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■旅立ちの春
3月22日 |
午前にメールを開けてみたら、昨夜の送信で北海道出身の修了生から赴任校が決まったという連絡。「これから小樽行きのフェリーに乗る」とありましたから、今頃は新潟沖でしょうか。夕方にメールを開けると大分出身の修了生から赴任校が決まったという連絡。小欄にはなじみ深い別府大学の近くの小学校です。これで小ゼミ修了生3名の勤務先が確定しました。41年前の自分自身の「春」を思い出して、ちょっとばかり感傷的になりました。時は流れて…。
小欄も春休みをいただきます。4月5日ごろ再開します。 |
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■来年度は…
3月20日 |
いよいよ年度末。来年度の学務分掌ですが、通例では最後の1年は身軽にということになるのですが、そうすると太田新コース長に大きな負担がいきますし、慣れないとちょっと難しい入試広報の専門的な仕事を「最後のご奉公」にするのもまたよし、ということで入試委員をあえて引き受けることにしました。で、早速4月、5月の教育委員会・私学めぐりの計画をたてはじめています。 |
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■最後のゼミ生を送る
3月18日 |
朝、急な中仕事で大わらわでしたが10時すぎにはそれも片付いたので、珍しくタクシーで大学に駆けつけました。学位記授与式の最後の方の答辞には間に合いました。天候が心配されたのですが、式後の写真撮影も無事終了。午後は部屋の片づけ。16:30に送迎バスが着いたころにはかなりの雨になりました。会場は昨年と同じランカスターソウシャルクラブ。いつもながらの感動的な送別パーティとなりました。「自分を変えたい」と思って入学してきたのに最後はまわりへの感謝で終わるあたり、「脱藩」のラストシーンそっくりでした。 |
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■捨てて、捨てて
3月17日 |
昨日から恒例の年度末大掃除を開始しました。この研究室を使うのもあと1年ですので、今回は不要な貸出図書を早めに返納することにしました。台車を使って図書館まで4往復したのですが、そのわりには書架は変わり映えしません。消耗品扱いで購入した図書や私物の図書をガンガン廃棄していかないとなかなか片付きそうにありません。少し気が早いようですが、来年のいまごろあわてて片付けるようでは遅い。こういう作業は早め早めにかぎります。 |
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■こんな発問はいかが?
3月15日
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「イスラム」「国」の人質惨殺映像を授業で見せる愚については2月11日に記載したとおりですが、学校が触れまいとしてもネット空間にはこの種の映像が氾濫していて児童・生徒はいくらでも閲覧できるご時世です。あのあたりの地政学的な意味や国際情勢まで深入りするのはまず無理だとはいえ、さりとて授業で知らんぷりというわけにもいきません。そこで提案。惨殺事件そのものではなく、ちょっとひねった角度で以下のような発問はどうでしょうか。「新聞やテレビなど一般のメディアで惨殺映像を流していないのはなぜか?」 |
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■年度末コース会議
3月13日 |
今日は小欄にとってコース長としての最後のコース会議でした。年度末にふさわしく、後期入試の処理、入学式関連、オリエンテーション関連その他事務への回答など議題が目白押しでした。院生の増加で昨年までの方式での展開が絶望視されていた修論構想発表会(4月25日)については、シンプルかつ画期的な谷村プランが提案され即決定しました。夜は「永代」でワインを飲みながら来年度の入試広報戦略について理事・副学長と意見交換しました。 |
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■インドネシアC歴史
3月6日〜11日 |
教科書が裏切られると言えば、ガイドの語ってくれた話もそうでした。1945年以後、日本軍がこの国の独立戦争にいかに大きな貢献をしたか、という話。小欄は仕事上この種の話は知っているのですが、一般の旅行者には「意外な」話かもしれません。日本人の海外ツアーを冷笑したり揶揄したりする声もあるのですが、いやいや、これも立派な学習。教科書に書いてない歴史的事実がじつはいろいろあるから、海外旅行はタメになる…。 皮肉な現実です。 |
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■インドネシアB文化
3月6日〜11日 |
「かつてオランダの植民地だったから」という以外にはインドネシアの範域を一つの国家とする理由はありません。ですから、国内の文化の多様性に驚くというのはおかしな話で、正しくは「ここが一つの国であること」に驚くべきなのです。標準時が3つあることを初めて知りました。イスラム、ヒンズー、仏教の上に「近代国家」と「現代」が新たな彩りをそえたごった煮状態。牛肉は美味かったと言うヒンズー教徒や、ヒジャブ姿で「イチマイ、シェンエン」とTシャツを売り歩くムスリムの女性。社会科教科書の記述はもう裏切られっぱなしです。 |
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■インドネシアA自然
3月6日〜11日 |
雨季の末期にもかかわらず、天気予報どおりの雨や雷雨にたたられたのは2日目の午後と夕方(一時土砂降り)だけで、4日目の日中なんぞはバリバリの(笑)「熱帯」。もっとも、それを感じさせるのは気温(22〜30℃程度)や湿度(90%以上)や降水量ではなく実際には「匂い」なのですが。JOGの西の郊外は、特有の山容の火山、のどかな水田と農村、風に揺れるヤシの木…という「愛しき熱帯」のイメージにすっぽり収まるような風景が広がっています。しかし、その陰にはたび重なる土石流や地震の被害があったと聞きました。 |
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■インドネシア@行程
3月6日〜11日 |
GAのCクラスでKIX/DPS/JOGを往復しました。国際線の食事は、最近のDLのようなワンプレート風ではなく、いちいちお皿を運んでくれるので、すっごくゴージャスな感じでした。機内設備も充実していました。KIX/DPSは時差も1時間だけですし、飛行時間が長くもなく短くもなく、往路は離陸まもなく昼食という絶好のスケジュールです。これで復路の昼行便があれば最高なのですが…。ホテルはシェラトンとラマダ。色とりどりの朝食メニューに大満足。 |
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■会議ウィーク
3月5日 |
いわゆる授業は先月で終わったのですが、だからと言ってヒマというわけにもいきません。今週は会議ウィークになりました。火曜日が大学院教務委員会とホームカミングデー実行委の打ち合わせ、水曜日がその本番。そして今日は教授会です。この時期は卒業修了判定に学部個別試験(前期、後期)や大学院後期試験の合否判定があって、重要な会議が綱渡り的に設定されています。昨日午後はこれに急な中仕事が舞い込み、その処理でてんてこ舞い。 |
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■視点を変えて見れば
3月3日 |
もちろんだからと言って「イスラム」「国」の蛮行が免責されるわけでは決してないのですが、彼らがモスル博物館所蔵の文化財を破壊したことを欧米が非難しているのにも違和感を感じます。16世紀の南米で18世紀の北米で20世紀のアフリカで誰が何をしたかをこれを機に思い出すことも大切でしょう。イェルシャライムの旧市街の地中には紀元前から各時代の遺跡がミルフィーユのごとく積み重なっていて、人類の破壊と創造の跡をとどめています。その一番上に、いまレストランやブティックが並んでいます。それに比べれば、わが日本は、廃仏毀釈だの比叡山焼き討ちだのと言ってもタカが知れています。 |
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■新年度に向けて
3月2日 |
3月。それを待っていたかのように、今日はうららかな晴天です。前期、中期試験合格者の入学手続きが先月末で締め切りになり、後期試験で若干の上積みがあるものの、4月の新入生の数がほぼ確定しました。それを受けてオリエンテーションのときに配る在籍者一覧表の改訂準備を開始しました。今朝は7日に行われる後期試験の受験生の資料が届きました。新入生と言えば、今回、暗礁に乗り上げていた歓迎パーティの会場もようやく決まりました。 |
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