■ 教育直語 過去の研究室日誌へのリンクは最下段に
新しいパワポは‥






−1月30日−
 9日の項に「パワポ大改訂」とありますが、その基本パターンの15コマ分がほぼ完成しました。キャラクターたちが縦横無尽に見ているものの思考をかき回すような展開で、そこにビートたけしや佐藤学やその他有名人の顔写真、それに世界各地の街角風景やレストランの写真などがふんだんに盛り込まれていますから、まるで遊園地のようなにぎやかなパワポになりました。でも決してオモシロネタ風の底の浅いものではありません。それぞれの画面にはしたたかな計算があります。20年余の教科書づくりの経験が活かされています。
岐阜大附属小





−1月28日−
 正面玄関を入るやいなや「お久しぶりです」と須本校長先生から声をかけられました。彼が兵教の院生時代にイスラエル旅行に誘ったのですが、あれからもう10年以上になりますし、当方はサングラス姿だったのによくぞまあ見抜いたものだと感心しました。来賓室をのぞくとお茶小の岡田先生とともに旧知の澤井視学官の姿が。これまた10年以上前でしょうか、教科書づくりで夜遅くまで議論をした仲間です。研究会には、こういう邂逅の楽しみもありますね。
おススメです






−1月26日−
 小ゼミ修了生の原田三朗先生(愛知県・小学校)が東洋館出版社から共編著を出版されました。『Round Study 教師の学びをアクティブにする授業研究』と題するもので、研究授業の事後検討の新しいスタイルを提案しています。その限りでは実践的な内容なのですが、「研究するとはどういうことか」という「哲学」のようなものが底流に感じられて好感がもてました。「教え方から議論しはじめると、事後検討会は授業の論評会となり、授業者が責められる構図となるし、授業観や授業スタイルの違いをぶつけ合うだけに‥」は至言ですね。
またまた早朝出勤





−1月24日−
 7時出発。市報を配る人、パンの箱を運ぶ人、バスの運転手さん‥と、町はもう目覚めていて、鳴門在住時には気づかなかった都会の鼓動のようなものを感じます。氷点下の朝ですが、国分駅から時速7キロ近いスピードで歩くとほどなく体がホカホカ。こと通勤に限って言えば夏の地獄に比べれば冬はまだマシです。今日はまたまた入試監督。昼前には無事終了。雪もやんで青空が出たので早めに切り上げて、自宅で例のパワポ改定作業に精出しました。
珍説再来






−1月22日−
 『地理月報』の最新号にこれまた珍奇な学説が紹介されていました。100年近く前に出された「パン・ヨーロッパ構想」なるもので、世界は大きく5つのグループに再編されるべきだという主張です。驚いたのはたとえばインドネシアやコンゴ、ベトナムも「ヨーロッパグループ」に入っていることで、南アやカナダは「イギリスグループ」。つまりはヨーロッパの植民地支配をそのまま追認した地域区分です。いくら反グローバリズムの盛り上がりに対する問題提起とはいえ、こんな珍説を今さら持ち出した紹介者の意図には首をかしげざるをえません。
地動説






−1月20日−
 これからは教師の意識も改革せねば‥という趣旨の新書を見つけパラパラと立ち読みしました。同書いわく、社会科の歴史授業では「自分が〇〇だったらどうするか」と考えさせる授業が必要、ディベートが役立つ、答えがないことにも挑戦させたい云々。そんなことは20年以上も前からさかんに提言されてきたことです。論文ではなくたかだか啓蒙本ですから、いちいちに目くじらをたてることもないのですが、21世紀の今になって派手に地動説をぶちあげるようなその不勉強には開いた口がふさがりません。だから教育実践研究は‥。
所信表明






−1月18日−
 今日は理事長の年頭所信表明がありました。前任校でも1月の教授会の冒頭に学長の挨拶(最近は時世を反映して深刻な話ばかり)があったのですが、今日の理事長の挨拶はいかにも私学らしく建学の精神を熱っぽく語るというもので、しかも大阪弁まるだしでやったものですからずいぶん愉快な50分でした。大阪人が2人寄ると漫才になると言われますが、小欄のように大阪出身の人間にはその機微が即伝わるからいいものの、関西以外の出身者はこの異文化になかなかなじめないかも。学科会議が早く終わったので19時帰宅。
ポピュリズム






1月16日−
 トランプ騒動やブレグジットに関連して、昨今、ポピュリズム批判をよく聞きます。でもひと昔前まで「民意の尊重」とか「市民の声が正しい」と言っていたマスコミがそれを言うものですから少々あきれます。今朝の新聞に佐伯啓思氏も書いていましたが、いわばこれが民主主義の正体です。それにポピュリズムももともとは「人民主義」の意味ですから、それを批判するマスコミの言説は自己矛盾もいいところです。ポピュリズムとポピュラリズム、デモクラシーとデモクラティズム‥。言葉の意味がはき違えられている事例は少なくありません。
センター試験






−1月14日−
 逆算すると5時半過ぎに自宅を出ないと集合時刻に間に合わないことがわかり、昨夜は八尾のホテル(ウィークリーマンション)泊。閉店まであと47日とある西武百貨店のレストラン街で夕食をとりました。さて今日はよりによって大寒波襲来。国分駅前で朝モスを済ませ大学に急ぎました。幸い雪はありませんが、突き刺さるような寒さです。センター試験は無事終了。監督中はたいくつなものですが、来年度のシラバスを考えたりしていて、時間のたつのは結構早かったです。終了後、香田先生と国分駅近くの「和バル」で一杯。帰宅22時前。
混然一体






−1月12日−
 昨日帰途、ほんの気まぐれで最終日の「えべっさん」を覗いてきました。時間も時間だったので人出はそれほどではありませんでしたが、露店・屋台は正月の何倍も出ていて、カバブ、フランクフルト、おでん、たこやきなどのにおいが混然一体となって、それだけに限ればバグダッドのバザールのような雰囲気でした。神社境内の出口には托鉢の僧侶が2人いて、参拝客の帰路の安全を祈っているかのようでしたが、カーバ神殿のそばで聖歌隊が讃美歌を歌うに等しいふるまいでも、それはそれで祭りの風景。「いい加減」は平和の素です。
早起き






−1月11日−
 昨日はどういうわけか5時55分にラジオがオンにならず、二度寝をしたために1時間遅れで出発。幸い、自分で日程をアレンジできる日だったので事なきを得ました。が、今日はそうはいきません。教育学科全員が空いている時間がほかにないということで、小欄担当の採用試験対策講座が今日の1時間目に設定されたのです。やむなくヴィ・ド・フランスで朝食とし国分駅からタクシー。出費! 今回は「時事問題」。年末に出しておいた6つの課題について発表させて補足するという形式。まずは関心をもってくれたらいいという趣旨です。
パワポ大改訂






−1月9日
 内容的な問題点の修復もさることながら、パワポそのものの構造改革をやりました。板書の代わりという位置づけから学生側の意識の流れにしたがってストーリーとして展開するかたちに変更したのです。細かなことをいちいち書かずに、問いを投げかけたりわざと思考をかく乱させたり‥。それにともないキャラも原則7人(「博士」と「くもじい」が新登場)に整理しその役割分担を明確にしました。早く授業で使いたいと思っていますが、やったらやったでまた問題点が出てくるのでしょう。しかしもう時間がない! あと何回授業できるのか!
困ったもんです





−1月7日−
 『提案する社会科』第5集を見たいのだが‥という問い合わせのハガキが某国立大の学生から届きました。それはまあ有難い話なのですが、驚いたのはその文面。自分の指導教官の名前は「〜先生」とあるのに小欄は「〜さん」です。親しみを込めてということなんでしょうか。「あれば譲ってほしい」という記述も、本人の意図はともかく普通に読めば「タダでよこせ」と読めてしまいます。きちんとした通信文を書くということに慣れていないのでしょう。困ったもんです。
年末年始特番からA
 路線バス乗り継ぎ旅






−1月5日−
 10年に及ぶロングランとなったこの名物番組も今回で一応終了ということに。素人同然の「タレント」がバカ騒ぎをするだけのバラエティや薄っぺらな旅番組が横行する中で、これはじつに単純な仕掛けながら、ある種、知的エンターテイメントの趣があって毎回楽しみにしていました。地方のローカル路線バスがどんどん廃止されている現実や、それを反映してか案内所の職員がテリトリー以外のバス情報をほとんど知らないという現実もありありと見えてきました。高速バス全盛と路線バスの衰退。考えさせられることも多かった番組でした。
年末年始特番から@
 スゴ〜イデスネ視察団






−1月4日−
 海外特派員が選んだ日本の「すご〜い」ところベスト50の第1位は小欄の予想どおり「電車(の時刻の正確さ)」でした。それに付け加えるならホームでの整列乗車も外人の驚くところです。もちろんこれは停車位置にきちんと列車が止まるという信頼あってのことで、ヨーロッパでは停車位置表示など小欄は見たことがありませんし、列車がまだ動いているのにドアが開くのもよくあることでした(インドの通勤電車は最初からドアが閉まらなかった)。ホント、日本人は真面目。国際理解もさることながらこういう「国際的自己理解」も必要でしょう。
初詣






−1月3日−
 今日は西宮神社(西宮戎)へ初詣。大層な人出で境内には屋台がびっしり。さすがに往年の「蛇女」「ろくろ首」「六尺の大イタチ」の類はありませんが、それでも射的やラッキーボールなどが並び、異次元の世界を現出させています。差別を是とするわけではありませんが、「親の因果が子に報い‥」式の呼び込み文句も、当時としては確かに教育のひとつのかたちだったのでしょう。百円のおみくじと三百円のおみくじ。後者の方があたる確率が3倍になるのか? 新年早々相変わらずしょうもないことを考えながらお参りをすませました。