My Stage 令和4年2月24日改訂  





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イエローカード





-6月29日-
 ‥と言えばサッカーを連想しますが、二昔前はイエローカードと言えば予防接種に関する国際証明書のことをさしました。一昨日4回目のコロナワクチンを接種したので、ふと思いついて古いパスポートを出してみました。1975年の5月に痘瘡の接種を、76年の6月にコレラの接種を2回受けています。後者は結構きつかった思い出があります。そのパスポートにはアフガンの大仰なビザがはりつけてありました。昨今「サル痘」が流行り始めていますが、2回も種痘を受けてるから大丈夫?
宣言王国




-6月27日-
 先週来カンカン照りの日が続いていて、ニュース番組では梅雨明け宣言を出して欲し気なコメントが。で、今日関東地方などにめでたく宣言が出ました。しかし考えてみると宣言が出たからと言って、何かが変わるわけではありません。お馴染みのマンボウもじつはコロナ対策としては実効性はほとんどなかったと言われていますが、これが出たら出たでなんとなく自粛ムードが広がります。宣言の(は)妙ですね。
7月号から②





-6月26日-
 特集座談会「戦争と人文学」は、「歴史・宗教・アイデンティティ」という副題が示すように、国家と戦争の関係性の深淵に迫っています。続く伊藤貫氏の論考は国際情勢の裏の裏に斬り込んでいて、イスラエル、エリツィン、クリントンという固有名詞は出てくるもののゼレンスキーのゼの字もなし。ウクライナ劇場の大舞台では彼は主役でも相手役でも脇役でもなくただの通行人らしいです。彼の言を引いて「平和な世界を」と学会案内で呼びかけている某教育実践系学会との落差に唖然。
7月号から①





-6月25日-
 小欄とて所詮素人には違いなのですが、可愛いだけのタレントやはしゃいでいるだけの芸人がウクライナ情勢や物価について「論じて」いるのをみると辟易とします。連中の底の浅い(底の抜けた)発言を平気で電波に載せているメディアの罪も大。そんな中で「プライムニュース」と「日経ニュースプラス9」は聞きごたえのある分析で爽快です。『クライテリオン』7月号のウクライナ特集は「プーチン悪玉論」「どっちもどっち論」の両方をぶっ飛ばして、これはまたド迫力の内容です。
社会科やぶにらみ②





-6月23日-
 教育哲学に関心を持ち始めた人、教育方法学を担当している人、生活科教育で頑張っている人、道徳教育に引っ張りこまれている人、子育て論で本を出した人‥などです。かく言う小欄も教育人間学からかなり影響を受けてしまっています。決して社会科を捨てているわけではなく、むしろ社会科に取り組んできたからこそより広い世界へと視野が広がったとも言えます。社会科はいわばウェビング図のコアのような性格をもっているのかもしれません。多分に「都合のよすぎる」解釈ですが。
社会科やぶにらみ①




-6月21日-
 もう何十年も前の話ですが、信州大の教授だった篠原先生が同大で開かれた学会のあとの飲み会で「社会科教育の人は歳をとると他分野へ移っていく」と嘆いていました。ちょうど上越教育大学長だった加藤先生が退職を機に「日本史にもどる」と宣言した頃です。もちろん「初志をつらぬ」いている人もいるのですが、小欄のまわりでも他分野に「進出」している人は多く見かけます。最近会った5人もそうで‥。
2つのニュース




-6月19日-
 ウクライナの凄惨な戦争現場の映像が多く流れるにつれてニュース離れ、とくに若者のそれが多いという報道がありました。たしかに同じ場面を繰り返し見せられると憂鬱になることは事実です。一方、20代の若者の多くがデート未経験で結婚にも及び腰だというニュースがありました。2つに共通するのは「現実に向き合うことへの疲れやすさ」。換言すれば「耐性の衰弱」。バーチャル・リモートの影響でしょうか。
またまた楽しみ





-6月17日-
 先月30日の本欄に記した「工事」ですが、2017年まで遡って改修が終わりました。単純作業の繰り返しなので背中がバリバリになります。あまり続けて作業はできません。時おり気分転換に書いてある日誌を読むのですが、関西福祉科学大学時代のあれこれは懐かしい事柄ばかり。教員数は鳴門教育大の6分の1という小世帯だったので、余計に印象深く残っているのでしょう。その福科大の現役3人とOB3人が集まる飲み会が来月開催されることに。会場は伊丹の小西酒造。楽しみです。
一本のバナナから(続)





-6月15日-
 さて10日の記事の続きですが、大津先生が指摘したフィリピンの経済構造の問題点は相変わらずのようで、しわ寄せがバナナ農家に集中しています。この場合、バナナを値上げして「嫌なら買うな」と言いたくても言えないのは、輸出先が日本に偏っているのも一因。買ってくれないと困る! ウクライナ戦争がらみで経済安全保障の観点から海外供給網の多様化が言われています。中国だけに頼らないとか‥。しかし一方で輸出先の多様化も必要なんですね。あらためて気づかされました。
楽しい二日間でした





-6月13日-
 東京の繁華街と言えば新宿・渋谷・表参道あたりが話題に上り、銀座というと時代遅れなイメージがあったのですが、今回その銀座に投宿してすっかりイメチェン。ひとことで言えば歴史の重みが違うって感じ。気に入りました。お昼前に文科省OBの先生と合流して時ならぬ昼飲み。教員養成、授業研究、教科書作り、教育現場の実態その他、共通の話題が多すぎる両人でしたので、これまた大盛り上がり。中身の濃い上京でした。帰路は久しぶりにモノレール。羽田離陸から2時間で帰宅。
祝宴





-6月12日-
 予定通りN700Sで上京しました。室内がずいぶんお洒落になっていて心なしか加速もいいような気がしてしまいました。小田原まで快晴、新横は窓外真っ白の暴風雨、東京は雨上がりの青空でした。有楽町線で飯田橋へ。集合場所のJR西口まで散々歩かされました。東京の乗り換えはこれだから要注意。神楽坂「坂の花」での退職お祝い会は、桁外れの大盛り上がりで、小欄が持参したお祝いの品(越前塗、加賀友禅)もずいぶん喜んでいただけました。貴重な出会いの一夜でした。
一本のバナナから





-6月10日-
 バナナをもっと高く買ってくれとフィリピン大使館から要望があったというニュースがありました。否応なく往年の名社会科授業「一本のバナナから」を思い出しました。実践者はのちに北海道教育大副学長にまで出世する大津和子さんで、当時は伊丹北高校か東灘高校に在籍していました。新科目「現代社会」がスタートしてまもなくで、内容にかなり自由度がある科目だったので小欄なども面白がってチャパティを教室で食べさせたり‥。懐かしいですね。バナナ談義の続編は来週に。
上京プラン




-6月8日-
 往路は新幹線。新大阪からの上りでは一日に8本しか運転されていないN700Sという最新型に乗車することになったので楽しみです。岡田先生のお祝いの会の会場は神楽坂という粋な場所ですが、手ごろなホテルがないので、飯田橋へも翌日の文科省OBの先生とのランチの会場へも乗り換えなしで行ける地点でしかも手ごろなホテルということで知恵をしぼりました。こういう楽しみ、久しぶりです。帰路はJL。
なつかしい界隈





-6月6日-
 頓服のおかげで蕁麻疹もかなりおさまってきたので、昨日は予定通りジムに行きました。今日は胃カメラ。2年前の当日の本欄には「首を切られてもわからない」と感想を書いたのですが、今回もなんかよくわからないうちに終わりました。西宮のクリニックをいつも利用しているのは、以前1年半だけ住まいしていた賃貸の近くだからで、久しぶりに酒蔵通りや交通公園などなつかしい界隈を眺めることができました。検査後の昼食は阪神西宮駅の家族亭。ここも時おり利用していたお店です。
大阪再発見





-6月4日-
 昨夕から急な蕁麻疹に襲われ、一時はどうなることかと心配したのですが、今朝行きつけのお医者さんで診察してもらい頓服と塗り薬を処方してもらったので一安心して大阪へ。3月に利用してお気に入りになったフランス料理のお店でランチ。そのあと、同行してくれた近所のNさんの案内でせんば心斎橋を歩きました。いかにも「大阪でござい」という衣装(意匠)の店ばかりの道頓堀とちがって、こちらは地元民のための、それでいて結構ユニークなお店が並んでいて、とてもいいムード。
なんだかなあ




-6月2日-
 近所のマンションの最上階の部屋の南向きのベランダに太陽光パネルが一面にはりつけてあって、「西部警察」最終回に出てきた秘密組織のアジトのようになっています。あれでは洗濯物は干せないし一日中部屋は暗いはずです。ならばそれなりの電気代がかかるはずですが収支はどうなんでしょう。二酸化炭素削減と称して森林を伐採して太陽光パネルを敷き詰めるのもおかしな話。なんだかなあ‥です。