■ 教育直語
どうでもよくない






-5月31日-
 平成生まれの若者の知識のなさを嗤うというような趣向の番組を見ました。ここでいう知識とは、受験用でもなくクイズ番組用でもなく、高尚な教養というものでもなく、「わざわざ学習するほどでもないけどみんななんとなく知っている」という類のいわゆる「日常知」です。それにしても結果は悲惨で、関係のある(興味のある)ことの追求に知的好奇心を使い果たしてしまって「どうでもいいこと」にはまるで意識が向かないスマホ人の実態がまざまざと。こういう現状は社会科にとっては「どうでもいいこと」ではないどころか致命傷なんですけどね。
懐疑は踊る






-5月29日-
 欧州議会選挙が終了しました。予想通りEU懐疑派が躍進して、英国では「離脱党」が第一党になりました。これだけの範囲の人間が「みんな仲良く」なんてできるわけないと、小欄は以前から懐疑的でしたが、某シンクタンクの調査では20年以内にEUは瓦解するという見解が関係国で40%に昇ったとのこと。結局、「みんな仲良く」よりも「なるべく戦争にならない程度にお互いが突っ張り合っている状態」の方が愚かな人間世界には似合ってるってことです。それにしても我が国の教育、いつまでグローバルとはしゃぎ続けるつもりでしょうか。
今週の2コマ





-5月27日-
 まだ喉や鼻の調子は万全ではないのですが2週連続で休講というわけにもいかないので出かけました。3時間目は「社会(小)」。「坂道」の授業にひっかけての地名論では静岡県秋葉神社とAKB48、帝国陸軍大将乃木希典と乃木坂46と、またまた意図的な脱線。4時間目の「異文化」は「フランスその周辺」。例の「最後の授業」を使ってアルザスの問題を学部生用にやさしく紹介、さらに加えてブルトン語やカタルーニャ語の話をスライドを多用して紹介しました。
教職への夢、いずこ?





-5月25日-
 小学校教員採用試験の倍率が年々低下しているそうで、平均3倍強。1%台もチラホラ。送り出し側からすれば、一時の10倍、20倍が嘘のような昨今の情勢はありがたいにはちがいないのですが。ところで、志願者がガタ減りだというのに教員養成学部の新設は相変わらず。ということは、教員になる意思も可能性もない学生相手に指導案の書き方とか指導要領がどうとかいう講義が全国で行われているわけで、これは膨大な社会的無駄だと言うことになります。
季節はずれ





-5月23日-
 はなみずきは足早に去って、今は湧き上がるような新緑です。その季節の移ろいと若干ずれているのが南風の頻度。いつもは3月に多いITMの逆着陸が近頃日常的に発生しています。離陸時に比べて高度が圧倒的に低いので結構な迫力。もう一つ季節外れなのがわがアレルギーで、スギもヒノキも終わったころに鼻と喉の調子が悪くなって、先日は授業も休講にして耳鼻科へ行ってきました。「イネ科アレルギー」だと言われました。こりゃあ季節に先んじたか。
試験対策






-5月21日-
 今や飛ぶ鳥を落とす勢いのAIが司法予備試験問題を予測したところ6割がた的中したとの報道。その伝で行くと、教員採用試験などは9割がた的中するでしょう。なまじっか奇抜な、あるいは味のある問題などを出して、それこそ「問題に」なったらコトですし、そもそも作問に十分な時間を割くほどの暇もありません。過去問を適当にアレンジするという無難路線もやむなしです。教採を受けるゼミ生には、「意味があるのか」などとしょうもないことを考えず、ただひたすらあちこちの県の問題集をやってやってやりまくれとアドバイスしています。
不思議と言えば不思議





-5月19日-
 以上は、お世話になった教科教育学界への裏切りにほかならないのですが、考えてみれば、加藤章先生にせよ、朝倉隆太郎先生にせよ、伊東亮三先生にせよ、谷川彰英先生にせよ、藤岡信勝先生にせよ、学界でそれなりの地位にあった人の多くが、無遠慮にあるいは密やかに教科教育学への「とまどい」を口にしてそれぞれの道に転進していきました。不思議と言えば不思議です。不肖小欄も、同じ末路を歩みつつあるのかなあと奇妙な感慨に浸っています。
皮肉と言えば皮肉




-5月17日-
 大学教員になったころは、「民主主義とは民が主となる主義だ、だから主となるにふさわしい民を育てなければ」と大言壮語していたのですが、30年あまりを、まがりなりにも研究者としてそれなりに努力してきて、プラトンの洞察に驚きポリュビオスの政体遷移論に出会い、「広い視野に立って」「主体的に」考えた挙句のはてが前項に書いたようなありさまです。皮肉と言えば皮肉ですね。
悲劇と言えば悲劇






-5月15日-
 ここのところ大衆社会の下卑た喧騒に辟易しています。小欄が理想とするのは「しかるべき不平等としかるべき不自由が是認されているゆるやかな階級社会」「老子の言う小国寡民を前提とした君民共治的な社会」ですから、当然ながら民主主義だのグローバルだのにはトンと魅力を感じません。そういう人間が「国際社会に主体的に生きる平和で民主的な国家・社会の形成者」(指導要領)を育てる社会科教育を担当しているというのは、「仕事だ」と割り切っているとは言え、精神的な股裂き状態は相当なものです。悲劇と言えば悲劇です。
今日の2コマ





-5月13日-
 3時間目の「社会(小)」では、地域学習の素材になりそうな身近な事物を5人に報告してもらったのですが、「見つけて~」という小欄の指示もむなしく、全員が「探して~」「調べて~」きました。無念。指示は難しいものです。4時間目の「異文化」は「日本とその周辺」。日本分割論に続けて懐かしい「ラッコとガラス玉」の話や琉球大学の英文名称の話、ペリフェラルゾーンの悲哀、肉まんと豚まん、方言周圏論などなど。教科教育よりも教科内容の方が楽しいですね。
就活風景






-5月11日-
 一般企業への就職をめざす学生の、いわゆる就活が山場を迎えています。すでに内定をもらっている学生も少なくありません。大学が用意した〇〇対策講座や求人コーナーなどの支援策に、彼らはほとんど頼っていなくて、スマホで情報を集めて自分でさっさと面接を受けに行っています。時代なんでしょう。気になるのはバイト探しとあまり変わらないような感覚が見え隠れすること。3年以内の離職率が31.8%というデータもあり、「お試し入社」という言葉も出まわっている昨今ですが、「お試し」続きの人生もねえ、どうなんでしょうか。
画期的提案(笑)





-5月9日-
 新元号の発音「レイワ」から連想した地名がオアフ島のハレイワです。どうってこともない小さな町なのですが、そこそこのショップやレストランがあるのは、ここがサーファーの聖地と言われているからです。そこで提案。「波令和」と大書したサーフボード型のモニュメントを作ったらインスタ族が押し寄せることまちがいなし。ついでに波令和バーガーでも売れば半年ほどは儲かるかもしれません。ただし地元の本来の発音では、ハレイワはハレイヴァだそうです。
便利だけど切ない






-5月7日-
 地理屋が巡検に行く大きな目的が各地の自然や文化景観、伝統工業の作業風景などをカメラに収めること。それに自身の体験や感動などを加えて授業で披歴するわけで、小欄も数千枚のスライドを所蔵していました。今でも海外に行くと、こういう教材収集の「目」でカメラを構えてしまう癖が抜けません。ところが先日喜望峰の写真をパワポに張り付けていて改めて気づいたのですが、単に風景を紹介するだけならわざわざCPTくんだりまで出かけなくてもネットにいくらでもきれいな写真が揃っています・・。う~ん、なんかやりきれないなあ!
せっかく作ったのに‥






-5月6日-
 ターリクに始まりボアブディルに終わる歴史Aとマルコポーロに始まりコルテスに終わる歴史Bの一見無関係な二つの線が1492年1月2日にアランブラで交わるという、清張の「点と線」にも似たゾクゾクするような歴史ドラマを1枚にまとめた会心のオリジナル年表を作ったのはもう30年以上前なのですが、先日、探していたらこれが見つかったのです! 早速これにサラゴサ、トルデシリャスの2つの条約を付け加えて今日4時間目に「スペインとその周辺」の授業を実施しました。せっかく作った授業なのに、1回しか実践できないのは残念です。
余計な心配





-5月4日-
 かつてイスラエルに滞在していたとき、現地の仲間から「宗教は?」と問われて「金曜日はイスラム教、土曜日はユダヤ教、日曜日はキリスト教なので週に3回休みがあるんだ」と答えたら結構ウケました。彼の国では学校はアラブ人学校、ユダヤ人学校などに分かれているのですが、このほど宗教の区別をしない学校ができたそうで、NHKは平和への第一歩などと無邪気に喜んでいました。でも小欄は心配しています。その学校、何曜日がお休みなんだろう?







-5月2日-
 そこまで考えて決めたわけでもないのでしょうが、新元号のアルファベット表記REIWAは、ことのほかすわりのいい字列のように思われます。ふと思いついて250ほどの元号のなかでアルファベットRで始まるのを探すと、令和を含めて3つしかありませんでした。天皇の名でも3つ(南北朝の混乱期のを含めても4つ)。R音は漢籍で持ち込まれたもので古代日本語(ヤマトコトバ)にはなかった音ですから、ある意味当然。つまり令和は史上かなり特異な元号ということになります。ちみに元号で一番多い頭文字は何か? まだ調べてません。
令和






-5月1日-
 ここのところの改元フィーバーにはまったく驚かされます。もちろんマスコミの扇動も大だったとは言え、何らかの素地がなければ笛吹けど踊らず‥のはずです。某新聞は「元号などややこしいからやめろ」と書いたそうですが、ややこしくてもわけがわからなくても、元号なり天皇制度なり長く続いたものにはそれだけのエネルギーが宿るものだと思い知ったことでしょう。敷衍すれば保守思想の正統性と設計主義の稚拙さです。本欄も「改元記念」ということで左上の写真をエンボケックからステレンボッシュに変更、色合いも明るくしました。