My Stage 令和4年9月20日改訂  





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国葬賛否(2)





-9月30日-
 どっちにせよ一人あたり15円の費用はかかるのですが、腑に落ちなかったのは「政府葬ならいいが国葬はダメ」という意見。「政府」の場合、自民党政府とか共産党政府のように時の政治情勢によって左右されがちです。それに対して「国家」は「国民の家」として存在する一種の歴史的理念型ですから、「政府」よりもはるかに「安全」。ましてわが国は世界最古の君主国ですし。「国」とか「国家」というと条件反射的に「悪」と決めてかかるのも戦後教育のたしかな負の遺産か。
国葬賛否(1)





-9月28日-
 「評価できるところは少ないから反対」という「街の声」には唖然。一国を背負い国際的にもかなり活躍した政治家の場合、その評価がある程度定まるには数十年の時が必要。一介の「当時者」にすぎない市井の民が云々できることではないでしょう。平気で歴史を冒涜する「市民」の存在は戦後教育のたしかな負の遺産。ともあれ、今回は、国際的な評価の高さをとりあえずの根拠にして国葬開催を是としておくべきでしょう。反対の声が多いのも彼が大物だったことの一つの証左でしょうし。
池上彰さん





-9月26日-
 初めて会ったのは氏がまだNHKの記者をしていた頃、日本社会科教育学会がシンポジストとして氏を呼んだときのシンポ司会者の1人が小欄でした。当時もよくまあしゃべる人だという印象がありました。「知っている人が知らない人におもしろく情報を伝える」といういかにも「反教師的」な昨今の解説口調には辟易としますが「便利な人」なのは確か。先日のテーマは「地図でわかる世界&地政学」。とくに新しい知見はなし。相変わらずメルカトルまる出しの地図が画面中央にド~ン。
プラトン様





-9月24日-
 隔月刊誌『クライテリオン』の最新号で伊藤貫氏がプラトンについて論じています。小欄もプラトンのデモクラシー批判には共鳴するところが多かったのですが、なにしろ伊藤氏は英文版を3回も読んでしかもカントの著作の助けを借りてようやくその真意が理解できたという超専門家、小欄のような素人シンパとはわけが違います。名著『国家』についての氏の透徹した紹介を読んで、「小欄の思想形成に影響を与えた人々」のトップにプラトン様を据えようとド厚かましく考えた次第。
三連休




-9月22日-
 またまた三連休です。小欄は銀行への振り込みを忘れた程度の被害しかないのですが、2学期がはじまってまもなくの連休続きはGWと同様、先生方にとっては痛しかゆしでしょう。そもそも祝日が多すぎませんか。季節ものとして春分と秋分と元日、歴史ものとして建国と復活(独立)記念日と天皇誕生日、あと海と山と文化の合計9つぐらいで十分かと思います。諸外国と比べて祝日の数、どうなんでしょうか?
山本七平に倣えば





-9月20日-
 昨日エリザベス女王の国葬。首相が聖書を朗読し大司教が祈り、「神は王様を助ける」旨の国歌を歌い軍隊が弔砲を鳴らし‥。その様子をわがマスコミは華麗なショーさながらに伝えましたが、同様のことを日本でやろうものなら、その同じマスコミが「軍国主義だ、政教分離だ」と騒ぎ立てるのは必定。この眩暈のするようなダブルスタンダードに誰も異議を唱えないところをみると、やはりこの国を覆っているのは「空体語」ばかりだと、名著『日本教の社会学』を読みながら観念した次第。
早々と





-9月19日-
 完璧に準備したつもりでもいざ授業に掛けるとあちこちに不備が見つかるのは毎度のことで、今回は集中講義を終えるやいなや来年度に向けて改訂作業にとりかかりました。改訂案では地歴公それぞれ3コマに授業研究3コマ、プロローグ1コマ、エピローグ2コマという編成に。「死海~」と「トルコ~」の内容はバラしてほかのメニューに組みなおしました。地理的分野の「与那国島はなぜ沖縄島より豊かだったのか」は新製品です。本欄のMy Stageに早々とプログラムを掲載しました。
名実ともに




-9月17日-
 昨今はカタカナブームですが、大学名や学部名に一時は「国際」の二文字を使うのが流行った時期がありました。某「国際」大学で聞いた話ですが、学生の7割が外国籍だそうで出身地はベトナム、インドネシアあたりだとか。学生指導も大変だろうと思ったのですが、聞くと日本人学生よりも何ごとにも積極的で熱心に取り組んでくれるので大学にも活気が出ているとかで、国際化も悪くないとの話でした。ナルホド。
お江戸見物




-9月15日-
 せっかくなので今日もお江戸見物です。楽しみにしていた築地場外市場へ出かけました。「すしざんまい」本店で「マグロざんまい」をいただきましたが、当分のあいだマグロの顔は見たくないと思えるほどの満足感でした。異国風の築地本願寺に驚いたあと日比谷にある東京宝塚劇場へ。地元の阪急の駅にあるのと同じ歌劇のポスターがはってあって、ここが宝塚文化の東京進出拠点だと感動を新たにしました。
彼岸参りプラス





-9月14日-
 往復割引と都区内での途中下車(2か所)をにらんで、乗車券はわざと埼玉県の大宮まで購入しました。新大阪でギリギリに飛び込んだ「のぞみ」はなんとまたまた「S」それもほとんど新車でした。東京駅のホテルに荷物を置いて上野寛永寺にお参りしたあとテレビドラマによく登場する平塚亭と谷中銀座をまわってホテルにもどったのですが、どちらも期待外れ。平塚亭は飲食もできない小さな売店のみ、谷中は観光客目当てのお店が幅をきかせていて下町のよさも猫も見当たらずでした。
お疲れさん





-9月12日-
 昨朝は元気だったので久しぶりにジムで体(とくに足まわり)をほぐしました。夕方になると疲れがポツポツ。やはり「集中」は3日が限度ですね。今日はいよいよ疲れが本格的に出てきたのですが、午前中にがんばって採点をすませました。さすがによくできています。「なんだこんな問題チョロい」という声が聞こえてきそうな答案でした。来年はお声がかかるかどうかわからないのに、今日午後は性懲りもなく14コマの授業の内容再検討、再構成をしてしまいました。悪い病気です(笑)。
集中講義(2)





-9月10日-
 今年は学生食堂が開いていたので昼休みはしっかり気分転換ができました。昨日は歴史的分野。1時間目は神戸大学初登場の「アルザス」。古いファイルを再構成したものですがまずまずの出来。2~4時間目は昨年通りの流し。5時間目は「まちがいさがし」やディベートなど軽い雑多な話題を集めた新企画でした。今日の最終4時間目は昨年暮れの日体大での講演をベースにした超重量級の内容。しかしそれゆえにか、疲れの出る最終日でしたが意外にもみんな熱心に聞いてくれました。
集中講義(1)





-9月8日-
 集中講義一日目。教室に入るといつも通り「パリッ」。今年は基本的な教育論抜きでいきなり「地理的分野の教材研究」に入りました。昨年と同じ「地名論、位置環境論、イスラエル、インド」に公民から引っ越してきたグローバル教育批判を加えた5コマのメニューです。5時間目のシミュレーションゲーム「インドの農民」では今年は牛が3頭も死んだりして大波乱。もっとも成績のよかった人でも貯金はゼロ。最悪の「没落農民」はSさんでマイナス42ポイントという絶望的な借金。
ようやくホッ





-9月7日-
 1日の項に「大詰め」とありますが、それは文字通り「大詰め」で詰めきれたというわけではもちろんなく、今日も最後の「詰め」に追われました。熟考の末、ハーグ陸戦条約や閉回路経済など、いくつかのスライドを思い切ってカットしました。今日はジムで汗を流したあと梅田に出て「蘭館」で昼食。難波の旅行社を訪ねたあとPRESTIA でコーヒーをご馳走になって阪神特急で元町へ。佐藤先生と合流して元町居留地界隈から南京町へと歩いて「雅苑」でコース料理の夕食をとりました。
なるほど‥





-9月5日-
 政教分離というのは本来政府に対する教会の不当な介入を防ごうという趣旨なのですが、そうする方が大衆受けして視聴率が稼げるという魂胆からなのでしょうか、わがマスコミは政府とくに政権与党関係者側の不届きを炙りだすのに懸命です。そんな中である番組のコメンテーターが、投票率の低さが特定のよからぬ団体の集票力=候補者への圧力を相対的に高めてしまっているのだと鋭い指摘をしていました。大衆の側を叱咤する言説は貴重です。有権者教育も必要なことは確かです。
『閑言録』余談





-9月3日-
 複数の読者から「難しい熟語があるので辞書を引きながら読んだ」という感想をもらいました。かつて大学院ガイドブックの編集で教授連中の真っ黒けの文章に悩まされていた小欄は、漢字は40%以下という文章工学に従ってやさしく書くのを信条としていたので、これは意外でした。ところで久しぶりにAmazonで確認したら在庫切れ、つまり絶版になってました。もともと副葬品として執筆・出版したもので、「爆発的に売れる」ことなど想定外。でも今となっては少し淋しいですね。
集中講義準備大詰め




-9月1日-
 予想通り集中講義3日目の4時間目(実質最終回)のパワポ構成は難渋を極めました。結論部分ははっきりしているのですが、少なくとも3通りはある「入口」のどこからつっこめばほかの「入口」からの要素もうまく取り込みながら流せるかというのはパズルのように難しかったです。でも何とか8月中にまとめることができ、今日はアニメーションの設定に進みました。あとは配布資料と実物資料の準備のみ。