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 自己紹介 
  ■ 研究室日誌 過去の日誌へのリンクは最下段に
ようやく「日常」





            8月22日
 今月初旬からの小研究室の大掃除(正確には撤収作業第2弾)は、この暑さですし合同研究室の引っ越し作業と同時進行だったこともあって、予定通りには進まなかったのですが、19日に一応終了しました。部屋の風景が見た目にはあまり変わっていないのが残念です。しかしこれで一息。今日は、一昨日舞い込んだ中仕事がらみの雑用を片付けたあと、合格者に送るお祝いパンフのデザインと集中講義のパワポ準備。ようやく「日常」がもどってきました。
 「研究室日誌」も2週間ほど夏休みをいただきます。
意地でも変えるのだ




            8月21日
 大学院入試の合格者には証書と一緒にコースからの「お祝いパンフレット」を送ります。小コースは結構ユニークなデザインのものを使ってきたのですが、先日、関係者が小欄に断わりもなく「見本」として他のコースにそれをバラまいたのです。「見本」にされたのはありがたいことなのですが、こうなると意地でもこれまでのデザインは使えないということになりました。そこで、他のコースには絶対に真似のできない超絶バージョンを目下構想中!
大学院前期試験



            8月20日
 頑張って早起きして8時1分本部到着。あとで確かめたら集合は7時50分でした。欠席した受験生ゼロというのは、小欄の記憶ではこれまでなかったことです。本部づめと言っても午前中はとくに何の用事もないので、来月の神戸大学での集中講義用パワポの整理にいそしみました。午後は筆記試験の採点。口述試験(面接)はコースの他の6人の教員におまかせ。17時過ぎ終了。
最長不倒




            8月18日
 ○○年ぶりの…というのはよくあることですが、43年ぶりというのは小欄の人生でおそらく空前絶後のことでしょう。卒業後音信不通(その気になれば追跡可能ではあったようですが)だった同期生の所在が過日偶然に判明。再会の運びになりました。今日はまず谷九のERPに夏のお届け物をしてから会場のシェラトン都ホテルに急ぎました。乾杯のあとお見合いよろしく43年間の自己紹介。そして互いの仕事場のあれこれなど。あっという間の3時間でした。
紙一枚





            8月16日
 ゆえあって、『トヨタで学んだ「紙1枚!」にまとめる技術』というビジネス本を珍しく読みました。「文化とコミュニケーション」で長らく実践している「1000字レポート」とも通じる部分があると思ったからです。同書によるとトヨタでは企画書でも報告書でもダラダラ書くのはご法度とか。読み手のニーズにぐさりと刺さるような文章を1枚に仕上げるには、形式、前例、無謬を旨とするお役所文書作成能力とはまたべつなそれが必要です。即戦力、実践力を言うのなら、これからは、こういう種類の文章作成の技量も求められてくるでしょうね。
兵頭先生





            8月15日
 生まれつきの車いす生活の兵頭先生(神奈川県・中学校)とは、彼が九州の大学3年生のころからのつきあいになります。大学院説明会会場で忌憚なく話し合えたのがきっかけだったのか、その後大学院に進学して小ゼミに。今日は休暇中の松山の実家から大学に訪ねてきてくれました。前田先生(徳島県・小学校)が車を出してくれたので、ランカスターでランチを楽しみながら特別支援学級の苦労話など。修了生の活躍に接するのは本当にうれしいことです。彼に勇気づけられて、午後は新合同研究室(A105)の整備に汗を流しました。
70、63、43、…





            8月14日
 官民挙げて「戦後70年」の大合唱です。たしかに戦闘終了後70年ではありますが、講和条約発効からはまだ63年、沖縄県が米軍施政下から解放されてから43年。極端なことを言えば旧ソ連とはまだ平和条約は未締結です。こういう「歴史の事実」を黙殺して大合唱がやまないのは、「戦闘」と「戦争」が十分に区別されていないからでしょう。「加害・被害」ばかりでなく政治的、経済的、国際戦略論的視座からも戦争という現象を見るというバランスのとれた歴史認識、戦争認識を培うにはどうすればいいか、平和教育の今後の課題です。
あれから30年





            8月12日
 御巣鷹の尾根にJLが墜落して早30年だそうです。小欄の搭乗していたMS865便(B6)がミャンマー沖でエンジン爆発を起こし、深夜のバンコクに緊急着陸したのはその12日後のことでしたから、余計に感慨深いものがあります。片方のエンジンはゆで卵を踏みつぶしたように無残な姿でしたが、2つのうち1つがなくても十分に飛行は可能です。ただ2つないと困るのが着陸。復航不可能な状況下でフットブレーキだけで絶対停止しなければならなかったからです。飛ぶためではなく止まるためにエンジンが必要! 何事も経験ですね。
引っ越し完了




            8月11日
 今日午前、「総合」の教員合同研究室をA218からA105に引っ越しする作業が行われました。大きな作業は引っ越し業者の方がしてくれましたし、コピー機のオンライン遮断にともなう面倒な接続作業も業者の方がしてくれました。小欄たち教員は、運ばれてくる荷物をどこに置くかの指示の係です。意外な発見が一つ、1階は2階よりも天井が高いのですね。おかげで突っ張り棒が役立たずになりましたが、面積は変わらなくてもずいぶん広々と感じます。
猛暑妄想A安保と通販






             8月9日
 「デパートで高校の同窓生にばったり出会ったりするじゃないですか、そんな時に…」という物言いを服飾関係の通販番組でよく耳にします。可能性がゼロではないにせよ、そうそうあることではない事例を出して商品を売り込みます。安全保障論議で言うポジティブリスト論に通底するところがあります。しかも国会の議論では片や「憲法を護る」片や「国民の生活を守る」という異なる切り口でスタートしていますから、イチローと白鳳が記録を競い合っているようなもので、およそ生産的とも思えません。そこでどうでしょう、議論の大前提を世界の趨勢であるネガティブリスト論に切り替えて論議し直してみるというのは。
猛暑妄想@正当と異端




             8月8日
 総理大臣の談話をめぐって百家争鳴の昨今ですが、外交の前提には大きく分けて「国益の追求」と「善隣友好」があり、このどちらを優先させるかについては彼我でずいぶんな温度差があります。善隣友好が悪かろうはずはないので、言えば、我が国は正当なるがゆえに異端、他の諸国は異端なるがゆえに正当ということになります。少々大げさですが、このねじれのなかで日本が今後どういう道を歩むことになるのかは世界史的な壮大な実験とも言えます。、
感慨ひとしおです



             8月6日
 昨日、中教審答申素案が公表され、既報(7月5日)の「公共」も提案されています。いよいよ主権者教育本腰というところです。その他、日本史と世界史を統合して「歴史総合」としてわが国の近現代史を世界的視野でとらえ直すとか、「地理総合」で現代世界の諸課題を中心にするとか、自画自賛ではないですが、小欄がこの20数年間提唱し、実践してきたことが実現しつつあります。
ついに





             8月4日
 冷え性ということもあって、ここ何年か研究室では夏でも除湿モードで冷房は使っていなかったのですが、今日ついに「禁?」をやぶって冷房をいれました。除湿では強にしてもせいぜい2メートルほどしか効果が届かずデスクワークなら何とかなるのですが、部屋の片づけなどをはじめると、どうしても冷房が必要になってきます。こういうことからも今夏の猛暑が証明されます。拙宅でも珍しく夜じゅう冷房をいれたのですが、おかげで扁桃腺が腫れて今日は西條内科経由で大学に来ました。「適切に冷房を」(政府)と言われても、難しい。
不思議としか…





             8月3日
 ポートフォリオ評価の実演というような意味をこめて、そして「明朗会計」に徹することで疑義や不満の出ないように、小欄はいつも提出物などを期末に返却しています。今回は、2回のテストの答案、4回の授業コメント、期末テストならびに最終評定の度数分布、個人の成績通知票の最大8点を一人ひとり綴じて準備したのですが、引き取りに来ない学生も少なくありません。自分の成績やその算出過程を一刻も早く知りたいのは人情だと思うのですが、不思議。GTの植田先生からの各自あてのお返事もつけてあるのに惜しいことです。
おいおい!





             8月2日
 拙宅マンションのエレベータの階数表示パネルに「今日は何の日」という話題が載るのですが、先週の日曜日(26日)は「ポツダムの日」とかで、「この宣言が出て太平洋戦争が終わった」とありました。おいおい! 嘘でしょ。宣言は一つのきっかけにはなったでしょうけど。さらに言えば宣言当時少なくとも日本には太平洋戦争なんて呼称はありませんでした。しかしエレベータを笑えません。一昨日採点していた試験の答案に、あの戦争が終わったのが明治20年8月という珍解答が…。おいおい! 昭和も遠くなりにけり、でしょうか(涙)。