トップ 
                          
 授業概要 
                          
 修士論文一覧 
                          
 自己紹介 
  ■ 研究室日誌 過去の日誌へのリンクは最下段に
年度のおわり





            3月31日
 ふくらみかけた桜のつぼみがまた縮こまってしまいました。イスラエル帰りの身にはこの寒さがこたえます。今日は追加募集分の入試。ちょっとがんばって早起きして,もと高知県四万川小学校校長の山崎先生に,ご退職のお祝いのメールを送りました。9時からの入試は無事終了。総合の受験生は1名。午後は雑務処理。先日レバノン国境近くで見つけた水車の写真を16年度修了の小坂先生(3月11日の日誌参照)に,テルアビブで撮ったスナップをイリットさんに添付で送りました。
またまたお久しぶり…





            3月29日
 今月は「お久しぶり」がたくさん。5日には7年半ぶりに青森の先生方に会いましたし,26日には11年ぶりにイリットさんに会いました。今日は今日とて8年ぶり?に6年度修了の大西さんに会いました。本学同窓会の会長さんが2月で引退されたのをうけて今後の同窓会運営を相談する会が大学近くの食事処「かかし」で開かれるというので,なかば網をはって待っていたのです。大西さんは小なりといえども企業の代表取締役。ますます貫禄が出てきました。短い時間でしたが,懐かしい話ができました。
イスラエル再訪







       3月19日〜28日
 19日夜のHYで出発しました。4回目とは言え19年ぶりの訪問だったので驚くこともすくなくありませんでした。ベングリオン空港やイエルシャライム中央バスステーションが見違えるように立派になっていましたし,ヨルダン川西岸やゴラン高原のほこりだらけの道路も見事に舗装されていました。高速道路や鉄道などのインフラ整備が急ピッチで日本の高度経済成長期を彷彿とさせます。もちろん,ガリラヤの静謐な夜明けや死海の幻想的な夕暮れなど2000年前も2000年後も同じであろうような風景も楽しめました。テルアビブでは旧知のイリットさんと再会。修了生の濱田先生から託された雛人形その他のおみやげを渡すことができました。
第6期生の旅立ち





          
  3月18日
 桜が満開になりそうないいお天気です。10時から修了式。「総合」からは寿中退を含め11名が,わがゼミからは安部さん(研究所塾生),根本さん(大学院博士課程)の2名が旅立ちました。18時30分から修了記念パーティがルネッサンスで行われました。修了生のあいさつはどれも含蓄のあるもので,男性も何人かもらい泣きするほど感動の連続。もちろんゲームや写真撮影では大はしゃぎ。在校生の企画演出も見事で最高に盛り上がったパーティでした。本当に名残惜しい限りです。
今年度の5大ニュース





            3月17日
 恒例の今年度の5大ニュース。少し早いのですが以下の通り。@は学会誌『インターカルチュラル』に審査を経て拙稿が掲載されることになったこと。できあがりはおそらく連休前でしょう。Aは3年来の悲願だった「総合」のコース名改称が実現したこと。これが奏功したのか「総合」は今年度定員充足率トップ。これがB。Cは6年間続けてきた「総合演習」八重山臨地研修を成功裏に終えることができたこと。Dは今年度も入試広報担当学長補佐としてあちこち飛び回ったこと。
やれやれ





            3月16日
 昨日も暖かないいお天気でした。お昼に徳島に出かけたのですが,GPシンポ会場ではなく附属小学校の方へまわってもどりました。先日来ヨーロッパに出かけておられた太田先生が昼すぎ無事帰国されました。下欄に書いた新聞広告の件ですが,本日の徳島新聞に載りました。ただしキャッチが「大事な一歩を鳴門から」という通俗的なものにいつの間にか変わっています。「ことば」の機微や色艶に鈍感な無惨きわまりない改悪だと小欄は思いましたが,いかがでしょうか。
まだまだ続く院入試




            3月13日
 本日大学院第2次試験。人数はさほど多くないのですが,本学にとっては貴重な受験生たちです。わが総合にも第2志望ですが1名の受験がありました。31日にさらなる追加募集をすることになり,その新聞広告のデザインを急遽作成。午前中は本来の持ち場を離れてPC相手に作業する羽目となりました。4月1日に合否判定というきわどいスケジュールとなるので,「最後の一歩を最初の一歩に」というキャッチコピーを考えました。
武蔵野の春を想う




            3月11日
 平成16年度修了の小坂先生から冊子が4冊送られてきました。いずれも彼のライフワークである水車に関するもので,修了後も精力的に調査,執筆を続けている様子が伝わってきます。キョーイクだ,ジッセンだというかけ声に追い立てられている日常を離れて,彼のように早春の武蔵野にいにしえを訪ね歩く知の旅に,少しでもいいから身を投じてみたいと痛切に感じました。
日曜日




             3月9日
 今日は日曜日。午後から阿波観光ホテルでGPがらみのシンポジウムがありました。同様な催しは15日にも同じホテルで開催されます。授業が一段落したころあいを見計らってという配慮なのかもしれませんが,入試の合間をぬっての開催に,関係者の苦労が想像されます。さすがに3泊4日で下北まで出かけたあとなので,申し訳ないのですが,シンポは欠席。自宅でゆっくりさせていただきました。
春をを待ち伏せ




             3月7日
 ホテルの窓から眺めていると10分おきぐらいに空模様が変わります。青空かと思うと次の瞬間には雪のカーテン。猪瀬先生は5時のバスで盛岡経由一足先に上京してしまったので,駅前から連絡バスで青森空港に向かいました。JLを乗り継いで徳島空港には午後3時過ぎにもどりました。暖かいとまではいきませんが,空港の外で風に吹かれるのがむしろ気持ちいい温度です。桜の季節まであと一歩。
弘前大学にて





             3月6日
 高台にあるホテルからはむつ市街地が一望のもと。この時期にしては珍しく青空が広がっています。10時に田中先生の車が到着。おみやげにお渡しした「鳴門金時」の包み紙にあった「マイケル」の文字を見てお子さんがずいぶん懐かしがっていたといういい話を聞きました。1時前に弘前に到着。弘前大学の猪瀬先生と合流して昼食のあと教育学部へ。15人ほどという予想に反して40人近い先生方に集まっていただきました。講演後,懐かしい面々と今夜も鍋を囲みました。
雪の下北へ





             3月5日
 昨日は,午後上京し一仕事片付けて初めて赤羽に投宿。今日は早起きして大宮から「はやて3号」「白鳥3号」下北交通バスを乗り継いで1時半ようやくむつ市に到着。タクシーで,本学修了生の田中先生が勤める第二田名部小学校へ。5時間目の社会科授業を見学。活発ないいクラスでした。そのあと1時間ほどミニ講演をしてホテルへ。温泉を楽しんだあと,旧知の林,久保田両教頭先生を交えて小宴。下北の海の幸を味わいつつ,社会科,学校経営,その他多彩な話題で盛り上がりました。
懐かしいビデオ




             3月3日
 3学期の授業も終わり,学内はひっそり閑と静まりかえっています。午後1時半から,谷村先生と谷村ゼミの現職の院生を合同研究室に招いて「ビデオ試写会」をしました。懐かしい「花いっぱい道路をつくろう」です。社会科授業というよりも,むしろ子どもの居場所づくりの一つの可能性というような観点から話し合いました。いい実践は何度見てもいいものです。明日からの出張に備えて早めに下校しました。
語れぬこと,書けぬこと




             3月1日
 座間味島での集団自決に関する最新の証言テープを入手しました。証言者は79歳の男性ですが,かくしゃくとしておられて迫力に満ちた証言でした。解体されてしまった日本軍を悪者にしておけば誰も傷つかなくてすむという極限の虚構の中で,座間味の人々は息をひそめて戦後を生きてきたようです。そういう人間(社会)の業のようなものに対峙させていくというのも,教育や文学の大切な使命なのだろうという感想をもちました。