my stage(自己紹介など)改訂



  ■ 教育直語 過去の研究室日誌へのリンクは最下段に
お出かけ






-11月29日-
 阪急電車の特別乗車券の有効期限が迫っていたので、先週10数年ぶりに京都市街へ出かけました。さしたる目的もなかったのですが、50年ぶりに訪れた祇園花見小路の十二段屋が折あしく定休日だったのは残念でした。それがブームなのか和服姿の若者が多く、それをカモろうとスナップ写真屋が横行しています。産寧坂界隈はインスタ狙いと思われる華やかな店構えも増えていて、それもそれなりに新しい風景となっていました。舞妓さんがこっそりと食べに来ると思しき店構えの二年坂「なかむら」でおばんざい風のお昼ご飯。美味。
虚実反転






-11月28日-
 メルカリや楽天のように情報などを右から左へ流してそれで金を儲けるたぐいの商売を二昔前は虚業と呼んで蔑んでいたのですが、いまやそれが社会の主役に躍り出て、職人などのように汗水流して働いている実業がダサイと軽蔑されたりする始末です。時代遅れな小欄には、キーボードを叩いているフィッシング詐欺師よりもパンストをかぶって銀行に押し入る手合いの方が格が上に思えます。テクノロジズムはやがてバルガリズムを生み、さらに嵩じてニヒリズム、テロリズムに至るという西部邁の予言が当たらぬことを願うのみです。
じつは疲れるのです






-11月27日-
 先週の関学の8回目の授業は地球市民批判。国際化から反グローバルに至る流れを示した最新版のスタイリッシュな図を掲載しました。昨日の第9回は憲法論。初登場は憲法前文の文法間違い探し。ところで、遠隔授業の提示課題の作成にはずいぶん苦労します。対面だとおしゃべりでいくらでもフォローできるのですが、パワポだけだと限られた画面の中に必要な要素をすべてぶち込み、誤解が出ないように慎重に文言を精選する必要があります。1回の授業のパワポを完成させるのに4日ほどかかってしまいます。大変な作業です。
地球的視野





-11月25日-
 10月22日の本欄に、「プトレマイオスから徳川家光に至る超大スケールの授業」のことを書いたのですが、日本史を世界史から読み直すという視点をまさに具体化した『戦国騒乱』(中央公論新社)の広告が一昨日の新聞に載りました。「天下統一、真の立役者は『南蛮人』だった!?」、「キーワードは『鉄砲・キリスト教・銀』などのフレーズが並んでいます。先日神戸大学で実践した授業そのものです。十年一日の歴史学習にあらたな視点が加わるかもしれません。
そう言えば千葉で






-11月23日-
 ・・で、落花生をかじりながら千葉での地名がらみの椿事を思い出したので、心覚えに記しておきます。千葉県教委へ行ったときのことです。対応してくれた指導主事が社会科の人で、有名な「提案型」もよく知っている人だったので、一杯やりましょうということになり、数人で居酒屋へ行くことになりました。「鳴門の酒と阿波料理を」というので、わざわざそんな・・と恐縮していたら「成東の酒と安房料理」でした。嘘みたいな本当の話です。もっとも、安房の国は阿波の人が開いた土地なのだそうですから、偶然ではないと言えばそうなんですが。
八街から





-11月22日-
 千葉県の大学に勤めている先生から八街名物の落花生を送っていただきました。八街というのはいわゆる難読地名で、千葉にはほかに匝瑳、酒々井などがあるとメールにもありました。わが兵庫にも難読を売り物にしている?宍粟があります。しかし小欄お薦めの最難読は大分です。考えたら兵庫も三重も知らなければなかなかそうは読めません。神戸や伊丹もそうです。難読かどうかはどれだけ人口に膾炙しているかだなと考えながら落花生を味わいました。
抜き刷りを読んで






-11月20日-
 鳴門教育大学准教授の金野先生の玉稿「文化遺産が有する多様な価値の再検討(副題省略)」(『グローバル教育』第22号)の抜き刷りが届きました。世界遺産教育を単なる「遺産紹介とその教え方の提案」という視点ではなく、「顕著な普遍的価値」とそれを主張する地域(国家)のアイデンティとの関係を台湾という恰好の事例をもとに洞察した力作です。15日の本欄で不可逆反応に言及しましたが、いかに文章を書くのが趣味の小欄も、もうこんな分量のものをまとめる気力は残っていません。世に問いたいことはたくさんあるのですが。
50年の軌跡





-11月18日-
 もと教科調査官の北俊夫先生から、ご自身のこれまでの50年の教育人生を振り返った冊子(私家版)を送っていただきました。小欄は、社会科教育華やかなりし頃(今は華やかではないのかという指摘はさておき)、シンポジウムや「明治」の連載でご一緒した、いわば同世代人ですので、立場は異なりますが冊子にちりばめられた少なからぬエピソードには、「うんうんそうだ」と思わず膝を打つ思いで、楽しみながら一気読みさせていただきました。読後爽快です。
しばし休憩






-11月17日-
 いくら完璧に仕上げたつもりでも、先行する関学用のパワポを神戸大で実演してみると、またアラが見つかるなんてことはザラにありました。グローバリズム関係の「傑作」と思っていた流れ図もあっさり改訂です。あれやこれやでパワポと格闘する毎日でしたが、昨日は西宮に引っ越してきた叔母の買い物手伝いで梅田へ。今日は、何か月も前に買った推理小説を一日かけて一気読みしました。中町信の『追憶の殺意』です。さすがに読みごたえたっぷりで、自分でも小説が書きたくなりました。というわけでこの二日、「教育」はお休みです。
不可逆反応





-11月15日-
 今夜は割引券があったので「牛角」で焼肉を食べて集中講義の疲れを癒しました。環境教育のところで、「ミルクとコーヒーをまぜてミルクコーヒーを作るのは幼稚園児でもできるが逆ができたらノーベル賞だ」という例をあげて不可逆反応について説明しますが、それとひっかけて言えば、人生における苦労への耐性も不可逆で、朝のゴミ出しの時、忙しく出勤している人々を見て、「もうあんな生活にはもどれないな」とつくづく思います。若いからできたのですね。
最後の授業






-11月14日-
 絶好の行楽日和。学生相手にナマ授業ができるのも今日が最後です。「歴史的分野の教材研究」ですが、はじめの2コマで国際社会が昔から弱肉強食の無法地帯だったということを、大航海時代の日本侵略計画や戦後占領期のWGIPなどを例に語り、学生を「暗い気持ち」にさせたあとで、3コマ目にエルトゥールル号事件とジャヤワルダナさんのサンフランシスコでの日本弁護演説などを紹介して学生をホッとさせました。そして最終の4コマ目にチェスタトンを持ち出し、ふたたび学生を奈落の底に突き落として集中講義も無事終了です。
「異見」はいかが?






-11月12日-
 今日の関学の授業は環境教育論。常連の「朝日新聞コラムの批判」はファイル添付の関係でカットし、ベーリング海のオットセイ保護騒動も遠隔だと正確な説明が難しいのでカット。そのかわりと言ってはナンですが、地球温暖化をめぐる「異見」をいくつか列挙したスライドを用意しました。「温暖化した方が農業は助かる」とか「ホッキョクグマは困ってない、頭数は増えている」など、思わず立ち止まって考えてしまう指摘を例の『不都合な真実』の本からピックアップしました。賛否どちらでもいいですが、主体的に考えるきっかけになればと・・。
ある教頭の嘆き(続)






-11月10日-
 その「学び続けられる環境」ですが、夏休みに開かれる研修会や更新講習の中身が問題。それが「指導要領の解説」や「電子黒板の使い方」のような実践的(?)なものに偏っていることは想像に難くありません。研究大会なるものを開こうというのなら、まず研究できる教師を育てるべきで、そのためには「明日の授業に役立つ」ような小手先の内容もさることながら、研究の本質、多様な方法論、先行研究の分析、今後の課題などに正対させるような指導が必要なのです。それがないから、何年たっても同じような発表ばかりになるのです。
ある教頭の嘆き






-11月9日-
 研究大会で発表することになった若い熱心な先生からその発表要旨について相談を受けたベテラン教頭からメール。「それ20年前にしてたよ」という言葉をグッと飲み込んで・・とありました。同様の焦燥というか憐憫を小欄も30年以上事あるごとに感じてきました。教育現場の研究は(時流に乗ったカタカナ研究を除けば)十年一日、進歩というものがありません。要するに先行研究の欠如。しかし現場教師にそんな時間的ゆとりはなし。文科省は「学び続ける教師」と叫んでいますが、それなら学び続けられる環境をまず整えるべきでしょう。
ビョーキですね(笑)





-11月7日-
 来週土曜日の神戸大の集中講義3日目を前にパワポづくりに追われています。ラストのテスト問題も含めて5コマ分を作らねばなりません。関学用のパワポづくりと並行していて、しかも内容がダブルことが多いので、頭のなかがゴッチャになることもしばしば。しかも片や「対面」片や「遠隔」ですから、同じ資料でも紙媒体の配布とpdfファイル閲覧のそれぞれのタイミングも微妙に調整しなければなりません。まっ、苦労しているうちが幸せというべきなんでしょうけど。
多様性、ん?





-11月5日-
 大統領選のドタバタを見ていると、「アメリカ大丈夫かいな」と思います。民主-共和」の対立もさることながら、もっと根深い人種間などの分断が進行しているようです。彼の国では20年も前に「多様性が社会の活力を奪う」という大規模調査の結果が出ている(川端:2019)というのに、昨今わが国の教育界は多様性礼賛論でもちきり。グローバルという掛け声がそうだったように、いずれ近い将来、ダイバーシティのジレンマも堂々と語られるようになるのでしょうか。
後の祭り





-11月3日-
 10月29日の項に書いたように、「異」と「同」の授業の中で今年はサンチャゴ巡礼のビデオをカットしたのですが、その代替になりそうなスライドを作りました。図の上部にマリアやアラーなどの絶対者を、下部に「私」を含む巡礼者を置き、上下の関係を「異」、私を含む左右の巡礼者の心の結びつきを「同」とする図。なんてことない中身なのですが、この図があるとないとでは大違い。でも、神戸大でも関学でももう授業は終わったあと。地団太踏んでも後の祭り!
「くま」の授業ふたたび





-11月1日-
 集中講義なんてもったいないと思うほどの秋晴れの好天が続いています。今日は「公民的分野の教材研究」。関学に先行する内容です。例によって環境教育、国際教育、憲法教育に文句をつけたあと、5時間目は星陵高校39回生が「神授業だ」と称賛してくれた「ぼくはくまのままでいたかったのに」の再演。と言っても当時と同じで、小欄は映像をただ流しただけ。今回は富士通に勤める星陵の教え子が昨年苦心して作ってくれた音声付きDVD版で上映しました。