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 自己紹介 
  ■ 研究室日誌 過去の日誌へのリンクは最下段に
ようやくゴール




            1月30日

 今日は「現代の諸課題〜」の実質的な最終日。近代教育論と教師の在り方論の2つを同時にぶち込んだので、かなり早口になってしまいましたが何とかゴール。くったくたになりました。次回からは少し構成を再考しなければ。しかし、テキストに記載されている内容は軽く流して、節約できた時間で受講生のコメントなどを多用するというスタイルは使えそうです。午後は自宅で修論読み。いやあこれがなかなか難物。どうするべえか?

一喝への郷愁





            1月28日
 某コンビニがフォアグラ弁当なるものの発売を企てたところ、「あれは残酷な食べ物だ」という指摘があり発売を断念したとの記事。それを言い出したら卵焼き一つ食べられなくなるので、この種のクレームは黙殺するとして、留意したいのは、クレームの数が22件だったのにもかかわらず中止の措置がとられたこと。さぞかしコンビニ側は「文句があるなら食うな」と一喝したかったことでしょう。でもできないという、この歪んだ感情の鬱積はあきらかに社会を不健康にします。学校も……、と想像します。
2連休は…




            1月26日
 昨日は「現代の諸課題〜」の期末テストの問題づくりにまたまた七転八倒。とくに今回は年度末成績締め切りのあわただしい時期なので、採点が楽でしかもある程度考えさせる問題を作らねばならず苦労しましたが、ほぼ完成したので一安心。今日は修論読み。第1号は「『生成としての教育』における学校音楽教育の可能性と不可能性」なる論文。可能性はともかく不可能性などとヌケヌケと書くあたり、「総合」らしくて愉快です。
春の陽気




            1月24日
 昨日は、書類上は先週に取得することになっている振替休日をとり、レポートを読みました。先週火曜日に見せた「脱藩」ビデオの視聴コメントです。希望者が出せばいいシステムだったのですが、ずいぶんたくさんの提出があったので、結局夕方までかかってしまいました。今日はその成績を記帳しあわせて来週の授業の準備にかかりました。気圧配置の関係で3月上旬のあたたかさ。昼食は「ローズベイ」まで足を運びました。
いたって快調





            1月22日
 夕方にいつもより少し眠くなるかなあという程度でいたって快調です。昨日の授業は時数調整のため休講にしてあったので、一日ゆっくり雑務処理ができました。一昨日の修論締め切り日の学生のあたふたぶりは例年どおりだったとのことですが、ともかく全員提出できたようです。太田先生の車で帰宅しました。今日は教授会があり、そのあと提出された修論を受領にいきました。合同研究室まで運び金野先生に手伝ってもらって査読者ごとに分配しました。難解な?論文と格闘する毎日が始まります。
帰国





            1月20日
 今朝は簡単なメニューで朝食をすませ7時58分のバスで空港へ。帰路はDL617。昼食にビールと赤ワイン2杯飲んで「さあ寝てやろう」と思ったのですが、どういうわけか眠くならずゴロゴロしているうちに成田着。久里浜行の快速で品川へ。京急に乗り換えて羽田へ。夕食(昼食)も十分だったので、ラウンジでトマトジュースを飲んだだけで徳島行最終に乗り込みました。21時到着。寝なかったせいか時差ボケなし。体がまだ日本の寒さを覚えているとみえて、夜風もさほど気にはなりませんでした。
今回は…




            1月19日

 海外旅行歴40有余年にして初めてスリッパを忘れるというドジをやらかしました。ホテルでは珍しく一度もテレビを見ず、機内のそれも含めて新聞も読まずでした。部屋掃除はすべて断り枕銭を節約。単独行だったので、空港との往復は路線バスを利用。所要時間はタクシーの4倍以上ですが運賃は20分の1。RHSCなどには目もくれずDFSもトイレを借りに入っただけという真面目パターンでした。べつに土産を買うわけでもなし。

レインボー学園






            1月18日

 タクシーがあらぬ向かったので、「カイムキ中学校の正確な位置を知っているのか、右へ曲がれ」と大きな声を出したら初老の運転手は「高校と間違えた」。どうやらその通りだったようでメーターを無視して10ドルにしてくれました。日本文化デーの行事と国語、社会、算数の授業を見学。昼食後、持参したデジタル教科書を動かしながら、レインボーならではの使い方もあるのではと校長先生と話し合いました。教科部会終了後、清水先生の車で町まで送ってもらったのですが、行きつけの居酒屋の開店まで間があったので、甚六で焼きそばを食べてホテルにもどりました。

ハワイ大学




            1月17日
 Lのバスで出かけました。教科書コーナーは昨年とは少しレイアウトが異なっていて「地理学」の表示が見当たらず、そのかわり「平和についての葛藤」という分類がありました。日本の宗教的平和教育にはない面白い内容でした。昼は学食のスナックでサンドイッチと水。どうしてこうデカくてマズイのかといつも溜息が出ます。同僚の太田先生から頼まれていたブツを買い込みLのバスで町に出てABCで買物をして帰りました。
ホテルにて





            1月16日
 ホテルはワイキキから徒歩15分。安い部屋でしたが、それでもラナイからは、隣の建物のせいでケアが欠けているマウナケアが望めましたし、同じ理由で迫力には欠けるものの海も見えました。町まで出るのも億劫なので、珍しくホテル内の食堂でディナーコースを楽しみました。ビーチまで数メートルの特等席で水平線に沈む夕日が真正面でした。砂の上をウェディングドレスの日本人女性が颯爽と歩き、そのあとを暑苦しい黒のタキシード姿の新郎とカメラマンが追いかける…、のどかな夕暮れの風景。
ホノルルへ




            
1月16日
 12時30分の締め切りを待ってレポートを回収し、自宅経由で徳島空港へ。昼食が早かったので京浜東北線のホームのベンチでベーグルをかじり、奮発して品川からN’EXに乗車。予定通り成田に到着しました。コートを預けてチェックイン。搭乗時刻が出発の1時間も前に設定されたので、ラウンジのシャワー室を借りて着替えるのに大忙しでした。DL578便。初めてのフルフラットシート、それにいつも以上の豪華な夕食でした。
ちょっとのんびり





            1月15日
 小ゼミでは今年度は修論の教務提出を12月27日と定めていました。3人のうち2人は年内に提出したのですが、1人については細かなミスが見つかったので提出を先のばしにしていました。昨日ミスを修正して無事提出完了。書く方もそうでしょうが指導教員としてもほっとしました。来年度は締め切りをもっと早めて10月末ぐらいにしようかしら(笑)。今日も寒い朝でした。明日からの出張(レインボー学園)の準備もできてしまったので、ちょっとのんびりの1日です。現地の16日の予報は晴れ、25度。
カレンダー





            1月13日
 週の始まり(カレンダーの左端)は何曜日かなんてどうでもいいことでしょうが、以前書いたように小欄はこだわっています。アルバニアに住んでいる高校のときの同窓生に年賀メールで「そっちはどう?」と尋ねてみました。首都の文房具屋をあちこち探索してくれたのですが、イタリア製のは月曜始まりだったとか。ただ彼女の言うように複雑な国情ゆえに判断は難しいでしょう。そもそも質問自体を理解してもらうのに一苦労だったみたい。ついでに彼の地のあれこれも書いてあって楽しいメールでした。
土曜日





            1月11日
 今朝大学で最古参猫の茶太郎(11月8日の項参照)と遭遇。再会を喜びあいました。ところで今日は県などの主催になる「防災生涯学習フォーラム」がアスティ徳島で行われ、県下で唯一市内の黒崎小学校が表彰されました。その受賞理由の一つに本学との連携もあげられたとかで、小コースの教育実践フィールド研究の取組が評価されたのはうれしいことです。中心になって奔走してくださった谷村准教授の苦労も報われたというものです。ただ、小欄はフォーラムには出席できませんでした。
キャンパス猫情報・冬




             1月9日
 胸のところだけ少し白いので「ムネシロ」と名付けていた猫のことを、近所の小学生は「スター」と呼んでいることがわかりました。で、改名。「牛太郎」は昨今とくに人懐っこくなり、すぐにゴロンと転がる癖が出て来たので「ゴロ吉」と改名。ただしメス猫です。「ツーちゃん」そっくりの子猫が加わったので「スリオ」と命名しました。2のつぎだから3です。黒の成猫が減ったので総勢14匹、数は変わらず。寒風にも抗してみんな元気です。
授業始め




             1月7日
 2時間目は「現代の諸課題〜」の授業。昨日たまたま学内のお知らせで教室の視聴覚設備大幅更新の記事を発見。昨日のうちに教務の担当者と予行演習をした甲斐あって今日の授業はスムーズに進行できました。あの記事を見つけていなかったら大騒動だったはずです。授業は「理論と実践は融合できるのか」。昨年度までは知識論中心の構成だったのですが、今回はテキストがあることもあって少しスピードアップしました。
ありがたいことです





             1月6日
 今冬は曜日の関係で年末年始の休みが長く、今日からようやく列島始動。学内にも賑わいがもどってきました。恐るべきことに今日から授業開始なのです。ところで、昨年暮れに愛媛県教委の人から留守電が入っていて「お礼を」という伝言があったので不思議に思っていたのですが、今日電話してみいたら、『教育PRO』(12月3日号)に書いた拙稿(「悪」とのつきあい方)が非常に参考になったという過分のお褒めをいただきました。ありがたいことです、本人は軽い気持ちで書いたのですが。
ニュースから





             1月4日
 2日にダウが100ドル下がったとNHKが報じていました。平均株価は16,300ドル近辺でしたから500ドルも下がればちょっとしたニュースでしょうが、たった100ドルで騒ぐのは異常。ニュースでは続けて香港も下がったというので聞いているとゼロコンマ何%かの下げとのこと。NHKは株価が下がるのがよほどうれしいとみえます。大新聞などが虚偽・偏向・誇大な報道で世を惑わすのは戦前と変わりません。いや、さらに深刻かも…と、教師やそれをめざす人たちに問いかけていきたいと思っています。
お正月A





             1月2日
 イスラエルと言えば、ユダヤ教の安息日シャバットの様子を「日本のお正月のような」と例えることがあります。市中の静謐さを形容しているのですが、昨今日本のお正月は静謐とは無縁で、コンビニも大型店も元旦から賑わっていますし、自動車の通行量もむしろ増えているのではと思わせるぐらい。テレビは特番の目白押しですし、デパートは競って初売り、福袋…。昔ながらの正月らしさはどこへやらです。シャバットにならって年に1日ぐらい町じゅうが静まり返る日があってもいいのにと思います。
お正月@





             1月1日

 今年もうららかな元日。いつもどおり成田山に初詣。ところで、お屠蘇も含めれば元日にお酒を飲まなかったのは半世紀ぶりのこと。べつに前夜飲みすぎたわけでもなく、冷えとかコリとかで単に「ドテ・ダラ」状態だっただけのことで、せっかくの純米大吟醸を開けるのも気が引けたというのが真相。おせちに、塩づけニシンとスモークサーモンがあり、否応なくイスラエルを思い出しました。寄宿舎の朝食は、これらにパンとコーヒーとフルーツというのが定番でしたから、毎日毎日食べ続けていました。