■ 教育直語
研発シーズン





-1月31日-
 2月は附属学校などの研究会のシーズンです。研究の総まとめを披歴するにはこの時期が最適なのですが、それ以外に、前後に学校行事がないこと、出張旅費の精算が間近いことなどの現実的な背景もそこにはあります。明後日は鳴教大附属小で高橋勝氏を迎えて発表会がありますし、福岡教育の3つの附属小は今週から1週間おきに発表会を開きます。あちこち義理のある附属もあるのですが、今回は初めて三重大附小の研究会に行くことにしました。
自由と平等






-1月29日-
 フランス革命の3つのスローガンのうち「博愛」のインチキはすぐにバレたのですが、「自由」と「平等」は生きながらえて、いまでも学校で理想として語られています。しかし自由と平等を突き詰めれば社会の知的レベルとそしてモラルレベルが確実に低下してしまうことは、そのこの上ない具現であるネット空間の惨状を見れば明らかです。人間社会がこれから追求すべきは「よりよい不自由」と「よりよい不平等」なのですが、それを「みんなで追求する」というのは明らかな論理矛盾。かくなる上は黄金門が開くのを待つしかないのでしょうか。
雪の朝に・・





-1月27日-
 本来なら今週末は2泊3日で沖縄に出張の予定でしたが、事情があって別の先生に交代してもらったので、今朝は自宅で雪景色の朝を迎えています。寒がりで旅好きな小欄ですから、気を使う用務とは言えタダで沖縄往復できるとなれば今までなら無理してでも引き受けたのですが、今回はそれほどの「未練」もなく、あっさりと代役の先生にお任せしてしまいました。教育委員会訪問で何度も訪沖したとはいえ、こういう自身の心境の変化にちょっと驚きですね。
ゼミ打ち上げ




-1月25日-
 今日2時間目のゼミが今年度最後の授業でした。6人の学生が卒業研究の骨子を発表しました。まだまだ煮詰まってはいないのですが、早いうちからスッタモンダしているとそのうちなんとかまとまってくるものです。発表終了後「打ち上げ」として、お惣菜屋さんから届いたトリカラとスプライトで乾杯。小欄の方もインフルエンザで欠席した1名への特別試験を終えれば成績処理ほぼ完了。
ネオリベまるだし






-1月23日-
 学生対象のプログなるテスト(先月実施)の趣旨と分析結果を解説する研修会が今日ありました。リテラシーとコンピテンシーという流行のカタカナ語で分類された多くの設問に答えると長所とか短所が数値化されるという、よくある診断テストのたぐい。平均やモデルとの乖離で判断するようですが、ピカソが受験したらたぶん最低の成績になるだろうシロモノです。反効率、反モデル、反グローバルへの志向が蠢動の気配をみせている時代に、「何だかなあ」って感じ。無礼承知で書かせてもらうなら、「データ教」という新興宗教って印象です。
暗証番号を使う





-1月21日-
 先週「初等教科教育法(社会)」の試験をしました。アマアマの出題・採点だったのですが、それでもひっかかった学生が9名。今日はその「選ばれた」彼らだけを対象にした「総括テスト②」を実施しました。対象者の呼び出しには、あらかじめ登録させた暗証番号を受講者全員に配信される掲示板に掲示するという方法を使いました。学生は合否が気になりますから必ずサイトを確認します。暗証番号ですので「落選」は本人にしかわからないという仕掛けです。
センター試験監督




-1月20日-
 本来は8時集合だったので八尾のホテルを予約していたのですが、小欄が担当する教室では1時間目の試験の受験生がゼロという幸運に恵まれて10時集合になって大助かり。5コマの監督が4コマに減りました。それでも苦痛には違いなく、とくに3コマ目は眠くて仕方ありませんでした。しかし何よりもの幸運はトラブルがなかったこと。18時過ぎ退出。自由亭でカキフライとビール。
言葉遣い





-1月18日-

 ビアス風に言えば、研究とは「超オタクが大抵の場合ほとんど役に立たないような世間離れした疑問の解決のために努力すること」・・でしょう。ところで、大学院というのは本来、学問研究をする場ですから、学校教員が「世間離れしない」研修や研鑽をする場を教職大学院と呼ぶのはいかにも面妖です。研究と同様に研修や研鑽も必要ですが、それは大学附属の研修センターで行えばいいこと。なにゆえあって大学院? ゲスの勘繰りもしてみたくなりますね。

私の43人目





-1月16日-
 昨日、今日、2年生最後の授業を実施しました。学習指導要領第6学年には取り上げるべき42人の歴史上の人物が列挙されているのですが、昨夏行った「43人目を選ぼう」という授業を受けて、今回は私(小欄)が選ぶとしたらこの人だ・・ということでジャヤワルダナ大統領を取り上げ、彼の功績を紹介しました。「彼はなぜ教科書に載らないのか」・・この問いに取り組むことで、戦後日本の言説空間や現代日本社会のゆがみすらが、見事にあぶり出されてきます。
再び歴史的自己認識






-1月14日-
 前記の続き。NHKの世論調査で「必ずしも結婚する必要はない」とした回答が68%になったとか。その理由はそこそこ想定できるものでしたが、中で目を引いたのが「子供リスク論」。子供ができるとケガやいたずらの心配をしなければならないからリスクだというわけです。もっともな指摘ですが、この回答者の両親はそういうリスクを背負いつつ彼(彼女)を生み育ててきたはずで、そのまた両親も同じ。リスク回避もいいですが、少なくとも、そういう歴史的なリスクのつながりの果てに自分の「生」があることに、まず感謝、感動すべきでしょう。
一点世界の






-1月12日-
 社会地理学者の水津一郎氏が、他の学問分野を「一点世界の社会科学」と呼んで皮肉ったことがあります。地理学のように空間的な視点を斟酌していないという意味です。先日、林修氏が高学歴ニートの言い分を叱る番組を見てこのコトバを思い出しました。ニート諸君の言い分は、「自分をいかせる仕事がない」「おもしろい仕事がない」など。彼らには一杯のコーヒーの後ろ側にどれだけ多くの人々の働きがあるかが見えていないのでしょう。社会的自己認識も歴史的自己認識もゼロ。自分一人で生きられていると思っているみたいです。
無知の恥






-1月10日-
 ヴィッセル神戸のイニエスタ選手がイベント写真に黒塗りの人形風の写真を載せたところ差別だというネット書き込みが多く、謝罪に追い込まれたとの報を聞いて暗然としました。彼が言うように故国スペインでは黒マリアを飾るのは祭ではよくあることで、先日はフィリピンで黒キリストをかつぐ祭がありました。そういう異文化事情も知らずに勝手なことを書く連中が、時に「異文化を大切にしよう」などと書き込むのでしょう。悪貨は良貨を駆逐するとよく言いますが、ネットが発達したおかげで、「悪情報が良情報を駆逐する」時代になりました。
「最強の内閣」第2弾





-1月9日-
 前々項に書いた「やったぜ授業」ですが、昨日パワポ完成。既製の「世界最古の憲法」あたりの内容なのですが、まったくリニューアルしてすごく深い展開になりました。さて今日は「最強の内閣」の2回目。Bクラスの学生もよく調べてしっかりとした発表をしてくれました。防衛大臣には東郷平八郎のほか北条時宗も登場、外務大臣は小村寿太郎と陸奥宗光が拮抗。やはり明治以降の人物の方が比定しやすいようなので、次回は制限をかけた方がいいようです。
新企画





-1月7日-
 出勤。今年最初に出会うのは誰だろうかと思って学内に入ったら、あろうことか学園理事長とばったり。それはさておき、3時間目は新企画の「最強の内閣を作ろう」のプラン発表です。6年生の教科書に載っている人物の中から現代日本の課題解決にあたってくれそうな文科大臣や防衛大臣など5つの大臣を推薦してその理由を発表するというもの。想定外に中身の濃い授業となりました。国交大臣に伊能忠敬、厚労大臣に平塚らいてうなど・・。なるほど!
「やったぜ」





-1月5日-
 今年は文字通りの寝正月。ホントに自分でもあきれるぐらいに寝ます。日頃の通勤の疲れがドンと出たのでしょうか。しかし、寝ても覚めても風呂の中でも授業のアイデアが浮かぶとそれにのめり込んでしまうのが教師なる種族のどうしようもない性(さが)。例によって今期最後の授業のあれこれについて思いめぐらせたのですが、正月休みで十分な時間があったためか、自分でもびっくりするような劇的なストーリーに仕上がりました。パワポ完成が待ち遠しいです。
新春 酩酊





-1月3日-
 愛読しているオピニオン誌の1月号の特集は「『思想』としての防災」。何のことやらわからない変なテーマだなあと思いながら読み始めたのですが、これがなかなかの深い内容。とくに座談会はシュメール文明からキルケゴール、シン・ゴジラに柳田国男、もちろんニーチェにそして桓武天皇・・と、縦横無尽に繰り広げられる知の交錯に、不勉強な小欄もさわやかな共感を覚えながら読み進めました。第2特集の「沖縄」も従来の古びた言説を切り裂いた「快談」でした。
ゼミ生に年賀メール




-1月1日-

 「謹賀新年 大切な1年のはじまりです。人生思い通りになるなんてことはまずないのですが、でも思わなければ何も始まりません。無理に背伸びすることもないですけど、ちょっと上を向いて歩きだしましょう。失敗と後悔と挫折の連続かもしれませんが、その中に「やったぜ」と小さな声で自分に呼び掛けることのできるキラリと光る何ごとかに出会える1年であることを期待しています」。