トップ 
                          
 授業概要 
                          
 修士論文一覧 
                          
 自己紹介 
  ■ 研究室日誌 過去の日誌へのリンクは最下段に
如月晦日




            2月28日
 期末テストの答案や度数分布、これまでの提出物、成績通知票などを個人ごとに綴じて準備したのですが、期日までに取りに来たのは30人のうち20人のみ。昨今の学生諸君は自分の成績が気にならないのでしょうか? それはさておき、後期の成績入力も終わり、自己評価・自己点検もコース分以外は完了、来年度のシラバスも入力、来年度の委員会配分もOK。大学院ガイドブックの最終稿もOK。来週金曜から4日間の年休届けも出しました。やっと一服。
記号論理





            2月27日
 曽野綾子さんが「立場のちがう人間が同居するとモメル」というような趣旨のの文を全国紙に掲載したのに対して「アパルトヘイトを支持するのか」という抗議が来たそうです。もちろん彼女は黙殺しているようですが、このような抗議じたいが曽野言説の正しさを証明してしまっているものですから厄介です。この論理は小欄2月10日と17日の記事とも通底していて、自己言及、堅く言えば論理方程式の「不能」にあたります。この悩ましさを解毒する方法は「しょせん人間いい加減」という脱論理しかありません。おや、25日分とも似て来た?
日本国際文化学会





            2月25日
 創設直後からの会員で、学会誌にも査読付き論文を掲載してもらったりしてお世話になった学会なのですが、思うところがあって今年度で退会することにしました。小欄のまったく個人的な印象なのですが、ここ数年、会のコンセプトが急速にカルスタ・ポスコロ路線に傾斜していて、以前のような、いい意味での「あそび」や「曖昧さ」を語りづらくなっている気がしてきたのです。学会としての「主張」も必要でしょうけれど、「しょせん文化なんてわけのわからないものだ」と理解している小欄のような人間には、旗幟鮮明はいささか疲れます。
年度末にむけて




            2月23日
 昨日春一番。もっとも自宅でシラバスづくりに没頭していたので実感はありませんでした。今日は「現代の諸課題と学校教育U」の期末テスト。午後は理事室で来年度の広報計画について尾崎副学長もまじえて40分ほど協議。あわてて研究室にもどって採点。ずいぶん易しくしたつもりなのですが、やはり平均点は想定以下にとどまりました。度数分布表をつくり最終評定まで仕上げるともう夕方。とにかく返却準備はできました。明日はシラバスの入力。忙しい!
いろいろ土曜日





            2月21日

 昨日は、ブラジル料理を味わいながら私立大学の美人教授2人と放談のかぎりをつくしてから鳴門にもどりました。今日、メールを開けてみると、たった3日の不在だったのにメールがずいぶん来ていて、その処理に追われました。偶然開いた某私学の教員名簿にもう40年は会っていない大学のときの同期生の名前を発見してびっくり。午後は青山さんのサイン会(そごう)へ。行列の人数は多くなかったのですが、サインをしながら会話をかわしたり写真を撮ったりというスタイルだったので、時間半ほど並びました。疲れました。

充実の一日





            2月19日
 昨日上京。氷雨、最高気温4度。今日はいいお天気で気温も上がりました。社会科は2時間目、岩坂先生の政治単元の授業。今回は事後研がうまく盛り上がりました。行事終了後、東信堂へ行ったらちょうど社長と奥さんが在社で、ちょっとのつもりが小1時間話し込んでしまいました。そのあと鳴教OBの野村先生のお宅を訪ねました。本郷3丁目から向丘1丁目、上野桜木1丁目を経由して平均時速6キロほどでぶっとばし、上野駅着18時18分。金野先生と川村先生(総合1期生、栃木県小学校)と駅前の居酒屋で久しぶりの会食。
う〜ん




            2月17日

 先週の報道番組で、「1020年後にはいまの仕事の47%は自動化されているだろう」というアメリカの研究を受けて、「これからは表現力、判断力などが必要な時代。上の言うことにただ従っているだけでは取り残される。そんな人間ばかり集めた組織(会社)は落ちぶれていく」というようなことを文科大臣が話していました。まあそうなんでしょうね。ならば、各大学も文科省の指示に唯々諾々と従っているようではダメということになる? 悩ましいかぎりです。

期末の忙しさ



            2月16日

 昨日はほぼ一日、「現代の諸課題〜」の期末テスト問題づくりで七転八倒していました。最後の最後の1問がなかなか決まらなかったのです。理解度を確実に評価できて、なおかつ採点にブレがでないような作問は本当に難しいものです。さて今日はその「現代の諸課題〜」の実質的な今年度最後の授業。今回もAKBの話題で幕としました。午後は提出物整理などで大忙しでした。

修論発表会




            2月14日

 研究のレベルは措くとして、問題は質疑応答。発表するとはケンカを売ること、つまり一種の勝負、試合、戦闘ですから「どこからでもかかってこい」と理論武装しておかねばならないのですが、そういう構えが全然ないものですから、何か質問されたらもうヘロヘロというケースが目立ちました。「そんな質問にどのような意味があるのでしょうか」と、ピンボケ質問には敢然と逆襲してみせるだけの度胸なんてまるでありません。もっと議論の能力を鍛えなくっちゃ。

新提案




            2月12日
 あさっては修士論文口述試験(午前)と発表会(午後)です。9時前から18時40分までの長丁場です。来年はいよいよ人数が増えるので、このままの形式は不可能になります。たぶん、口述試験は五月雨式に何回かに分けて実施し、発表会とは分けるというかたちになるでしょう。小ゼミでは、発表会はいっそのこと12月末にやったらどうかという意見が優勢でした。忘年会と兼ねられるし、修論完成前にみんなの意見が聞けるのはメリットだというわけです。
もう一つの視点




            2月11日

 「イスラム国」による人質惨殺映像を社会科の授業で子供に見せるという事件が相次いでいます。当の教師は「時事問題に興味を」とか「命の大切さを」とか見苦しい言い訳を並べていますが、要はエエカッコしたかっただけなのでは? 教師は、子供という知識量においても権力性においても圧倒的に非対称な存在を相手にする職業で、「教える」ことと「優越感に浸る」ことはじつに紙一重。そのことに常に自覚的で禁欲的であることが求められるのですが。

押し付ける




            2月10日
 先週、「道徳」の指導要領改訂案が示されました。授業で討論や意見表明などの言語活動を充実させることや問題解決型学習を取り入れるとのことです。もちろんこれは「価値の押し付けはよくない」という言い古された批判に応えてのことでしょうが、この批判それじたいが「押し付けはよくない」という価値を押し付けているわけですから笑止千万です。価値を押し付けることも必要なのだという価値ももちろん尊重されるべきで、問題はその中身のはずです。
追悼





             2月8日

 5日の項で触れた最古参猫の茶太郎ですが、先日、野犬に襲われて体育館の前で絶命していたとの悲報が入りました。手の怪我で思うように逃げられなかったのでしょう。茶太郎は美猫でもなく、とくに愛想がいいわけでもなく、ふと姿を消したかと思うとあちこち傷を作ってもどってきたりするような、どこにでもいるありきたりのオスのフリーキャットでした。しかし、それでいて気になる存在でした。保守思想の要諦ですが、長くあることそれじたいに意味があったのです。昨日は急きょ大麻比古神社へ行き、御霊の安らかを祈りました。

附小研究会にて




             2月7日

 低学年のクラスでは、緊張をほぐすためか授業前に「世界に一つだけの花」をみんなで歌っていました。いつも気になるのですが、歌詞の意味やリズム・メロディーラインと国語や音楽の教科課程に整合性があるのかを考えて曲が選定されているのでしょうか。以前、高知の小学校では、非常にアクロバティックなコード展開と転調のある歌を運動会で流していました。授業は授業、それ以外はそれ以外、楽しめればよいという意見もあるでしょうが、気になります。

キャンパス猫情報・冬



             2月5日
 最古参猫の茶太郎はかなり弱ってきていて、しかも右手を怪我して歩くのもしんどそうだったのですが、1月4日を最後に姿を見なくなりました。もう1か月になります。天に召されたのだと思います。最近は学生たちが猫に声をかけているシーンをよく見かけるようになりましたが、常勤猫の数は確実に減っていて、最盛期?の3分の2ぐらい。ツーちゃんやゴロ吉はもっぱら非常勤です。
タイムリーと言えば…






             2月3日
 昨日の「現代の諸課題〜」はアイデンティティや居場所の喪失に関する内容で、「透明な存在」というセリフで知られた酒鬼薔薇事件や「ネットでも無視された」と犯行動機を語った秋葉原無差別殺人事件のことをとりあげる予定ですでに準備完了していたのですが、先週、女子大生が近所の老女を斧で殺害するという事件が発生、「一度人を殺してみたかった、神様は気まぐれに私を作った」と供述した彼女のブログには酒鬼薔薇事件への異常な興味が記されていたので、急きょこの話題を取り上げました。そして秋葉原無差別殺人事件の最高裁判決が昨日の午後2時。死刑。あまりにもタイムリーではありました。
日本国憲法



             2月1日
 平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ…。「イスラム国」にとらわれた二人の日本人人質殺害の報に接して、日本国憲法の前文を思い出しました。もちろん首をかしげながら。