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■ My Stage 令和4年9月20日改訂
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■受章お祝い
-10月30日- |
福科大の仲間とは来月にあらためて飲み会が設定されたので、美葉祭に行く予定を変更して昨日は宝塚高校の例の有志同窓会の方に出かけました。同窓会は、井瀬さんの藍綬褒章受章祝いを兼ねていました。同窓には外資系企業の偉いさんや大手酒造メーカーの部長を勤めた仲間もいるので、年収よりも交際費の方が多かったとか、大学村関係者との飲み会では絶対に聞けないような話題噴出でじつに愉快な宴会でした。 |
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■行く末知らず
-10月28日- |
本欄6月2日の項で「『西部警察』最終回に出てきた秘密組織のアジト」のようだと形容した近くのマンション最上階の太陽光パネルですが、ひと月近く前からなくなっていて、どうやら引っ越ししたようです。あのパネルは再利用されたのかなどと考えていたのですが、資源エネルギー庁の資料によると2040年頃にパネルは大量廃棄の時期迎えるそうで、その再利用の道筋は不明とのこと。そういえばコロナ対策で大活躍のアクリル板も、めでたく役割を終えたらどうするのでしょう。 |
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■ランキング
-10月26日- |
昨今は何ごとによらずランキング流行りで、どのランキングが一番有意義かというランキングでもやったらどうかと、斜め読み専門の小欄などは冷やかしてみたくなります。ランキングを徹底して忌避するのが学校教育で子供を序列化することは禁じられ一時は徒競走で全員が手をつないで同時にゴールするなどという馬鹿げたことも行われていました。その学校で、全国学力テストで上位に食い込むべく授業を犠牲にしてまで特訓をした県が少なくないとか。あいた口がふさがりません。 |
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■読書の秋(3)
-10月24日- |
『クライテリオン』の11月号が届いたので、いま読んでいます。楽しみにしていた伊藤貫氏のプラトンについての論考の続きが特集の関係でおやすみになっていたのが残念でした(9月24日の項参照)。ただその代わりに同氏の「長期化する米中露覇権闘争と日本の最期」を興味深く読みました。ウクライナの一件を100年単位の世界の歴史の中で語り直したらどうなるかという議論は、TVのワイドショーなどでは絶対に提供してくれないものです。でもこの文脈の帰結はいかにも深刻で‥。 |
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■読書の秋(2)
-10月23日- |
『トイレ~』に先だって読んだのが『風の証言』(鮎川哲也)。数十年前に読んだので今回は再読になりますが、ほとんど内容は記憶していませんでした。あらためて感じたのは論理の緻密さもさることながら、登場人物のちょっとした癖や舞台となった町の何気ない風景の味わいなどが細やかに描写されていて、例えるなら昨今の同種の小説がよくできたレトルト料理なら、鮎川氏のそれは手間暇かけた料亭のだし汁という感じ。古臭さは否めませんが、こういう作品も大切にしたいもの。 |
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■読書の秋(1)
-10月22日- |
北俊夫先生から新著『トイレ四方山ばなし』を恵送いただきました。トイレについては50年来の研究対象だったそうで、その知識の分厚さに驚嘆するとともに、内容のおもしろさに引き込まれて半日で完読してしまいました。もともとのご職業を反映して学校や授業がらみの話題も多かったのですが、とくに小欄にとって興味深かったのは海外のトイレ事情。視点や文体のそこかしこに「社会科の風」を感じられて、どことなく拙著のスタイルに似ているような気がして、たまらなく愉快でした。 |
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■まあ、懐かしい!
-10月20日- |
樋口雅子さんといえば、明治図書出版の編集長として長らく教育実践研究、とくに喧々諤々の社会科教育の言説空間をいい意味でかき回してこられた女傑(失礼!)なんですが、小欄とはちょっとした行き違いから疎遠になったままお互い退職してしまい、音信不通状態が続いていました。もうかなりの年齢なので体調など心配していたのですが、先日人づてに消息を知ることができました。まだお元気で拙著『閑言録』も読んで下さったそうで、高評価していただいた由。懐かしかったです。 |
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■プログラム
-10月18日- |
今月末にオンラインで開催される日本社会科教育学会のプログラムが届きました(注:会費は払ってないのだけど)。以前も書いたように記憶しているのですが、知った名前がもう本当に少なくなりました。発表者のなかで言葉をかわしたことのある友人は、江間、岡田、中山、茂松、井上、山口の6氏だけ。世代交代と言えばその通りなんですが、発表内容はとくに「交代」した様子もなく、時流に乗ってカタカナが増えたことが目につくぐらいです。まあそれも良しか‥と近頃は達観。 |
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■冬、イタリア
-10月16日- |
書き忘れていたのですが、10月から本欄の左上のスペースを飾っている写真の舞台はフィレンツェのアルノ川にかかる橋です。有名なベッキオ橋だったかどうかは記憶にありません。ベッキオの場合は橋上にびっしりと店舗が並んでいるので、ひょっとしたらその近くの別の橋だったかもしれません。冬枯れの街の橋の上でギターを弾く男の姿はまさにイタリア的なんですが、この構図の主役はもちろん犬です。 |
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■大阪へ疎開
-10月14日- |
3月に拙著の出版祝いをいていただいたそのお返しということで、昨日は福科大の先生をランチにお誘いして午後はPRESTIAでお喋りしてもどりました。今日はERPへの挨拶のついでに以前からちょっと覗いてみたかったタンザニア工芸のお店と天満切子のギャラリーへ行きました。2日続けて大阪に出たのは、この2日間わがマンションの水道工事があって日中断水したためです。でもいい気分転換になりました。 |
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■研究どころではない
-10月12日- |
かれこれ20年近くの付き合いになるT先生から初の単著が届きました。そのお礼の返事に「三連休も三連勤」とありました。小ゼミ修了生のK教授や準ゼミ生だったM教授、それに九州のS准教授ら、中間管理職かその周辺に位置づく年代の後輩研究者たちから同様な嘆きメールがよく届きます。小欄が現役だったころは国立大学はいい意味で「いい加減」だったのですが、とくに法人化以降「あってもいいけどなくても困らない」種類の書類や会議がワンサカ。同情申し上げるとしか‥。 |
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■久しぶりに
-10月10日- |
コロナもとりあえず収まったようで、今月末には3年ぶりに福科大の美葉祭が開催されます。懐かしいので行くことにしました。同日には宝塚高校3年3組の同窓会も久しぶりに開かれるのですが、こちらは失礼することに。来月はじめには鳴門教育大学でこれまた3年ぶりにホームカミングデーが開かれるので、久しぶりに海を渡ることにしました。入試広報で一緒に苦労した前学長らにも会えるのが楽しみです。 |
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■秋ですね
-10月8日- |
気温が30度近くで晴天で風があっても彼岸前後から洗濯物の乾きの速度が落ちてきました。太陽高度の関係かななどと素人なりに考えています。一昨日からは本格的に涼しくなり東京では最高気温が11度という日もありました。最近は気温の日較差ばかりか週較差?もひどくなっています。今日は近所のNさんと久しぶりに拙宅で昼飲み会。ここしばらく日本酒を飲んでいなかったので、秋風も相まって体に染みました。 |
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■死語
-10月6日- |
N社の店の壁に「ケータイ1円」という広告が出ていて、見るたびに「商人道(あきんどどう)」というコトバはもう完全に死語になってしまったんだなあと心を暗くしています。いま『宝塚戦略』(講談社)を読み返していますが、この本に描かれている小林一三翁の共存共栄の思想や利益の三分主義が必ずしもいまの阪急や宝塚の経営に反映しているとは思いませんが、翁の爪の垢、いや全身の垢を飲み込ませたい相手はゴマンといます。翁ゆかりの地に暮らしていることがせめてもの慰め。 |
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■それもまた楽し
-10月4日- |
先月19日の項で、早々と来年の集中講義のプログラムを改訂したということを記していますが、パワポの改訂は来年夏までお預けにしています。なぜって、来夏にはプーチンがどうなっているかわかりませんし、メローニのイタリアも行く末は五里霧中。いや、わが日本の浮沈はいかに?? 世界情勢のいちいちを取り込む必要などないのですが、「社会科教育論」と銘打っている以上、アップデートは不可欠です。 |
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■ついでに書けば
-10月2日- |
モスクワ・シェレメチェボ国際空港の待合室のガラスに「毛沢東万歳」と落書き(と言ってもすぐに消えるものでしたが)をしたのは50年以上も前のことで、当時は毛沢東語録を買い込んだりして少々中国にかぶれていました。その毛沢東も地元ではともかく世界的には今では評価はガタ落ち。かのフランス革命も学校ではまだもてはやす向きもあるそうですが、これまた評価はガタ落ち。かと思えば戦前の日本による統治を再評価しはじめた東・東南アジア諸国も。歴史の法廷は変幻自在。 |
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