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■今年度の五大ニュースA
3月24日 |
第3位は,「総合」創設以来の戦友とも言うべき西村先生,近森先生を,ご退職,配置替えという事情でお見送りすることとなり,その後任に田村先生をお迎えすることができたこと。人事というのは自分勝手にやれるのならこれほど楽しいことはないのですが,実際はその眞逆。苦労はありましたが結果はOK。第4位は補佐の任を解かれたので,以前よりは肩の荷が軽くなった1年だったこと。第5位は私事ながら,どうにか還暦を迎えられたこと。還暦は疲労感とともにやってくるのを日々実感しています。 |
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■今年度の五大ニュース@
3月22日 |
何と言っても第1位は『教育文化人間論』の出版。リライトものではありますが,それゆえに結構手間はかかりました。その分いい一里塚になりました。東信堂さんにあらためて深謝。第2位は教育実践フィールド研究がらみで1年足らずの間に三度もホノルルへ出かけたこと。「ハワイに行くようになったらおしまいだ」とかねてから嘯いていたので,そろそろ「おしまい」かも知れません。関連して,レインボー学園の先生方にも深謝。 |
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■ある歴史の終わり
3月20日 |
「脱藩の道ウォーク」で筆舌に尽くしがたい貴重な示唆を与えて下さった高知県の四万川小学校が,児童数減で閉校になりました。その記念式典が挙行されるというので,今日は,「脱藩」のほぼ全容をビデオにおさめた原田先生(愛知県,小学校),小コースの近森先生と3人で懐かしい檮原町に出かけました。閉校式というのは初めての経験でした。学校というのは単なる教育施設に留まらず,地域の人々の心のよりどころだったのだという思いを強くし,言いしれぬ寂しさ,悔しさを覚えました。 |
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■震災G 力
3月19日 |
被災地では復旧の足音が響き始めました。ボランティア,消防,警察などとならんで「暴力装置」のみなさんも必死です。もちろんこの表現は不適切きわまりないのですが,しかし,「力」の必要性はもはや明らかです。パスカルのように「力こそ正義」とまでは言わないまでも,「力」が決して正義や善と対立するものではなく,むしろそれらを担保するものであるということが確認できたとすれば,それは大震災の確かな教訓の一つでしょう。 |
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■別れの春
3月18日 |
いつもながらのいいお天気です。式は10時から。今回はわがゼミの藤川さんが代表で学長から学位記をもらうことになったのですが,礼儀知らずの女性事務職員が腰をかがめることもなく小欄の前の通路を歩いたため,その瞬間を見れずじまいでした。本当にムカツク! 送別会は17時過ぎからモアナコーストで。ますます演出が細やかになりいい雰囲気でした。今日はあまりアルコールも飲まず,おとなしく別れを惜しみました。 |
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■震災F あしもと−2
3月17日 |
前項を見た九州の先生から早速メール。お茶の水女子大学附属小学校では,全校児童の1日分に相当する水,食料を備蓄していたので役だったとのこと。同校には小欄も直後に電話を入れて「子どもを自宅に返せないので教員も泊まりだ」という話は聞いていたのですが,食料までは気がまわりませんでした。今朝電話したら毛布も児童数分あるとか。心配になったのでわが附属小に問い合わせたのですが,そういう備蓄はゼロ。午後,事務担当理事室に出かけ「早急に対処を」と要求しました。 |
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■震災E あしもと
3月16日 |
先述のとおり,被災すると教育機関は避難所と化します。それは大学とて同じこと。本学も高島地区の避難所になっています。さらに昼間なら学生,教職員が各棟に立てこもることになります。そこで心配なのが,非常電源や食料,毛布,医薬品の確保です。はたして本学にどれほどの備蓄が用意されているのでしょうか。一度確認してみる必要があります。幸か不幸か「資料室」と称する物置同然の部屋もあるようですので,これらを備蓄倉庫として整備・活用するというのは吃緊の課題だと思われます。 |
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■震D たより
3月15日 |
ブリテン島にこもっておられた太田先生の帰国は,JLの乗員手配の関係で16時間ほど遅れ,今朝,成田着となりました。鳴門までの道のりはまだ厳しいものがありますが,とりあえず一安心。小欄の仙台の親戚も昨夜連絡がとれて無事が確認できました。自爆テロが珍しくないテルアビブからも,U-Tubeにしがみついて見ている,悲痛な思いだというメールをいただきました。朝から頑張って英語でお礼のメールを出しました。 |
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■震災C 教員養成
3月14日 |
学校が避難所となるやいなや,教員には地方公務員としての職務がふりかかります。収容者の氏名確認,物資の保管や配給,情報の管理などを行政の一員としてこなさねばなりません。しかし大学の教育課程は基本的には供給者側の都合で編成されていますから,完成教育などと言ってみてもそれが不可能なことは火を見るよりも明らかです。高等教育機関として,教育学を中心とする基本的な教養,学問研究の初歩などの提供は当然でしょうが,いわゆる実践的能力のどの部分が,それに上積み可能かつ必要なのか,いま一度精査してみる必要があるかもしれません。 |
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■震災B ネット社会
3月13日 |
東京で電気が足りなくなり計画停電を実施するという未曾有の事態を受けてみんなで電気の節約をして東京に送ろうというチェーンメールが届きました。本学の教員にもその片棒を担いでしまった人がいますが,西日本でいくら節約してもそれをそのまま送ることはできません。小欄はかつて天竜川の周波数変換所を見学したことがありますが,じつに粗末な施設で唖然としました。その変換能力もすでに限界なのです。善意から発したメールとはいえ,ネット社会における情報発信の難しさを痛感します。 |
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■入試委員最後のおつとめ
3月13日 |
よく晴れて気温も上がり,桜が咲きそうな一日でした。ながらく大学院入試委員を務めてきましたが,それもようやく今年度でお役御免なので,今日は,最後の早起きです。7:50実施本部到着。地震の影響で欠席が出ないか心配でしたが,小コースの受験生は全員出席してくれました。午後の面接も終えて3時過ぎ,すべての作業が終了。あとは合否判定のみ。 |
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■震災A 情報
3月12日 |
今日もテレビは一日中地震関連の報道。交通の状況や医療,生活物資の情報は被災地には必須のものですが,被災地以外の人間にとっては全体像を知る情報もほしいもの。そこで今日はBBCやCNNを見ました,さすがに視点が違っていて,原油が下がり円が上がっている不思議な現象があるというニュース,南アメリカでの津波のニュース,国内番組では見られない震源分布図が出たりしています。もちろんソマリアの暴動のニュースも。やはり多様な情報源をもつのが大切だなと思いました。 |
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■震災@ 国民性
3月11日 |
東北地方太平洋岸を震源とする巨大地震が起こり,都心ではほとんどの交通機関がストップしたため帰宅できない人がターミナルにあふれました。携帯も通じにくくなっているらしく公衆電話には長蛇の列なのですが,どこかの国と大違いで,みんな礼儀正しく順番を待っています。駅構内でもテレビで見る限り騒ぎは見受けられません。もっとも,日本人のこの礼儀正しさが国際社会では裏目に出てしまうことも少なくないのですが。 |
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■それぞれの3月
3月9日 |
先日,近森先生にメールを出したらナイロビから返事がもどってきました。2月末はアメリカ本土だったのに。太田先生はここのところブリテン島にこもって研究中です。退職を目前に控えた西村先生は,お元気ですが積年のお疲れも出ているようです。藤村先生はどうやら鳴門におられるようですが,大学院の新しい枠組み提案作りのお仕事で忙しそうです。小欄は,部屋の掃除も一応終わり,例の「年度末予算消化大作戦」がようやく今日終戦を迎えたので,来年度の授業準備を再開したところです。 |
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■お礼状を…
3月7日 |
朝方は氷雨が残りましたが,レポート採点を終えて出勤する昼前にはいいお天気になりました。昼食後は,一昨日の祝賀会にメッセージを寄せて下さった修了生の方にメールでお礼状を書きました。それと13日に実施される大学院入試のための資料づくりです。3時からは臨時の入試委員会。先日,京都大学の入試で携帯電話を使って外部に試験問題が投稿された事件があったので,緊急に開催されました。イヤな世の中…。 |
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■還暦ならびに出版祝賀会
3月5日 |
修了生の峯先生(大阪教育大学)が音頭をとって下さって,社会系と総合の小ゼミ修了生による標記の会が実現しました。会場は徳島駅ビルの中華レストランです。年度末の忙しい時期に,栃木,広島など遠くからも集まってくれました。また,不参加者からのメッセージもいただきました。本当にありがたいことです。驚いたのは記念品で,わずかではありますが不動産を頂戴しました。この年で地主になるとは思いませんでした。 |
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■雪の里浦小
3月4日 |
今日は里浦小学校へ授業を見に行きました。4月から本学大学院に現職で派遣される前田先生の授業を見に行ったのです。時ならぬ猛吹雪の中,学校にたどりつきましたが,お昼にはすっかり晴れて青空でした。授業は,かつてホノルルで見たM1のお二人の授業同様に,すがすがしいものでした。教室の後ろに掲示してある絵にも驚きました。担任に絵心があると,自然に子どもにもそのセンスが乗り移るのかと思いました。 |
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■大掃除
3月3日 |
例年通り先月下旬から大掃除をはじめています。午前中はわが研究室の床掃除。ちょうどやってきたM2の屈強な?女性2人が椅子運びなどを手伝ってくれました。午後は総合の教員合同研究室の模様替え。発足から10年の節目なので,かなりの大改造をしました。4月着任予定の田村先生や院生の力も借りて,机などの大移動を行いました。発足記念パーティの写真とか8年前のビールとか,いろいろな掘り出し物がありました。 |
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■教職大学院
3月2日 |
先月24日の項の続きになりますが,社内研修はあっても社内研究はありません。しかし学校には校内研修と校内研究が並立していて,その違いはほとんど意識されていません。最近発見したのですが,本学の教職大学院の案内にはほぼまったくと言っていいほど「研究」という言葉が見あたらず,先月行われた発表会も,「研究発表会」ではなく「学修成果発表会」でした。ここは研修の場であるという強烈な主張が読み取れます。なるほどそれなりに筋は通っているなと改めてその趣旨を認識しました。 |
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