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 修士論文一覧 
                          
 自己紹介 
  ■ 研究室日誌 過去の日誌へのリンクは最下段に
読み、書く




            1月30日
 昨日は自宅で修士論文の査読をしました。吃音者のいきづらさに関する研究で、こういう世界も、知らないと無関心に通り過ぎてしまいます。一昨日は、コンビニのサンドイッチをスーパーの一角の椅子に腰かけて食べるという悲惨な昼食だったので、昨日はリベンジということでイタリア料理「ジェンマ」でランチを食べました。今日は冷たい雨。こまごまとした事務連絡を処理して、昼からは3月6日締め切りのレポートの作成にかかりました。今度は「書く」番です。
「ち」





            1月28日

 一昨日「ち」が壊れたので新しいフレームを注文。今日午前、出来上がったので引き取りに行ってきました。本職のメガネ屋でも知らない専門的な部位名称を書く必要があるのかと某社会科教科書に文句をつけたのを思い出しています。副読本はとくにそうですが、えてして誌面には子供の問いを誘発するかどうかよりも執筆者の興味関心にひきずられた記述が散見されます。せっかく取材したのだからとつい書きたくなるのはわかるのですが、「いかに書かないか」も教科書編集の重要な勘所。でも、こういう職人芸、時代遅れかな?

ギリシアとイスラム





            1月26日

 昨日のギリシア選挙は大方の予想通り急進左派連合が勝利。ユーロからの離脱もちらつかせています。「一緒にされてたまるか」です。一方、例の人質事件はいまだ膠着状態。イスラム国とイスラム文明はもちろん一緒にはできませんが、動きの底流に欧米、言えばキリスト教文明が世界のスタンダードとなってしまった現代への焦燥があるのは確か。「一緒にされてたまるか」です。カタルーニャやスコットランドもしかり。グローバル万歳などと能天気なことを言っている場合ではありません。それはかぎりなくリスキーな現象です。

ホノルル余話




            1月24日
 International Market Placeが跡形もなく更地になっていてびっくり。再開発だそうですが、反対の声もあるとのこと。その工事現場の看板もそうなのですが、町じゅうに日本語がずいぶん増えました。土曜市でも日本語で呼び込みをやっています。ちょっと幻滅です。日本のものならたいていは揃う印象のあるホノルルですが、和菓子やさんは先ごろようやく一軒復活したというありさまだそうで、手土産に信州小布施「竹風堂」の干菓子を持参したのは正解でした。
そろそろ「ありのまま」に




            1月22日
 小欄がミッドウェイ島上空を飛んでいたころ、「イスラム国」で日本人人質事件発生。2億ドルを払えという要求です。さあ困りましたね。いや、人質とかお金の問題ではなく学校教育の問題。「日本国憲法をしっかり守って平和を祈れば丸く収まる」式の社会科授業が少なくありませんでしたから。平和教育の前提そのものを再構築する必要がありそうです。決してイデオロギッシュにではなく、社会の事実・現実を「ありのまま」に見つめた上での再構築です。
出張あけ



            1月21日
 旅行の前半は妙に時差ボケだったのですが、帰国後は快調。今日は会議が2つ。コースの学生の単位の件で昼からは理事と面談。教務から修士論文の引き上げ、メールチェックと返信・転送、昇任人事関係の会議日程調整その他、快刀乱麻とはいきませんが、まあまあ精力的に片付けて1日が終わりました。マイケルに京鴨が出たので、夜は鴨鍋。やはり日本の食事がいいです。
帰国





        1月19日・20日
 昨日は地元の教育関係者と食事をご一緒しながらさまざまな情報交換。貴重なひとときでした。今日も抜けるような青空です。女性Gがパールハーバーを再訪するというので男性Gのみホテル近くの停留所から20番のバスで空港へ。出国審査では珍しくきっちり調べられました。「時期が時期だから」と思っていたのですが、あとで気づいたら大門団長(西部警察)風のサングラスをかけたままでした。搭乗待合室で女性Gと合流。帰路は珍しく日本酒を2本飲んでゆっくり昼寝。関空着18:09。入国審査を突破して18::20の徳島行に乗車。
レインボー学園





            1月17日
 今日もいいお天気です。男性G、女性Gそれぞれタクシーで出発しKCCで合流。一時間ほど見学して10時きっちりにレインボー学園到着。校舎がきれいに塗り替えられていてびっくり。新任の校長先生やなじみの津田副校長先生にあいさつして教室へ。今回の特筆行事は7時間目の特活。校庭での大縄跳びは初体験の子供が多く、おおはしゃぎ。佐藤先生がさすがにうまく指導していました。ダイヤモンドヘッドに登るという元気な学生を置いて徒歩でホテルにもどりました。夜は例の「たこの木」で鉄谷先生まじえて修論完成記念コンパ。
歩く、歩く





            1月16日
 楽しみにしていたデルタ航空の機内食ですが、プラスアルファのひと工夫がなくなっていて、ちょっとがっかりしました。定刻よりも20分ほど早くホノルル着。これまではなかった荷物チェックがあって外へ。お茶小の佐藤先生とはすぐに合流できました。20番のバスでまずは女性グループのホテル(ハレクラニの裏側)へ。荷物をおいて徒歩で男性グループのサンドヴィラホテルへ。身軽になって13番のバスでハワイ大学へ。今回は徒歩で町にもどり、カラカウア周辺を一通り案内して解散。小欄は例の「甚六」でスペシャル焼きそばとビール。
ホノルルへ




            1月16日
 今日から出張なので大学に出なくてもいいのですが、レポート回収その他の雑用があったので出かけ、お昼のバスで町にもどって、「桃仙」でランチを食べて帰宅しました。荷物の最後の整理をして出発。高速鳴門で4人の学生と合流し15:10のバスで関西空港へ。数十年前は海外慣れしていない学生が少なくなかったので、それこそ手取り足取りのお世話が必要だったのですが、最近は経験者ばかりなので楽なもの。チェックインもそこそこに自由行動です。






            1月15日
 雨です。しばらく晴天が続いていて乾燥注意報も出ていたのでちょうどいいお湿り…と言いたいところですが、結構本降りになりました。事情があって修論の完成が遅れていたゼミ生から昨日ようやく原稿が届き、じつは昨夜「大雨が降った」のですが、よくがんばってくれて「雨降って地固まる」の例え通り、滑り込みセーフという感じですが一応ゴールが視野に入ってきました。これでようやく肩の荷がおりました。ホノルルのレインボー学園の校長先生やほかの先生からも「待ってま〜す」というメールが来ています。さあ、明日は出発。
旅支度




            1月13日
 一昨日からホノルル出張の準備を始めました。と言っても特段の荷物があるわけではなく、気を遣うのは彼我の気温差にうまく対応できるよう衣類の戦略を考えることぐらいです。昨日、一応キャスターに荷物を詰め終わりました。連休明けの今日はちょっと身構えて出勤しましたが、ややこしい書類作成依頼などはなく、午前はホノルル市内バスの時刻表確認、午後は後期後半の授業パワポづくりを進めることができました。レインボー学園の先生からメール。
6:4





            1月11日

 最近、日本の技術のすごさや心配りの細やかさを伝えるバラエティ番組が目立ちます。リベラルぶった連中が「危険な兆候だ」などと眉間にしわを寄せるかもしれませんが、小欄に言わせれば、これもようやく戦後の呪縛から逃れつつある証拠。素直に楽しめばいいと思っています。自己と他者への評価は6:4ぐらいになるのが当たり前で、誰しも自分が大切だしお国自慢はしたくなるもの。5:5なんてのはありえないし、4:6なんてのは病的です。大切なのは8:2のように暴走しないことと、6:4はお互い様とする相互承認のゆとりでしょう。

一息ついて




             1月9日
 年末に舞い込んだ中仕事ですが、予定よりも早く昨日ほぼ対応し終えたのでホッとしています。今日は久しぶりに鍼治療に行きました。次は後期後半の授業準備です。「生きがいとアイデンティティの〜」の部分ですが、いつもここは展開順序で悩むところです。ところで今朝、新聞を見ていたら独立総合研究所の青山繁晴氏のサイン会が徳島の紀伊国屋書店で開催されるとあったので、早速申し込みました。徳島にこういう有名人が来るとは珍しいことです。
ほぼ一気読み




             1月7日
 冬休みに『教員養成を哲学する』(東信堂)を読みました。332ページの大著ですが、興味ある話題が満載したので、それほどの苦もなく読むことができました。教員養成系大学・学部が実学主義を標ぼうする高等教育行政のなかで呻吟しているようすがよくわかりました。プラスティック・ワードとしての「実践」とか、教職大学院の課題などについて自由奔放に語られている巻末の座談会はとくに興味深かったので、学長、理事などにコピーを進呈しました。
始業



             1月5日
 小学校や中学校の多くは8日が始業式だと思うのですが、そういう「現場の実態」を無視して、本学は今日から授業が始まりました(笑)。これは祝日の関係で月曜日の回数がどうしても少なくなりがちで、15回の回数を確保しようとするとのんびり8日からというわけにはいかないからです。ということで、いつも通りとは行きませんが、キャンパスはそれなりに賑わいをとりもどしました。
豪華絢爛



             1月3日

 『教育PRO』の次回の原稿が早々と出来上がりました。STAP細胞とセンター入試改革を強引に結び付け、そこにアナトゥール・フランスとオットー・フォン・ビスマルクを振りかけて、昨今の高等教育行政をしっかりと批判した文明論…という、正体不明の豪華絢爛な作品となりました。締め切りは2月後半なのですが、思うところもあって、近日中には送ってしまうことにしました。

謹賀新年



             
1月1日

 あけましておめでとうございます。予報では大寒波で雪もということでしたが、朝方、イモ畑がうっすらと白くなっていただけで、それもすぐに消え、青空が広がりました。ただ、風がやたらと強い元日となりました。暮れの29日に、少々厄介な一件が出来。渡米までの立て込んだ日程のなかで、さてどう処理するか。退職まであと15か月。今年もいろいろありそうな幕開けです。