My Stage 令和4年9月20日改訂  





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うれしいニュース





-11月29日-
 来年度も神戸大学で集中講義をできることになりました。で、今夜は祝杯です。講義の内容は早々と本欄の「マイページ」に既出ずみです。地歴公の知識的な面を1日目と2日目にまとめ、3日目は「価値判断力、批判的思考力、共感的理解」を鍛えるという能力育成にスポットをあてます。歴史的分野の最期と公民的分野の最初を連続的に扱い、初日の冒頭と3日目の最終には教科本質論を対置的に据えるという完璧さ。さて、カリキュラムマネジメントの専門家の評価はいかに?
閑言録・2(続き)




-11月27日-
 今回は、一話がA4版1枚という縛りを取っ払って、逆に仕上がりページで4~6ぺージに収まるようにします。身辺雑記的な内容はほとんど影をひそめ前著に比べて少々硬い感じになりそうなので、文章表現をできるだけ軟らかくしなければと考えています。いまのところ「要素」だけを抜き出している状態で執筆は正式には開始していません。ゆっくり文章を練り上げていくとなると出版は桜の咲くころでしょうか。
閑言録・2





-11月26日-
 11日の本欄にあるように『閑言録』の続編を出そうかとたくらんでほぼ1か月になります。前著とちがって最初から出版を視野に内容構成を考えるとなるとそれなりに大変で、前著に倣って「教育・社会・人間」のそれぞれ7編ずつの三本立てとして、それに痛快連載企画7編をくっつけるという大枠は決まったのですが、各タイトルも内容はこの1か月の間に千々に乱れて、同じ話題が別のタイトルのもとに行ったり来たり。やめりゃいいのに七転八倒。授業づくりと同じ苦労でした。
勤労感謝?





-11月24日-
 勤労感謝の日というのはまったくおかしな休日だという指摘に出会いました。たしかに11月23日というタイミングになぜ国民がお互いの勤労に感謝しなければならないのか。もともとは秋の収穫を祝う新嘗祭。キリスト教でいう感謝祭と同じく自然の恵みや神に感謝する日でした。戦後進駐軍によって神とか皇室行事に絡むものは一切禁止されたので、非常におかしな休日になってしまったわけ。勤労感謝なら年度末かボーナスの時期にやったらどうだという指摘には笑いながら共感しました。
責任論




-11月22日-
 またまた大臣が更迭されました。1か月で3人だそうで、政権自体の信頼性が疑われています。野党はここぞとばかりに首相の任命責任を問い続けていますが、それと同時に問われなければならないのは、選挙民の「投票責任」です。マスコミとしては一般市民を敵に回すような議論はやりたくないのでしょうが、「主権者教育が大切だ」と言うのなら、みずからを鞭打つ覚悟もぜひ示してほしいものだと思います。
マネジメント失敗




-11月20日-
 昨日はご近所のNさんと近くの小料理屋で昼間からお酒を味わって、ゴロリと昼寝をしたいのを我慢して、田村先生から送られてきた大著『カリキュラムマネジメントの理論と実践』をがんばって読了しました。今日は午後の呂鶴師匠の独演会(大阪・朝日生命ホール)に行くつもりをしていたのですが、午前に急に倦怠感に襲われ、やむなく在宅。献本を半酩酊状態で拝読したバチがあたったのかもしれませんね(涙)。
飲み会にて





-11月18日-
 昨日は福科大の現役とOBの6人うち揃っての愉快な飲み会でした。場所は阪急沿線の人が多いということで西宮北口の居酒屋。教育学部発足時のメンバーはそれぞれに一家言ある人ばかり。しかも酒の飲みレベル(量、スピード)が似たような人ばかりだったので、話もはずみました。従前の常識では御しきれない学生が出没するようになったのは事実のようで、小学校でのとまどいの波が大学にまで押し寄せているようです。そして、それに疲れはてる先生が出てくるのも、また同じ。
この印籠が‥




-11月16日-
 5類にされると都合の悪い人が多いらしく、「8波」の恐怖を煽り立てる報道が目立ちます。今冬のガスや電気の逼迫予想を受けて節約を呼びかける報道も。これは悪いことではないのですがどこやら「欲しがりません勝つまでは」的な匂いも漂います。マスコミクロンのおかげで世論(せろん)の振幅が大きくなっています。「コロナだから、ウクライナだから」と言えばたいていのことが正当化されてしまう感すら。
時をもどす





-11月14日-
 小耳にはさんだだけなので不確かな情報なのですが、ウクライナ東部のロシア占領地域ではモスクワ時間になっていて、それがいつもどせるかというのが話題になっているとか。「時をもどす」という言い方は大山誠一郎の『時計屋探偵の冒険』の主人公・美谷時乃の決め台詞なのですが、それはともかく権力者が支配地域で言語や時間を統一しようとするのは古今東西よくあること。以前にも書いたのですが、新疆ウイグルが北京時間をやめで「時をもどす」ことができるのはいつの日か。
彼我の差




-11月12日-
 フロリダ州知事のデサンティス氏が再選に際して演説。いわく、「政治家は国民に従うのではなく国民を導くのだ」と。デモクラシー体制下でこういう豪胆な政治家が何人かいるというのは、腐ってもアメリカ、うらやましい次第です。一方我が国。ハナシの下手な法務大臣が「目立つのは死刑執行のときぐらい」と出来の悪い暴露話でねばった挙句に昨日やっと辞任。首相も更迭のタイミングを問われています。嗚呼!
たくらみ




-11月11日-
 拙著『閑言録』は既報の通り絶版で、買いそびれたというメールも複数到来しています。で、続編を出そうと目下思案中です。きっかけは北先生からいただいた『トイレ四方山ばなし』で、その軽妙な筆遣いにすっかり刺激されて、「書きたい心」がムクムクと湧き上がってきたという次第。と言ってもそんなに気の利いたネタがゴロゴロしているわけでもないので、付録としてかつての「長編」をくっつけようかなどと。
年賀状




-11月9日-
 年賀状の申し込みに早々と行ってきました。ポストカード型の年賀状を送り始めてからもう40年近くになると思います。毎回海外の風景写真を使っています。来年の図柄を決めて念のために地名を確認しようとネットを開いたら、「わが作品」!と同じような風景写真がサイトにいくつかありました。なんだかガッカリですが、さりとて「~にて」と書くのも空々しい。次回はネットに絶対に出回らないレアモノを選ぼう。
断絶





-11月7日-
 ホームカミングデーで事務の人から聞いた話。3年ぶりに大学祭ができたのはいいのだけど、実際問題どういう風にそれを運営すればいいいのかという実務的なノウハウが先輩から伝わっていないので学生も五里霧中で、学生課長がおおいに気を揉んだとのこと。なるほど確かに。仮設ステージでは何やらクイズ大会のようなことをやっていましたが、TV番組の受け売り。自分たちで楽しんでいるだけ。「祭」を企画するという貴重な経験の機会をコロナが奪ってしまいました。無念としか‥。
ホームカミングデー





-11月5日-
 昨日は徳島駅前の小料理屋さんで小宴。太田先生とは昨年12月以来、金野先生とは今年の6月以来でした。昨今の大学の内部事情というあまり愉快でもない話題を愉快に楽しみました。今日も快晴。鳴門の西條さんに立ち寄って金野先生の車で古巣の教育大へ。藤村先生や谷村先生には会えませんでしたが、代わりに長いつきあいだった事務の方お二人と長話できたのが大収穫。同時開催の大学祭は自衛隊ブースやキッチンカ―が目に付きましたが総じて悲惨。猫たちにも会えませんでした。
いつまで続ける




-11月3日-
 外では特別な混雑がないかぎり不要と政府のお達しがあったのに、あいかわらず街なかはマスクだらけ。先日の大嵐のとき海岸べりで大波を背に実況中継をしていたテレビのレポーターがしっかりマスクをしていたのを見ました。こうなりゃ喜劇です。有名な「沈没船脱出の小話」とひっかけてこの世相を批判しようと思って一応ネットで調べたら同じような指摘がすでに複数。「みなさん書いてらっしゃいます(笑)」。
猛獣だらけ




-11月1日-
 「『閑言録』を読んだせいで中東で災難にあった夢を見た」というとんでもない言いがかりメール(笑)が飛び込んできました。メールの送り主は文科省(文部省)の偉い人からかつて猛獣使いと呼ばれていた人で、文面から察するにどうやら小欄もその猛獣の一人だとされているようです。猛獣使い自身が猛獣ではないかと返信を送っておきましたが、猛獣?が教育言説界を闊歩していた時代は確かに懐かしいですね。