トップ 
                          
 授業概要 
                          
 修士論文一覧 
                          
 自己紹介 
  ■ 研究室日誌 過去の日誌へのリンクは最下段に
ガイドブック編集作業




            1月30日
  水曜日に「CAMPUS Q」のページを改訂。VNの機内誌などを参考に,3段組に変更しました。木曜日には松茂に出かけ,もと教育長先生のお顔写真を撮り直しました。昨日は,新設の「学長(現時点では候補)と院生の対談」ページに使うツーショット写真を撮影。PCに取り込んでトリミングしワードに貼り付けるという作業ですが,これがまあトントン拍子に進み上機嫌。今日は「CAMPUS ACCESS」の改訂に取り組みました。
心洗われる授業





            1月28日
 1月24日付の小欄記事について,早速,現場の先生からお便りが届きました。「子どもそっちのけで知識の構造〜」の見解に賛意を示していただき,それとは対極に位置する授業を先日見ましたとのご報告。心洗われる授業だったとあります。授業なるふるまいは本来一回性,固有性を旨とするもので,これをネタにやれ理論だの学問だの組織だの設計だのと意気込むことそれ自体にそもそも無理があったのでしょう。もっともこのことは20年も前に佐藤学さんが指摘していることなのですが。
授業はなかったけれど





            1月26日
 昨日,コース外の査読担当の先生方に修士論文を配達するという作業を終えました。大学の教員はいつも一定の場所にいるということはないので,結構手間のかかる仕事です。昨日から今日にかけて「総合演習・ぶるる大作戦」最終ステージの準備をしました。今週から3週間かけて「四国麗場88カ所」のガイドブックを作るという作業にかかります。その作業指令書などを作成しました。今日は推薦入試で授業はなし。痛し痒し。来週2回分の授業をまとめてやることにしてパワポを修正しました。
行動経済学






            1月24日
 プロスペクト理論については以前にもコメントしましたが,この理論を核とする行動経済学の考え方について,今日,テレ東の『カツケン』でクイズを交えて易しく解説していました。合理的経済人を前提とするこれまでの経済学ではとても複雑怪奇な人間世界の行動を説明などできないというわけです。翻って授業研究の世界はどうでしょう。子どもそっちのけで知識の構造とやらにうつつを抜かし,「合理的学習者」を前提に教授書とか精緻きわまる指導案の作成に血道をあげている例があとを絶ちません。実践系「教育学研究」は世の後塵を拝すること少なからず…です。
もとの生活に





            1月22日
 帰路は夜行でしかも飛行時間3時間45分なのでほとんど眠れませんでしたが,それ以外は何事もなく関空にもどりました。今日1週間ぶりにメール開封。50通近くありましたが,急な書類作成要請がなかったのでほっとしました。太田先生が引き上げて下さった修士論文(20日締め切り)を査読者ごとに仕分けし,口述試験日程の問い合わせをするなど,最低限の仕事はなんとかこなすことができました。3時間目の授業は発表会,5時間目の「総合演習」はJLのCAによるマナー講座でした。
子どもの権利





       1月14日〜21日
 あちこちの観光地で物売りの子どもに囲まれました。背後にアジア的なある種の豊饒が透けて見えるので,個人的にはそれほど悲惨な印象はもちませんが,十分な学校教育が受けられないという現状は看過できません。スイスで開催された「子どもの権利条約」関係の会場に日本の高校生が航空機に乗って(!)押しかけ「国旗が気に入らない」とか訴えて世界中の物笑いになったことがありました。責任は,あげて,高校生を扇動した無知な教師にあります。権利という言葉は大切に使いたいものです。
文化…じゃなくて




       1月14日〜21日
 顔立ちはよく似ているものの「ニホンジン」とは対照的な行動様式の団体を,今回もしばしば目にしました。遺跡だろうが空港だろうがホテルだろうが,大声でわめき列を乱す。筋金入りの相対主義者でも,おそらく許容限界線を引きたくなるでしょう。しかし前記のような行為に相対主義だの文化だのと専門用語を持ち出すのはむしろ大仰にすぎるでしょう。単なる「世間知らず」。要はそういう手合いの割合の多少の問題です。
印象




       1月14日〜21日
 ○ベトナム。どこが社会主義国やねん? アオザイ姿の若い女性のシャイな物腰が魅力的。「3車線」の中央が両方向兼用の追い越し車線という合理性。○カンボジア。いよいよ田舎,のんびり,純朴。どこぞの首相が好んで口にする「思い」なるもので世の中がそこそこ回っている,そういう社会,そういう時代。○シェムリアップ。Aw特有の僑木に多くの建物が埋もれている独特の風景。人間がその分際をわきまえているかのよう。
ベトナム・カンボジア





       1月14日〜21日
 以前は独りで大西洋の小島へ出かけたり学生十数人を連れてジブラルタルを越えたりしていたのですが,昨今すっかり堕落し,「航空券あげるからパリ往復して」と言われても「疲れるなあ」と二の足を踏みかねない体たらく。それにもちろん今回は場所が場所ですから,ツアーに乗っかってのんびりとしてきました。ほぼルーティングが決まっている地域でそれなりの値段のものを選んだので,レストラン(一部を除く)もホテルも(超)一流でした。客はツアーを選びますが,ツアーも客を選ぶことを知りました。
寒っ





            1月12日
 早々の三連休。ちょっと体調が不安定になったこともあって,まじめに3日とも自宅にいました。今日は久々の出勤。地球温暖化なんてうそだあと言いたくなるような冷え冷えとした小雨です。2時間目の「グローバル時代の〜」の講義をすんなりと終え,午後は,シラバス関係とガイドブック関係の雑務をこなしました。14日から1週間お休みになるので,留守中に遺漏なきように各方面の手配を完了するのにも気を遣いました。ということで,この「研究室日誌」の次回更新は22日ごろになります。
シラバス






            1月10日
 最近はどこの大学でもシラバス(授業計画)をあらかじめ学生に提示することを要求されています。いまやシラバス作成は冬の風物詩になりつつあります。決して気乗りのする作業ではないのですが,1年に一度,授業の組み立てについてじっくり考える機会になるという意味では悪いことではありません。もっとも,受講生の人数もわからない段階で1年もさきの授業内容を事細かに書くというのは受講生に失礼千万この上ないことですので,今回は,本来の趣旨を大切にする意味からも,大綱的な記載にとどめました。小HP「授業概要」のページをご参照下さい。
授業始まる




             1月8日
 新年早々明日から3連休。と言うことで初日の今日から授業をやるという小欄のような鬼教員は希かと思っていたら,学内は結構賑わっています。やはりウチの学生はマジメです。3時間目「現代の諸課題と社会認識教育」。受講生が書いてくれた非常によくできたレポートと横浜市の服部先生(中学校)の授業プリントを資料に,12月までの内容のまとめとこれからの授業の展望をお話しました。22日の課題発表割り振りも完了。
クジラ





             1月7日
 装備厳重とは言え,ほとんど水上バイク同然の「高速艇」に乗り南極海の荒波にさらされるという所業は尋常ではありません。シー・シェパードのあの信念と体力をもっとべ別なかたちで活かせないかと願うのは小欄だけではないでしょう。いま来年度の授業計画を作成していますが,「捕鯨は批判され,なぜ闘牛は批判されないのか」という一項を入れようかと迷い結局断念。クジラ問題はもはや政治イデオロギーの域に達しているので,これを「環境問題」として扱うと学習者が混乱すると判断しました。
仕事始め





             1月5日
 昨日の仕事始め式,あろうことか一番乗り。「これは縁起がいい」と,この程度のことに縁起をかつぐようでは,今年もさしたる夢がないということか? さて,昨日と今日,シラバス作成や授業準備と並行して「ガイドブック」の編集作業をしました。50日ほどかけてようやく表紙のデザインが決定しました。近頃教育関係者は何かというとすぐに「フィンランドでは〜」というのが流行しているので,そのフィンランド風に仕上げてみました。2ページの「美女と学長の対談」もなんとか完成に近づいています。
年賀状からA




             1月3日
 「何かと騒がしいナゴ市です。地元は静かです」(M・Mさん),「”現役”に復帰しました! <浦島太郎>と思いきや,学校は変わっていませんでした」(S・Kさん),「校長4年目となりました」(T・Sさん),「『提案』にはまる子どもたちに眼を細めています」(K・Sさん),「教育委員会からそろそろ現場にもどりたいです」(K・Sさん),「十年ぶりに社会科を教えています。なんと十年連続で低学年担任だったのです」(M・Nさん)。
年賀状から@




             1月2日
  「昨年4月より,教育事務所主任指導主事として新しい仕事をはじめています」(S・Mさん),「鳴門で2才だった子どもが高校入試をむかえます」(K・Iさん),「私がM1の頃阪神大震災がおこり15年たちました。今年1月フジテレビで神戸新聞社を舞台とするドラマが放映されます。(中略)エキストラとして私もかり出されました。(中略)鳴門時代を思い出し,ふしぎな因縁を感じました。何秒ぐらい映っているかな〜」(M・Iさん)
年頭所感







             1月1日
 大晦日はテレビ東京の「年忘れ日本の歌」を見ます。この題名は大嘘で,実態は己が「年」を否応なく思い知らされる残酷な番組です。毎年見ているのは,20年間歌い継がれた歌とか歌手生活40年とか言う人が出ているので,「この歌手は(この歌は)あと何年その座を保てるのか」などと余計な心配をせずに安心して見ることができるからです。歌ひとつとってもそうですが,幾星霜の間に消えていったものが残ったものの何百倍も存在するであろうことを思えば,「いまここにある」ということそれ自体が,十分に尊敬に値する事実だと言えましょう。そういう事どもに接するとき,ある種のさわやかさを最近感じるようになりました。本年還暦。