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■神戸大シラバス
2月27日 |
夏に神戸大学で行う集中講義のシラバス(のようなもの)を作成しました。集中というある意味での気軽さもあり,また先方のリクエストもあったので,これまでに行った授業のなかから,平和教育と国際教育に関するエグイ部分を集めてスペシャルブレンドを仕立て上げました。集中の対象は学部生ですが,大学院の内容を基本的には並べています。さて今日は午後に会議が2つ。今年度もようやくゴールが見え始めています。 |
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■ゼミ分け
2月25日 |
大学院で学びながら教員免許も取得するという3年制の「長期履修」。2年目から実質的な院生生活が始まるのを前に,「総合」の長期履修1年生11名のゼミ分けを行いました。希望調査の結果は3つのゼミに4名,4名,3名となり,検討の結果,希望通りの配属としました。ちょっと想定外です。小ゼミへの希望はゼロ。なぜかほっとしている自分がいることに少々とまどいがあります。もっとも,通常履修の1年生が4月にやってきますので,最終的にはゼロというわけにもいかないのでしょうけれど。 |
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■春まぢか
2月23日 |
今日は月曜日。カタッと音を立てるように気が楽になっています。もちろん,理事への出張報告と協議,「総合演習」の成績提出,『大学院ガイドブック』の写真整理とCDへの書き込み,そのガイドブックの初稿校正など,結構仕事はありましたし,またこれからも2つの授業のレポート採点ほかの仕事はあるのですが,なんとなく「一息ついた」という感じです。外は雨。また寒くなりました。しかし日暮れは確実に遅くなっています。 |
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■「総合演習」
2月21日 |
今年の小西グループは,西表島密林探検というような強烈な体験がありませんでしたし,しかも35人という大所帯。1つの作品を仕上げるといのは相当に困難だろうと想像していました。実際,2週間前の「リハーサル」は,正直「あれじゃあ,単なるお調べ発表学習」という印象でした。しかし昨日の全体発表では見違えるように進歩していました。取材や実験などのコンテンツに自分たちの主張がきちんと織り込まれていて,1つの物語になっていました。ホッとしました。小西Gの諸君のがんばりに拍手! |
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■5300キロ
2月20日 |
今日はまたまた荒れ模様です。ホテルを早めに出て空港に急ぎました。一昨日と同じパンで朝食。徳島行きは案外揺れませんでした。機内誌のデータで確認したところ,この1週間の移動距離は約5300キロ。ヨーロッパまでの半分ちょっとです。おまけに気温差31度。お疲れ様でした。15分遅れで到着。急いで昼食をとって大学へ急ぎ13時から授業。5時間目の「総合演習」(小西Gを含む)の発表を見ました。ようやく一息です。 |
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■お茶の水附属研究会
2月19日 |
予告なしで出向いたのですが,校門前で早速見つかってしまい,招待客扱いになってしまいました。校内でも佐藤先生や浅川先生とどういうわけかバッタリ。2時間目の「市民」の授業を見ました。弁当券をいただいた以上,一応授業について一言申し述べて義理を果たしました。もっとも事後研では,某老舗附属小の先生が自分はこんな実践をやったというような論理不明の長広舌。辟易としました。授業実践力とともに授業評価力とか授業研究力がないと研究会になりません。 |
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■東京/八戸往復
2月18日 |
朝食用のパンの3分の2を搭乗待合室で,残りを搭乗機へ向かうバスの中で食べました。「目的地三沢空港の天候は雪,気温はマイナス5度です」。ゲッ! 10分遅れで,空港なのか単なる雪原なのかわからないところに着陸。ほとんどホワイトアウト状態でターミナルビルへ。八戸へ向かうバスの車窓からは時折,タンザニアの目玉焼きのような白っぽいぼやっとした太陽を見ることができました。4日前に宮古島の空に君臨していたのと同じ天体とはとても思えない弱々しさでした。教育委員会で短時間ながらも重要な用務をすませ,17時前羽田にもどりました。 |
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■事務処理の日
2月16日 |
明日は1コマ目が学長懇談で2コマ目が授業,そのあと上京というスケジュールなので,今日は,大学で事務処理を片付けることができる貴重な1日。それを見透かしたかのように,いろいろな書類が待ちかまえていました。修士論文の評価結果報告書,夏の集中講義の兼業申請,大学院2次試験関係の印刷などで,ほかにうず潮村の望遠写真撮影なども強行したので,学内歩行距離と押印の数では記録的な一日となりました。 |
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■3区間乗り継いで
2月15日 |
「お通り」というエンドレスに近い酒の飲みあいなどもあって,久しぶりにドンチャカ騒ぎを楽しみました。飲み方や食べ方にそれなりに気をつけていたので,二日酔いにはなりませんでした。朝一番の便でもどる村川さんとホテルの食堂で分かれて北小学校へ。案に相違して授業ではなく学習発表会。園児や小学生の歌や踊りを地域の人みんなで楽しみます。11:45宮古発。那覇と福岡で乗り継いで徳島には18:30にもどりました。 |
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■宮古島へ
2月14日 |
嵐はおさまりましたが暑さは相変わらず。10:15の宮古行きに乗りました。宮古は予報に反して青空ものぞく天気でした。教委のお二人が出迎えて下さり,まずは昼食。その最中に,ようやく那覇まで来た村川教授から電話が入りました。講座の会場となったのは平良第1小学校の体育館。最終的には全島600人の教員のうち400人近くが集まるという大盛況。村川さんも45分遅刻で会場入り。2人の「漫談風講演」はすこぶる好評だったようです。夜は夜で宮古の教育行政,現場の主立った人が30人も集まり大宴会。三線に踊りも出てこちらも大盛会。地元の砂川先生(14年度修了・山崎ゼミ)のほか那覇から名嘉原先生(18年度修了・藤村ゼミ)も駆けつけてくれたのが感激でした。 |
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■春の嵐
2月13日 |
大荒れの予報。今夜の便で福岡まで入っておかないと明日の昼までに宮古にたどり着けません。意を決して,午前便で福岡へ,さらに那覇まで飛ぶようにプラン変更して大学へ。休講措置やHPの更新などをすませて10時出発。そこそこ揺られて福岡経由那覇着16:30。風速20b。こちらは夏の嵐。26度,熱っ! 県教委の屋比久指導主事(7年度修了)や今夜東京からもどる南風原の小学校の先生などと慌ただしく連絡をとりあいました。夜,明日合流する予定の相方の村川教授から電話。神戸発那覇行欠航,今から関空に移動してホテルを探すとのこと。うわぁ。 |
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■授業,口述試験
2月11日 |
休日にもかかわらず,いささか事情があって,本日午前中,2コマ分の大学院授業をノンストップで行いました。やはり疲れました。昼は太田先生と対岸にある「日の出食堂」へ行き,少々多めの食事をとりました。午後1時5分から修士論文口述試験。こちらの方は司会が2回と諮問が1回で,あとは聞いていたらいいというものですが,それでも2年間の成果が続々と発表されるわけですから結構疲れました。ゼミ分けや来春の中間発表会について連絡して5時半お開き。やれやれ。 |
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■データを印刷にまわす
2月10日 |
昨日は修正版の印刷に18:20までかかりましたが,その最中に教務から「シラバスを書け」というメール。「ふざけるなっ」と思いながら開くと,夏に集中講義に行く神戸大の教務からでした。意外に単純な記入枠だったのでネットで実物を見たら,「簡潔」な例が結構あったので安心しました(こうでなくっちゃ)。今日は昼食後に理事から届いた指摘部分を再修正して最終データをDVDに移し,14時に印刷屋さんを迎えました。コンセプトを説明し見本とディスクを渡してこれで一応終了。あとは写真整理だけ。 |
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■臨戦態勢はまだ続く
2月9日 |
昨日の新聞に大木康子さんの訃報がありました。本格派のシャンソン歌手で,かなり以前ですが小欄が作詞作曲した「湖にひとり」という歌を歌ってくれていました。私事ですが,記してご冥福をお祈りします。さて昨日は久しぶりに文字通りの日曜日を楽しみました。今日はまず明日,明後日の授業の準備。自転車操業になりつつあります。それと土曜日の宮古島での講演の準備。最後に理事からもどってきた『ガイドブック』原稿の修正にかかりました。あと10日ほどはまだ気が抜けません。 |
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■附属小研究会
2月7日 |
絶好の日和です。予想を超える数の参会者で受け付けも大混雑。全体会の開始が5分遅れました。うれしい悲鳴です。500人を越えたとのこと。附属の先生方も自信がついたことと思います。小欄の出番は3時15分から。ほぼ予定通りに講演は無事終了。18時から近くのホールで慰労会。それを中座させてもらい,繁華街の居酒屋で気勢をあげている稲井先生・金野先生(14年度修了),もと高知附属の茂松先生と合流。懐かしい「提案」論議などを楽しみました。あれからもう20年とか…。 |
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■あわただしい研発前日
2月6日 |
昨日は明日の代休。自宅で附属講演のリハーサルと修士論文「解読」をしました。今日はまず3時間目の授業の準備ををしたあと11時から学長室に出かけ,学長,村田理事に『ガイドブック』の製本見本を提示して,本作りのコンセプトなどを説明しました。結論は「やっぱりプロに任せないとダメ」ということです。3時間目の授業と5時間目の授業の間にしっかりと会議が入るというご丁寧な日程。どっと疲れの出た一日でした。 |
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■ようやく完成へ
2月4日 |
与太話を書いているうちに週半ばとなりました。相変わらず『ガイドブック』と附属講演の準備で泥沼状態でしたが,どちらもようやく「完成」の域に。今日は,ガイドブックの一応の完成版を印刷しました。38頁19枚の両面印刷ですので,結構時間がかかります。ジブリの音楽を聴きながら作業を続けました。附属の方も,パワポ画面と講演メモを1枚に編集した「虎の巻」が完成しました。一連の作業に主体的に取り組んでいるのはいいのですが,授業の準備にしわ寄せが及んでいます。 |
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■堕落B
2月3日 |
自身の堕落から始まって人類史にまで話が及びましたが,もし小欄が組織のトップに立ったとしたらどうするか。「こんなアホなこともうやめよう大賞」というのを設けて,組織全員で半年に一度ぐらいコンペを開く。受賞プランについて検討し,とにかく半年に1つ何かを確実にやめていく。こういう強硬措置をとらないと肥大化,細分化は止まらないでしょう。もっとも,現実には,待ってましたとばかり頭のいい人が,「こんなアホなこともうやめよう大賞」選定委員会委員選出規定実施細則みたいなものを山ほど積み上げることになるのでしょうけれど(笑)(笑)(涙)(涙)。 |
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■堕落A
2月2日 |
マーフィーの法則に,官僚制がひとたび動き出すと,コトは細分化・肥大化しこそすれ簡素化・縮小化に向かうことはないというのがあったと記憶しています。やっかいなのは,押印を並べ書類を積み上げるという「文化」が,一方において雇用を確保し,組織のリスクヘッジになにがしか寄与し,ある種の安定と平和を保証し,GDPをいささかでも引き上げるという側面ももつがゆえに,それ自体が生命を持ち始めること。これはまさに,E・T・ホールの言う「延長の転移」そのものです。人間の文化というのは,じつは「延長の転移」の集積にほかならないと彼は指摘しています。 |
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■堕落@
2月1日 |
今年はとくに小欄の誠意や情熱が減退しています。何に対して? たとえば先日も触れた勤務実態調査。不可能です。「調査の実態」は,大学に出てきた時刻と引き上げた時刻を表にしてそれを「勤務実態」だと強弁しているにすぎません。たとえばシラバス。半年先,1年先のある時間の授業の中身なんぞ,神ならぬ身で予測は不可能。「まあイメージがわけばいいや」と開き直って書きました。さらにたとえば「業績報告」。5頁の駄文も50頁の画期的論文も同じ扱いですから悲しくなります。もっと悲しいのはこの種の企ては精緻を極めるほどに形骸化していくというパラドキシカルな状況から,何人も逃れられないという峻厳な事実の存在です。 |
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