ふりかえり(12月28日)
 思えば18年前に「提案型」が産声をあげたときには,奇っ怪な論として侮蔑の対象だったのですが,10年ほど前に多くの本が出たことで一種のブームとなり,現在は,ここ山形に見られるように「提案する社会科で育ちました」という先生方が,ごく日常的には実践を深めて下さっています。じつは昨日の「芋煮会〜」の講演内容も10年前なら石を投げられかねない危険なものでした。平成17年末の山形ではおおむねご理解いただけたようです。この伝で行けば10年後は,「社会科の大失敗」を告発するこの主張もひょっとしたら「当たり前のこと」になっているかも,とちょっと気負ってみたくなりました。どうも私は,ここ20年近く,「本家・社会科教育学」の先生方の神経を逆撫でするようなことばかりしてきたようです。

 「芋煮会はなぜなくならないのか」(12月27日)
 朝ゆっくりできたのはありがたい日程でした。9時45分に附属の清野先生が出迎えに来て下さいました。雪道をゴロゴロと20分ほど走って会場の国際会議場へ。午前中は3分科会で6人の実践発表がありました。1時半すぎからわが講演です。持参した最新型パソコンとプロジェクタ,あるいはケーブルのどことどこの相性が悪いのか,時々信号が流れなくなるトラブルが何度かありましたが,まあ何とか乗り切って3時過ぎに奇妙なタイトルの講演も無事終了。旧知の渋谷先生(東北連合小学校長会会長)と歓談したあと山形市内のホテルに席を移して江間先生ほか8人でご苦労さん会。雪の降りしきる中,ゴロゴロと天童のホテルにもどりました。

 雪の板谷峠を越えて(12月26日)
 市内の渋滞でバスが新神戸駅に着いたのが9時4分。階段を駆け上がって7分発の「ひかり」に飛び乗りました。新大阪では「のぞみ」に7分の乗り継ぎ。関ヶ原での遅れも何とか回復してほぼ定刻に東京着。8分の乗り継ぎ時間に弁当を買い込んで,次は新庄行きの「つばさ」。さすがに板谷峠はレールもほとんど見えないぐらいの雪でした。天童駅に迎えに来てくれた宿の人も「1か月早い」と語っておられました。久しぶりに温泉に入り夕食。7時半に山形大学の江間先生,もと附属の田所先生,現附属の五十嵐先生が迎えに来られて,1時間ほど近くの店で「打ち合わせ」を行いました。

 堂々たる正論(12月25日)
 時に学内の奇観を直截に活写して痛快だった小講座・西村教授のHP日記が閉鎖されたのは何故か,と自称愛読者氏から憤懣メールが届きました。某大学の院生が「あまり赤裸々に書くとイメージダウンだ」と評したとの情報を同僚の村川教授が持ち帰ったのが原因らしいと返答したところ,愛読者氏曰く,「村川先生も笑い飛ばせばよかったのに」。そうそう,これこそ堂々たる正論です。より慄然とすべきは,アハハと笑い飛ばす程度の度量すら持ち合わせない大学院生が少なくなくなったこと。かつて「馬鹿が多すぎて世の中疲れる」というCMが視聴者の抗議で取りやめになって,まさに「それ」が証明されてしまったというあの出来事に通底する後味の悪い1件です。

 山形へ向けて(12月24日)
 22日は13時からのGP会議を終えたあと,山形での講演用のスライドの再検討にかかりました。かなり修正したあと「一覧」をプリントアウトして持ち帰りました。昨日自宅でさらに検討したところ,やはり修正が出たので手書きで赤を入れ,今日24日は土曜日ですが大学に来て研究室のデスクトップパソコンに入れてあるファイルの修正を行いました。今回の講演内容はかなり斬新な視点からのものなので,講演とはいえ一つの論文を書くほどの労力を費やしています。それにしても雪,大丈夫かなあ。

■ 部会,教授会(12月21日)
 28日が御用納めとなるので,今月は部会と教授会が同日開催になりました。まず10時から第2部会。選挙で来年度からの部長候補に大石教授を選出しました。一部には年功序列で他の人を推す動きもあったようですが,人望厚く経験も豊富な大石先生に決まりました。午後は教授会。大学院後期試験の判定もあったので長引きました。そのあと講座会議。18時からは第2部の忘年会が第2食堂で開催されました。酒豪が次々と退官したこともあって「飲む」人はわずか。「車ですので」と断る人も多く,忘年会もすっかり様変わりです。

 残雪の月曜日(12月19日)
 昨日は雪がかなり残っていました。午後,鍼に行って体調回復。実質的に今年最後となる週に備えました。今朝もまだちょっと雪が残っています。まず11時からの理事打ち合わせの資料作り。意外に簡単にできました。理事との人事関係の打ち合わせもすんなり完了しました。午後は,M2の小澤さんに論文の修正箇所を送るべく,パソコンに向かいました。石垣行きのバスと飛行機の中で再度チェックしたところ,あちこちに修正の必要が出たからです。このメール作成の合間にあさっての部会準備にもかけずり回り,相変わらずの月曜日となりました。

 いろいろありましたが=八重山研修3日目(12月17日)
 朝一で訪問したみね屋工房に,山城さんが自作CDをもって会いに来てくださり感激しました。ただ,いつも丁寧に解説して下さる高嶺先生は風邪でお休み。簡単な説明しかありませんでした。旧知の専務さんも退職されたとか。昼食を予定していたレストランがどうも要領を得ないので,急遽,山城さんもまじえて店探し。26人分の昼食をとにかく確保しました。川平では昨年使った舞台が改装でなくなっていましたし,珊瑚礁もいまいちでした。ずっと寒かったせいもあって体調を壊す人が何人かいて,帰路の飛行機が揺れたことも災いしたのか重症3人。機長からランドに車いす手配をお願いして着陸後すぐに医務室に搬送。一時は関空周辺のホテルの手配も準備しかかったのですが,なんとか帰ろうということで20時20分に全員揃ってバスで出発しました。かなり熱のある女子については淡路PAでご両親の車にバトンタッチ。バスは22時50分,大雪の鳴門にもどりました。

 曇り時々晴れ=八重山研修2日目(12月16日)
 前回は天候の心配ばかりしていましたが,今回は晴天とはいかないものの,少なくとも雨の心配はないそこそこのお天気です。高速艇で大原港へ。ここから浦内大橋まで今年初めて大型バスをチャーターしたのでゆっくりと移動できました。到着後すぐにショートトレイルに出発。今年は2名の指導員の方がお世話してくれました。15時無事終了,バスで今回新メニューの星砂海岸に立ち寄って大原港にもどりました。今日は私の誕生日ということで心のこもった寄せ書きを頂戴しました。みんなありがとう!

 寒っ!=八重山研修1日目(12月15日)
 7時に大学を出発。学生22名と教員3名,無事に石垣空港に到着したのですが,予想外の寒さにびっくり。もちろん徳島より格段に暖かいのですが,南国ムード100%の景観と摂氏16度とのミスマッチが思考を混乱させます。出迎えてくれるはずの山城運転手さんの姿がなかったのも”想定外”。しかし替わりの黒島運転手さんがバラビドーで三線演奏を披露してくれました。登野城小学校では今回もまた真玉橋先生の心温まるお話を伺うことができました。夜は例によって「磯」で薬膳料理。今年は食べ切れませんでした。

 あわただしく(12月14日)
 昨日は山形講演のためのパワーポイント作りの続きを行い,一応全部を仕上げました。あとは補正のみです。昼から人事関係の会議をこなし,夕方からM2の小澤さんの修士論文指導の一応のシメとなるゼミを行いました。今日は昨日の会議を受けて人事関係書類の修正を行ってまたまた郵便配達をして,昼からは明日の研修旅行出発に備えて貯金の出金伝票の記入なんぞに時間を取られました。これから郵便局へ行き,必要なお金を引き出し,現地への土産を買いに行きます。相変わらずあわただしい出発です。

 師走(12月12日)
 多忙な1週間のはじまりです。午前中は人事関係の資料づくりと配布,「総合演習・八重山臨地研修」参加者の欠席届の印刷と配布,教務部長ほか関係者への臨地研修概要資料の配付などでつぶれてしまいました。午後はM2の河野さんの論文添削,そして八重山研修の会計整理をやりました。忙しかったわりには夕方に時間の余裕ができたので山形講演で使用するパワーポイントを作り始めました。すでに作ってあった講演要旨を見ながらスライドを作っていくのですが,逆に講演要旨の方を修正したくなる場面が結構あって,結局,10枚ぐらいしかできませんでした。

 想定外(12月10日)
 昨日は代休の代休でお昼に出勤したのですが,八重山研修に参加する学部生の1人から靱帯を切る怪我で松葉杖状態との連絡が入り,急遽午後の予定を変更して,キャンセル手続きに奔走しました。そのほかにも人事関係書類のことで新たな情報が入って対応に追われました。5時間目の「総合演習」最終打ち合わせをナントカ乗り切りました。今日は大学院後期入試ですが,午前も午後も責任者という立場で身動きのできない昼休みに学長から急遽依頼のあった書類を作成して,これまたナントカ間に合わせました。昨日も今日も想定外の事件でもうフラフラです。

■ 講座会議・椎茸談義(12月7日)
 10日の入試業務の打ち合わせなどを行いました。来年度のシラバス入力の話題が発展して,160人態勢下での「総合演習」の在り方が議論になりました。その中で注目を集めたのが上勝町での援農事業。上勝名物の「しいたけ」栽培支援を中心とした体験型コアカリキュラムを立ち上げ,160人をグループ化してさみだれ式に上勝町に入り各種の村おこしに参加していこうという壮大なアイデア。さっそく町長と懇意の近森先生が情報を集めることになりました。こういう話になるとすぐにみんな燃えて熱くなるのが,小講座の愉快なところです。

 この師走に(12月5日)
 朝からお昼過ぎまでかけて,M2の修士論文添削を行いました。これまでは大枠としての流ればかり見てきましたので,細かい部分の指摘は今回が初めて。そのせいかずいぶん「赤」が入ってしまいました。院生はショックかもしれません。午後になって教務から電話があり「NHK徳島からの取材依頼を受けてほしい」とのこと。県下の各大学の特徴ある授業を紹介するのだそうで,こういう話になると決まって小講座に相談がきます。困ったものです。しかし拒否もできないので早速メールで先生方に「総合演習」の予定を問い合わせました。読売につづいてNHK。有名人はつらい(笑)。

 外圧(12月3日)
 昨日は大阪教育大学から木下教授と峯助教授(92年修了)が教員養成カリキュラムに関する実態調査ということでお越しになりました。理事室で田中理事ほかと応接しました。どれほどお役に立てたかいささか心配ですが。しかし,前項にも書いたように,この訪問のおかげで,年末にするはずだった研究室の掃除がかなりできました。今日は学生指導のことで附属小学校の大宮副校長先生が来られました。で,これをきっかけに長らく押入に眠っていたもう一台の「書院」も引っ張り出され処分されることになりました。外圧がないと片づかないというのはどこの世界でも一緒です。

 新旧交代(12月1日)
 2時間目にアルザス関係のスライドをするつもりでしたが,久しぶりに引っ張り出した投影機のランプが切れていて,結局中止。その分レポート発表がゆっくりできたのでよかったのですが,これを機に今後スライドはすべてパソコン経由で映写することにしました。高校教師時代から撮り貯めてきたスライドですが,技術の進歩にはかないません。明日,大阪教育大学からお客さんが見えるので,研究室の掃除がてら,ここ数年使用していなかったワープロをついに廃棄することにしました。昭和57年?以来の「書院」とのおつきあいもおしまいです。

 授業はなくても(11月29日)
 ほとんど休むヒマもありませんでした。午前中。まずは修士論文の添削。赤を入れて添付ファイルで送り返しました。そのあと木曜日の授業で使用するスライドの準備と金曜日の来客に渡す本学のカリキュラム関係の資料印刷(←本来は事務がやるべき!)。午後は山形講演で使用するパワポのコンテンツづくり。カメラで風景を撮影したり,スキャナで教科書の画像を取り込んだり。14:40からはもっとも気を遣う人事関係の会議。主査は初めてなので本当に緊張しました。そのあと,金曜日の「総合演習」教養講座の選択希望調査の集計,後期入試の応募状況の講座あてお知らせづくり,人事関係書類の修正作業。で,夕暮れです。

 金野さんの実践報告(11月28日)
 02年度修了の金野先生(広島県・小学校)から全国小学校社会科研究協議会で発表された実践報告のレジュメが届きました。これがまあ読んでびっくり。10年ぶりぐらいにお目にかかる超大作なのです。単発の授業としてはもちろんすばらしい実践にいくつかお目にかかってきましたが,こういうスケールの大きな単元構想は久しぶり。しかも地理屋さんが読んだら胸躍るような内容なのです。とても小欄では紹介仕切れませんが緯度経度を導入にして国土と気候さらには国家とは何かという話題まで踏み込んだそのアイデアの斬新さと教師としての矜持に心からの敬意を表したいと思います。

 ある危機(11月26日)
 大学院後期入試の応募者数がほぼ確定しました。120人を超えていて関係者一同ホッとしています。ところが困ったのは,長期履修生が40人もいること。これは教員免許を持たない人が3年間院に在籍して免許と修士号を両方取得するという「欲張りコース」で結構人気があるのですが,その多くが「総合演習」を履修します。前期分と合わせた総数の半分が来るとしても学部生と合わせて150人を超えます。仮に5人で担当すると1グループあたり30人。これではとても八重山臨地研修は無理。先日「読売新聞」全国版で派手に紹介してもらったものの,はや暗雲がたちこめています。

 慌ただしい週末(11月25日)
 昨日は昼に鳴門にもどりタクシーで大学へ。3時間目の「現代教育人間論(近森先生担当)」を見学しました。「かかわり」をキーワードに人間の存在について論じられた非常に役立つ内容でした。そのあとは「長」のつく人3人と相次いで打ち合わせをしてはや夕暮れ。今日は「総合演習」の資料印刷をしているうちにお昼。休み時間を利用しての講座主任会議をこなし,3時間目は太田先生と共同担当の「文化間教育実践研究」。5時間目は「総合演習」。今日は,事務連絡のあと,「国土学習」「環境学習」の2側面から沖縄および八重山についてのミニ講演がありました。

 特色GPフォーラム・京都(11月23日)
 高速バスと阪急京都線,地下鉄を乗り継いで京都国際会館へ。午前中はポスターセッションの見学。物品販売と呼び込みの声はありませんが,雰囲気だけは西宮戎神社の縁日の参道そっくりです。大学っていろんなことをやるんですね(!?)。午後はシンポジウム。要するにこのプログラムは,新自由主義の発想で大学の構造改革を推進するものだとの印象を強くしました。その是非はともかく,こういう改革プランコンクール形式では,学内で熱心な人が損をしてそうでない人が相対的に得をするという不合理な構図がつねに発生します。さてどうしたものか。私なりの傑作な提案も考えましたが…。

 四万川から(11月21日)
 今日は大学行事の関係で授業は休業です。もっとも,第2部長,学長との懇談という重要な仕事がありましたし,石垣島関連の配布プリントを作成したりして結構慌ただしくすごしました。そのような中,教育実践研究でお世話になっている高知県四万川の西川小学校・山崎校長から長文のお手紙が届きました。18日に松山市で行われた研究会(なんと今春修了した原田先生も愛知から駆けつけた!)での,矢野先生の実践発表が大変な反響を呼んだ由。実践者としてではなく校長としてのまた新たな静かな感動が伝わってくるようなお便りでした。

 「授業実践の臨床的組織解剖」だって(11月19日)
 我が身の不勉強をさらすことになるのですが,標記のようなおどろおどろしいタイトルのシンポが今年の2月に開催されていたことを今日届いた学会誌で知りました。大急ぎで記録を斜め読みした限りでは,わざわざそう銘打つ必然性などは見あたらず,たぶんこれは主催者側の”思い”の発露に過ぎないのだろうと合点しました。もちろん,そのおどろおどろしさを批判するのは簡単ですが,逆に考えると,近代(教育学)の呪縛をこれほど見事に示した物言いも珍しいという意味では,まれに見る貴重な「資料」だとも言えます。それにしても,よくまあ,ねえ…絶句。

 岡崎先生を迎えて(11月17日)
 相変わらず書類書きやその配達,電話での打ち合わせなどに忙殺されています。2時間目の演習でアルザスの話ができたのが,わずかばかりアカデミックな唯一の時間でした。午後の後半に12月の山形講演の内容整理をしました。これでほぼ完成です。5時半の徳島行きバスに乗り込み,6時40分ごろ駅前で富山大学の岡崎先生,附属小の稲井先生と合流。小料理屋で大学の授業のこと,附属小学校のこと,県の研究会のことなど,大いに語り合いました。一昨日に続いての酒席でしたが,それほど疲れは感じませんでした。帰途小学校に立ち寄るとまだ電気がついていて,副校長先生と松永先生(04年度修了)が打ち合わせをしていました。その熱心さにはびっくりです。

 俗界へ(11月16日)
 朝早くに目覚めました。絶好の天気です。川井の集落を散歩しました。古木の枝に残った熟し柿が季節の移ろいを感じさせます。近森先生と朝食をとり,ほかの民宿に泊まった谷村先生や学生と合流してまず西川小学校へ。ここで山崎校長先生から学校経営の哲学のようなお話を伺って10時に檮原発。14時過ぎに「俗界」にもどりました。14時40分から第2部会。人事のことで報告をしました。会議は1時間半に及びました。そのあと講座会議。結局終わったのは18時前でした。寝不足と移動の疲れでぐったりです。

 教育実践研究・檮原へ(11月15日)
 今日から1泊2日の檮原行き。私は今年は直接の担当ではなく,いわば道案内人としての同行です。ここのところ押し寄せている雑事のことを考えると空白はつらいのですが,逆に考えると,この1泊2日は,あの四万川という異世界で頭を休めるいい機会でもあります。例によってYK観光の中型車で出発。四万川小学校に着いたのが13時。14時からの茶堂公演(神楽ほか)を見たあと学校にもどり,先生方と研究会。17時過ぎにそれも終了し,真っ暗な山のなかを川井の農家民宿に向かいました。18時過ぎから懇親会。西川小学校の山崎先生も「乱入」されて再会の酒を酌み交わしました。

 小雨(11月11日)
 今日は附属小学校で副免実習の評価授業があるので出かけました。4年生は昨年中学校で4週間の実習を経験しているので,小学校では実質10日ほどの実習ですが,すでに結構場慣れした感じで授業をしていました。ハラハラするような場面はありませんでした。副校長先生としばらくお話したあと小雨の中を大学にもどりました。大学祭の真っ盛り…ではありますが,天候もあいまって寂しい限り。恒例になっている社会系の焼きそばを買い求めてお昼にしました。

 東奔西走あるいは右往左往(11月10日)
 走り回った1日でしたが,じつはその大半は小欄には書けない種類のものです。段取り(順序)を間違えるとあとで非常に厄介なことになるというそういう種類の案件が3重に輻輳していましたので,体力よりも気力をもたせるのが大変でした。また,大学院後期入試に関するこれまた神経を使う作業も一挙に仕上げようとしたために,なおさらくたびれました。それでも2時限目に文化間教育演習Vの授業をやり,ちょっと遅刻しましたが3時間目の谷村先生の授業を見学できたのが幸いでした。

 うららかな秋の日(11月8日)
 …ではあるのですが,昨日久しぶりに某講座の教授と飲みにいった酒席では,院生の指導や大学運営のあれこれなど,まあさして深刻ではないものの,どちらかと言えば鬱陶しいという部類に入る話題が多く出ました。もっとも,こういう機会にいろんな方のいろんな意見を伺っておくというのはいいことです。今日も,授業は1つ(14:40からのM2の修論指導)だったのですが,学内の手続き書類の作成などで結局日が暮れてしまいました。世間なみに「読書の秋」といきたいところなんですが。

 日曜日(11月6日)
 12月の山形講演の準備を始めました。「要するに言いたいこと」というのはあるのですが,いろいろに思いついてくる話の要素をどういう風に並べ替えればうまく意図が伝わるかを,これから慎重にお見極めなければなりません。今日はパソコンに向かって,実際にしゃべっている様子を想像しながら要素をとにかく入力しました。これをもとに何度も加除修正するわけです。夜,附属小学校の稲井先生(02年度修了)が来られました。16日に校内での授業研究会があるとのことで,その指導案,というより単元構想の検討をやりました。突然のことだったので,頭の切り替えに苦労しました。

 面談,取材,総合演習(11月4日)
 午前中は,講座から学長宛に出す書類の推敲でほぼつぶれてしまいました。午後2時からM2の小澤さんの個別ゼミを行いました。修論も大枠はほぼ固まったので,文章の再考や表記形式の統一など,細かい点に指導の重心が移ってきました。東京駅をゴールとすると,小田原の手前あたりの感じ。3時すぎからは読売新聞東京本社の記者さんの取材。「総合演習」の意義や広く現代の教育が抱える構造的な問題点などについてお話しました。5時間目の「総合演習」には,そういうわけで心の準備なしに飛び込みました。「八重山の気候」などのテーマについて5組の発表がありました。

 学内「一斉」清掃(11月2日)
 午前中に開かれた講座会議には重要な議題が目白押しでした。そのため,めずらしく12時20分までかかりました。しかし心地よい議論がかわされたので,さほど疲労感はありませんでした。午後1時半から全学一斉清掃。ところが第2部(総合,言語,社会)の担当区域に行ってみると,いるのは総合の先生方ばかり。結局最後まで我々で空き缶拾いや紙くず拾いをやりました。恐らく他の講座では的確な情報伝達がなされなかったのでしょう。やはりサイト上の掲示板だけでは無理がありますね。…ということで,今日も何となくすぎてしまった1日でした。


研究室日誌  
     2005:NOV/DEC