| ■ ちょっとのんびり(2月27日) | |
| 授業も終わり試験監督も終わったので,(学部入試関係者や現場の先生方には申し訳ないのですが)ちょっとのんびりしています。寒気がもどったとは言うものの予報に反してポカポカ陽気は続いていて,本学の早咲き桜はすでに満開です。久しぶりに書籍部で立ち読みしていたら,月刊誌のなかに,小宮宏先生(93年度修了,佐賀県・小学校)が書いたレポートを見つけました。歴史学習にもっとドラマ性をというような趣旨で,以前なら袋だたきにあったかもしれない主張です。小宮先生も相変わらず頑張ってるなとうれしくなりました。 | |
| ■ 現代の諸課題と学校教育(2月24日) | |
| この講義は予想以上に手応えのあるものとなりました。もともと,学校現場に流布している怪しげな言説をメッタ切りにした内容でしたから,下世話に言えば「偶像破壊の快感」というヤツで,それなりに面白いのですが,とくに最後の「平和教育のからくり」は,受講した現職から「学部・大学院の必修にすべし」との温かい励ましをいただきました。この授業の内容は以前ある研究会でレポートしただけで活字にしていなかったので,折を見てまとめてみてもいいかなと思います。1つの授業を分析し構造を抽出して背景を考察するというものですので,学術論文ではなく研究レポートの類になりそうですが。 | |
| ■ 最終回(2月22日) | |
| 昨日夕方に,「教育実践研究」の報告書が届きました。大学院生が1年かけて高知県の四万川小学校とともに学んだ結果が記されています。執筆・製本の苦労が伝わってくるような労作です。今日は「現代の諸課題と学校教育」の最終回。立候補した3人の現職が自分なりの意見を発表しました。正義論と人権教育論と学力論です。いずれも特定の教科や常識や理論に閉塞しない自由闊達な内容で,学部卒学生も積極的に議論に参加して,鳴門教育大学院らしい中身の濃い最終回となりました。授業担当教員としてこれほどうれしいことはありません。 | |
| ■ ふたたび附属へ(2月20日) | |
| 2時間目は今年度の最終ゼミ。長期履修の院生の発表がありましたが,ひょんなことから彼の修士論文のテーマが早くも決定。ゼミは大騒ぎ。午後,一仕事終えて附属へ。先日の大会の「反省会」。全体会では,教科教育の関係の先生方から授業構成論の明確化を期待する声(それが本業ですから当然のことでしょうが)が出たのに対し,小欄が参加した分科会「谷村テーブル」では,そういう声をある程度相対化しながら,それを人間学校としての附属の理念のなかにどう位置づけるか,ないしどう折り合いをつけていくかというような,一段高い位置からの議論が中心となりました。 | |
| ■ 総合演習プレゼン(2月18日) | |
| 2回に分けた全体発表会も無事終了しましたが,中身はますますワイドショー化,バラエティショー化しています。派手なパフォーマンスや見事なデジタル処理技術の割には訴える中身がそれほどでもないので,その乖離ばかりが印象に残ってしまいます。もちろん学生の努力が伺えないではなかったですし,指導する側のスタンスの影響もあるのでしょうが,小欄はどうも落ちつきません。折もおり,昨日,高知県の高校生が自由研究の成果を高知大で発表するようすがNHKで放送されていましたが,落ちついたプレゼンだったせいか,こちらの方が中身ありげに見えて仕方ありませんでした。 | |
| ■ ねむい週末(2月16日) | |
| 一昨日久しぶりに深更まで仕事をしたので,昨日は2時間目の「現代の諸課題と学校教育」をなんとか乗り切ったあとは,雑用を片づけたりしてアタマを使う仕事は極力避けて体を休めました。今週月曜日に帰国した近森先生も,さすがにアフガン疲れがたまってきたようです。今日もまだ眠たさは残っています。入試関係作業と手紙書きと書籍注文をして5時間目は「総合演習」の千秋楽。藤村,近森,谷村グループの発表がありました。 | |
| ■ 春一番(2月14日) | |
| 前回の上京は真っ赤になった講演原稿を携えての旅でしたが,講演も無事終わり,昨日はいたってのんびりと上京しました。今日はモノレールの駅で社会系の西村先生と出会ったので,一緒に羽田で昼食をとって徳島にもどりました。春一番とかで久しぶりにちょっとスリリングなフライトでした。昨今暖かいので春一番と言われてもありがたみはありません。5時間目は教職大学院その他の学内説明会。その後,想定内のことですが,午前0時過ぎまでかけて重要な書類の作成作業を行いました。 | |
| ■ 闘いすんで(2月11日) | |
| 総括講演「教師が研究するとはどういういことか」も,下欄にあるように無事終了しました。さらっと聞く分にはどうってことない内容ですが,表主題と裏主題という二重構造の論理を構築するのに2か月かかったことになります。今回はじめて,内容をあらかじめ完全に文章化しておき,PC画面に大写しにしたその原稿を見ながらしゃべるという方式を採り入れたのですが,たしかに準備は大変でしたが実演は非常に楽で,制限時間内に秒単位で終わるという離れ業が実現しました。余計なことですが,附属小からも「テープ起こしが省略できて助かる」と大変に感謝されています。 | |
| ■ 附属小研究大会2日目(2月9日) | |
| 今日は,時折小雨のあいにくの空模様でした。午後の講演会場には西宮市の山本指導主事や,(あとでわかったのですが)大阪教育大学の峯先生(92年度修了)も来られていて,昨日と合わせると本当に多くの方に支援いただいたことがわかります。小欄の総括講演はヤジもなく60分で見事に終了。そのあと関係者とだべって15:30,お茶の水の浅川先生ご夫妻とともに大学へ,16:20から総合演習全体発表。小西Gの八重山研修発表が終わるやいなやご夫妻を空港へ送り,そのまま徳島市内にもどって附属小の「打ち上げ」に参加。いやはやお疲れの1日でした。 | |
| ■ 附属小研究大会1日目(2月8日) | |
| うすぐもりのまあまあのお天気です。全体発表は予想外の出来映えでした。続いて稲井先生(02年度修了)の社会科授業。これまでの稲井イメージを一新する豪華絢爛な授業でした。事後研には,益田(兵庫県),茂松(高知附属),岡崎(と富山附属),岡田,浅川先生(お茶の水附属)など,豪華メンバーが顔を揃えました。午後の分科会は「総合」に出席しましたが,坂東先生のこれまた変身ぶりを見事に示すやわらかな授業と,小講座谷村千絵講師のいつもながらのさらしとした奥深い指導助言がありました。夜は,益田,金野(02年度修了,広島県小学校)先生と軽く旧交を温めました。 | |
| ■ 修士論文口述試験(2月7日) | |
| ここしばらく春のような陽気が続いています。午前は講座会議。来年度早々の口述試験の日程が4月21日土曜日という方向でほぼ煮つまりました。昼食後,附属講演原稿の最終チェックをしてすべての準備を終えました。14;40からは総合学習開発コース第5期生の口述試験。この学年は人数が少なく,今日の発表も2本という寂しさでしたが,この口述試験が終わると,別れと出会いの季節が迫っていることを実感します。 | |
| ■ 附属講演準備やっぱり(2月5日) | |
| 月曜日でしたが,とくに雑用もなく,講演原稿の方も順調に修正作業ができたので,昼からは再来週の「現代の諸課題と学校教育」のパワポ制作作業にかかることができました。今年度の授業とその準備もそろそろ幕です。夕方には,もうこれで大丈夫という確信がもてたので,CDを楽しみながら講演原稿をプリントアウトしましたが,自宅にもどるやいなや,またまた問題箇所を発見。結局かなりの赤を入れる羽目になりました。まったく際限ありません。セルフディベートのやりすぎでしょうか。 | |
| ■ 附属講演準備なかなか(2月4日) | |
| この「なかなか」というのは,「なかなかいいものができた」という意味ではなく,「なかなかゴールが見えない」という意味です。逃げ水みたいなもので,できたかなと思ったらまた新たな課題が生まれます。昨日は午後に研究主任の横山先生が紀要と要項をもって来られました。講演時間が実質60〜65分とのことでかなり気は楽になったのですが,内容的には再検討したいところが逆に増えました。今日は原稿いじりはしないつもりだったのですが,やっぱり2時間ほど画面とにらめっこしてしまいました。 | |
| ■ 附属講演準備いよいよ(2月1日) | |
| 飛行機の中というのは原稿修正作業には最適の空間で,いつも窓際の壁にポストイットを無遠慮に張りまくったりして仕事をしています。昨日,一昨日の上京の際も原稿修正を試みましたが,さすがに帰路は疲れて思考停止状態になりました。またホテルで最初の部分だけ「予行演習」した結果,このままだと60分という制限内に終わらない可能性があるので,再度調整の必要が出てきました。今日2時間目の「諸課題」は「平和教育のからくり」。珍しく時間オーバー。さ来週に持ち越しです。 | |
| ■ 八重山感想文(1月29日) | |
| 「総合演習」小西グループの学生たちから,続々と感想文が届いています。夕方までにほぼ出そろいました。早く精読したいのは山々なのですが,30〜31日の上京の関係で木曜日の「現代の諸課題と学校教育」の授業準備が優先で,こちらの方にほぼ1日かけてしまいました。しかし努力の甲斐あって,非常に中身のある授業が準備できました。感想文の方は半分ほどを斜め読みしただけですが,来年度の小西Gのお奨めプランでは,八重山もう一度というのと四国遍路が目を引きました。 | |
| ■ 附属講演準備ようやく(1月27日) | |
| 昨日は金曜日。5時間目のB304には小西グループの元気な笑顔が集まっていました。どんなプレゼンができるのか楽しみです。写真のデータコピーサービスをしただけで退散。デジカメはこういうときに便利です。さて今日は土曜なのですが出勤。附属の総括講演の準備です。今日は,これまで検討した入れ替えや加筆などをすべてぶちこんで,ほぼ10日ぶりぐらいに要旨の最新版をプリントアウトしてみました。かなりかたちがまとまったようで,完成度は95%ってところ。あらためて見直すと,どうってことない内容なのですが,ここまで来るのに約50日。やれやれ…です。 | |
| ■ 附属へ(1月25日) | |
| 2時間目の「現代の諸課題と学校教育」は,エコロジーの裏に隠されたメッセージを読み解くというような内容。以前,別の授業でもとりあげた話題なのですが,パワーポイントを使って少し装いを変えました。もっとも,八重山研修準備のあおりで,教材研究不足は否めません。昼食後,9日の講演の準備をぎりぎりまでやって14時32分のバスで附属小学校へ。研究主任の横山先生と紀要の原案について協議。そのあと副校長先生から附属学校経営の厳しさなど貴重なお話を伺って18時すぎに学校を出ました。 | |
| ■ 現実(1月23日) | |
| 2泊3日の研修がほぼ100%の成功を収め機嫌良く新しい週を迎えましたが,現実は仕事の山。今日は明日の講座会議の資料づくり。20年度自己評価の原案作りというやっかいな仕事です。その他シラバスの確認や何やかやで今週木曜日の授業の準備がはかどらず,夕方になってようやくパワーポイントが完成しました。前の四万川小学校校長山崎先生から,現在の勤務校が3月で廃校になるというお便り。山の学校の廃校ニュースはよくあることですが,いささかなりともかかわりのあった土地だけに,寂しさが募りました。 | |
| ■ 竹富島と島唄のつどい(1月20日) | |
| 今回はじめて竹富島探検を組み込みました。名付けてトライアルウォーク120。8時10分に竹富港を出発し4人の班ごとに分かれ島内を予定に沿ってめぐり地元の人にインタビューして2時間後に港にもどってくるというもので,かなりおもしろい話が取材できたようです。2時間では短いという意見が多く出ました。石垣にもどるころには青空と南国の日差し。タンクトップになる女子学生もいました。八重山でも有名なマルチタレントの山城さんと1年ぶりにホテル前で再会。山城さんの案内で川平をめぐり,帰路は峠下の公園の東屋を会場に三線と山城さんご自慢の歌声をご披露いただきました。15時35分石垣発。那覇経由で関空18:45着。大学には21:40無事もどりました。 | |
| ■ 西表島・浦内川をさかのぼる(1月19日) | |
| 予報通りの雨でした。季節的にしかたないことです。大降りになることはあまりないので,密林探検には絶好のお天気だと納得して(させられて)出発。行きの高速艇は予想に反してほとんど揺れませんでした。浦内橋から軍艦岩までの遡上のときには少し雨になって困りましたが,密林に入ると,降りもまばらになり時折晴れ間ものぞきました。まあまあのお天気だったと言えます。誤算は連日の雨で増水していて滝周辺の岩場が狭くなっていたことぐらい。帰路は運転手さんのはからいで野生生物保護センターに立ち寄ることもできました。17時45分,無事ホテルにもどました。今日の夕食は自由です。 | |
| ■ 石垣へ(1月18日) | |
| 例年よりちょうど100分遅い出発となったので,かなり気分的なゆとりがありました。総勢26名集合完了して,近森先生らの見送りを受け定刻に出発。関空でもゆったり時間がとれました。ひどいジェット気流のため20分遅れで雨上がりの石垣に到着。タクシーで登野城小学校へ。真玉橋先生から,離島の親の思い,離島の教師の願い,台風と子どもたちのことなど,心に残るいいお話をうかがうことができました。日本中の教育関係者に聞かせたい含蓄のあるお話でした。急に降り始めた雨のなか,ちょっと苦労してホテルまでたどり着き,19時から琉球薬膳の夕食をとりました。今年の学生には酒豪が多くてびっくりしました。 | |
| ■ 出発まであと2日(1月16日) | |
| 「総合演習」近森グループは県内上勝町でしいたけ収穫を体験するという活動なのですが,5回に分かれての現地作業がようやく終わったと近森先生が報告に来られました。アフガニスタン出張の合間を縫っての指導,お疲れ様でした。かわって小西グループ。いよいよあさって出発です。昨日,欠席届の作成配布を終えました。今日は郵便局でアリガネを全部引き出して目的別に封筒詰めし,近くのお店で現地に運ぶお土産を買い求めました。準備万端整いました。ただお天気がちょっと心配。 | |
| ■ 附属講演準備,着々と(1月14日) | |
| この土日は附属小学校の講演内容の整理で大半の時間を使いました。思いついたままに片っ端からメモした要素を,実際の話の流れを想定して並べ替え肉付けしていくという作業です。いつもは大項目を並べるのみですが,今回はかなり細かく記述していっているので,いさとなれば小講座の谷村先生ならこれを見てともかく60分の講演は代理でできるだろうという程度に詳細になってきました。まるで論文作成作業そのままです。特定の立場を敵に回すのはよくないので,考えたあげく全員を敵に回すことにしました。これなら公平です(笑)。 | |
| ■ 「総合演習」八重山臨地研修準備(1月12日) | |
| 出発まであと1週間を切りました。今日は会計関係の整理をしました。現地に持参するお金(密林探検の費用や運転手さんの心付けなど)を入れる封筒を用意し金額を表に書き込みました。,来週それぞれの該当額を払い出して封筒詰めするわけです。昼食後に郵便局に行き全員の入金が完了したのを確認して139万円あまりを旅行社に振り込みました。もどってくるとその旅行社から航空券引換証など各種バウチャーが届いていました。5時間目に最終の打ち合わせ。ほぼ準備完了です。 | |
| ■ 睦月ならぬ務月(1月10日) | |
| 通常ですと20日の締め切りに向けて修論指導に追われ提出後は他ゼミ分も含めて多くの論文の読破に振り回される時期。この忙しいときに,来年度のシラバスを出せ(1月末まで)という注文。昨年からは業績評価や次年度の目標作成作業(同)も加わりました。事務としては担当の範囲内で段取りを考えているのでしょうが,指示される教員側からすると「なぜこの時期に」と言いたくもなるタイミング。個人的には八重山研修の準備が忙しさに拍車をかけ通常の授業準備もあります。今日はすべての用務に魔術師のごとく手をつけて,授業準備以外は当然のことながら未了状態で夕方を迎えました。 | |
| ■ 三連休(1月8日) | |
| 連休でゴロゴロしているといいアイデアが浮かびます(余計なことですが教育研究の世界にむやみに競争原理を持ち込むのは愚の骨頂かと…)。あと1か月後にせまった附属小での講演内容ですが,徐々に固まり始めました。因果の糸が複雑に絡み合い,密室とアリバイ崩しとホワイダニットを全部ぶちこんだ本格推理小説みたいな複雑重厚な論理構造?が姿を現しつつあります。中身はたいした内容ではないのですが,構造が非常にマニアックになっています。このために割いた思考時間からすれば一編の論文なみ。はたして最終的にはどのようなかたちに「丸くおさまる」のでしょうか。 | |
| ■ 附属小学校研究会打ち合わせ(1月5日) | |
| 横山先生が研究室に来られたので2月の発表会の事前協議を行いました。と言っても「この正しい理論(学説)に従って授業を作らねばならない」などという無粋な「指導」などはしません。研究(発表)方法論についてアドバイスをしただけです。じつはこれが非常に重要で,現場の実践研究が先生方の大変な努力にもかかわらず十年一日の感を拭えないのは,研究内容に問題があるというよりもむしろ研究の要領が悪すぎることに原因があるからです。今日は2時間半かけて,努力に見合った(またはそれ以上の)インパクトを与えられるような研究発表会づくりについて検討しました。 | |
| ■ 仕事始め(1月4日) | |
| 年末の扁桃腺炎はかなり長引き,大晦日も1日寝ていました。と言っても熱や咳が出るわけでもなく,ただ単にシンドイだけなのでかえって始末が悪い状況でした。しかし1月1日にはまあまあ回復。お天気もよかったので初詣にでかけ,2日には留学生の皆さんと食事会もできました。おかげさまで今日4日には本格的に回復して,軽やかに仕事始めを迎えました。暮れの29日にアフガンから帰国したばかりの近森先生は,いっそう精悍な顔つきで登場。藤村先生は昨日からイギリスとか。それぞれの1年が始まります。 | |
| ■ 年賀状から(1月1日) | |
| 「担任を外れ,広い目で子どもと教育を見ることができた1年でした」(M.Mさん),「総合演習,食育で楽しくやっています」(T.Tさん),「長い育休です。現場をはなれ一母親として学校や自分の仕事を見直せる貴重な時間のような気がします」(J.Sさん),「”死と再生”これをキーワードとしての実践を構築中です。キョウイクに風穴をあけたいと思います」(E.Iさん),「東北福祉大で教員養成のしごとをはじめました。楽しいです」(H.Kさん),「うどんがなつかしいです」(H.Fさん),「教基法改正,善き価値観教育の幕開けになることを期待しています」(Y.Aさん),「出力型の授業実践をまとめ直し,一つの授業論を打ち出せたらと思っております」(H.Iさん),「吉小の時の雅子さんが愛教大社会に進み卒論で意思決定をやり教員となって戻ってきました」(E.Rさん) | |
研究室日誌
2007:JAN/FEB