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■ my stage(自己紹介など)
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| ■ 教育直語 過去の研究室日誌へのリンクは最下段に |
■長寿蔵、追憶
-5月31日- |
正式には「白雪ブルワリーレストラン」。伊丹の銘酒「白雪」を製造している小西酒造が開いているドイツ風レストランで、今日、その附属の売店におつかいものの日本酒を買い求めに行ってきました。期間限定の「小西誉」というスゴイ名前の大吟醸があったので購入しました。伊丹の酒を大阪や東京に出荷するのに、従来の猪名川水運に替えて川辺馬車鉄道(現JR福知山線)を敷設したのが小西新右衛門で、その後のこの鉄道の盛衰をまとめたのが小欄にとっての最初の論文(のようなもの)でした。かれこれ45年ほど前のことになります。 |
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■残影
-5月30日- |
スマホを使っての感染者追跡や国民番号を利用した給付金配布がうまく行っていないのは日本人のプライバシー意識の高さが障害になっているからと言われていますが、本当?? ヴァリニャーニだったか、江戸時代の旅籠でふすま一枚で他人同士が同宿しているのを見てビックリした外国人がいました。日本社会ではむしろプライバシー意識は希薄でした。現今の忌避感情は、おそらく占領期の「国家=悪」というWGIPの残影だと言うべきでしょう。それが証拠に、スマホ人は平気でアップルやMSに個人情報を登録していますからね。 |
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■「それ以外」の世界
-5月28日- |
関学の授業は今学期中オンラインということになりました。無念! オンライン授業という発想、メリット、意義、可能性については理解できるのですが、「それ」で賄えるのは教育の広大な世界のたぶん数%ぐらいで、「それ」が脚光を浴びれば浴びるほど「それ以外」への関心が薄れていくことが心配でなりません。時間も費用もかかるのですが、会社員の出張にもそれなりの意味はあって、その不合理の中からあらたな価値が生まれてもくるのです。グローバリズムとちがってテクノロジズムの相対化には、相当な時間はかかるでしょうね。 |
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■ラマダン
-5月26日- |
各国が自粛やロックダウンで苦しんでいた5月、イスラム圏ではラマダンと重なり二重の忍耐だったようです。「旅行者は例外」という抜け道を利用すれば昼間の飲食も可能なのですが、移動が禁じられたのでアウト。日没後の楽しい爆食いもままならなかったとか。ただラマダン自体は年中行事なので、生活の不便も「覚悟の上」だったはず。ならばわが国でも、28日とは言わず10日でもいいので、ラマダン風に生活自粛を定例化したら・・。でも無理でしょうね。有無を言わさず何億人をも動かす宗教の力に改めて感服。アッラーアクバル! |
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■スマホもいいけど
-5月25日- |
このご時世、スマホを持たない学生はいません。友人との対話や情報収集、ちょっとしたデータ保存には重宝しますが、それだけにPCとは縁遠いのが彼らの実態。なので、ある程度まとまった量のレポートを作成するとなると途端に困りますし、たとえできてもプリンタを持っていないのですから印字できません。関学はファミマなどと契約して、そういう学生のためのプリントアウト支援システムを作りました。なるほど素早い試みです。しかしそれにしても、会社なり学校なりに就職してからPCが使えないと、困ることも多いのではないでしょうか。 |
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■コロナ小括・3題
-5月23日- |
①本欄ではかねて「グローバルだ!」という嬌声を批判してきましたが、こんなに早くその翳りを見るとは・・。せいぜいそれは数十年後かと観念していたのですが。②日常生活が崩壊することの悲惨という直接体験を今後の避戦平和教育に活かしたいもの。戦時中のむごたらしい写真を見せるより何倍も効果あり。③ときに場違いな芸人まで引っ張り出して庶民の不安や不満を増幅させる一部のワイドショーの知的堕落にはもう辟易。怜悧な分析に出会うとホッ。 |
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■最後の挑戦か
-5月22日- |
相対主義、居場所、グローバリズム、アイデンティティ、自己認識などを扱う授業は、それぞれの話題が絡み合っているものですからまとまりが悪く、いつも不完全燃焼のまま終わっていました。関学大学院の授業に際してもスマップを導入に使う流れで一応作ったのですが、翌日に全部ぶっこわして作り直し。時間がたっぷりあるので見切り発車せず授業づくりに励んだ結果、パンデミックやSomewhere、Anywhere論なども加えて、ようやくまあまあの仕上がりに。 |
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■頃合い
-5月21日-
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親の介護の場合、2~3週間のような短期間だと虚脱感だけが残り、2~3年となると悲壮感で思い出どころではなくなります。半年から1年ぐらいのお世話が双方にとって幸せではないかという話を聞いたことがあります。今日、首都圏以外の緊急事態宣言が解除されました。約2か月の辛抱でした。これより短いと痛みもすぐに薄れていたでしょうし、もっと長かったら疲れ果てていたでしょう。まだ油断はできませんが、そこそこのタイミングで、日本、再出発です。 |
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■都道府県解体!?
-5月19日- |
京都や兵庫は大阪との人の交流が多いので、コロナ対策では一体的運用が求められてきました。「ウイルスには県境は関係ない」から当然です。ただ、逆に但馬地方は、京阪神とはあまり交流がないのに「兵庫だから」と一括されているのは不自然。北海道のコロナ感染地はほとんど札幌なのに、稚内や根室までつき合わされています。やはり「クニ」にはある程度の歴史的な重み,、実質性があります。「クニ」を基礎自治体として、それを道州単位でやわらかに連携させるという国土構想はいかがでしょうか。肥前国や武蔵国は別として。 |
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■名著を読み返す
-5月17日- |
小欄の思想形成に大きな影響を与えた人として、佐伯啓思、曽野綾子、高橋勝、西部邁、松原正の各氏を上げることができるのですが、先日、ちょっと暇ができたので、松原氏の稀代の暴論『戦争は無くならない』を読み返してみました。30数年前に購入した本ですが、結構この本の主張に今でも毒されているなあ(笑)と感じました。氏の主張するあるべき生き方と曽野綾子さんのそれとは正反対なのに、小欄のなかでは奇妙に同居しています。あえて交錯するところを探すとすれば、人間性の「ある側面」への限りない絶望でしょうか。 |
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■WEBでやる?
-5月15日- |
秋の全国社会科教育学会はWEBで開催するとか。イメージがわきません。まがりなりにも学会ですから、オンライン授業の延長(拡大)ですむ話ではないでしょう。学会には「廊下トンビ」(会場に入らず廊下で知人・友人とのお喋りに忙しい人)もつきものですし、小欄のように懇親会めあてという不埒なヤカラも混じっています。まさか何百人でオンライン飲み会もできないでしょう。11月末の日本社会科教育学会も万が一WEBなら、予定していた発表は来年にまわします。「コロナ特効薬発見」みたいな賞味期限の短い研究でもないので。 |
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■データ
-5月13日- |
以前本欄でも指摘したのですが、国ごとの統計を地図化するときにその国の領土をベタ塗りにすると誤ったイメージを与えてしまいます。先日ユネスコのホームページを見ていたらグリーンランドをベタ塗りした地図に出会いました。天下のユネスコが! コロナ感染者の多寡を「○○人」と国際比較されても困ります。インドの500人とルクセンブルグの500人では大違い。実数表記にも意味はあるでしょうが、そこは単位人口あたりにしてもらわないと。国内感染者数はいまだに累計値が大書されてます。退院した人数を差っ引いてくださいよ。 |
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■新製品です
-5月11日- |
関学の学部授業は地理的分野の4コマ分のパワポが完成しました。時間をかけて作っているのでかなり高級な仕上がり。オンライン用の特別課題の方は地歴公の3コマ分すでにアップしていて、第2ラウンドの3コマ分を目下作成中です。そのうち歴史的分野の課題は、同時代に生きた歴史上の人物2人にみずからの境遇や当時の世相への思いをLINEで語り合ってもらおうという趣向。寛政の改革とフランス革命が2年違いだという「発見」がきっかけです。1788年時点でマリーアントワネットと松平定信が、さてどんな会話をしたでしょうか? |
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■いかにも面妖
-5月9日- |
休校の延長を心配する声が高まっています。大抵の場合それらはせいぜい「教科書が終わらないよ」という程度の心配なのですが、ワイドショーでは昨今、「学習の遅れ」と言っておけばいいものを「学びの遅れ」などという大仰な表現を好んで使っています。面妖なことこの上なし。小欄のこだわりからすれば、「学び」という表現はさまざまな教育関係のもとで人間生成が行われていく過程を指すときに使うべきで、当然それには「遅れ」も「進み」もありません。自粛で友達と会えない辛さをかみしめるのも立派な「学び」にほかなりません。 |
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■STAY HOME
-5月7日- |
・・との掛け声ですが、3月に退職した小欄にとっては「自粛」だろうがなんだろうが無期限にSTAY HOMEです。喜んでいいのか悲しむべきなのか。福祉科学大への再就職が決まって電車を乗り継いでの通勤が始まるのに際して腕時計を買ったのですが、それももう1か月以上出番がありません。想定外だったのは、「毎日が日曜日」なはずなのに時間の流れがますます早くなっていること。なぜ? 今日から緊急事態も第2ラウンド。少し明るさも見えてきました。 |
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■出口の向こう
-5月5日- |
コロナ騒動は相変わらず。保健所が悪い厚労省が悪いと非難相手には事欠きません。もちろん、政府の対応が右往左往なのは素人目にもわかりますが、(コナンではありませんが)「原因はただ一つ」、要するに平時と有事の切り替えスイッチがこの国にはないということ。リスクマネジメントはあってもクライシスマネジメントはなく、そもそも両者の区別すらついていません。「アフターコロナ」の課題の一つは、いかによりよいスイッチシステムを構築するか、でしょう。 |
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■楽しみ
-5月3日- |
福祉科学大学では小学校社会の授業を担当していたので、関学で中学校社会の授業を展開するには、味付けを変えなければなりません。そういう面倒臭さはありますが、逆に楽しみも増えました。それは、関学の場合、学生の生活空間が大阪、神戸、阪神間なので、小欄のそれと重なっていること。ですので、阪急がどうとか西宮がどうとかいう、小欄のあふれんばかりの知識(笑)を存分に活かすことができるのです。学部授業では明治時代の武庫郡の古地図も用意しました。六甲南麓の水車の話や阪急と阪神の比較話もできそうです。 |
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■教科書問題
-5月1日- |
5年生産業学習の「米」は田植えが終わって生育が目に見えるころに設定されています。教科書の単元配列にも「季節」があるのです。「9月入学を」などと気軽に言う声が聞こえてきますが、11月に米作りの勉強をするのは間が抜けています。まして理科や生活科は推して知るべし。単元を入れ替えればという意見も出そうですが、地図やグラフの読み取り技能などは段階的に各単元に割り振られていますから無理。もっとも、以上は、教科書を丁寧に読み込んで授業が作られているという楽観的観測を前提とした悲観的観測なのですが。 |
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