My Stage 令和3年6月改訂  



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「桃太郎」ふたたび






-7月31日-
 鳴門に懐かしい顔ぶれが揃いました。伊藤裕康先生、茂松清志先生、大西正泰先生、吉永潤先生、岩坂尚史先生など。都合で佐賀の坂井先生や千葉の佐藤先生、栃木の猪瀬先生らが出席できなかったのが本当に残念でした。6人がそれぞれ「提案する社会科」その後について発表し文字通り談論風発。指導要領などぶっとばす勢いで日本の(社会科)教育について論じあいました。小欄のさびついた脳みそも久しぶりに活性化。でも判断の瞬発力低下は否めません。最後に小欄が実践報告をして、懇親会は懐かしい「永代」でした。
突飛な連想






-7月29日-
 コロナ感染確認者数がまた増えてきました。現下の一大イベント=オリンピックとの関係を云々する向きも多いようです。先日の総理会見で記者が「中止を考える気はないのか」と質問していました。たしかにコロナと五輪の両面作戦はきつすぎますし、メダル獲得を素直に喜べない空気もあります。しかし、ここまできて中止なんてできるわけはないなんてことは常識で考えればわかりそうなもの。突飛な連想ですが、さきの戦争のときに「鬼畜米英」と叫んで世論を鼓舞した大新聞(いま赤字で困ってるそうですが)のことを思い出しました。
織り込みずみ?





-7月28日-
 オリンピックをめぐってはコロナ禍もあって反対論が根強く、政治的な色彩も帯びた論調がマスコミで喧伝されていました。それに刺激されてか「町の声」も反対論がずっと優勢でした。マスコミと「町の声」の両者による「自粛・反対」論のスパイラルが形成されていました。ところが! いざ始まってみると今度は「感動・応援」論のスパイラルが発生して、町はもうお祭りムード一色。この大衆の豹変を主催者は織り込みずみだったのだろうと小欄は想像しています。
奇跡のタイミング






-7月26日-
 昨年8月31日の項に珍しくプライベートな記事があるのですが、今日はその続編です。叔母が西宮で無事独り暮らしを始めたのはいいのですが、やはり高齢なので無理があり、急遽老人ホームなどを探すことになりました。しかし条件にあうところがそうそうあるわけでもなく、先行き不安だったのですが、理想に近い神戸の施設が11日に一室あいて、そこをねらっていた別の家族が17日に見に来るというそのわずかな間隙を突くかたちで14日に即決で入居を決めました。もちろんその後の引っ越し手配などで大変ですが、ホッと一息です。
北京はいかに





-7月24日-
 開会式をビデオを見ました。昭和39年のときとはずいぶん雰囲気が変わっていて、入場行進は閉会式のときのような「のびのび型」でびっくりしました。以前のそれは、例えるなら北朝鮮の軍事パレードのような一糸乱れぬ統制美が特徴だったのですが。ところで、来年2月の北京。彼の国は権威主義をウリにしているので、一糸乱れぬ統制美についてはお家芸なのですが、今回のような「のびのび型」はどうみても不得意なお国柄。さてどんな演出になるか?
パクリだあ





-7月22日-
 朝刊の2面の広告をみて仰天です。『もしも徳川家康が総理大臣になったら』という本が出版され、たちまち8万部とあります。コピーには「コロナ禍の日本を救うべく『全員英雄内閣』爆誕」と。もうこれは小欄が5年ほど前に開発した「最強の内閣を作ろう」という歴史単元の実践の完全なパクリです。経済産業大臣に織田信長が推挙されているあたりは学生の提案と同じ。相手は「ビジネス小説」とありますから対抗意識をもやしても無駄ですが、ショックこの上なし。
ありゃ、ボケたか






-7月20日-
 2日の項に書いた通り、31日に鳴門教育大学で通称「桃太郎」正式には、いや正式名称などないのですが、要するに「提案する社会科論」の同志が集まって久しぶりに「その後」を語り合おうという不要不急の研究会が開催されます。場違いなことに小欄が講演をすることになっていて、いまさら啓蒙も研究もあるもんかと思ったのですが、立場上引き受けて、自分自身の大学での実践報告でお茶を濁すことにしました。で、久しぶりに古いファイルを引っ張り出してアレンジにかかったのですがパワポ操作の一部を失念。やれやれボケたか!
話も変わる






-7月18日-
 前項の続きですが、フランスはともかくベルギーやドイツでは水害で相当な被害が出ているようです。ドイツにしばらく留学していて北西ヨーロッパの農業について研究していた先生からメールが来ました。学生から「先生が教えてくれたヨーロッパの気候の特徴とはずいぶん話が違う」と言われそうだと書いてありました。じつは小欄も高校教師のころ、ヨーロッパの気候は日本よりはるかに穏やかだからパリでファッションなんぞを楽しめたのだと教えていました。生徒は案外真面目に覚えているので、「先生の話と違う」と言われる恐れ大。
ところ変われば





-7月16日-
 またまたF2のニュース。各地で道路が冠水するなど大雨の被害が出ているそうです。フランス人にとっては大変な被害のようですが、報道を見る限りではわが国のさきの大水害と比べればまだマシなように思われます。スペインTVEではコロナ自粛の緩和のニュースで、レストランの営業が午前1時半まで許可されたとのこと。たしかに彼の国ではまともなレストランは20時ごろ開店ですから午前2時ごろまで営業するのも珍しくないのでしょう。それにしても・・。
比べるのも・・






7月14日-
 昨日、F2のニュースが始まったとたんフランス国歌が流れてまもなくマクロン大統領がエッフェル塔と国旗を背に登場したので、戦争でもおっぱっじめるのかと思って見ていたら、戦争は戦争でもコロナ対策で、ワクチン接種を強力に進めるという熱のこもった演説でした。印象的だったのは、「国家」「フランス」「国民」「誇り」「義務」というような言葉が何度も使われたこと。もちろん専制国家ではありませんからF2は反発の声も報じていましたが、今日のニュースでは演説の反響は絶大だったとのことでした。まあ比べたくもありませんが。
シーズン5





-7月12日-
 「閑言録」シーズン5の5編をアップしました。21:トランプとプラトン、22:余計なお世話、23:3人の乗客と43人目の男、24:食の風景、25:イタリアの小さな村の5編です。超大げさにいえば、21は政治論、23は国家論、25は思想論ですがそれほど肩ひじ張った内容でもありませんし、23は19(飛行・記)で紹介したミステリーの謎解き編にもなっています。22はそのタイトルが3つの異なる意味で使われていて遊び心満点です。シーズン6は8月上旬にアップの予定。
デマ大賞





-7月10日-
 コロナワクチン忌避派からさまざまなデマが流されています。インドでは接種部にあてると電球が灯るという画期的な実験映像も登場。「正確な情報を」と政府は躍起になっていますが、逆に「コロナデマ大賞」というのを企画したらどうでしょう。大賞のほか努力賞、ユーモア賞などを「総選挙」で選んでランキングするとか。ネット書き込みの「多くは便所の落書きだ」などと悪口を言われているようですが、もしそうなら、落書きには落書きで対処するのも一興です。
コロナ禍?






-7月8日-
 東京都に再び緊急事態宣言が発令されることになりました。兵庫は幸いにも12日から御赦免。それにしても相変わらずマスコミは、「感染者が増えた、どうしよう」と騒いでいます。これじゃあ、コロナの何十倍も感染者を出しているインフルエンザの立つ瀬がありません(笑)。ただ、ようやく風向きも少し変わってきたようで、「感染者数に一喜一憂せず、重症者をいかにコントロールするかに力点を置くべし」とする論調も散見されるようになりました。これって半年以上前の議論ですが。コロナ禍なんて言いますが小欄にはマスコミ禍に思えます。
やったー





-7月6日-
 前々項につづいてまた研究会情報ですが、オンライン続きのなかで8月末のグローバル教育学会が同志社大学で通常開催されることになりました。私はグローバル教の信者ではないのですが、グローバル賛成派の議論にも興味があるので、これまでも時々顔を出していました。久しぶりに学会の空気も吸いたくなりましたし京都なら近場です。それに加えて知人も研究発表をすると聞いているので、こりゃあぜひ行かなくっちゃと、早速ホテル探しを始めました。
「劇薬」を読んでます






-7月4日-
 呉智英氏の新刊『バカに唾をかけろ』を読んでいます。いささか下品なタイトルですが、彼の憤懣や焦燥がついに極まったのだろうと想像しています。帯には「偽善、欺瞞、疑惑 3ギまみれの衆愚社会を撃つ」とあります。「自称知識人の無知・無見識をあぶり出す”劇薬”」との触れ込みどおり、いつも以上に過激な内容となっています。ただ、氏の主張に違和感を覚える人でも、古今東西の文献を縦横に使いこなす相変わらずの博覧強記ぶりには脱帽せざるを得ないでしょう。そこらへんのワイドショーの素人コメントとは桁違いの迫力です。
桃太郎





-7月2日-
 またまた鳴門ネタですが、今朝、修了生の大西先生(吉備国際大学)から「とりあえず桃太郎会」開催の案内が届きました。拙著『提案する社会科』が世に出てはや29年とあります。「桃太郎」とあるのは当時の先覚者たちが岡山に集まって謀議を繰り返した故事にちなんでいます。その大半がいまや教育のトレンドになっていることを思えば、「桃太郎」にも感慨深いものがあります。7月31日に鳴門に志士たち参集してその後の活躍や思いなどを語り合うとのこと。