■ 教育直語 過去の研究室日誌へのリンクは最下段に
知識の構造図(笑)






−10月30日−
 先週、もと教科調査官の北先生からお葉書が届きました。だからというわけでもないのですが、小単元の「知識の構造図」を学生に作らせるという試みを始めました。いきなりでは無理なので、指導書研究編に掲載されている構造図のいくつかの部分を穴あきにしておいて、他の部分を参考にしてその空白を埋めてみる‥という作業です。小欄のこれまでの主張にはまったく反する行為ですが(笑)、単元のねらいや内容構成を確認・意識化させるには、有効な方法だろうと思われます。模擬授業の前にもやることはいっぱいあります。
原稿執筆




−10月28日−
 少々の事情があって、教育学部の有志で「教職入門」的な本を出すことになりました。各教科ごとに指導要領の解説とモデル的な指導案を掲載します。このような原稿の執筆は、小欄にとっては朝飯前と言えばそうなのですが、面倒にはちがいありません。一応、今次の新しい指導要領の文言をいちいち検討しなければなりません。ただ、おかげで改訂の概要がかなり頭に入りました。
教科書を教える






10月26日−
 ‥のはよくないこと、素人だというような考え方が教育界にはあります。研究会の授業というと、珍奇なネタを乱発したりパフォーマンスに走ったりする例が少なくないのですが、しかし小学校社会科に関する限り、まずは教科書をきちんと教えることができれば十分です。教材開発なんて力む必要なし。先週から「初等教科教育法」では教科書の見開きからどんな45分の授業展開ができるかを考えさせる授業をしています。はじめての試みですが、指導書を配布して教科書に盛られた数々の仕掛けを解読するという体験もさせています。
市民






−10月24日−
 衆院選は与党の大勝に終わりましたが、気になったの某政党のキャッチフレーズ。「野党と市民の力を合わせて〜」というのですが、市民というのはまさか町民や村民を「排除」したという意味ではないでしょうから、つまりは「みんな」とほぼ同義です。その「みんな」の過半数は与党に投票したわけですから、さきのキャッチフレーズはまるで意味をなしません。与党に投票するような不届き者は「市民」ではないとでもいうのでしょうか。「市民」だっていろいろ。それを十把一からげに神聖視するあたり、まさに戦後民主主義の残影ですね。
耳目だけじゃあね






−10月22日−
 拙宅の近くにそこそこ有名らしいピザレストランがあります。2回行きました。味はともかく気に入ったのが匂いです。大きな窯があるからでしょうか、店内に入ったとたん、パリかローマかマドリの下町の食堂に突然ワープしたような不思議な感じがするのです。昨今、ネットには美味しそうなメニューがならんでいますし、イヤホンで何やら聞きながら歩いている若者をみます。視覚や聴覚を刺激する情報は満ち溢れていますが、いかんせん、ネットでは匂いは今のところ運べません。嗅覚や触覚などの実体験の大切さも忘れたくないものです。
クリア願望






−10月20日−
 ‥というわけで今日無事投票をすませました。亡母の保険料の払い戻しとか年金その他の残務整理があり、ちょうど鳴門に出かけたからです。こういう作業に立ち会っていて感じるのは、新しい制度を始めると、それがいかに良くても既存の制度との整合性や連続性の確保が難しく、結果、複雑怪奇な仕組みが出来上がってしまうこと。身近なところでは課程認定を控えた教員養成系大学(院)の再編もそう。教員組織も教育課程もいっそオールクリアにすればずいぶん楽なのですが、現実社会はファミコンゲームのようにはいきません。
公民権






−10月18日−
 衆院選たけなわですが、転居間もないので小欄には選挙権がありません。まるで公民権停止だなあとつぶやいて、ふと気づきました。「公民」なるコトバは社会科教育界のいわば業界用語で一般にはほとんど使われません。公民館はそのまれな例ですが、強いて言えば「公民権」もまあ一般に使われなくもありません。懲役をくらったりして公民としての義務を果たさないと、選挙という公民としての権利も奪われる…。この話は社会科教育の入門ネタとして使えるかも。と思っていたら鳴門の選管から「投票できるよ」という手紙が来ました。
NYCまで30分!?






−10月16日−
 今日は初等教科教育法のAクラスで初めての3分間スピーチ。先週のBクラスのとき同様にドキドキしながら待ちました。1人目はコンビニがスタッフのために保育施設を設けるという話。まだ例はわずかですが、昨今の労働市場の実態が透けてみえます。2人目はTYO/NYCをロケットを使って30分で移動するという夢のような話。それにひっかけて海外旅行術の話をひとくさり。3人目は選挙の投票率がどうなるかというまさに旬の話題でした。昼食抜きで午後は附属の診療所で定期健診。こういう施設が学内にあるのはラッキーです。
日誌を綴ること





−10月14日−
 「見えぬものでもあるんだよ」と書けば金子みすゞの詩みたいですが、じつはこの「直語」(日誌)の2005年〜2007年あたりの本文は、ちょっとした操作をしないと、「書いてあるのに見えない」しかけになっていました。べつに秘密文書というわけでもなかったのですが。今般、一週間ほどかけてすべて普通に見えるように修正しました。作業をしていると懐かしい話がちらほら。以前はよく附属小へ行っていたなあとか。過去の日誌はまさに人生の宝物ですね。
3分間スピーチ





10月12日−
 昨日の授業ではじめて「3分間スピーチ」を3人にしてもらいました。はたしてどんな話題がでるのか、わくわく、いや、ドキドキしていましたが、最初が電通などの過労死問題、次がカーストと差別、3人目がカタルーニャの独立騒動を取り上げてくれました。過労死では教師の過重労働にひっかけたり、カタルーニャでは自分の好きなサッカーのチームがどうなるかという話題に結び付けたりしてくれて、3分間でしたがずいぶん聞きごたえがありました。拍手!
祝 受賞






−10月10日−
 シカゴ大学のセイラー教授がノーベル経済学賞を受賞。といっても別段知り合いでもありません。受賞理由が行動経済学の功績だったのでうれしくなったのです。この学問は「人間なんてそうそう合理的に判断、行動するわけないだろ」と、合理的経済人を前提とした従来の経済学を「アホか」と蹴っ飛ばしたものです。教育も同じでしょう。子供はそうそう合理的に判断、行動するわけでもなく、また必ずしもそうあるべきでもないと小欄は思っています。「合理的学習人」なんているわけない…。だから教育はオモシロイのではないですか?
引っ越し余話






−10月8日−
 一応再開したわがHPですが、その後もリンクの調整その他の工事の必要がありました。昨日ようやく元通りの表示ができるようになりました。引っ越しというのは家具や食器などの梱包とその解体に苦労するのですが、そういう物理的なことよりも、昨今は諸登録の変更手続きの方がはるかに大変だと実感しました。携帯電話の住所変更、メールサーバーの移動、PCの再設定などは小欄のような素人には心理的に相当な負担となりました。ネット社会は便利ではありますが、半面厄介さが増しました。引っ越し適齢期は50までですね。
MM





−10月6日−
 通勤で大阪梅田や難波を通ることが多くなりました。歩きスマホは迷惑ですが、それと並んで「立ち止まりスマホ」も少なくありません。混雑する駅のコンコースの真ん中で悠然と立ち止まっています。KY(空気が読めない)という指摘がありましたが、MM(周りが見えない)という批判も必要なようです。社会科教育界では科学的社会認識がどうたら議論していますが、科学的もへったくれもあったものではありません。これから社会科教育はどうなるのでしょうか。
バルセロナ






−10月4日−
 カタルーニヤの独立運動が高揚してけが人も出ています。バルセロナは小欄が実質的には初めての海外一人旅を敢行したときに最初に宿泊した町で、行きあたりばったりで泊まったホテル(ホテルコロン)の前が大聖堂。時差ぼけの身に、朝からガンガンなる鐘の音がうらめしかった思い出があります。その後三度訪問したのですっかりおなじみになった町です。もともとこの地方は独自の文化をもち独立心旺盛ですし経済力もありますから、運動がおきるのは当然ですが、そうすんなりと事が運ぶのかどうか、興味深いところです。
心機一転スタート






−10月2日−
 今日から授業です。8月以来のドタバタは大変でしたが、唯一助かったのは夏休み中だったので学生に迷惑をかけずにすんだことです。もっとも秋学期最初の先週は葬儀で休講にしましたが。ということで小欄にとっては今日が新しいスタート。当然、準備の方は不十分でとりあえず2回分の計画はできたのですが、あとはこれから突貫工事です。今日は「出席をとる意味」とか「模擬授業で一番難しいのは子供役だ」とか1年生のときの最初の授業の振り返りとか来週から始める3分間スピーチの予告とか、雑多な内容で終わりました。
ブルーコメッツ






−10月1日−
 今日、BSで50周年記念コンサートの映像を中心とする特別番組がありました。GSの草分けともいえるブルーコメッツの全盛時代は小欄のまさに高校生時代と重なっていて、妙高国際スキー場のリフトで「青い渚」を歌っていた青春時代がついこの前のように思い出されます。その番組を、まさに母校宝塚高校の近くに引っ越してきてそこで視聴しているのですから感慨もひとしお。大げさに言えば人生の「時間」と「空間」が重なったかのようでした。こういう体験ができるって幸せなことですね。昨今、ようやくテレビを見る余裕ができました。