My Stage 令和3年6月改訂  



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残念、お蔵入り





-6月30日-
 今日、鳴門社会科教育学会から封筒が届きました。夏の大会をなんとか通常のかたちでと希望は述べておいたのですが、やはりオンラインになりました。小規模な集まりなのにそこまで気を遣うのかという印象もなくはないのですが致し方ありません。で、学会発表の機会が皆無となったので、少しばかり温めていたネタもお蔵入りに。もっとも、蒐集していた資料はまだあるにはあるのですが、どういう筋立てにするつもりだったか、本人もうろ覚えになっています。
オリンピック






-6月28日-
 新型コロナ再拡大の兆しが見える昨今からすれば、オリンピックなんていっそ中止したらという声が出るのも当然です。ただ一方で、東京がコロナに負けて中止になったのを尻目にコロナを「克服」した北京が高らかに冬季オリンピックの開催を宣言したら、それは結果的にではあれ権威主義国家にそれなりの権威を与えてしまい、以後長期間にわたって国際政治の構図に禍根を残すことになるでしょう。だから是が非でも東京は開催せねばならぬという非情とも思える論理が一方にあります。中止にも強行にもそれなりの正義があります。
接種2回目





-6月26日-
 昨日は2回目のワクチン接種でした。お昼過ぎに打ったのですが、さすがに夕方から接種部分に鈍痛が出ました。今朝もそのままですが、べつに日常生活に支障があるわけでもなく、今日はもともとゴロゴロデーと決めていましたから問題なし。そもそも副反応なんて出るのが自然です。バスや列車とちがって飛行機は時々揺れてくれないと真面目に飛んでいるのかどうかわかりません。ワクチンも一緒で、副反応がないとむしろ不安。こういう考え方って異常?
一つ松





-6月24日-
 小欄の座右の銘は「我こそは鳴尾に立てる一つ松、よくも悪しくもまた類なし」なのですが、その「一つ松」の子孫たちと思われる松林が阪神鳴尾駅北西の八幡神社にあります。一昨日の不要不急の会合の流れで2次会への移動途中に初めて神社に立ち寄りました。広い境内でしたが鳥居のすぐそばにいかにもひねくれまわった松が一本あり、全員一致でこれがその直系の子孫に違いないということになりました。こいつが我が人生の投影かとしばし絶句。
福科大の同僚と





-6月22日-
 焼酎の5合瓶3本セットのつもりが誤って1升瓶3本セットを注文してしまい、困っていたところ、昨年まで勤めていた大学の同僚2人がひきとってくれることになり、それがきっかけで3人で会うことになりました。文字通り不要不急の会合でしたが、たまたま昨日から制限付きながら禁酒令が解けたので、予定外の昼飲み会となりました。大学のその後や文学論など縦横自在。ひさしぶりにこういう場に身を浸すと、コロナ禍での過剰自粛の罪深さに愕然とします。
シーズン4






-6月20日-
 「閑言録」シーズン4の5編をアップしました。16:チエちゃんの時代、17:システム工学、18:歴史は科学ではない、19:飛行・記、20:蔓延防止の5編です。18はかなり以前に教育誌に書いたものなのですが、気に入っているので再録しました。硬い内容と硬い文体が突出してしまっているので、「箸休め」ということで19には軽い話題を入れました。摩訶不思議な現象の背景と当該国名をあえて伏せたのはちょっとしたお遊び。17と20はコロナの話題を前振りにした世上批判です。次回のシーズン5は7月中旬までにはアップできる見込みです。
強者が優先でしょ





-6月18日-
 自衛隊の大規模接種会場が当初はともかくその後はがら空きで、その「穴埋め」でしょうか警官、消防士、自衛官などに対して接種を始めることになりました。以前にも書いたのですが、これは本末転倒もいいところ。重症可能性の高い高齢者も大切ですが、社会の治安をつかさどる要職の関係者は真っ先に接種して当然なのです。強者と弱者が同じように危険に晒されている場合、まず助けなければならないのは強者です。その基本がわかってないなんて・・。
古代エジプト展





-6月16日-
 京都は小雨でしたが久方ぶりの「遠出」でいい気分転換になりました。往復とも9300系クロスシート車の窓側に座れましたから景色も存分に楽しめました。お昼は北座前の「松葉」で名物のにしんそばを味わうこともできました。肝心の美術展ですが、人数制限をしていたわりにはすごい「密」でした。お目当ての猫がずいぶん小さくてがっかりしましたが、ミイラカバーなどの実物はさすがに迫力満点でした。それにしても皆さん、あんなに写真を撮ってどうするんだろう。
中国、ありがとう





-6月14日-
 なにかと近頃その所業が批判を浴びている中国ですが、例のワクチン外交については小欄は評価しているのです。なぜって、中国があんな無体なことをしたからこそ、対抗策として先進国G7は途上国支援として10億回ものワクチンを提供せざるをえなくなったので、もし中国が何もしなかったら、結果として途上国は置き去りにされていたことは火を見るよりも明らかだからです。塞翁が馬という中国の故事・教訓がありますが、どこで何がどうなるか、一寸先は闇。
超過死亡率






-6月12日-
 怖がらせてなんぼ、安心させてなんぼというのが視聴率や発行部数や再生回数を伸ばす常套手段なのですが、コロナをめぐってはどうみても怖がらせの方が優越しています。そんなときBBCがG7に絡めて提示した主要七か国の超過死亡率のグラフは傑作。日本はもちろん最下位なのですが、その数字はマイナス1.6%! みんながマスクをした結果インフルエンザが流行せず、コロナ禍にもかかわらずいつもより死者が減ったのです。こういうデータをもとにその意味や社会心理との乖離などを縦横に論じるような番組が待たれます。
ムクドリもどる






-6月10日-
 早々と梅雨入りしたかと思ったら、ここのところ晴天が続いていて地方によっては真夏日も出現したりしています。そんななか、例のムクドリがもどってきました。数日前に先遣隊のような数羽が飛来したのですが、今日はかなりの数のムクドリが集まりました。秋には夕暮れ時に集まっていたのですが、いまは日が暮れてから夜にかけて騒いでいます。もっとも最盛期に比べるとまだ半分ちょっとという感じです。12月5日の本欄にあるように、連中は11月末に一斉に姿を消したのですが、冬のあいだ、いったいどこで暮らしていたのでしょうか。
憐れ





-6月8日-
 中国が一人っ子政策を放棄して2人まで認めると政策転換したのはずいぶん前なのですが、なかなか出生数が増えないので、このたび3人まで認めるとのお触れを出しました。産むなという命令は可能ですが産めという命令は無理で、党がいくら旗を振っても人民は動かないさまは見ていて憐れ。人間が知恵を絞って果敢に改革すれば世の中はうまくいくはずだと、これは日本でも信じている人が多いのですが、設計主義の破綻は歴史がもう証明しています。
数字の暴走






-6月6日-
 コロナ報道をめぐっては怪しげな数字が飛び交っている昨今ですが、先日の「正義のミカタ」で評論家の宮崎哲弥氏が語っていた「分析」(笑)は出色でした。「医師会長が東京では感染者は100人までに抑えるべしと言っているが無茶苦茶、人口を1000万とすると、感染者を10万人に1人にせよということになる。インフルエンザのときにこんなこと言ったのか」と。たしかに新型コロナは感染しても無症状が多いなどのやっかいな性質はあるのですが、だからこそ、大切なのは感染者数ではなく重症者数なのだという主張、まさに正論ですね。
ワクチン接種





-6月4日-
 雨だったのでバスで市役所まで行き、ランチを食べてから向かいにある接種会場(中央公民館)へ行きました。先日配られた広報にあった今後の接種予定数などをもとに逆算していくと、5月10日に小欄が電話予約できたのは11分の1ぐらいの確率だったことがわかります。テレビでは各地の自治体の要領のいい工夫が連日紹介されていますが、どうもわが宝塚市の接種戦略は自慢できるようなスマートさではないようです。ともあれ1回目の接種完了しました。
シーズン3





-6月2日-
 「閑言録」シーズン3の5編をアップしました。11:正しい答え、12:ニッポン礼賛-乗る-、13:続・ニッポン礼賛-身構える-、14::一障息災、15:教科書をつくる、の5編です。12は抱腹絶倒の奇譚ぞろい、13はちょっと面白い叙述推理風の仕掛けがあります。さしずめ「14文字のからくり」といったところでしょうか。11と15は教育関係の暴露話のようなものなので、業界に関心のある人にとっては興津々でしょう。シーズン4の5編は今月下旬~来月上旬にアップ。