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  ■ 教育直語 過去の研究室日誌へのリンクは最下段に
「日常」への想い





-3月31日-
 ニュース番組で「買占めはよくない」と報じておきながらスーパーの棚が空っぽになっている風景を垂れ流しているのはおかしい!‥とは木村太郎氏の指摘。たしかにその通りです。古典的な例えですが、「犬が人を噛んでもニュースにならないが人が犬を噛んだらニュースになる」の通りで、マスコミはいつもとちがったことを報じてナンボの世界。「日常」を伝えても仕方ないのですが、一方で、「日常が続く」ことのありがたさに気づくことも大切にしたいものです。
退職の挨拶メール





-3月29日-
 鳴門退職のときは書状を出したのですが、今回はメールで済ませました。ただ、メールだと気軽に返信できるので、予想外にあちこちからお便りをいただけて有難かったです。時節柄異動のおたよりもありました。鳴門時代の小ゼミ修了生が一人めでたく大学の教員に。時節柄と言えば、当然コロナがらみのお便りも多く、家族が急遽帰国して2週間自宅待機にという切実なものもありました。一時的ではあれレイオフされた教え子も。じわじわと影響がきています。
そして、これから






-3月27日-
 鳴門の退職のときは、西宮や新しい職場への引っ越し作業や授業準備、それに親戚の葬儀も重なって、別れの感慨というものは、いま思えばあまりなかったようです。今回はコロナ騒ぎはありましたが、それなりに「一つの終わり」をかみしめる余裕がありました。4月からは関西学院大学で非常勤ではありますが、いましばらく教育漫談を続けます。その授業プログラムはすでに掲出しました。カナダにいる教え子から、「教育直語は続けるのか」との問い合わせがありました。これは自分自身の老化防止の意味もあるので当分続けます。
涙に送られて






-3月25日-
 いいお天気です。原川沿いの桜は毎年楽しみだったのですが、まだつぼみもふくらみかけという状態です。11:30から理事長主催の感謝の会。感謝状と記念品と下鴨茶寮の折詰をいただきました。わが研究室はまったく殺風景な状態になっているので翼先生の部屋で昼食。あと東尾先生の部屋で珈琲をいただき3人でおしゃべり。14:45から教授会、退職のご挨拶をしました。事務の藤澤さんはいっぱい手を振ってくれましたし、円香さんからはお菓子も頂戴しました。泣きはらした目で見送ってくれた先生もいました。4年間ありがとう。感謝!
卒業式





-3月23日-
 いいお天気です。晴れ着の女子学生にとっては何よりのプレゼント。10時から始まった式は、事務連絡も含めて30分で終了。正直に言えば「楽」でした。研究室にもどってデスクトップの完全店じまいをしました。12時過ぎ宅配の人が持って帰ってくれました。あと、机やプリンターなど関連するものを片付けて、部屋はすっかり4年前の春にもどりました。「tant tant」のお弁当も今日が最後なので「四季彩弁当」を奮発。午後は部屋の掃除をして教授会をすませ帰宅。
そう言えば50年前





-3月21日-
 明後日は卒業式。コロナ騒ぎで式も簡略化。学部ごとの証書伝達式みたいなかたちになりました。この調子だと入学式などの新年度の行事にも影響が出そうです。そこでひょいと思い出したのですが、小欄の大学生活の始まりも異常でした。先日自宅に持ち帰った古い日記をたどってみると、入学式は4月21日、授業が始まったのが5月4日でした。当然15回の授業回数は確保できなかったはずで、さてどう誤魔化したのか。のんびりした時代だったのでしょう。
年のせいか・・





-3月19日-
 梅田のスカイサロンで開かれた「英国とアイルランドの旅の紹介」という催しに参加してきました。もともと小欄は、寒がりだし茶色のレンガ壁が並ぶ暗い風景は性に合わなかったのですが、昔ながらの生活や文化を大事にしながらゆったりと流れる時間を楽しむという彼の地の生き方には新鮮な魅力を感じはじめました。もちろんそういうsomewhere型の生き方は、これまで多く訪れた地中海世界にも、そして、よく目をこらせばこの日本にも少なくはないのですが。
コロナが暴いた






-3月18日-
 本欄ではかねてから「グローバルだ」などという狂乱に異を唱えてきたのですが、今般のコロナ騒ぎで、ヨーロッパではシェンゲンなどどこへやらで、次々と国境が復活。国内感染の抑え込みと自国民の保護に躍起になっています。外出制限などの私権の制限もガンガン。それが結局は国民全体の生活を護ることになるという功利主義の考え方です。翻って日本では、古びたリベラリズムの吹き溜まりのような様相を呈していて、私権制限に及び腰。かつて竹村健一が「日本の常識は世界の非常識」と喝破したのですが、相変わらずですね、
飲み会も中止に





-3月16日-
 撤収作業もいよいよ最終段階。ファイルの移動もほぼ終えました。懸案だったのが鳴門時代から使っていたデスクトップの処分で、RENETへ送るための適当な大きさの段ボールが見つからなかったのですが、出入りの業者さんにお願いしたらPC用の大きな段ボールを用立ててくれました。感謝、感謝です。教授会は10分ほどで終了。本来なら今日は送別の意味も兼ねた有志連合の飲み会だったのですが、中止。世間の甚大な被害に比べれば我満、我慢!
思いつきですが






-3月14日-
 臨時休校で行き場を失った高校生が大阪の繁華街でたむろしている姿は、失礼ながらインドの野良牛のそれに似ています。家に閉じこもった小中学生の世話で親も大変。そこで提案。児童生徒を2つのグループに分けて、Aは午前3時間授業と給食、Bは給食と午後3時間の授業、登校時間帯以外は塾や寺、神社、教会、図書館、公民館などで可能な限り面倒を見る・・。こうすれば計算上人口密度は半分になりますから感染の恐れも少しは減じます。ウイルス撲滅が無理なら、大流行の可能性を織り込んだ社会の構築も必要でしょう。
厚顔無恥






-3月12日-
 新型コロナに関連して新華社通信が「世界は中国に感謝すべきだ」と報道。どこをどうこねくりまわしたらこんな主張が出てくるのでしょうか。トゥールミンも真っ青。しかしこれぐらいのド厚かましさがないとキッタハッタの国際社会を生きていけないのも事実。日本も中国の爪の垢を煎じて飲む必要があるかも。と思っていたら早々と煎じて飲んだ国会議員がいて、先日まで「桜を見る会」で奇声をあげていたと思ったら、「ウイルス対策で政府は後手後手にまわっている」とバッシング。ならば、先手を打つチャンスはいっぱいあったでしょうに。
あわただしい年度末






-3月11日-
 昨日は自宅にこもって研究室からもどってきた物品の整理をしました。まだ数回の入れ替えは必要でしょうが、予想以上にうまくおさまってくれました。今日午前は法人本部で退職手続きのレクチャー、午後は最後の学科会議。簡易卒業「式」の打ち合わせや卒業判定、時間割発表など中身の多い会でした。来年度にむけてのオリエンテーションの日程など、ウイルスの影響で流動的な部分が少なからず出ています。春の選抜も中止。電車のなかでゲームに入れあげている若いスマホ人にもこれでようやく事態の深刻さが伝わるでしょう。
撤収作業大詰め





-3月9日-
 昨日はあいにくの雨。引っ越し業者の都合で搬出が9時~10時ということだったので久しぶりに超早出勤。9時40分ごろ研究室からの荷物搬送完了。と言っても段ボール6個とスチール製の物入2個だけです。自宅には荷物の方が先に到着していました。とりあえず梱包を解いただけで残りは明日。今日はさわやかな青空。出勤してPCのなかのファイルの整理にかかりました。保存用をハードディスクに移していく作業です。再来週には回収業者に引き渡します。
地図教育やりなおし





-3月7日-
 新型コロナの世界的な蔓延を示すのに、患者の発生した国を示した地図がよくテレビに登場しますが、メルカトルっぽい地図に国ごとの彩色を施すととんでもない誤解が生じます。ロシアやカナダなど高緯度にある広い国に一人でも患者が出たら領土全体を真っ赤に塗るので、その結果、必要以上にインパクトのある地図が出来上がってしまいます。傑作なのはデンマークで、本国はいいとしてグリーンランドまで真っ赤に塗った地図が登場しました。やれやれ。
一病息災






-3月5日-
 政府の一斉休校要請やデマによるトレぺ争奪など、「日常」が次々と崩壊しはじめ当惑や憤懣が渦巻いています。暴言承知で書けば、「本当に戦争になったらこの程度じゃすまない」。このうすら寒い連想をしっかりと導入に据えて、「戦争を避ける(被害を最小限にとどめる)にはどんな水際作戦が必要なのか」を発達段階に応じてさまざまなケーススタディ、シミュレーションで考えさせていく「安全保障教育」が今後一層求められてくるでしょう。「来ないでほしい」と願う気持ちは純ですが、厄災は祈っても願っても来るときは来るのですから。
行ってらっしゃい






-3月3日-
 8日の運び出しに備えて今日、研究室の段ボール箱詰めを完了しました。地球33番地の表彰状やユーラシア大陸最西端到達証明書などの「お宝」も思い切って処分することにしました。留置物以外の物品ですが、冷蔵庫、電子レンジ、サイドテーブルなどは、4年間本当にお世話になった翼先生の研究室に嫁入りすることになりました。CDラジカセや本立ても同僚の先生に、ファイルやマグネットなど職員室で必要になりそうなものは4月から八尾市の教壇に立つ学生にプレゼントしました。その他、事務用品は総務の藤澤さんに託しました。
「戦後」がようやく終わる?






-3月1日-
 新型コロナウイルスの蔓延を受けて、昨夜、安倍総理が記者会見をしたのですが、その中で「敵」「戦い」という言葉が何度か出てきたのには感動しました。こんな文脈でなければ、リベラルを標榜するメディアや野党が狂ったように罵声を浴びせたことでしょう。「有事」「緊急事態」という言葉もそうですが、これらは従前、とくに教育の世界では封印されてきました。バイオテロや戦争をよしとするわけではありませんが、大儀のために苦渋を余儀なくされうることをリアルに体験できたという意味では、今次の騒動は貴重な反面教師だと言えます。