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桜満開






-3月30日-
 昨夜は徳島駅前の小料理屋で金野先生と夕食。「総合」や教育大の「現状と課題」(笑)について歓談しました。学会のオンライン化を悪用したインチキ発表が出現したという話には驚きました。やはりナマでないとだめですね。GWあけに鳴門で「提案する社会科」関係の会合をやるそうです。さて何を話し合うのでしょうか。「ベ平連が元気だったのはベトナムが平和ではなかったから」なんですけど。今日も絶好の晴天。徳島城公園の桜も満開で数年分の花見をさせてもらったという感じでした。ただ、徳島からの2時間のバスは疲れました。
鳴教大へ





-3月29日-
 久しぶりの気ままな1泊2日、行先は鳴門・徳島です。三宮からのバスの車窓など、見慣れたというより見飽きた風景なのですが、なぜか遠くへ大旅行しているような気分になりました。「久しぶり」だからでしょう。高速鳴門からタクシーで大学へ。日本庭園では猫のツーちゃんが出迎えてくれました。遠隔と入試課に簡単な挨拶をして、「かかし」で楽しみにしていた魚定食を満喫して島をあとにしました。銀天街など懐かしいあたりをうろついて徳島に向かいました。
自画自惨






-3月27日-
 異なる母集団内の実数を比較しても意味ないのですが、日本のマスコミは相変わらず「今日のコロナ感染者は〇人」と報じています。東京都と山梨県を比較しても、前日や前週同曜日と比較しても意味はあまりありません。ZDFやF2やTVEを見ていると多くの場合「人口10万人あたり~」と表現しています。そんな中でカンテレの「報道ランナー」が大阪府の感染者数と合わせて陽性者率を報じているのはさすがです。ただ、かく言う小欄も実数報道に一喜一憂してしまい、「今日は〇人減った」と言って喜んでいますからどうしようもないですね。
懐旧②






-3月25日-
 基本「研究室の日誌」だったのですが、そこそこに世相や大学や学界や教育界への批判も混じっています。いま読んでも自分で感心してしまうような皮肉たっぷりのツッコミやアナロジーなどが少なからずあってずいぶん楽しめました。逆に言えば、「ほとんど進歩してない」?(涙)。桜に関する記述を読むと、この15年ほどの間にもずいぶんと開花が早まったことがわかります。「キャンパス猫情報」も傑作。やはり「日々を記す」ことは大切ですね。というような次第で、例の「閑言録」、抜群のデザインは決まったのですが、まだ未着手(汗)。
懐旧①





-3月24日-
 平成15年春にスタートした本欄の記事を読み直しています。これがなかなかの難事で、ようやく「鳴門教育大退職」までたどりつきました。と言うのは、当時は直截に書けないような内容もあって、わざと不自然な省略があったり英文字表記にしたりしてあったりするものですから、「さてこれは何のことだったか」と考えこんでいると想定外に時間を要したのです。それにしてもまあ会議の多かったこと、1日に2つ3つ。そして授業やゼミも目白押し。よくやったもんです。
リフレッシュ





-3月22日-
 大学院生だったとき、実質的な指導教官だった山田誠先生(京都大学名誉教授)と会うのは久方ぶりです。コロナの影響でお目当ての店が2軒とも閉まっていましたが、結果的に心地よいお店を発見。2時間ほど歓談しました。陸地測量部の改描地図に関する最近の先生の研究の話を皮切りに、大教大関係者の近況、昨今の大学運営の悲喜こもごも、海外旅行への思いなど、普段は脳裏をよぎらない話題ばかりで、おおいにリフレッシュさせてもらいました。
ちゃぶ台返し?






-3月20日-
 「知情意」を社会科に事寄せれば、「知」は社会認識に「情」は道徳への理解に「意」は意思決定になぞらえることができます。これまで学校は「知」の深化を専らとしてきたのですが、「神授業」をやってくれるアプリも登場したので、この際「知」はネットに丸投げし、「情」は諸外国に倣って宗教施設に丸投げして、学校は「知」と「情」にも目配りしながら「意」専門でやったらどうでしょうか。先日、学会から「ネット社会における授業づくり」に関する研究会の案内が来たのですが、以上のような提案をしたら、即刻、叩き出されるでしょうね(笑)。
お向かいの風景





-3月19日-
 昨秋までお世話になっていた分譲賃貸の部屋に新しい入居がありました。部屋に明かりが灯っていると、ひとごとながらホッとします。その隣の隣の空き地に昨秋から建設中だった6階建て10室のシンプルなアパートが、素人目にはもうすっかり出来上がっているように見えるのですが、屋根の上の「依り代」がまだそのままで春の空に突き刺さっています。いつはずすんだろうと毎日気になっているのですが、同時にこの慣習がまだ息づいていることに、ほのぼの。
お出かけ





-3月17日-
 14日の日曜日は京都に出かけました。高校教師時代の教え子の絵が京セラ美術館に展示されているのを見に行ったのです。あいにく教え子とはすれ違いでしたが、久しぶりに文化都市・京都の空気を吸うことができました。平安神宮の左近の桜はあと一歩。今日は梅田に出ました。プロファイリングの有効期限が切れていたのでPRESTIAで更新をして、紀伊国屋で中町信の推理小説を2冊買い求めました。陽気がよくなり、人出も多く町に活気がもどってきました。
ウィズコロナ






-3月15日-
 清湖口氏が痛快な異議を唱えています。「私はまっぴらだ。<中略>腸内のビフィズス菌のように人間も受益できる関係なら『ウィズビフィズス』と言っても構わないが、有害でしかないコロナウイルスとどうして共存せねばならないのか。そもそも過去にウィズコレラ菌やウィズノロウイルスなどと言ったものがいただろうか。<中略>あまりにも早々と『ウィズコロナ』をはやし立て、『撲滅』の旗を巻いてしまったのは、どうにも合点がいかない」・・と。不安を煽るばかりの「ワイドショー評論家」にもこういうアイロニカルな視点を望みたいものです。
国語






-3月13日-
 『「国語」の「時代』(塩原経央)を読んでいたく感動したので目下再読中。日常何気なく使っている言葉のそれぞれに遠い時代からの物語が息づいていて、一見無関係な言葉たちの間に意外な因果が隠れていることを学びました。ツマヅクをツマズクと書く愚、看護師という造語のいやらしさ、「子ども」という表記の浅はかさなど、著者の指摘には、現状批判もさることながら国語に対する愛おしさがあふれています。それと、国語「改革」の流れにも戦後民主主義の腐臭が入り込んでいることも同書には鋭く指摘されていて勉強になりました。
紐づけ






-3月11日-
 「28年ぶりのお小遣い」(2月25日)に続いて確定申告の還付金、『クライテリオン』誌からの薄謝と臨時収入が続いてホクホクだったですが、その合計額の5倍以上の請求(私学共済任意継続掛け金)が来てガックリ。保険と言えば、昨今のコロナ騒動もあって、国民皆保険制度があらためて見直されています。イスラエルにも同様の制度があると聞きました。わが国では今月からようやく健康保険証とマイナンバーの紐づけが始まるそうですが、イスラエルのように国民皆保険制度と安全保障戦略との紐づけもぜひ考えてほしいものです。
たけしの新著から






-3月9日-
 オンライン用自宅学習アプリなるものが続々登場。教科書準拠はおろかご丁寧に指導要領対応と銘打ったものもあります。「神授業」を提供してくれるアプリもあるそうで、30年ほど前のNHK特集「学校はいらない」が提起した未来図を彷彿とさせます。「無観客とかリモート出演っていうのは、一番大事な『客の反応』を芸人から全て奪ってしまう。<中略>客がいない芸ってのはテンポが速くなるんだよ。ネタとネタの間に客の笑いを待つ『笑い待ち』って時間がなくなるから」(『コロナとバカ』)。そう、授業にも「考え待ち」が必要なんですけどね。
国際理解教育学会





-3月7日-
 昨秋のニュースレターには「次回は6月に玉川大学で開催」とあったので楽しみにしていたのですが、新しく届いたニュースレターでは「オンライン開催」となっていてガッカリしました。『クライテリオン』誌で国際理解をメッタ切りにした以上いまさら研究発表などするつもりはなく、それでもノコノコ出かけようというのは、これを機に上京して知人と不要不急の飲食を楽しもうというのがホンネだったことは明らか。本当に残念です。秋の「日社」も早々とオンライン(涙)。
森発言余波





-3月5日-
 「森さんの発言に抗議する意思を示そうと、白いスーツを着用して国会審議に臨んだ女性議員たちを見て、戦時中、『ぜいたくは敵だ』と叫んで街頭活動をした国防婦人会の割烹着姿の女性たちを連想してしまった」という某紙のコラムには爆笑。抗議はいいとして、もう少し知的な、いやせめてもう少しお洒落な、いやせめてもう少し気の利いたパフォーマンスはなかったものかと思います。まさか、第2の森発言を誘引させたいという深慮遠謀でもないでしょうに。
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-3月3日-
 平成3年3月3日午後3時33分33秒に北緯33度33分33秒東経133度33分33秒の「地球33番地」に近い会場で「3」がらみの話題を世界から集めた一大イベントが幕をあけました。小欄が火をつけ上野至大さん(のちのNTT西日本社長)らがおおいに盛り上げてくれたあのイベントからちょうど30年。奇しくも今年は令和3年。だからあのイベントを今一度・・と考えてはみたもののコロナ禍とあっては夢のまた夢。次は2033年3月? 小欄は三途の川の向こう岸か(笑)。
リニューアル





-3月1日-
 退職してほぼ1年が経ち、来年度は非常勤も一コマになるという状況下で、「教育直語」と銘打ちながらも、昨今は教育がらみではない話題も多くなってきました。そこで19年目に突入するのを機にタイトルを変更。熟考の末に結局、標記のような無色透明な表現に落ち着きました。もっとも、19年前には「ブログ」などという呼称も一般化してなかったはずですが。ついでに配色等にも手を加えました、左の日付欄の地色をネイビーに改めたのはじつに14年ぶり。