして教育系月刊誌の編集長を努めるような人生を送ることになったのは、大学4年生のときの教育実習で「君の授業はなかなかおもしろいね」と褒めてもらってちょっといい気になったのがきっかけと言えばきっかけで、そのとき褒めてくれたのが当時大学で社会科教育を担当していた伊東亮三先生(のちに広島大学名誉教授)でした。就職してからも学会で長くお付き合いが続きました。その伊東先生の訃報を伝える喪中葉書が届きました。ご冥福をお祈りします。
よからぬ連想




-11月27日-
 リバークルーズの話題で思い出したのが船内での食事。小さな船なのでレストランは一つ。ということはシェフは一人。イタリア料理とかドイツ料理とか、それなりに毎回工夫はされていたのですが、結局同じようなトーンで印象に残っているのは和食弁当だけ。で、よからぬ連想ですが、いずれお世話になるかもしれない高齢者福祉施設の食事。宣伝パンフには綺麗な盛り付けの写真があるのですが、さて実態は?
ワインで一服




-11月25日-
 来月の特別講義のパワポづくりですが、一応「ぶちこんだ」状態になりました。これから10日ほどかけてお化粧直し。今日は久しぶりの雨でしたが、ERP関係者との食事会があり出掛けました。帰宅ラッシュの地下鉄梅田駅で早くもぐったり。ただ、会場が心斎橋だったので帰路はこの時期の風物詩となっている御堂筋のイルミネーションを眺めることができました。ひどい落雷があったようですがパソコンは無事でした。
台湾有事をめぐって





-11月23日-
 高市発言に対して習さんが怒っている「らしい」のですが、この件で金沢工大大学院の伊藤教授が刮目の論評を寄せていたので記録しておくことにします。「現代の安全保障における『抑止戦略』は『語らないこと』ではなく、『語り方のあいまいさ』によって成立している。『場合によっては存立危機事態にあたる可能性がある』との発言は、『必ず戦う』とも『絶対に動かない』とも言わない『戦略的あいまいさ』の典型である。『戦争の挑発』ではなく、『侵略の抑止』なのである」。なるほど。
11月号





-11月21日-
 昨日はERPへ10月号と11月号を受け取りに行きました。10月号は発行日がドナウへの出発日で受け取れなかったからです。11月号は編集作業中に海外逃避するという事情もあったのですが、執筆者の協力もあって無事発刊できました。個人的には非常にお気に入りの内容なので、6冊買い求めて知人に送ることにしました。我が拙稿「『戦後80年』に思う」も掲載されています。梶田叡一先生からは「ほかの人が書かないような内容だ」と好意的な感想もいただいています。そうですね、確かに。
福科大での講演





-11月19日-
 ドナウの船上で構想を練っていた頃は「教育委員会ふざけるな」みたいな過激な導入も考えていたのですが、あれから半月以上かけて、ようやく自分でも納得の流れがほぼできあがりました。いまは項目をメモしている段階で、まもなくこれをもとにパワポを創作していきます。あと半月もかければ準備完了でしょう。「ブラックなんてとんでもない、教職は明るい未来を約束された数少ない職業の一つなのだ」というのが主テーマ。大成建設のテレビCM も使って印象的に盛り上げる作戦です。
アド街




-11月17日-
 「出没!アド街ック天国」(テレビ東京系土曜21時から)についてはこれまでも何度か触れたことがあるのですが、地元民に長く愛されている飲食店や路地裏にひっそりと息づく伝統工芸などが紹介されることが多く、忘れられがちな人情や心意気、職人気質などに触れると、バカ番組が氾濫する昨今、ホッと救われた面持ちがします。ゲストもアイドルが出たりして多彩。五郎さんのワサビの効いたおしゃべりも魅力的。
やっぱり対面




-11月15日-
 諸物価高騰、サラリーマンの昼ご飯代も直撃しているので、最近「社員食堂」が人気なのだそうです。複数企業が入るビルでは共同で食堂を運営するという例もあるとか。異なる部署や異なる会社の人がランチをともにすることで思わぬ効果も。一時「これからは何でもリモート」と囃し立てる向きもあったのですが、やはり人間関係。銀行にも対面店舗を充実させる動きが。学校教育も同じ。ワイワイガヤガヤなんですよ。
国会




-11月13日-
 論戦が始まっていますが、相変わらず野党第一党の質問レベルの低さにはうんざりです。奈良の鹿がどうとか…。私が首相ならターンアラウンドを駆使して、まずは「御説ごもっとも。大賛成です。ありがとうございます。しかしこの点についてはどうなんでしょう」と厭味ったらしく逆襲しますけど。墓穴ばかり掘っていないで、まともな質問してほしいですね。PBは? 経済安全保障は? ガザは? 台湾海峡は? 
九州女子大学へ




-11月11日-
 21年前の1月22日に訪れたときは雪で、駅までの坂道をスケーティングで帰ったのを覚えています。今日は快晴。折尾駅からタクシーで人間科学部の玄関まで乗りつけました。おかげで広いキャンパスで迷うことなくたどりつけました。坂井教授の研究室は思ったよりも手狭でした。学生食堂がないと聞いてびっくり。宿は「亀の井ホテル玄界灘」。夕陽を眺めながらの露天風呂とフグ会席で鋭気回復。久しぶりの日本酒。
今日は雨




-11月9日-
 雨で思い出すのは、水位低下で数日の待機を余儀なくされたドナウ川クルーズ。でもそのおかげで通常のツアーでは絶対に訪れないような町をのんびり散策することができましたし、その後の雨で水位は回復し、そこそこ予定通り旅は続きました。何が幸いするか…。今日は文科大臣や文科事務次官、初等中等教育局長らに送るお手紙を入力しました。いえいえ、『教育PRO』新年特大号恒例の各界の挨拶原稿の依頼です。
反骨




-11月8日-
 プリンタのインクが残り少なくなったので、ネットには安売り情報があふれているのは承知していますが、近所の電気屋で正規品を買い求めてきました。顔の見えない仕掛けに操られるのが急に嫌になりました。ドナウ川紀行の影響でしょうか。編集後記にこだわったのも同様。何かと言えば「ヤバい、最高、すごい」で済ませてしまうご時世に我慢ならず、言葉の力を見せつけてやるとばかりに「激筆」を試みた次第。
ようやく一息





-11月6日-
 昨日はみやげを持ってERPへ行きました。挨拶程度のつもりだったのですが、意外にも梶田先生が来られていたので話が弾みました。昼前に辞して梅田地下街で来週の九州行に備えてJR株主優待券を購入しそれを使って新幹線の切符を買い、PRESITAで余った300ユーロを外貨預金に入れて帰宅。今日はこのブログ10月分の保存とMy Stageのなかの「あしあと」(旅の記録)の更新を行いました。あとはJLのマイル事後登録を終えれば今回の海外旅行の後始末完了。編集後記も無事完成。
時差ボケ




-11月4日-
 ヨーロッパ方面へはかつて何度も出掛けたので、時差ボケの塩梅など体が覚えているはずだったのですが、加齢のせいでしょうか、今度ばかりはなかなかボケが抜けません。それでもなんとか復調してきたので、今日は軽くジムで汗を流しました。船の昼食と夕食は基本的に西洋料理のコースだったので、単純なものがほしくて、昨日は和の定食と久しぶりの焼酎。いつの間にかお湯割りが恋しい気温になっています。
早速お仕事




-11月2日-
 帰国したらもう木枯らしの季節でした。昨日は直後にもかかわらずお仕事。気になっていた『教育PRO』11月号の未校了原稿が届いていたので印刷所に送り、勢いで目次と表紙を仕上げました。あとは36ページだけですが、前編集長が大半を執筆してくれることになったので、残るは小欄が腕を振るう編集後記だけ。ドナウの旅と教育論をうまく組み合わせられたらという構想だけはあるのですが、遅々として進まず。