■ 教育直語 
秋学期始まる





-9月30日-
 小欄にとって最後の学期が始まりました。今年の5~6月頃は体力も気力も減退気味で、9月末で辞めようかと思ったこともあったのですが、可愛い(笑)16人のゼミ生を置いて先に「卒業」というのはやはりマズイと思い直しました。今も絶好調というわけではなく、しんどさが先に立つ毎日ですが、でも心機一転、新学期が始まるとまた活力も湧いてくるでしょう。3時間目は「初等教科教育法(社会)」。最後の学期なので年次進行無視のデラックスメニューです。
逆、そのまた逆





-9月29日-
 伊丹空港で乗客のナイフ持ち込みが見逃されたとかで、その後の処理のまずさもあって大混乱。たしかに安全にかかわる重大事ですが、小欄のいささかの海外体験からすると、その程度のことであの程度の大騒ぎになる国というのはそんなに多くはないように思われます。そう考えると日本はまだまだしっかりしていると勝手に評価していました。ところが「空港の安全神話は崩壊した」などと絶叫していたテレビが、いまや関電事件とラグビー勝利で大騒ぎ。嗚呼!
名張へ





-9月27日-
 昨日は大阪市の実習校訪問。算数の授業を見学。梅田でちょっとリッチなランチをすませてPRESTIAによって帰宅。今日は高校の進学ガイダンスのため名張へ。鶴橋からILで50分ほどの距離なのですが、街なかの車のナンバーがほとんど「三重」なのを見て、ずいぶん遠くまで来たような感慨にふけりました。行きは少々遠回りだったので、帰路は生徒に聞いた近道で駅へ。駅前に食堂なし。昨日とは打って変わって、コンビニおにぎりというさみしい昼食でした。
COS理論






-9月26日-
 先の新潟の学会で「教職大学院では指導要領が理論扱いされている」という報告を聞き仰天。10年も経てば変わってしまうシロモノを「理論」と呼ぶなんてのは、学生の責任ではなくおそらく一部の教員の犯罪的な堕落と言えるでしょう。とは言え学界ではたった一人で30もの理論をぶち上げて本にした「天才」教授もいましたから、そもそも「理論」の意味が共有されていなかったのだと考えていいのでしょう。佐藤学はかつて「教科教育学という神話」という爆弾発言をしましたが、教育実践を分析科学的に語るのはやはり無理なようですね。
4連休





-9月24日-
 この3連休はどこへも出かけず、秋学期の授業計画の最終チェックなどをしていました。さて今日は年休で結果的に4連休です。午前は亡母の3回忌ということで寺参り。無事法事をすませて12時に南口駅へ。今日は教え子が二人宝塚を訪ねてきてくれたのです。ホテルのランチビュッフェですが、食い気よりも「喋り気」で、懐かしい話題やお互いの近況などを語り合いました。あと「花の道」や大劇場など。近くに案内できる名所があるのはありがたいことです。
スイッチ






-9月22日-
 AIの暴走を危惧する声に対してスティーブ・ジョブズだったかが「スイッチを切ればいい」と言ったそうですが、小欄に言わせれば、AIの暴走よりもそれに比例する人間の堕落の方がより深刻で、廃人化した大衆にスイッチを切る意思と能力が残っているかどうか・・。いまや、「資本家と労働者」に代わって「情報を操る側と情報に操られる側」という対置が定着していますが、自然に対するのと同様、情報を弄ぶ連中はいずれ情報からしっぺ返しを受けるかも。GAFAが消えたら不便ですが、な~に少し前の生活に戻ればいいだけのことで・・。
実習校挨拶、健康診断





-9月20日-
 ガクンと音をたてるように涼しくなりました。今日はまず八尾市立八尾小学校へ。教育実習校への挨拶です。4時間目の算数の授業を見学しました。ちょうどうまくやってきた区間準急に乗り、河内国分駅前でパンを買って、久しぶりに大学まで歩きました。半時間ほど雑用を片付けて14時から健康診断。大学附属の診療所なのですが、あいにく今日は高校の運動会で近道の門が閉まっていてずいぶん遠回りしました。終了後、パンを食べて一息。忙しい一日でした。
ヨルダン川






-9月18日-
 デモクラシーを民主主義と訳した犯人はどうやら西周らしいのですが、その後も誤訳は後を絶ちません。最近NHKはイスラエルの占領地併合問題に関連して「ヨルダン渓谷」という呼称を多用しています。valleyの訳だと思うのですが、どこに渓谷なんてあるんですか! たしかにヨルダン川の「河口」は標高マイナス430メートルほどで、周囲の土地との標高差は1000メートル以上あるのですが、だだっ広い地溝の真ん中を幅数十メートルの川がヨロヨロと流れているだけです。現地を知らない人が勝手に訳すととんでもない誤解を与えます。
「反社」(苦笑)






-9月16日-
 今回は(も)興味を引くような発表はほとんどありませんでした。べつに上から目線で揶揄しているのではなく、小欄の脳の方が反応しなくなったのです。まがりなりにも社会科教育(研究)について考えすぎてきて、にもかかわらず、気づいたら反社会的、もとい、反社会科的世界に迷い込んでいた・・というような奇妙な感覚・・。量子力学でいう反物質のような存在でしょうか。あるいはブラックホールに落ちて異次元の世界に入ったというか、メビウスの帯をはい回っているとか。出張旅費を使って学会に来るのもこれが最後。潮どきでしょうか。
酒会科教育学会!②





-9月14日-
 快晴。日本社会科教育学会は相当な人出。午前中の自由研究発表では1回だけ「学習指導要領が悪い」と暴言を吐いておしまい。午後のシンポジウムは4人が登壇したのですが、それぞれは興味深い報告だったものの、その4つの話題を絡ませて付加価値のある議論を実現するのは魔法使いでも無理だろうと判断できたので即中座。夕食は、懇親会には出ないというS氏を誘ってまたまた「あさひ山」へ。「新潟ビール」と2種類の「朝日山」を堪能しました。
酒会科教育学会!①





-9月13日-
 今日から2泊3日で新潟出張。伊丹空港のラウンジで出会ったM氏と、昨今の大学をめぐるあまり爽やかではない話題をひきずりながら結局新潟駅までご一緒しました。さらに夕食も・・という話になり、ホテルで紹介してもらった「あさひ山」という和食処へ。ここがすこぶるオシャレで銘酒「朝日山」はもちろん郷土料理も気に入ったので再来を約して早めに引き上げ、新潟駅西通路にある日本酒専門店でまたまた飲みなおし。大学談義、学会談義は尽きません。






-9月12日-
 今朝、少し涼やかな風が窓から入ってきました。ようやくって感じです。こうなると夏の疲れがドッと出てくるのが常ですが、こんな時期に限って、先々週の仙台出張、先週の神戸大集中に続いて明日からは新潟出張。もどってきたら教育実習校の挨拶まわりに三重県の高校で行われる大学PRイベントへの参加、法事、会食などと行事が続きます。その合間を縫って秋学期の授業準備。「最後の学期」になるわけですから有終の美を・・と、自然に力が入ります。
新発想の出題





-9月10日-
 先週の集中講義の評価テストはこれまでにない難問。各授業の最後にキーワードとして示した用語のなかから12個を提示して、これを4つずつ3つのグループに分類し、その4つの用語を使って3種類の意味のある短文を作成せよというものです。つまりどう3つに分類するかによってどんな短文が構想できるかが決まってくるわけで、知識の活用力に加えて「グルーピングに関する戦略的思考」が試されるというワケです。結果は予想以上の好成績でした。さすが。
ヨレヨレ





-9月8日-
 昨日5時過ぎ、評価テストを回収して3日間の集中講義終了。例によって吉永教授と研究生たち総勢5人で六甲苑に乗り込み、社会科教育、阪急電車、課程認定などに関する平均以上の知識をもっていないと絶対に楽しめないオタク会話を楽しんで帰宅しました。で、ゆっくり静養といきたいところだったのですが、今日は本務校の入試。今日を皮切りに3月までさまざまな行事が続きます。今日は面接とレポートの採点。終えて昼食にありついたのが2時15分!
熱弁をふるう





-9月6日-
 今日は倫理社会、政治、歴史的な内容論でした。ひたすら熱弁をふるいました。アクティブラーニングとかで学習者の主体的活動を重視するのも能力育成という面では必要なのですが、連中の試行錯誤に任せていたら文化遺産の伝達には膨大な時間がかかってしまいます。教師主導、一方的伝達は悪いわけではなく、何を伝えるかが問題。小欄の場合は「これを語らずにおくものか」と強烈な信念でアクティブティーチングやってます。したがって罪悪感はゼロ。
神戸大学へ






-9月5日-
 今日から恒例の集中講義です。教室は懐かしいA325。隣の小さなゼミ室を個人専用の休憩室として使えるのが助かります。今日は目標論と方法論3つ、それとせっかく作ったからということで8月4日の特別授業で使ったイスラエルの話。連続5コマやっているので結構負担になっているはずなのですが、通勤時間がいつもの半分だったこともさることながら、やはり六甲山のふもとを阪急で通うという「日常」のせいか疲労「感」はそれほどでもありません。近鉄ってやっぱり「異世界」なのかなあなどとつれづれに考えながら初日無事終了。
もう1つの「往還」






-9月4日-
 教育方法学では、教材研究の方法や内容、授業構成の方法などについてさまざまな理論や実践を持ち寄って、よりよい教育の姿を追求しようとします。それはそれで大切なことなのですが、一方で、授業づくりにはヒラメキとか遊び心みたいな、いわば定式化できない側面が多分にあって、そのような職人芸的な要素は「研究」では言語化できませんし、「学」の対象にもなりえません。多くの「芸」に触れて感動し切磋琢磨するという「前近代的」努力にしか道はありません。「理論と実践の往還」ならぬ「研究と修養の往還」も必要に思われます。
中国ガンバレ





-9月2日-
 WTOで中国が発展途上国扱いされているのはケシカランとトランプが文句を言っています。対して中国は「一面だけで判断するな」と反論しています。その通りでしょう。都合の悪い海外放送があると画面が真っ黒になったり、平気で海外ブランドの偽物を売りさばいたり、まともな選挙もなかったり、気に入らない連中を勝手に拘束したり・・などというのはまさしく発展途上国のみがなしうることです。中国は、このような具体例を列挙して、断固反論すべきです。