My Stage 令和4年2月24日改訂  





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心境の変化?





-8月30日-
 明るく開けた盆地の真ん中に清流が流れていて、中心部の古い城下町には日常の生活に便利なお店も過不足なく揃っている、鉄道の駅前にはそれなりの繁華街があって公共施設も一通りは揃っている、‥。歳を重ねたら住んでみたいとかねてから思い描いていたそういう小都市のイメージに、備中高梁はかなり近いのですが、先日久しぶりに訪れてみたら以前ほどの「熱愛感情」に襲われることはありませんでした。宝塚というそこそこ華やかな町に暮らし慣れすぎたせいかもしれませんね。
テキナ





-8月28日-
 先日の「桃太郎」では問題解決学習と問題解決的学習の使い分けも話題に。「総合的な学習」と「総合学習」の場合もそうですが、「的」を入れることで曖昧さが増して「官僚的逃げ」が可能になります。ところで、公民的資質が「公民としての資質」に言い替えられ、「民主的、平和的な」が「平和で民主的な」に修正されてすっきりしたのですが、まだ「的」が一カ所残っています。しかし「平和な民主社会」と書いてしまうとヤバイからだろうというのは暴言大王「適菜収」的な嫌味かも。
イコカ事件(続き)




-8月26日-
 倉敷駅の出口でICOCAをポンとしたら出られました。神戸からの遠しの運賃のみ引き落とされていました。相生駅の係員が乗車証明だけ出してICOCAの相生駅出場を入力しなかったようで、おかげで実害なし。しかし宝塚と相生とどっちの係員の指示が正しいのでしょう。今日あらためて宝塚駅に行って確かめたところ、相生駅の判断が正しいとのこと。ただ、その説明ですら2か所ミスが。しっかりしてよ。
イコカ事件





-8月25日-
 新幹線改札では特急券を挿入したあとでICOCAをポンとすれば入場できると宝塚駅で資料まで調べて教えてくれたので、23日は三ノ宮で入場。交通費節約のため神戸で一端途中下車して相生まで行きました。ここで新幹線に乗り換えようとしたのですが入れず。係員はICOCAでは新幹線に乗れないと主張。乗り換え時間が5分しかなかったのでケンカをやめて相生駅の乗車証明書をもらい、岡山駅では特急券を係員に手渡しして「運賃は降車駅で払う」と告げて突破、在来線ホームへ。
「桃太郎」研究会





-8月23日-
 倉敷駅で伊藤先生、金野先生と合流して金野号で会場の吉備国際大学に向いました。昼食は大西先生の手配で和定食でした。午後の研究会では小欄を含めて4つの発表がありましたが、ふだんは決してやらない研究談義に浸ったものですから、「感覚」がもどったという快感もある一方でずいぶん疲れました。17時前に終了。大西先生の案内で駅前の店で軽く夕食をとり金野先生の車で岡山へ。二人だけの飲み会。鳴教大院の学生の実態その他、まあ「いろいろな話」が噴出(笑)。
年金暮らしですから





-8月21日-
 あさっての研究会(「桃太郎」)の発表資料を近所のお店でコピーしました。1枚5円なので助かります。高梁への往路はJRですが新幹線の利用は相生~岡山のみにとどめて節約。ICOCAに入ったマイナポイントを利用するのでJRは実質無料です。同日は岡山泊ですが、ホテル代は「岡山旅応援キャンペーン」を利用して3,000円オフ。金野先生との夜の飲み会も同キャンペーンの商品券を利用して2,000円オフ。帰路は気分を変えて岡山駅から神戸三宮まで高速バス2,900円也。
またまた大工事





-8月19日-
 集中講義2日目の3時間目(「ディズニーランド~」)のパワポ改訂ははこれまた1週間がかりの大騒動。昨今の政治社会情勢をどう組み込むかという難題と同時に、3日目の3時間目(「世界の宝~」)との競合を防いでどう内容を割り振るかにすごく苦労しました。つまり現今の社会のあれこれと戦後の歴史がいかに分かちがたく結びついているかということ。そして痛感したのは既存の社会科授業の視野狭窄。水津一郎先生の表現に倣えばまさに「一点世界の社会科教育」でしたね。
日本社会も検査を




-8月17日-
 拙宅の近くにもPCR無料検査所があって、奇特なことと思っていたら、検査1件につき3,000円の収入があって「いい商売」なので東京では商品券を配って客集めまでしているとのこと。そういえばコロナ利権とやらで何億と儲けた病院もあったとか。平時なら支障なく進む行政システムも有事となると浮足立ってチグハグだらけ。鬼畜コロナとか鬼畜米英とか、あらぬ「正義」を掲げた途端、歪みがボロボロ。
毎年のことですが





-8月15日-
 本日、「終戦記念日」とされている日。例によって、戦時中の苦難や悲劇などを回顧する番組がいくつか。それは悪い事はないのですが、「悲惨な戦争を二度と繰り返さない」などと言われると、エッ?。不戦だなどと宣言したら「ほないっちょうやったろか」と他国の邪心を呼び覚ますだけですし、「厭戦=平和」というのはほとんど無意味な等式のように思えます。核武装のメリット・デメリット、ジュネーブ条約の中身、そもそも戦争とは何か‥、考えたいことはいっぱいあるはずです。
集中講義準備再開





-8月13日-
 9月の集中講義に備えてのパワポ改訂作業は想定以上に難航。1日目に実施する「地球市民は~」の授業のパワポ改訂には、結果的にはグローバリズムを巡る議論がすっきりとまとまったとはいうものの1週間もかかりました。今日、23日の「桃太郎」用のレジュメが完成したので明日から作業を再開させますが、この調子でいくと2日目の「ディズニーランド」や「国際連合」、3日目の「世界の宝」あたりも、台湾の一件やコロナなどを加味すると相当な時間がかかりそう。さあ間に合うか。
研究者復活?





-8月11日-
 小欄が布教した「提案する社会科論」の信者の方々の研究的集まりを「桃太郎」と称していますが、今月23日に総代の大西先生が所属する吉備国際大学で同窓会的な集まりをすることになりました。「何かしゃべれ」と依頼があったので、ここ数日かけて久しぶりにレジュメなるものを作成していました。研究発表のレジュメとなると日常用語とは異なる独特の表現や論理構成が必要なのですが、びっくりするぐらいスラスラと書けました。まだ捨てたもんじゃねえと自分で感心しています。
どこかへ





-8月9日-
 海外ツアーの広告がボツボツ出始めています。まだまだオーソドックスなコースばかりでしかも需給バランス、燃費高騰その他の理由で、コロナ以前に比べると2倍かそれ以上の料金設定も少なくありません。あほらしいとは思いつつも、もう少し様子を見てどこかに出かけようかと思い始めています。というのは、いくら平均的世人よりは海外慣れしているとはいえ、やはり海外とくに横っ飛びとなると体力勝負的なところもあるので、まあ元気なうちに外の空気を吸っておこうという心境。
マスコミクロン全開





-8月7日-
 日本はコロナ感染者数が世界最多だと伝えています。開いた口が塞がりません。「日本は日本人住民数では世界最多だ」というに等しい馬鹿げた物言いです。マスコミもそのおかしさに気づかぬはずはなく、気づいていてもそれで数字(視聴率)が取れるならと開き直っているとすれば悪いのは虚偽報道に一喜一憂している視聴者。ならばそういう国民を育てた学校教師に責任があり、ならばそんな教師を育てた教員養成大学に責任がある‥。う~ん。よくない追及はやめましょう。
猛暑妄想②





-8月5日-
 加齢のせいか保守思想の本を読みすぎたためか、昨今、主な登場人物の平均年齢が30歳前後以下のドラマやバラエティやCMを見ると、気の抜けた炭酸水をがぶ飲みさせられているような心持になります。もちろん若くても小気味よい仕草や知的でお洒落な会話ができる人はいるにはいるのですが少数。人間でも技術でも価値観でも風景でも、時を重ねたものだけがもつ重みというものがどんどん後景に退いていってしまうような気がしてなりません。うん、やっぱり加齢のせいでしょうね。
猛暑妄想①





-8月3日-
 ちょっと時間があったので、退職したらやるべしとかねてから心づもりしていた「過去の日記読み」を少しやってみました。読んだのは高校卒業直前の3か月分なのですが、最新の拙著『閑言録』にも通じるような言い回しや相変わらずの世相ナナメ読みなどが多いことを発見して、いったいこの54年間は何だったのかと茫然としました。孫悟空ではありませんが結局わが人生もお釈迦様の手のひらで遊んでいただけなのか‥と。残りの日記をはたして読むべきかどうか、悩み始めています。
至言





-8月1日-
 経済制裁にもかかわらずプーチンの狼藉は止みそうにもありません。いっそのことNATOが奇襲攻撃をかけてプーチン政権をボコボコにしたら話は速いのにとは誰しも思うところでしょうし、実際その気になればそれは可能かもしれませんが、この時代、それはとても実行には移せません。ロバート・アードレイの至言が脳裏をよぎるこの頃です。「人間は武器や戦争なしにどうすればうまくやってゆくことができるか。これは現代の危機についての最高の質問である」(『アフリカ創世記』)。