 |
■ トップ 
■ 授業概要 
■ 修士論文一覧 
■ 自己紹介 
|
| ■ 研究室日誌 過去の日誌へのリンクは最下段に |
■学内集中講義(2)
7月30日 |
受講生が2人だけなので、講義と言っても座って対面で話し合うようなゼミのような感じです。それでも通常コースの講義とほぼ同じ内容を扱うわけですから、ゼミよりもやはりエネルギーは使います。2リットルのスポーツドリンク1本とと栄養ドリンク3本を用意し、万全の態勢でなんとか3日間を乗り切りました。思ったより疲れませんでしたが、油断大敵。疲れは明日以降に出るものです。午後7時から拙宅近くの「永代」で尾崎教授らと3人で小宴。松茸登場! |
|
|
■学内集中講義(1)
7月28日 |
今年度スタートした大学院遠隔教育プログラム(インターネット大学院)のスクーリングが始まりました。本学では初めての学内集中講義です。小欄はテレビカメラの前で講義するのはちょっと遠慮したかったので、苦労を承知で夏の集中という形式を選択しました。内容は教職共通科目の「現代の諸課題と学校教育T」。前期と同じ内容ですが、当然、GTの部分を省略するなどかなりの組み換えが必要で、昨日までパワポの修正に大わらわでした。受講生は北海道からきた現職(小学校)のお二人。会場は図書館2Fのセミナー室です。 |
|
|
■カラッとした話
7月26日 |
8月のバグダッドでは日中の地上付近気温が軽く50度を越えていたので、日が落ちて40度前後になるとすごく涼しかった覚えがあります。春夏の地中海・中東でそういう経験をしてきた小欄は、高温よりも多湿が苦手(モンスーンに巻かれた夏のスリランカやデカンは悲惨だった)。前々項の記載に、修了生から「除湿は不経済」との指摘をいただきましたが、それは承知の上で、(冷え性気味だということもあって)日本ではもっぱら除湿機能を愛好しています。 |
|
|
■試験問題
7月25日 |
3限は「文化とコミュニケーション」の試験。火曜日の「現代の諸課題〜」とはちがって、こちらは専門科目ですし人数も18名なので、講義自体もそうですが試験問題も大学院らしい内容です。ヴォランスキー(フランスの漫画家)の「毒舌」を相対主義ならびに反本質主義の立場からコメントさせる問題とか、アンドレ・ヴェックマンの小説の一場面を言語社会学の観点から説明させる問題とか、モルジブの小学校でのトラブルに際しての校長と某教育学部助教授の論評に対する反論を考えさせる問題とか。ちょっと難しかったかな?
|
|
|
■夏の日
7月23日 |
梅雨明けでいきなりガンガンの晴れです。小研究室では昨年も一昨年も冷房は一切作動させず好きな除湿でしのいできているのですが、それも限界という感じです。午前は金曜3限の授業の試験問題を完成させ、昨日2限に実施した試験の採点をしました。午後は教授会と全学教職員集会。17:33のバスで1時間以上かけて徳島へ。駅ビルのビアガーデンで開かれている「小学校社会科を語る会」の暑気払いに合流。肝心の研究会はさぼりがちですが、こういう行事にはしっかり参加。21時のバスで鳴門にもどりました。
|
|
|
■キャンパス猫情報・夏
7月21日 |
最古参の茶太郎や古参のツーちゃん、しまじろう(耳の怪我が治りかけ)、いずれもそこそこ健在ですが、猫の総数は、「増えたら困る」という心配とは裏腹に半年前に比べて明らかに減少しています。ゴロ吉が3匹の子猫を連れているのを以前見かけましたが、その後は消息なし。交通事故死も1件発生しました。もう一つの傾向は、食糧事情がよくないのか、全体に痩せ猫が増えていて地域の方に人気のある美猫のシャルルもかなりスリムになっています。高齢化といい、どこぞの国の未来を暗示しているようでもあります。
|
|
|
■附中追憶
7月19日 |
附属小に比べて附属中にはごぶさたばかりだったのですが、一昨日「特別授業」でお邪魔したときに、校長先生、副校長先生から、昔懐かしい「未来総合科」の話が出てちょっとばかり感激しました。小欄が鳴門に赴任してからほどなく附中が開発学校指定をうけた際、村川雅弘先生らと一緒に新教科づくりのお手伝いをしたのです。目玉単元は「徳島独立計画」。「総合的な学習の時間」へ向けての先導的な教育課程研究だったのですが、いまもその残り火が附中の研究の根底にあるようなのです。「時は流れて…」ですね。
|
|
|
■ほっと「二息」
7月17日 |
今日午後は、附属中学校全校生徒相手の特別授業。内容的にさほどの負担でもなかったのですが、久しぶりのイベントだったものですから終わってほっと一息です。ただそれよりももっと一息つけたのが22日締め切りの原稿が午前にようやくまとまったこと。材料は多かったのですがうまくまとまらず七転八倒していたのです。じつはこの原稿、今日の附属でのお話と明日の3時間目の講義の結論をひっつけた内容になっています。まさに窮余の一策という感じでしたがともかくほぼ完成。で、夜は純米吟醸「雪の十和田」をぐいっ。 |
|
|
■ようやく? まだまだ?
7月15日 |
昨日は朝豪雨、午前は青空で午後は黒雲襲来。めまぐるしい変化でした。早めに帰宅して来週締め切りの原稿を執筆。思いのほかうまくまとまったのでホッとしていたら夜、論理の齟齬を発見して憂鬱。こちらもめまぐるしい一日でした。今日は魔の火曜日。3つの授業があったのですが、身体的には今日が「山」。あとまだ授業や試験、評定作業などがありますが、前期もほぼ終わりが見えてきたという感じです。おっと、28日から3日間、初の「学内集中」があった! 遠隔教育プログラム受講生(2名)対象のスクーリングです。 |
|
|
■素朴もまた楽し
7月13日 |
サッカーワールドカップで地元のブラジルが大負けしたのをきっかけにあちこちでバス放火や略奪の大混乱とメディアが伝えています。日本ならぼろ負けしてもこういう騒動にはならないはずで、やはりお国柄だなあと思うのですが、そういうことを言うと反本質主義者から吊し上げられかねません。自然科学の世界でよく言う「素朴概念」も研究者は容赦なく批判します。べつに科学や理論を軽視するわけではありませんが、「それはそれとして」、一方では庶民感覚で語り合うというのも立派な処世の術ではないかと小欄は思っています。 |
|
|
■ド迫力の報告
7月11日 |
中央大学の『教職課程年報』が届きました。第19号は「教職実践演習」の記録。まずは、「(この演習は)行政発想が強く、大学教育の実状に合わない面が多くみられ」、「未だわが国の大学全体のコンセンサスが得られていない状況」だとしっかり苦言を呈しつつも、「基本的にはこの科目の開設を歓迎する」として、いわば文科省のモデルを踏み台にするようなかたちで大学独自の「事項」を加えて濃密な15コマの授業を展開しています。教員志望が18%しかいない環境下で、よくぞ受講生のハートをつかみきったものよと感服しました。 |
|
|
■台風、レポート採点
7月10日 |
台風8号襲来。もっとも当地の暴風雨は午前の数時間だけですみました(大学は午後休講。ン?)。今日はもともとレポート採点と原稿執筆のための文献確認のため自宅研修としていました。レポートは、曽野綾子氏の『人間の基本』を読み、その内容と最近の新聞記事を絡ませて論じよという、一見やさしそうでじつはずいぶん難しいものでした。予想に違わずうまく絡ませたレポートは少数でした。それにしても、添付した新聞の出典(○○新聞、○月○日)を書いてないレポートがいくつかありました。きちんと指導しなければ。 |
|
|
■評価のむずかしさ
7月8日 |
そろそろ期末の試験問題を作成する時期です。「現代の諸課題と学校教育」はシラバスにも明記の通り、非常に問題提起性の高い内容ですし、とくに「戦争と平和の教育学」の部分は価値がらみの話題が多く、下手に出題すると個人の思想や価値観を評価するようなかたちになりかねませんから、非常に気を遣います。基本的には昨年度と同様できるだけ事実確認に重点をおいた問題になりそうです。もっとも昨年度は、「テキストを読めば答えられるような単純な問題はケシカラン」と現職院生に叱られました。問題作りも一苦労! |
|
|
■ちょっとした話題
7月6日 |
国道とは名ばかりの超悪路(=酷道)をタレントが「命がけ?」で走破するという、いかにもテレ東らしい企画の土曜スペシャルを見ました。まずは四国代表の「与作」(R439)。「獅子丸」(R440)とならぶ悪路で以前は×印のオンパレードでしたが何とか走れたようです。長野と新潟には未整備の国道があり、タレントが、けもの道同然の山道をよじのぼったりしていました。しかしこれらも歩けるだけまだマシ。わが鳴門市役所前のR28は鳴門市岡崎で海中に没しますから走破は絶対に不可能。代替航路なし。さあどうする?
|
|
|
■最先端だったんだ
7月4日 |
先週の新聞報道によると、現在のセンター試験に替わって33年度から達成度テストが始まるそうです。資格試験的な性格のもののようですが、教科横断的、合科的な内容の出題も検討するとのことで、これが実現したら画期的というか大騒動になりそうです。小欄が担当している「現代教育課題総合コース」は、教科にとらわれない「つなげて考える」発想をウリにしている全国唯一の教員養成系の大学院です。ようやく「時代」が追いついてきた? エヘン! |
|
|
■タテカン
7月2日 |
ご多分にもれず本学の建物の入り口にも「不審者に注意」「禁煙」「東北地方太平洋沖地震にともなう節電要請」(?!)などの張り紙が賑やかに並んでいます。これはまあ日常の風景なのですが、一昨日、何とも珍しい非日常の風景に出くわしました。学生会館の入口に学生が作ったタテカン(立て看板)があったのです。「米帝粉砕」とか「国会突入」などの勇ましい内容ではなかったのですが、何年ぶりかで見たものですから懐かしさでいっぱい。当時は目障りな感もありましたが、あれはたしかに大学なる場所の風物詩でした。 |
|
|
|
|
|
|
|
|