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 自己紹介 
  ■ 研究室日誌 過去の日誌へのリンクは最下段に
ゼミ研修旅行





            8月23日
 ゼミ生全員から「海外研修を」という要望が出ていました。もっともなことです。で、一時はイスラエルへとも考えたのですが、昨今イラン攻撃が現実味を帯びてきて、シミュレーションによれば死海周辺にも3発ミサイルが落ちる想定になっていることもあって計画中断。当初の予定どおりレインボー学園への出張にゼミ生がついていくというかたちで5泊6日程度の研修旅行を企画することにしました。1月下旬の催行を予定しています。
 研究室日誌は秋分の日前後まで「夏休み」とさせていただきます。
研究希望調書





            8月22日
 入試2日目。朝から口述試験。「研究希望調書」をもとに面接をします。「調書」なんていう傲岸不遜な官僚用語をいつまで使うのかと腹が立ちますが、それはともかく「研究希望」を書けと言うのも無理と言えば無理。志願者はまだ大学院での「研究」の実態を知らないのですから、イメージでしか書けません。それと「希望」を書かれても、いくら「総合」とは言え希望に添いかねる場合も少なくありません。「研究希望調書」をやめて、「いま興味関心をもっている教育課題について」あたりでどうでしょうか?
大学院前期入試





            8月21日
 昨日午後の空は深く乾燥した感じの青で、アンダルシアって感じだなあと見とれていたのですが、今朝は一転豪雨。ただし30分ほどでおさまり大学に着いたころにはまた青空になっていました。めまぐるしく天気が変わります。今日から大学院前期入試。これまではいろいろと役目をだぶって引き受けていたので早朝から出勤でしたが、今年の第1日目は午後から出番なので余裕をもって出勤。「総合」は10名の募集に対して第2志望も入れて19名の志願者。ありがたいことにはちがいないのですが。
集中講義(番外)





            8月20日
 わが心の原風景である六甲山と阪急電車の世界に浸り,つかの間であれあこがれのホテルぐらしができるのですから,授業のしんどさを割り引いても「おつり」が来るというのが神戸大学での集中講義なんですが,その「おつり」の額がだんだん減ってきて,今回はトントンに近くなっています。くやしいものです。もし来年度も引き受けるとすれば,作業活動,ディベート,ビデオ視聴などを多用してこちらのおしゃべりをなるべく少なくする工夫をしなければなりません。要はあまり「集中」しないことですね。
集中講義(3)




            8月18日
 昨日は終了後,吉永先生と社会科について小一時間おしゃべり。と言ってもこの2人のことですから小欄が「ポスト・パックスアメリカーナ」,彼が「マキャベリの君主論」などを持ち出して現今の社会科(教育研究)ムラの実態について辛口談義。いい気分転換でした。今日は久しぶりに目覚まし時計のお世話になって起床。授業の最後は社会科教育と教育人間学のチャンポンのような話でおしまい。予定終了したので早めに解散。
集中講義(2)





            8月17日
 久しぶりの社会科教育論ということで、昨日は公民的資質がどうたら、初期社会科がどうたらしゃべりまくったので声がおかしくなり、今日はコンビニでのど飴を買って出勤しました。2日目は平和教育論でしたが、昨今、竹島や尖閣でいろいろやってくれているものですからネタには事欠きません。有名な「チャーチル発言」の授業を紹介したら広島出身の学生が「広島ではとてもできない」と言ってました。あえて逆の立場に立つという勇気と遊び心を理解できない人もまだまだ少なくないようです。
集中講義(1)





            8月16日
 ちょうどお盆なので,昨日は宝塚の寺参りをすませて早めにホテルに入りました。郵送しておいた資料類の中から今日使うものだけを取り出し紙袋につめて出発。割り当てはE210という中教室だったのですが、吉永先生が別件でちらっと触れてくれていたA427という部屋をのぞいたらちょうど20席ぐらいのロの字型配置のセミナー室だったので,これ幸いと教務の了解を得て教室をこちらに変更。坐ってやれるし大声を出すこともなく授業できたので疲労はずいぶんと軽減されました。大助かり!
せっかく来たけれど





            8月14日
 10時過ぎに大学に来てみると停電。なるほど入口に小さな字の張り紙がありました。さほど大々的にPRしなかったのは、夏季特別休業中に出てきて仕事をするなどという非国民はいないという前提でしょう。窓を開けシャツ1枚になって辛抱していると11:40ごろに通電。イスラマバード空港で成田行きのPKに半日以上待たされたのに比べたらどうってことはありません。通電はしたのですがサーバーはお休みらしいので、集中講義関連の最小限の仕事だけをかたづけて早めに大学をあとにしました。
あの頃は…





            8月12日
 忙中閑。40数年前に出会った小説を引っ張り出して読みました。上野から仙台まで夜行列車には寝台がなく10時間も座席に座って…というような記述があります。昔の人はよく辛抱したなとも思いますが当時はそれが当たり前だったのも事実。昨今の若者の乱れを嘆く風潮に対して「昔もひどかった」と反論している教育社会学者の本を2冊読みましたが、「ひどかった」と「ひどいと思っていた」とは別問題。肯定にせよ否定にせよ、現在の価値基準で過去を評論するのには慎重さが求められます。
キャンパス猫情報・夏




            8月10日
 ツーちゃんはたまにしか姿を見せなくなりました。風来坊の茶太郎は1週間ぐらい行方不明になることも。匹いた黒軍団に黒のかわいい二世が生まれました。しかし猫人口はずっと漸減状態です。グレコが週間ぐらい前に左手をいためました。骨折かと思われたのですが,栄養をつけ体調が回復するにつれて,なんとか走れるようになっています。暑さに弱い金次郎は今年も夏バテ。元気ですがガリガリに痩せました。
「いじめ」はやめよう





             8月8日
 昨今,学校内での悲惨な事件が多く報道されるようになって、ようやく「いじめ」というコトバそれじたいが問題視されるようになりました。昨今の事例は一昔前のいたずら、いじわるの域をこえていて,あきらかに暴行、恐喝、傷害に該当する事案が少なくありません。これらをも十把一からげで「いじめ」と称するのは、教育の名の下に悪から目をそらし美しいコトバをまきちらす学校特有の自文化中心主義の象徴です。加害生徒をかばうのは犯人隠匿にあたるという厳しい指摘も学校には通じない??
集中講義の準備




             8月6日
 来週後半の神戸大学の集中講義の準備が大詰めです。先週末に急な用務が入ったので予定より若干遅れています。今回は操作環境のこともあって、パワポを使わず昔懐かしい穴埋めプリントを軸に講義することになりました。人数も20人ですしPCを運ぶのも面倒な気がしたからです。先週はとりあえず資料プリントの印刷を終えたので、今週前半に作業プリントを仕上げたいと思っています。夏休みなんて名ばかりです。
なりたい、なれる、なるべき






             8月4日
 「先生になりたい人は先生になれる大学へ」という学部案内誌の表紙の文言が小欄にはちょっと心配。この「なれる」というのは「先生と呼ばれるにふさわしい人格と識見を備えた人物になれる」という意味のはずなのですが、「就職に有利だよ〜」という低次元の勧誘コピーのように誤読されかねないのです。なりたいという意欲は大切ですが、養成機関には、ふさわしくない人、向かない人を見極めて適切な転進を促す社会的責任があります。「やりたい人よりやらせたい人を」というニュアンスを正確に伝え誤解の余地を封じるには、どんな表現がふさわしいのでしょうか。
7月29日のつづき






             8月2日
 故郷なり故国にいささかのバイアスがかかった思いをもつというのは人間として自然な情動なのですが、ふだん、「ニッポン、日の丸、国益」などというと「保守反動、危険思想、右翼」と鬼の首をとったように騒ぎたてる国営放送や大新聞が、五輪となると手のひらを返したように愛国的になるというのはどうみても異常です。危険なのはパトリオティックな心情それじたいではなく、不自然にそれを鬱積させ、ときに不自然にそれを爆発させるという「構造」。自他が日常的に引きずり歩いている情動の光と影に向き合うことを失念させたのも、戦後民主主義教育の「成果」でしょうか。