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 自己紹介 
  ■ 研究室日誌 過去の日誌へのリンクは最下段に
また入試




            3月31日
 年度最後の日は薄曇りで薄ら寒く,芽吹き始めた桜も縮こまっています。8:20出勤。大学院追加募集の試験です。「総合」は定員を満たしているのですが,全コース一括で「若干人募集」としてあるので,「総合」にも1名の応募がありました。全体でも6人なので主な入試業務は午前中で終了。4月からの教育委員会等の訪問計画を事務にまわしました。前期授業の評価カードの作成にもかかりました。新年度スタート目前です。
今年度の5大ニュース





            3月30日
 第1位はやはり『大学院ガイドブック』の刊行です。勝手に言い出した企画でしたが,さて評判はいかに? 第2位は,一昨年度に引き続いて附属小学校で講演を担当したこと。今回はリラックスしていつもの調子でやりました。第3位は「教育実践フィールド研究」の授業で長江小学校に3度もお邪魔してお世話になったこと。第4位は「出前講座」に参画したこと。とくに1月の宮古島での講座が大盛況だったのは印象に残っています。あえて出せば第5位は,教委めぐりを無事終えることができたこと。
編集余録(続き)





            3月29日
 ですから,予算をケチらずに広告代理店などに制作依頼すべきというのが小欄のかねてからの主張だったのですが,皮肉なことにその本人が結局は編集一切を引き受ける羽目になってしまいました。広報,デザイン,メディア戦略,さらに言えば学内の音環境,色彩環境など,つまりはソフト面に思い切った予算を投じていくというのは,これまでの「日の丸体制」では不必要でしたし「はしたない」ことのように思われていたのですが,そろそろその発想も変えないといけないと個人的には思っています。
編集余録





            3月28日
 『大学院ガイドブック2010』は,たしかに現行本よりはオシャレに見えますが,「しょせんは素人仕事」というのが本人の偽らざる感想。前半のコース紹介は,それぞれに依頼しての原稿ならびに写真ですから文章のトーンや量,顔写真の目線,色合いやズームの程度などすべてまちまち。全体のデザインも小欄のワード操作技術レベルを正直に反映していますから,推して知るべしです。写真も文章のリライトも専門のカメラマン,コピーライターにお任せしないと本当にいい本というのはできません。
ガイドブック完成





            3月26日
 今夏の大学院入試を受けたいと希望されている某県の中学校の先生が鳴門に下見に来られました。学内や周辺をご案内して,カリキュラムなどを説明しました。ついでに学長室にもご案内しました。鳴門を気に入っていただけたようでよかったです。夕方,予想より5日早く『ガイドブック』が納品されました。さんざん校正でいじくっているものですから,完成品を見ても大きな感動はないのですが,やはり4か月の苦労が結実したのはうれしいものです。帰途早速「食事処かかし」に一冊お届けしました。
人事の季節




            3月25日
 本日,今年度最後の教授会が開催され,退職者の挨拶がありました。小欄,かねてから美辞麗句満載の挨拶を構想しているのですが,その機会はまだやってきません。一方教育現場の人事がほぼ出そろいました。徳島県の秋山先生が教頭に昇任され,これで小ゼミ出身者の教頭は,小宮先生,柴尾先生,稲井先生らについで7人目となりました。修了生もそろそろそういう「年頃」です。
懐かしい「学年末テスト」





            3月23日
 修了生(社会系)の方から学年末試験問題が送られてきました。小欄もかつて問題作りに苦労した身ですから,中・高の差はあると言え,むちゃくちゃ懐かしかったです。しかしまあレベルの高いこと。感心します。「第1次大戦が終わって,しばらく続いていた自由な空気も最近は〜,このままいけばわが国は中国の人々だけでなく,アジアの人々にも大変な思いをさせる〜。戦争には絶対反対〜」というある作家が1937年に書いたという日記の一節のインチキを指摘せよという問題,傑作です。
附属へ




            3月21日
 朝は久しぶりに冷え込みましたが,昼になると空の青がボウと霞んで春らしい陽気になりました。9時20分に附属小学校着。案に相違して職員室はガラガラです。徳島県小学校社会科を語る会の3月例会は,時期が時期だけに参加者は少なかったのですが,新しいCOSがらみの中身の濃い話し合いでした。終了後,大学へ行き部屋の片付けをするつもりだったのですが,あまりに眠いので途中下車して自宅にもどりました。
出張プラン





            3月20日
 今年の春のプランがようやくまとまりました。4月中旬から5月中旬にかけて,休日と授業日を巧みに避けながら,栃木から沖縄までの17か所の教育委員会と関東,中国,九州の私立大学13校合計30か所を実質12日間でまわるという壮大なパズルです。18時を過ぎてのホテル入りならびにホテルからの8時半以前の出発は各1回だけですので,まあまあの仕上がりです。スケジュールの関係で,今回は沖縄の往復がNHになり,マイルがたまらないのがちょっと残念です(笑)。
「総合」の魅力





            3月19日
 今日の研究科委員会で大学院2次試験の合否判定が行われ,この時点で「総合」は定員充足率修士課程第1位を確保しています。単に人数が多いというだけではなく,やってくる学生のキャラの多様性が「総合」の楽しさの源泉。昨今はそれに長期履修(3年間で免許と修士を両方獲得するコース)学生の教職への執念が彩りを添えています。同じ趣味の者が集うことにもおもしろさはあるでしょうが,多様な「他者」との巡りあいが人間の生成に大きなプラスとなることは昨日の追いコンでも明らかです。
別れの春





            3月18日
 今年の謝恩会はモアナコーストで開かれました。いつものことながら,と言うか例年にも増してというか,感動的なフィナーレとなりました。「総合に来て本当によかった」「教壇を目指し退路を断って3年間頑張った」…。送る方も送られる方も,男性も含めて少なからぬ学生が涙ぐんで言葉を詰まらせていました。そのさまは教員の下手な説教などを超越し,その何倍もの「教育効果」として後輩に伝わっていきます。「総合」ならではの「あたたかな人間関係」が,こうしてゆったりと醸成されていくのです。
フランスからの便り




            3月16日
 『旅という「学び」』と題する修士論文を仕上げて今春めでたく小学校教員として巣立つ小ゼミの鼻崎さんから絵はがきが届きました。就職までのわずかな間隙を利用して,研究でとりあげた巡礼街道を歩いているのです。南フランスとは言えコンクからルルドへの道はまだ寒く,巡礼宿も休業中,旅人もまばらで予想外に辛苦を極めたそうです。「ただキツイ分だけ…濃密な時間を過ごせて」いるとのこと。うらやましい限りです。
続・大掃除




            3月15日
 とは言え,決して怠惰をむさぼる日々ではないことは小欄の記述からも明らかです。要は,通説に難癖をつけて業界で大仰に立ち回るのはやめる,さりとて,底の浅い実践記録や活動報告のいちいちを申告して点数を稼ぐ愚にも走らない…というだけのことです。大学の業績主義的傾斜配分の計算式は,個々のライフスタイルや人生哲学などお構いなしに設定されていますから,小欄の評価は今後地を這うことになるでしょう(笑)。
大掃除




            3月14日
 色あせた紀要や抜き刷り,出版することにのみ意味のある報告書の類などをバッサバッサと捨てたのでスッキリしました。研究者だか教育者だかわかりませんが,わが職業人生もこのまま行けばあと7年。少し前にノッチオフして惰行に入っていましたが,そろそろ制動にかかることにしました。終点まで突っ走ったりしたら事故のもと。航空機でも列車でも徐々に減速して衝撃もなく定位置にピタッと止めるのがウデってもんです。
入試,パソコンもどる




            3月13日
 昨日は夕方から神戸でちょっとした研究会があり,帰宅が11時前になりました。先日の高松の疲れがまだ残っているなかでの往復でしたので,今日も疲労が抜けていません。しかし!8時出勤。入試委員ですから仕方ありません。欠席者が4名。総合では第2志望1名を含めて3名が面接を受けました。16時前入試業務終了。パソコンがもどってくる前にと急に思い立って,部屋の備品移動を行いました。改造途中で時間切れ。
珍事出来





            3月11日
 昨日早朝,例の気になっていたページのデザイン改訂案を思いつき,昼前のギリギリまで粘って修正をしました。かなり良くなりました。修正ファイルを印刷屋さんに渡して午後は研究会のためバスで高松に向かいました。今日は朝高松を出てそのまま大学にもどりました。じつはディスクドライブの中にディスクが1枚落っこちてしまうという珍事があり,今日,業者の方にみてもらうことになっていたのです。パソコンのねじは取れたのですが蓋が開かないので結局,2泊3日入院ということになりました。
あれやこれやで…




             3月9日
 今日はまず,某教授にご足労いただいて『ガイドブック』用写真の撮り直し。事務の方が撮って下さったのは画素が粗かったようです。そのあと2つの大学院授業の成績つけ。午後はまた『ガイドブック』の編集作業。いまだに気になっているページのデザイン検討に入りました。一応は直したのですが,まだ不満。夕方はに,このHPの「授業概要」ページの更新を行いました。シラバスの記載よりもこちらの方が魅力的になっています。
パズル開始




             3月7日
 『ガイドブック』や募集要項,ポスターなどの資料が4月17日納品で大丈夫だろうという見通しが立ち,JL,NHの4/5月分スケジュールが公表されたので,この春の教育委員会めぐりのプラン作成にとりかかっています。4月20日からの5日間,5月の7〜8,13〜15の訪問可能日程のなかに栃木県から沖縄県までの各県教委,主要私学などをどう割り振っていくかという壮大なパズルです。来週中には目処をつけたいです。
眠い一日




             3月5日
 今回の東京・沖縄旅行は,いかにも予算消化のための「出張」のようにみえますが,実態は,JLのマイルバーゲンを利用しての私的な旅行でした。念のため。さて,今日は異様に眠い一日でした。こういう日にかぎって9時から4時過ぎまで入試に関するじつに細かい作業がありました。フラフラで沖縄の余韻もどこへやらです。『ガイドブック』の再校があがってきました。写真が入ると,かなり完成に近いイメージがあります。
那覇をあとに






             3月4日
 昨夜の懇親会は,県教委義務教育課の屋比久主任指導主事(平成7年度修了),県教育センターの我那覇研修班長(大学院の同窓),市内の中学校の名嘉原先生(18年度修了,藤村ゼミ),沖縄市の小学校教諭で旧知の桃原先生とその夫君(県教委県立学校課指導主事)という豪華な顔ぶれとなりました。今日午後空港へ行くと,搭乗予定の福岡行きの出発が整備の関係で遅れ徳島への乗り継ぎができないので東京経由にしてくれとのこと。やれやれと覚悟したのですが,結局エンジンが直ったとかで,福岡経由で予定通り鳴門にもどりました。
気温24度の桃の節句





             3月3日
 昨日は朝一で上京し羽田発16時の便で那覇に入りました。一昨日までは予報降水確率90%だったのに,今日は青空ものぞくそこそこのお天気です。午前中は海洋博記念公園にある「美ら海水族館」を見学しました。ド迫力の水槽にびっくり。そこを悠々と泳ぐ巨大なマンタやジンベイザメの白い腹部に「大学院なら鳴教大」と書いたら相当な宣伝効果だろうなどとアホなことを考えながら,午後,那覇にもどり,首里城を見学したあと,国際通りの懇親会会場に向かいました。傘をささずにすみました。
心を折る




             3月1日
 2月13日づけの『週刊朝日』に「教師の心を折る教育評価の書類の膨大さ」というような記事がありました。形式的な細かい評価を要求されフォントまでチェックされて教育現場は疲弊しているという話。そんなにヒドイのかとちょっとびっくりしました。人類は環境汚染でも戦争でもなく,エントロピーの増大で滅びるとリフキンが言ったのは数十年も前ですが,どうやらその不気味な予言が現実味を帯びてきたような気がしました。