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 自己紹介 
  ■ 研究室日誌 過去の日誌へのリンクは最下段に
民間人校長辞任






            6月30日

 大阪市が公募した民間人校長が3か月だけであっさり退職。世論はどちらかと言うと批判的で、今日の全国紙も、民間とのちがいをきちんとわきまえなかった本人の非を書いています。たしかに、学校というのは、能力主義や合理的判断が必ずしも通用しないドロドロした世界で、それに喝を入れようとした市長の意図も理解できるのですが、それなら民間人をいきなり校長にするよりも、管理職登用試験の受験資格要件として1年間の民間会社での研修勤務を義務付け(給与は教委もち)る方が、迂遠ではありますが現実的な対処でしょう。急な変革はたいてい失敗します。

省察力…か






            6月29日
 『教育PRO』に、授業研究会のあとの検討会(事後研)がなぜ空回りするのかという駄文を書いたのですが、それを読んだ某附属学校の先生から、以下の感想メールが届きました。<先生っていう職業に浸りきる人には、「学びあう関係をつくる対等な立場での褒め言葉が乏しい(というか、ない)」せいではないでしょうか。上から目線でほめるか、へりくだるか、なら、じょうずなんですが(笑) もって他山の石とせねばならないのですが、なるほどこういう見方もあるのかと考え込みました。現職教員が集う教職大学院では、こいう内省的分析も話題にのぼるのでしょうか。
FD準備





            6月27日
 昨日、今日と来週の「現代の諸課題〜」の授業準備。いつもは後期に実施されるFD(大学レベルの研究授業大会)が今年度は前期に設定されていて、「総合」では誰も立候補がなかったので、小欄が研究授業を引き受けました。いざ授業をやるとなると、まあそれなりに準備はしますから、いつもよりは凝った中身の展開になりそうです。前項では自身のテンション減耗を嘆いたのですが、少しやる気が復活してきました。評価、評価で夜も寝られずというご時世ですが、FDにもメリットはあり…、ですね。
テンション





            6月25日
 いつものことなのですが、学期も終わりにかかって、あと2回やれば…というぐらいの段階に来ると急激にテンションが下がり疲労感が増してきます。だからと言って個々の授業の出来がどうこうというわけではないのですが、なぜか後ろ向きになってしまいます。年のせいか15コマがほぼ限界に思われます。と言ってもまた新しい学期が始まると元気は回復するのですが。今日の2時間目は「くま」のお話。テキストを離れての特別番組でしたし、内容も少なめだったので、のんびりと流すことができました。
ああ、週末




            6月23日
 昨日は8:40集合。教員採用試験の模擬授業・面接の指導。ふ〜。午後は授業準備その他雑用に明け暮れ、夕刻、徳島大学の先生とスリランカの写真のスライドショーを楽しんで「ローズ・ベイ」でワインと食事。今日は10:30出勤。雑用を片付けて午後は大学院説明会。今年度2回目なので、参会者少数。15:30終了。20日が昨日の代休、27日が今日の代休で、一応、辻褄はあっているのですが、なぜか負担感ぬぐえず。
雨の金曜日




            6月21日
 台風くずれの低気圧と前線の影響でいつ大雨になるかという空模様。気温はかなり低く、半そでだと寒いぐらい。今日から金曜3限の「文化とコミュニケーション」の講義担当です(前半は太田先生)。今日はアルザスの話の前半だったのですが、冒頭でスリランカの話をして、タミル語がどうのシンハラ語がどうのという話題をしゃべっていたので、珍しく時間オーバー。5時間目はゼミ。今春修了した前田さんの修論の紹介でした。
その後も快調




            6月19日
 ありがたいことに疲れはまったく出ていません。近頃にしては珍しいことです。昨日から「現代の諸課題〜」は新しい章に入りましたが、まあまあ予定通りに進行。4時間目の「人間と文化」は、先週の異文化間教育学会に参加した学生3人の報告。興味深く聞くことができました。今日の昼休みは修了アルバム用の全体写真撮影で、暑いけれど上着を着て出かけました。4時間目は部会議。気の滅入るような話題少なからず。
快調




            6月17日
 全体にゆったりとした日程でしたし、なんと言っても西行きの旅でしたから、帰路の狭い機内での夜間飛行の疲れは否めないとは言え、じつに快調です(東行きのハワイはつらい!)。昨日は夕方帰宅してそこそこ片付けもすませて就寝。今日は時差ボケもありません。10:40からの会議でもしっかり発言しました(笑)。メールも、「緊急告知」が1本入っていた以外、ヤヤコシイ内容のものはなく、すぐに処理完了。再起動OKです。
スリジャヤワルダナ
        プラコッテ





            6月15日
 この長い地名はご存じスリランカの首都なのですが、ここを訪れる外国人はほとんどいないでしょう。いや国民ですら行ったことのない人の方が多いはず。と言うのは行っても何もないのです。池の中の国会議事堂以外は。しかし、そこはそれ、へそ曲がりな小欄のことですから運転手に頼んで車を回してもらいました。かつてのイスラマバードのような感じ。やがてここに壮大な官庁街が出来上がるのでしょう。21:20空港着。両替でひと悶着ありましたが突破。UL454は30分遅れで成田に向け離陸。
コロニアル






            6月14日
 主体はシンハラ文字ですが、看板はほとんど英語との二重表記。小学校から英語を習うので日常英会話はOK。収奪すべき資源があったので、早くから道路や鉄道などのインフラが整備され、それが独立後の発展につながっています。ゴールなどのコロニアルな風景はあろうことか世界遺産に指定され貴重な外貨獲得源になっています。それもこれも植民地支配のおかげ…などと言えばカルスタ・ポスコロの偉い先生方から怒号が飛んできそうですが、どうせ人間のやること、影もあれば光もあります。小欄はコロニアルな街並みが大好きと、正直に書いておきましょう。
のんびりと




            6月12日
 外車(TOYOTA AXIO)を借り切り、専任の運転手とガイドを連れて高級ホテルに4泊して国内をめぐる一週間の旅です。日本やヨーロッパでこんなことをするとトンデモナイ費用になりますが、ありがたいことにスリランカではそれほどの負担でもありません。同様のかたちの旅をしている日本人とも何度か行きあいました。鳥の声を聞きサバンナを渡る風を感じながらアロマテラピーなんとかも体験。まるで旅番組の海外取材ですね。
太陽





            6月10日
 熱帯特有のボタボタと落ちてくるような突然の驟雨も、移動中か屋内でやりすごし、奇跡的に傘は使わず。ある昼下がり、地図から判断するかぎり東に向かっているはずなのに、太陽を左にみて進んでいます。しばらくして、ハッ! この時期太陽は北回帰線の近くまで北上しますから、北緯8度付近では太陽は北の空をまわるのです。高校教師時代、大気大循環システムをトラペンを使って説明するのは得意授業の一つでしたが、いやはや。北の空の太陽と迂闊な自分自身にいささか感動?しました。
UL455




             6月9日
 成田空港からの出国はおよそ20年ぶり、南アジアに足を踏み入れるのはおよそ30年ぶり、1回のフライトでそこそこの食事が2回出たのはおよそ40年ぶり、非常設備の説明抜きに離陸したのは、これはもちろん初めて。UL455は機材はいいのですが、椅子は貧弱で、JLの国内線よりもピッチが狭く苦労しました。しかし何と言っても西行きは楽です。90分おくれの出発で50分遅れの到着。入国審査はいたってスムーズでした。
ゼミ新歓




             6月7日
 ちょっとやっかいな「中仕事」が舞い込む可能性があったので、昨日は覚悟を決めて出かけたのですが、結局その必要はなくなったので、かえって時間があまりました。授業準備などで夕方まで。今日も少しのんびり出かけました。3時間目はゼミ。1期生の川村先生(栃木県・小学校)の修論紹介でした。19時から「半ら」で金野ゼミと合同で新歓コンパ。藤村ゼミからの飛び入りのほか、川村先輩も栃木から乱入して、大騒ぎでした。
内発的動機付け






             6月5日
 …を大切にした授業を創ろうというような研究主題を附属小学校でかつて見かけました。昨今思うのは、附属学校の研究そのものに内発的動機付けがはたしてありやなしやということ。これは附属の先生方がさぼっているとかいうことではなくて、毎年毎年意味ありげな主題をかかげて研究し続けなければならないという宿命におかれている附属学校なる存在そのものへの、ある側面からの同情的懐疑です。小欄がもし校長になったら「今年は研発なし。各自で目標を定めて授業づくり、教材開発、子どもとの対話にはげんでください」と宣言してみたいですね。でも無理か?
反省





             6月3日
 その講義内容を書いてしまった(!)テキストを使って講義をしなければならないという奇妙な状況下で開始した「現代の諸課題と学校教育」でしたが、先週は、新方式がうまくまわらず時間切れで後味の悪い結果となりました。反省するに、やはり本=文章の集合というものと、しゃべりが中心になる講義というものとは、基本的に波長がずれることがあっても致し方ないのでしょう。来週分からはテキストの文章は必要部分のみを音読することにして、「しゃべり用」の「流れ」は別に組み立てることにしました。
認識を認識する






             6月1日

 戦地慰安婦をめぐる橋下発言が物議をかもしています。今回の発言には3つのフェーズがあって、さきの戦時下における制度や行為についての事実認識、騒動で得をするのはだれ(どこの国)かという国際関係認識、人間の業(ごう)や性(さが)にまで及ぶ人間認識の3つ。この種の国際関係認識には社会認識教育は無頓着でしたし、人間認識形成をつかさどる文学、演劇、宗教などを戦後教育は軽んじてきましたから、議論が哀れなほどに迷走するのは必定。政治家としての自己認識の甘さはともかく、氏自身が、3つの認識を自覚的に峻別していなかったフシもあります。