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■奇奇怪怪でしょう?
6月30日 |
今年度の「教育実践フィールド研究」は3チームに分かれての活動になりますが、そのうちの1つが小欄担当の「ホノルル日本人学校訪問」。5名の学生分と教員2名あわせて7名分のチケットの手配がようやく終わりました。利用するのは来年の1月なのに、すでにC席は満席となっていたのが、今日のお昼やっと確保できたのです。Y席の方も成田発も関空発も日替わりというかそれに近い勢いで料金が変動し、満席かと思ったら空席ができたりと、業界の裏側を知らない人にとっては、航空券獲得競争はまさに奇奇怪怪の世界です。 |
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■ドーナツの穴
6月28日 |
先週のネット情報で知ったのですが、大阪大学の教授や学生が作った『ドーナツを穴だけ残して食べる方法』なる本がずいぶん評判になっているそうです。美学、歴史学、数学などの専門家がそれぞれの知識を総動員してこの難問に挑みつつも、平易な文章で書かれていて学問研究への誘いになっているとのことで、中学校や高校の図書館からも引き合いがあるとか。小欄はまだ手にしていないのですが、こういうのって「大学だなあ」としみじみ思います。 |
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■平島小学校授業研
6月26日 |
金野先生の車で出かけました。途中、道の駅で昼食。BGMでオッフェンバックの「天国と地獄」が鳴り響く食堂というのも珍しい。13時50分から橋本先生による「火事を防ぐ」の授業。このところの堕落で往路はダラ〜としていたのですが、元気いっぱいの授業を見て、その問題点などをチェックし書き留めているうちに、すっかりこっちも元気になってきました。教科書編集の仕事を離れ、授業研究会にもご無沙汰だったのですが、やはり「「昔取った杵柄」というヤツでしょうか。事後研では飛び入りで5分ほどお話させてもらいました。 |
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■2冊の本
6月24日 |
吉本貞昭『知られざる日本国憲法の正体』、佐藤健志・中島剛志『国家のツジツマ』を読みました。前者は憲法制定にいたる虚虚実実の駆け引きを何月何日の何時からどこでというレベルまで追った膨大な記録、後者は戦後日本の言説を近代400年の歴史の文脈の中で解釈しなおした括目の書。2冊は虫の目と鳥の目とでもいうべき好対照の労作でした。日ごろ院生の不勉強を嘆いていますが、小欄自身も決して威張れたものではありません。知らなかった事実、思ってもみなかった視点など、まだまだ山ほどありますね。 |
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■梅雨の晴れ間
6月23日 |
新学期のバタバタや5月の出張も終わり、以前なら学長補佐としての私学や各都県教委めぐりの「旅がらす」で忙しかった6月ですが、今年はゼミ新入生ゼロですし、ゼミ2年生も目下採用試験対策で籠っていますから研究室は森閑。楽と言えば楽ですが、ちょっと堕落気味。「じゃあ研究したら?」と言われそうですが、今春、査読付きの論文を出したばかりですから、これ以上乱発したらハタ迷惑でしょう。さしあたっては、日々の授業のブラッシュアップと来月の附属中学校での「特別授業」のパワポづくりでひと踏ん張りしましょうか。 |
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■ありがたさも半分
6月22日 |
某附属学校から先週の研究大会のときに配布された『研究紀要』が送られてきました。拙著の一部を引用したとの事前連絡を受けていたので早速開いてみたのですが、たしかによく似た図があって「〜を援用して作成」との註があります。それはいいのですが、図の前後1ページ半ほどの文章もよく似ていますし、その中には小欄オリジナルの表現もあります。引用の仕方としては明らかに逸脱しています。ほかに社会科の項には「社会的自己物語」というどこかで聞いたような概念用語?があり、拙著も一応参考文献になっているのですが、拙著と本文のどこが対応するのか不明。いろいろと使っていただくのは光栄なことなのですが、ルールは守れよと、16日に引き続いて慨嘆。 |
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■せめて院生時代には
6月20日 |
一昨昨日の授業では、佐藤学の論や昨今のSTAP騒動を手掛かりに、再現可能性がなければ科学ではないとするなら、「教育科学」や「授業の科学」はありえないと暴言?をはき、今日は今日とて、5年ぶりぐらいにハンソンの定式を詳しく紹介するなどして多文化主義をぶった切ってしまいました。学部ではとても無理ですが大学院の授業ですから、世の常識にあえて挑戦してみる姿勢も必要です。学校現場に出たらとてもこんな議論できませんからね。 |
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■提案する社会科
6月18日 |
先週、故あって拙著『提案する社会科』(1992)を斜め読みする機会がありました。じつに20年ぶりのことで、手もとにありながらよくもまあこれほど「放置」してきたことよと感心してしまいました。読後感は、率直に言って、「おもしろかった」。そりゃあ自分の文章ですから当然かもしれませんが。最新著『君は自分と〜』の問題提起にも通じるニュアンスが散見されたのですが、よく言えば「首尾一貫」「先見の明」、悪く言えば「20年間成長しなかった」。いずれにせよ、わが過去をこういうかたちで振り返ることができるのは、幸せなことです。 |
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■アナクロですか?
6月16日 |
どの世界にもルールというものがあって、明文化されていないそれは年長から年少へ、師から弟子へと語り継がれていくものです。研究の世界で言うと、引用の表記とか先行研究の大切さとか論文の基本的な構成とか投稿のルールとかいろいろあります。それをわきまえておかないと、今般の学会でもあったのですが、「ご苦労さん」としか評しようのない単なる苦労話を研究と称したり、張り切って質問してかえって不勉強を衆目にさらすような悲劇があります。「教授−助教授−講師」という一見封建的で権力的な講座システムにもそれなりの効用もあったのではないかなと、先週、同僚と話し合ったところでした。 |
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■国際理解教育学会
6月14日 |
奈良教育大学には9時過ぎに早々と到着。本学の金野先生、学会の前会長、現会長その他お歴々とも「やあお久しぶり…」。本学学生も4人来てくれています。最近は堕落したのか、学会という催しがもつ構造的な「におい」に敏感になりすぎていて、昨年も書いたのですが、とくにこの学会は規範的な言説が往来するので、たまに某新聞を読んだときのような息苦しさがあります。しかし午後のシンポ「ことばと国際理解…」は、言語の記号性そのものの中に「文化」を発見するという興味深い視点で大変参考になりました。夜は、「あべのハルカス」を拝みに行き、旧知の大先生と海鮮居酒屋で痛飲しました。 |
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■移動日
6月13日 |
昨日は時折舞い込む「中仕事」をCDを聴きながら片づけました。出張となっている今日も午前は一応出勤して来週の授業内容の確認などをしたあと、太田先生のプジョーに乗せてもらって珍しく島の外で昼食。そのまま高速鳴門まで送ってもらいました。バス停で同じく出張に出かける隣室の西村先生とばったり。難波経由でERP(『教育PRO』の発行元)へ「鳴門金時」をもってあいさつに行きました。夜はホテル近くのいわゆる「ごはん屋」で定食を食べましたが、この店、午前2時閉店、午前4時開店。需要があるのでしょうね。 |
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■訃報
6月11日 |
教師対象の膨大な量の実践書を出版し、全国を股にかけて講演、指導に走りまわり、「授業の神様」とまで称された有田和正氏が先月死去していたことを知りました。小欄はと言えば、有田式の社会科を公然と批判し、札幌のイベントでは氏のネタ論を本人の目の前でこき下ろしたりしたものですから「有田の天敵」などと呼ばれていました。しかし考えてみれば、シティズンシップ論や知識の活用論など現在耳目を集めている教育主張の源流とも言える小欄の「提案する社会科」論も、ネタ論という対抗軸があったればこその産物と言えます。あのころの社会科の賑わいが懐かしく思い返されます。
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■附属小へ
6月10日 |
今度の金曜日の授業は学会がらみで休講ですし、「魔の火曜日」の今日は、免許取得希望者が附属の雰囲気を体験する「観察実習」のため多くの受講生が欠席することもあって授業をお休みにしてあるので、今週は会議以外にこれと言った義務的拘束はなし。今日は本当は代休なのですが、せっかくなので附属小学校へ「観察実習の観察」に出かけました。昼は附属小もと校長先生と附属の今後の教育研究の課題などについてランチをとりながら歓談。
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■総選挙
6月8日 |
先月、福岡でまゆゆとニアミスだったのですが、昨夜の「総選挙」で彼女が1位になりました。と言っても特段AKBに興味があるわけでもないですし、「現象としての総選挙」についての見解もここでは措くことにしますが、実況中継を見ていて思いついたのは、コースで「修論総選挙」(2月)をやってみるのも一興かということ。発表者には気合が入るでしょうし、フロアの参与意識も高まります。院生にはどんな発表が「よきもの」として映じるのかを知るのは教員にとっても興味深いところ。企画担当の田村先生、いかがですか?
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■新授業スタート
6月6日 |
毎週金曜日3時間目の授業「文化とコミュニケーション」の担当が今日から始まりました。旧名称は「文化間教育論」だったのですが、学内では四方八方に「教育」という言葉が氾濫しているので、「いまさら」という感もあって昨年からこの名称になっています。今日は附属中学校の研究会の日なのですが、参加を希望する学生は少なく、しかも来週は学会がらみでお休みにするので、今日からのスタートです。まずは頭の体操ということで、「国際理解教育」という表現の怪しさ(?)などについて熱弁をふるっているうちに時間切れ。
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■時間を支配する
6月4日 |
中国の政治経済の紊乱や民度の劣悪について書いた本を読んだのですが、その中に「信用できるのは時計の針だけ」という指摘がありました。ある意味、これは誤り。さすがに中央集権の独裁体制だけあって、東西に45度の経度差のあるこの国にはじつは標準時が1つしかありません。もちろん北京時間がそうで、西部のカシュガルでは今の季節、日没は午後10時すぎに。ヒトの生理のレベルにまで一党支配は及んでいます。本日「騒乱」25周年。
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■反論の技術
6月3日 |
先週のGT(植田先生)の特別講義に対する小レポートを読みました。内容が内容なので、正義感にあふれる現職らから一定の批判が出るのは織り込み済みですが、反発はできても反論ができないことには課題を感じました。もちろん、膨大な文献に裏打ちされた主張に3日やそこらで反論せよというのは無茶な注文だったのですが、そもそも反論の意味がわかっていないのも大きな原因。先週読んだ吉永潤氏の学会誌投稿論文原稿に懐かしい『反論の技術』が引用されていたので余計にそう感じたのかもしれません。あれやこれやと40分もしゃべったので、今日の講義は大幅な予定変更。反省!
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■出張を終えて
6月1日 |
昨日は大学へ行き、たまったメールの確認やレポートの引き上げをしました。帰りに西條内科へ行きマッサージチェアでふくらはぎをモミモミしたので、足はだいぶん楽になりました。出張内容が…ではなくはっきり言ってふだんの運動不足がたたっただけです。鳴門の生活とはちがって東京では否応なく歩くからです。それにしても今日はひどい暑さで各地で猛暑日続出。出張中も暑かったですが、今日に比べればマシ。運がよかったと言うべきか。 |
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