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高知へ






-7月31日-
 岡山駅で祭り寿司を買い込んで6番線に停車中の「南風6号」に乗り込みました。いや~~懐かしかったです。鳴門に移ってからも高知へは何度か行ったのですが、ほとんどが車かバスだったのでJRは本当に久しぶり。しかも岡山発です。土讃線に入ってからは2000系の豪快な走りを存分に楽しみました。後免で下車してタクシーで日章小学校へ。新指導要領を踏まえて「6年生4月の政治単元の導入授業」の試行という意欲的な研究授業でした。そのあとトークセッションと澤井前視学官の講演。改訂談義も耳で聞くとよくわかります。
怠惰への寛容





-7月29日-
 17日の本欄(バグダッド郊外の一件)と同じような体験を、先日曽野綾子さんがコラムに書いてました。貧困という別な背景もあるようですが、湾岸あたりではゴロゴロしているのが一番理にかなっているというのです。そこはそれ小説家、「それを知って以来私は怠惰に寛容になった」と実にうまい表現でコラムを締めくくっています。ところで、怠惰にもっとも非寛容な国がおそらく日本でしょう。さすれば小欄など典型的ニホンジン。「力を抜く」努力をしなければ(笑)。
プログラミング






-7月27日-
 国だか県だか企業だか忘れましたが、小学校に助成金(予算)を出してプログラミング教育を奨励していて、その成果報告会の様子をテレビで紹介していました。定められた線の上を手作りのロボット(のような物体)が正確に進んでいくもので子供たちは「成功」に大喜び。たしかに達成感いっぱいで今後の学習にも励みになったことでしょう。でも一方、人生は決してプログラミングできないということをしっかり体験させるための教育にもお金は出ているのでしょうか。いつの世も教育は時流にのった話題作りのために利用されるんですよね。
酷暑続く





-7月26日-
 相変わらずです。それは自然のことなのであきらめるしかないのですが、あきらめきれないのが、「命の危険がある」という警告にもかかわらず校外学習とやらに連れ出された小学校1年生が死亡した一件です。以前『教師の常識・非常識』という本を読んだのですが、まさにそれを地で行っています。夏休みとあって運動系の対外試合も相変わらず。人権問題に特にウルサイ企業が主催する「夏の甲子園」。来年も例年どおりのやり方で開催するのでしょうか。
コスタ・リカ






-7月24日-
 旅番組でコスタ・リカをとりあげていて、「自然と平和を愛する国」という触れ込みでした。「自然」はともかく「平和」は眉唾もので、軍隊がないことがその根拠だそうですが、実態はクーデタ封じと予算不足で軍備をしていないだけで、べつに平和志向でもありません。武装警察が結構国内外で派手に活躍しているそうですし、いざという時のために米軍が駐留しています。そういう事実はTVではまるで紹介されません。そもそも「軍隊がない=平和」というのはまったく子供じみた短絡的発想。偽善的平和教育、そろそろやめにしませんか?
論文完成③虚脱?





-7月22日-
 「思い残すことはない」(前々項)とは言え、小欄は俗物ですので、「マツタケが食いたい、鰻が食いたい」と熱望していますから、N氏のように潔く自裁する気配は毛頭ありません。ただ、一応世間的には研究者となっていて、その生業である論文書きにみずから終止符を打ったわけですので、それなりの虚脱感はあります。ただ、今後も本は読むでしょうし、「考えるということ」そのものをやめるわけにもいきませんから、さてどうしたものか。まあそのうち何とか・・。
論文完成②タイトル






-7月20日-
 その「最後の論文」のタイトルは、有名な「民主主義と教育」を横目で睨みながらつけたものです。あの世でジョン君が「とんだトバッチリだ」と歯ぎしりしているかもしれませんが知ったことではありません。それより深刻なのが、小論の日本語タイトルと英文のそれとのどうしようもないすれ違い。本文記述からすれば明らかに矛盾する英訳なのですが、それを承知で放置しているのは、やむをえないという側面もあるのですが、一面、誤訳に無頓着な日本社会への強烈な皮肉でもあります。その他いろいろ「針」の多い作品。さて世評はいかに。
論文完成①心境






-7月19日-
 昼過ぎ、拙稿の抜き刷りが届いたので、用意した封筒につめて午後発送しました。小欄「最後の論文」です。これまでの社会科教育研究(実践)の拠って立つ基盤をハンマーでたたき割ったような暴論で、「遺言」と自称するにふさわしい内容です。論文執筆のエネルギーもかなり萎えてきましたし、ここまで書いたらもう思い残すことはありませんから、これで撃ち止めです。「いつお迎えが来てもいいのだ」と最近言いふらしていますが、こういう憎まれっ子こそ、そう簡単にはくたばらないものだとする反論には「かもね」と甘受せざるをえません。
酷暑





-7月17日-
 それにしてもこの暑さ。あきらかに異常の域に達しています。昼過ぎにはもう何もやる気がしません。年齢のせいだけではないようです。バグダッド南郊のレストランでランチをとったあと、いくらたってもドライバーがバスを出そうとしないので、「早く行こう」と声を掛けたら彼曰く「こんなときに外へ出るのはクレージーだ」。そして厚いカーテンのおりた暗い部屋でみんなゴロゴロ。バスが出たのは夕方でした。そういう知恵を日本も学ばねばならないかもしれません。
祝日出勤





-7月16日-
 先月の地震に伴う休講の回復措置とかで今日は国民の祝日なのに平常授業です。小欄のこれまでの勤務大学の実態と比べればまさに「鬼か」と絶句するような話ですが、建前からすればこれも当然。文化相対主義で割り切って出勤しました。ゼミ生が手伝ってくれたので「お茶小見学レポート」のカルタ取り作業はお昼過ぎに完了。なかなかの力作揃いです。早速学科の先生方にできた冊子を配りました。そのあと近々届くはずの拙稿の抜き刷りの発送準備。
善玉・悪玉史観






-7月14日-

 潜伏キリシタン(昨今こう呼ぶそうですが「隠れキリシタン」の方がなじみがある)関係の遺跡が世界遺産に登録されたそうで地元九州は大喜びです。一応祝意を表した上であえて書けば、これで「幕府(日本)=悪、キリスト教(西欧)=善」という懐かしい善玉・悪玉史観がまたぞろ強化されるでしょう。イエズス会が甘言を弄して土地を租借し、その土地の宗教・習俗に罵声を浴びせ抹殺しようと目論んだ歴史は不問に付されたまま。ピサロを頭目とするキリスト教勢力に対する南米原住民の抵抗の跡は世界遺産になっているのでしょうか。

テスト、採点、評定





-7月12日-
 昨日はテスト。9:30開始にしたので、近鉄は一つ遅い急行にしました。終了後は東京出張の帰任届などの事務処理その他に忙殺されていたので採点は後回し。ということで、普段木曜日は研修日にしているのですが出勤。午前中に採点は一応終わったのですが、最終的な評定をにらみながら再確認などをしていて午後もたっぷり時間をとってしまいました。夜行バスの疲れが本格的に出てきてヘロヘロになったので、度数分布のパワポを作ったところで退散。
無事もどりました






-7月10日-
 小欄は22:30のJRバス。高齢者には4列シートはつらいので別便での帰阪となりました。朝、カーテンをあけると米原あたり。そこはそれ昔取った杵柄というヤツで窓外の風景を1分ほども眺めればだいたいどのあたりかは見当がつきます。7時前、「無事天王寺到着」と学生からメール。小欄は予定より4分遅れの7:31に梅田着。プレミアムシートは2階席先頭なのですが、車輪の上で振動がひどく、あまりよく眠れず。ただ、足をゆったり伸ばせたおかげで、以前東京から仙台まで乗ったときよりも疲れは少ないようです。ともかく無事終了。
お茶小での授業見学





-7月9日-
 朝、熱帯のような驟雨がありましたが、その後は夏空の一日でした。バスでお茶小へ。午前は2年生の国語、5年生の社会の授業を見ました。昼は女子大の食堂。午後は4年生の算数の授業でした。終了後、バスで御徒町に出てアメ横を散策したあと地下鉄で都庁へ行き、南展望台から東京の町を見下ろして渋谷の「仙台や」(ゼミ生のおばさんが経営している中華料理)で夕食。山手線で新宿にもどって21:50のバスで大阪にもどる学生を見送りました。
ゼミで東京へ





-7月8日-
 集中豪雨で西日本を中心にかなりの被害が出ています。今日は天気は持ち直しているのですが、まだ岐阜県の一部には特別警戒情報が出ています。学生たちの乗る9:10発のJRバスは新名神経由なので岐阜は通りません。見送って小欄は阪急で伊丹空港へ。JLで一足お先に上京です。大塚のホテルに荷物を置いて小休止してから東京駅へ学生を迎えに行きました。渋滞で50分ほどの遅れでした。腹ペコというので東京駅で串カツの夕食をとってホテルへ。
豪雨





-7月6日-
 早朝は不通だった阪急が7時前に運転再開したので、全学休講はわかっていたのですが、細かな用務がいくつかあったので7:20に出発。入ってきた電車はもう超満員なのですが、それでも詰めれば詰まるものです。難波からの近鉄は別条なく2時間半かけて大学に到着。ただ、阪急がいつ止まるかわからないので、用務をすませてすぐに引き返しました。結果的に最終となった電車で西宮までは戻れたのですが、あとはアウト。復路は所要3時間40分でした。
〆はトルコ





-7月4日-
 今日は「社会(小)」の実質最後の日。来週、再来週は試験と振り返りです。今年度の「〆」は6年生下巻に掲載されているエルトゥールル号の話。昨年末に放送されたTV和歌山の特別番組の録画DVDが使えなかったのは残念ですが、資料読みだけでも十分な時間が必要でした。日本国憲法の成り立ちや植民地概念のインチキなど、ここのところ国際社会の陰謀暴露型授業が続いたので、最後は「報恩」をテーマに世紀を超えた人間愛のドラマで幕としました。
プレミアムな予言






-7月2日-
 「プレミアム」という言葉が昨今氾濫しています。お菓子から日用品までなんでもかんでもプレミアムですからありがたみもなにもありません。かく言う小欄も某組織のプレミアム会員ですが、会費もなければ特典もなし。名前だけです。クルーズ、グルメは言うに及ばず、他人と言えばいいのに他者と言い、作ると言えばいいのに構築すると言い、関係と言えばいいのに関係性と言い換える。言語は人間であることの必要条件の1つだそうですが、早晩、人間が言語に逆襲されるような時代が来るかもしれません。ちょっとSFめきますけど。
これも終活?






-7月1日-
 先月はうまい具合に学会があったので仙台の墓参りを済ませることができました。おそらくもうあの杜の都へ行くことはないでしょう。秋には山梨で学会があるので、亡母との思い出の地も見納めておこうと思います。今月末には南国で研究会があるので、これを機にお世話になった高知の町や瀬戸大橋も見納め。新大陸をはじめ未踏の地も少なくはないのですが、今春の南アを最後に新天地開拓はほどほどにして、「見納めの旅」に方針転換。さしあってインドと海外一人旅最初の泊地であるバルセロナを再訪しようかと思っています。