My Stage 令和68月改訂  



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♠のA





-9月30日-
 旧知の田村教授が英国での半年のサバティカルを終えて帰国。お疲れ様! 大学教員にはサバティカル、研修、留学などで海外に滞在する機会があるのですが、そういう経験者が集まると話の流れで「私は半年ドイツで」とか「私はパリに1年いたんですけど」などと、いささかの自慢も匂わせたおしゃべりになります。小欄の場合は単なる気まぐれ旅行だったので黙っているのですが、「どちらへ?」と聞かれると「イスラエルにしばらくおりまして」と答えます。するとみんな「………」。
戦い済んで




-9月28日-
 昨日は成績表を記入して郵便局から簡易書留で発送。これで集中関係の仕事もおしまい。そのあと親戚の用事につきあって午後はお昼寝の予定が、自民党総裁選の開票結果を見ていたので結局お昼寝なし。しかし迫力満点の開票中継でした。来年も集中講義を担当できるかどうか不明ですが、今日は授業で不備が露呈したパワポの修正。これって病気ですね。「疲れ」も予想したほどではありません。夜は「然」で魚と酒。
集中講義②





-9月26日-
 昨日は初日よりもちょっと元気でした。声のかすれも昨年よりはマシでした。午前は歴史分野、午後は公民分野。いずれもお馴染みの超ユニークな内容です。午後は民主主義は怪しいという例の問題提起ですが、受講生が少ないので全員に意見発表をしてもらいました。ニーチェが出てきたりして想定以上に楽しい議論になりました。その後の休み時間に吉永教授とばったり。しばし立ち話。ラッキーでした。テストのあと涼しい部屋で一気に採点をすませて下校。集中は三日が限度ですね。
集中講義①




-9月24日-
 朝、北の窓をあけると爽やかな風が入ってきました。ようやくやってきた「秋」に元気をもらって、今日から集中講義。8時前に家を出て人並みに人波にもまれて六甲へ。今年の受講生は8名。まあまあです。一日目の内容は大筋では昨年と同じですが、ちょっと重要なスライドには特別なカラーリングをほどこしてアクセントにしました。ユネスコの教育勧告も最新情報として挿入。ランチは好物の「かきたま汁」。
インド洋ですが





-9月22日-
 「太平洋戦争のときにバングラデシュでは…」というニュースのナレーションを聞きました。でも、バングラと言えばインドのとなり、なんでここが太平洋戦争なんだとつっこみたくもなります。そもそも「あの戦争」は「大東亜戦争」と宣言されて始まっていたのに、戦後、それではウチの立場がないという勝手な理由でアメリカが「太平洋戦争」だと名付け直したという経緯があります。この戦争呼称の不自然さを来週の集中講義では取り上げて、学生たちを大いにゆさぶってやるつもり。
メッキ





-9月20日-
 「そのうちに…と思っていたけど、こんなに早くメッキが剝がれるとは」と数学者の高橋洋一先生が自民党総裁選候補のK氏をこきおろしていました。メッキと言えば、教育学者たちが何かに憑かれたように押し寄せたフィンランドでは、昨年教育文化省が「ウチの教育は失敗だった」と告白。先日のロイターニュースでは、タブレットやパソコンをやめてノートとペンを復活させたヘルシンキ校外の学校が紹介されていました。教育のICT化を叫んでいる大学もありますが、さて?
大汗の一日





-9月18日-
 来週の神戸大での集中の準備も大詰め。今日は大学まで行き教室となるA325でパワポの動作確認をしました。一年も空白があると、機器の入れ替えがあったりして初日の授業前に大慌てすることもあるからです。学食でランチを食べてバスで阪神御影まで。ここでソフトクリームをさがしたのですが「酒粕入り」などという余計なものしかなく断念。阪神で千船までトロトロと移動して好文学園女子高へ。ERPの取材でした。生徒がきちんと挨拶をしてくれます。やはり公立は負けてますね。
デパート





-9月16日-
 三越伊勢丹の経営哲学を紹介するというような趣旨の番組(録画)をみました。いずれも老舗で、一時は新しい業態の進出で苦しい時期もあったようですが、通販のAや激安のDなどの路線とは完全に決別し、デパートに来ないと入手できない品物、デパートに来ないと受けられないサービスを提供することで業績を伸ばしているとのこと。大衆化への果敢な挑戦が見て取れました。大衆を見下すでもなく、「こっちにはこういう世界もありますんで」と静かに構えている大人の態度が爽快。
大教大で研究会




-9月14日-
 上六から阪神なんば線、今津経由で帰宅しました。所要60分。新記録です。今日も出勤。大阪教育大学で行われた「指導と評価」の研究会です。もっとも小欄の役回りは、講師の北先生や研究会関係者が終了後に集う昼食会の運営ですので、研究会出席は、まあつきあい。終了後、お気に入りの「花殿」にみなさんをご案内しました。豪華なランチが1,280円で、大好評でした。大教大副学長の峯先生にも会えました。
鼎談





-9月13日-
 一昨日、西宮阪急のトイレに傘を忘れたのですが、運よく届いていたので、今日取り戻しに行きました。その足で新大阪まで北先生(もと教科調査官)を出迎えに行って、メトロを乗り継いでERPまでお連れしました。3時ごろから、何の挨拶も号砲もなしに「鼎談」が始まりました。梶田先生と大谷顧問を加えた3人で、小欄が司会をしたのですが、鼎談よりも放談に近く、「まとめ役の身にもなってよ」って感じでした。終了後、北先生を囲んで上六の「百楽」でささやかな懇親会。
いちいち驚くな





-9月11日-
 タレント系の夫婦が海外でいろんなトラブルに遭遇して…という番組がありました。ホテルの部屋のアコモがリクエストとちがっていたとか、搭乗時に預けた手荷物が出てこなかったとか、いろいろ。小欄に言わせれば、まあよくあることです。エジプト航空(MS)でダブルブッキングがあって翌日便にまわされたそうですが、昔はMSは航空券どころか搭乗券まで乱発したそうで、ゲートから機体まで走って、競争に負けたら席がないので搭乗断念なんてこともあったと聞いています。
顔パス




-9月9日-
 拙宅のある集合住宅の表玄関が顔認証つきのオートロックになりました。しかめっ面でも開きますからたいしたものです。大阪メトロの改札口にも顔認証の設備がありますが、乗車したら運賃は引き落されますから、これを「顔パス」と報じるのは間違い。以前、全農庄内の幹部の人と鶴岡市の博物館に行ったのですが、幹部の人が「全農だ」と言ったらチケットなしですんなりと入場できました。これを顔パスという。
もう一つの第一歩




-9月7日-
 ところで、ユダヤとアラブが年がら年中衝突しているというのも一面的。イスラエルでも田舎へ行けばアラビア語だらけの集落もありましたし、そこでは道路標識は上がアラビア語、下がヘブライ語と「逆転」してました。第一、彼の国の経済はアラブ人の労働力にある程度依存せざるをえないという現実もあります。これは「共生」などという美しい言葉では表せませんが、一種のいい意味での「妥協」。これも現実です。
第一歩




-9月5日-
 在日のイスラエルとパレスチナの若者数人が集って、熱心に話し合ったので理解が深まったというNHKの報道を見ました。毎度のことですが〆は「これは平和への第一歩だ」。第二歩はどうなんだというツッコミはさておき、いま世界中が眉をひそめているのは、イスラエルとパレスチナの衝突ではなくてネタニヤフとハマスの衝突です。こういう基本的な「二重構造」もきちんと報道するのが「第一歩」じゃないですか?
総裁選出馬の方へ





-9月5日-
 国政ともなると一人で何もかも判断・決定できないでしょうから、どんな仲間と組むか、つまり総理になったときの組閣構想のようなものも明かにしておくべきです。個人名は無理にしても、たとえば「財務大臣には積極財政派の人を」「総務大臣には小選挙区廃止論者を」「環境大臣には原発ガンガン建設派の人を」「外務大臣には日朝友好を大切にする人を」などです。裏金問題や夫婦別姓問題も大切ですが、せっかくの乱戦状態ですから、国民の家つまり「国家」の戦略を語ってください。
改心





-9月3日-
 先日、あるところに問い合わせのメールか電話をしようと思ってサイトを見たら「チャットでどうぞ」という案内があって、小欄はチャットなんて大嫌いなのですが、まあやってみるかと思い直して試みてみました。たまたまかもしれませんが非常に懇切丁寧な対応メールがきちんと送られてきて、おおいに役立ちました。考えてみれば音声言語は発した途端消えてしまいますが、メールだとお互いに過去の会話を確認できますし、送信前にちょっと立ち止まって文章を整える余裕もできます。
前項の補足





-9月1日-
 念のために補足しておきますと、少なくとも昨日午前の段階では「しなの」も「あずさ」も平常運転でした。新大阪~名古屋の新幹線はここのところ不安定ですが、いざとなればこの区間は近鉄特急で代替できます。マスコミがこの塩尻ルートに触れないのは、キャパの心配もあったからかもしれません。それにしても驚いたのは、大事な用事があったらしく名古屋から東京まで15万円弱かけてタクシーでもどった人がいたという報道。あ~あ、日本地理の知識、活用しなかったのですか?