さもありなんと思いつつも(10月31日)
 昨日,一昨日に開催された社会科教育関係の全国学会の,とくにシンポの低調を嘆く情報がいくつか舞い込んできました。主義主張の応酬ばかりが目立ったらしく,私も経験があるので,こういう場合の司会者の心労は察するに余りあり,敢えてその責は問わぬとして,やはり問題にせねばならないのは登壇者の未成熟さでしょう。研究者が自説を掲げるのは当然としても,つねに他者から学ぶ謙虚さがなければ進歩などありえないはず。教育現場そっちのけで砂上の議論をふっかけあい粋がっているばかりなら,いずれ教科教育学界そのものの未成熟が指弾される日もくるでしょう。

 大学院説明会(10月29日)
 薄ら寒い雨の朝となりましたが,昼前から薄日も差す状態に回復してきました。12月の後期入試に向けての大学院説明会ですが,前期の場合と比べて人出はそれほど期待できません。総合のコース説明会に来てくれたのは1名だけでしたが,どことも同じような状況です。愚考するに,仰々しく説明会をやるよりも,ネットでのPRをもっと盛んにして,週替わりで各コースの宣伝をするとか修了生を週替わりで登場させて思い出を語らせるとか,もっとアクティブなHPの活用を考えた方が生産的かと思われます。特定の日に説明会をするのではなく,「毎日が説明会」にするのですよ。

 またまた山形(10月27日)
 山形大学の江間先生から『ワークショップ型授業で社会科が変わる』という本が届きました。拝見して思わずニヤニヤしてしまいました。いわゆる「提案型」,それにディベートやシミュレーションなどの考え方にもとづく授業が満載だったからです。以前ある教授から「(小西の提唱していた)『提案する社会科』はもうやめたのか」と皮肉混じりに聞かれたことがあり,「定着してきたので大声を出す必要がなくなったのだ」と正直答えておきましたが,このような本を見るとまさにその感があります。もちろん世間には,ロボット設計図のような指導案にしがみついている原理主義者も,まだ少なくはないのですが。

 山形(10月25日)
 今月はじめに山形県社研冬期研修会の講演依頼をいただきました。演題をどうするかでずっと悩んできましたが,ようやく昨日朝5時45分にまとまりました。主題は「芋煮会はなぜなくならないのか」です。ベストセラーになった「竿竹屋はなぜ倒産しないのか」のパクリですが,「竿竹」同様こちらも,とぼけた表現の裏には深淵な意味が込められていて,現代民主主義をも相対化するというトンデモナイ社会科論に発展するという仕掛けになっています。今日,山形の事務局から了承のメールが来ました。まったくの新ネタですのでこれからの準備が大変です。

 ちょっとヘン(10月23日)
 教育哲学会の続き。ある登壇者が自分のゼミ修了生の修士論文サマリーを教師教育の「一定の成果」だとして紹介していました。指導のプロセス抜きの紹介なので,どのような指導をしたのか,まったくしなかったのか不明ですが,何より異常なのは論文執筆者の氏名が消されていたこと。内容批判されたら可哀想という「親心」のつもりなのかも知れませんが,院生にとっては一生に一度の記念すべき論文。公開された以上,批判も賞賛も引き受ける覚悟はできているはずです。小細工抜きで堂々と氏名入りで紹介することこそ,2年間頑張った彼らへの当然の礼儀だと思うのですが。

 教育哲学会シンポ(10月22日)
 香川大学で開かれたので参加してみました。以下,素人の勝手な感想。最初の登壇者はいかにも斯界の大御所という感じの白髭の男性で,「教師は共同体規範のペルソナ」という含蓄に富むお話でした。2人目はカリキュラム研究で全国に名を知られた大学院教授。その博覧強記ぶりには毎度のことながら唸らされます。最後の登壇者は,きらびやかな概念用語を歌舞伎町のネオンのごとく散りばめたレジュメを用意されたのですが,それがかえって内容の浅薄さを露呈させてしまい「自信のなさを言葉で埋める」(白髭氏)結果となっていました。全体に不完全燃焼気味のシンポでした。もっとも,学会のシンポで完全燃焼という例などまずないのですが(笑)。

 秋晴れのもと大学訪問(10月20日)
 梅田で野暮用をすませ難波で昼食を買い込んで近鉄特急に乗り宇治山田へ向かいました。皇學館大学の訪問は3回目。伊勢はいつ来ても明るくて落ちついたいい町です。来春本学大学院に入学予定の学生さんとお会いしたあと,親友の深草教授と1時間ばかり歓談しました。次回訪問時はぜひ伊勢で1泊したいものです。16時7分の京都行き特急に乗り,八木で乗り換えて2番目の訪問地大阪教育大学へ。すでに日が暮れているので用務は翌日回しにして,とりあえず峯助教授(92年度修了)と国分駅前で夕食。社会科談義や院生の学力問題,教員養成系大学の未来などについておおいに語り合いました。

 誤算(10月18日)
 大量欠席で出鼻をくじかれた「総合演習」ですが,それ以上に困るのが航空機の予約手続きです。氏名や年齢,連絡先などの個人情報を一括して送らねばならないのですが,休んだ学生がなかなかつかまりません。メールはあきらめて携帯,それでもダメで受講教室の黒板に伝言…と,さまざまな手段を用いて連絡をとり,今日の午後,ようやく必要な情報を収集しました。自分から申し出てくれるようなら苦労はしないのですが。それともう一つ誤算は,学生が普段使っているメールアドレス。あんなにヤヤコシイとは想像もしませんでした。絵文字らしきものが混じったのまであります。とても登録する気にはなれなかったので,通常の連絡は大学が設定した学生用アドレスで行うことにしました。

 ひさしぶりの居酒屋(10月15日)
 午前中は工事で停電なので,小雨のなか午後から大学に出ました。昨日のFDのまとめにかかりましたが,準備に手間取りあまり進みませんでした。3時から某コースの院生(M2)と勉強会をして,その流れで駅前の居酒屋に出かけました。彼らの属するコースには院生はもとより教員にも「個性豊かな」人物がいて,笑える話題も多かったのですが,それ以上に深刻な話題も多くありました。彼らが他講座の教員相手にこういう会を企画したというのも考えようによっては同情すべきことです。大学院もいろいろ,院生もいろいろ,教員もいろいろ。いつの世にも不遇を託つ人はいるとは言うものの…。

 小西グループスタート・FD(10月14日)
 意気揚々と5時間目にB−304に乗り込んだのですが,試合とやらで7人もお休み。事前にメールをくれたのは1人だけ。まあここでカッカしたりオロオロするほど素人でもないので,ともかく写真撮影以外は準備した日程をこなしました。今日は大学全体のFD(要するに授業研究会)とも重なっていて,何人かの教員が見学に来ました。6時間目に事後検討会。「総合演習」は演習ですし,各Gごとにバラバラにやっているので授業検討などできるはずはなく,カリキュラム研究会ということで一種のごまかしをしました。会は盛り上がりましたが,それにしても小講座のカリキュラム研究の大御所?は講演とかで初日から不在。説明から記録係まで一手に引き受けてぐったりでした。

 出力型授業(10月13日)
 2時間目の自分の授業を終え,パン2個の昼食を研究室ですませ,講座主任会議を終えて3時間目の現代教育人間論の授業参観に出かけました。しばらくは谷村先生の担当です。今日は「教育とは何か」という問いに対する自分なりの答えを黒板に書くという作業から始まりました。そのあと,森昭先生の教育人間学の概念をもってきてそれらを分類整理していくというかたちで授業は進みました。彼女お得意の「出力型授業」です。受講生の出力からスタートするわけですから自信がないとできない形式です。ささやかな切り口から深淵な世界にのめり込んでいくという,いつもながらの見事な授業でした。

 グループ分け発表(10月11日)
 午前中は「総合演習」グループ分けの掲示資料づくりに終われました。若干の修正もありましたし,また原簿とは別に配属決定通知用のフォームを作成し直さなければならなかったからです。結局掲示したのはお昼前になってしまいました。午後は久しぶりのゼミ。2人のM2が夏休みの総括と今後の執筆計画をもってきてくれました。ゼミは3時半に終わったのですが,それにしても不思議なのは,教務に未登録のまま希望カードを出した2名の学生の動静です。掲示板に自分の名前がないのに気づいて真っ青になっているはずなのですが,さてさて一向に駆け込んでくる気配がありません。

 お勧め本(10月10日)
 99年度修了の坂井満先生(佐賀県・小学校)から勧められていた『日本の教師再生戦略』(教育出版)を読みました。学校論,教師論など掃いて捨てるほどあるご時世ですが,これは逸品です。「暗黙知」をキーワードに,日本の授業研究の長所と短所をじつに冷静に分析しています。ちょっと楽観的かなという印象もなくはないのですが,教育委員会やセンター関係者,附属の研究主任あたりの人にぜひ読んでほしい好著です。著者の千千布(ちちぶ)敏弥氏が,新構想大学や教職大学院についてどういう見解をお持ちなのか,聞いてみたい気がしました。

 「総合演習」グループ分け(10月9日)
 一日半かけて「総合演習」のグループ分けを行いました。難しかったというより単純作業に手間取って例年よりも長引きました。今年は極端に希望の少ないグループがあって,人数にばらつきが出てしまいました。子どもを巻き込んだ表現活動や学習材づくりなど,教育現場との連携を前面に出した企画が見事に不人気でした。明けても暮れても実践,実践と追い立てられている現実への,一種の反動だと言えなくもないのかもしれません。

 授業開始(10月7日)
 昨日2時間目は「文化間教育演習V(地域研究)」。受講生はM2が2人とM1が1人です。研究室でのんびりやることにしました。まずはアルザスのお話です。3時間目は「現代教育人間論」の授業を見学しました。担当の先生が導入を考えておられたのですが,想定外の乱入事件で計画通りにいかなかったようで,気まずいスタートとなったのですが内容は面白そう。今日の3時間目は「文化間教育実践研究」。これも受講生は3名です。愛知県の学校視察などの計画が出ました。5時間目は学部の「総合演習」。134人! 講座の教員全員が久しぶりに集まりオリエンテーションを行いました

 大学院も様変わり(10月5日)
 今日の講座会議では,フリートーキングとして,今後の現職派遣の方向と講座としての対応などを話し合いました。以前のように各自治体の予算に余裕がある状況下では,研究内容は派遣される教員が自分の興味関心で決めればよかったのですが,今後は教育委員会が「こういう研究を」と内容を限定し,それに応じた教員をそれに応じうる大学院に派遣していくという傾向が強まってきます。都道府県民の税金で派遣される以上それは当然のことかも知れません。受け入れ側の大学としても,新たな発想が求められてきます。

 新学期(10月3日)
 今日から後期。森閑としていたキャンパスにも活気がもどってきました。早速授業の準備をといきたいところでしたが,まずは出張の後始末。学長ほかへの報告その他でいつもどおりの多忙な月曜日となりました。後期の授業のうち,文化間教育実践研究と文化間教育演習Vは,「ライブキャンパス」を開いて受講生名簿を確認したのですが,じつに少数なので,じゃあどうしようかと実際に授業が始まってから受講希望者と相談してみることにしました。後期は概論的なものが少ないので,受講生もどうしても限られてきます。

 千葉から宇都宮へ(9月30日)
 指定の10時に県庁8階の学校教育課にお邪魔しました。千葉県の教員派遣の現状について話し合い,資料をお渡ししました。今回は参事の根本先生にもご挨拶することができました。お昼前に千葉を出発。武蔵野線経由で南浦和,さらに京浜東北線で大宮に出ました。昼食は車内でパンとジュースです。栃木県教委ではやはり5月にお世話になった高橋先生が待ちかまえていて下さり,後期派遣の可能性もあるという明るいニュースをいただきました。帰途二荒山神社に参詣。100円入れて派遣祈願。夜は,02年度修了の川村先生(栃木県・小学校)と一緒に名物の餃子を味わいました。

 東京から千葉へ(9月29日)
 大学院入試関係の業務で上京です。京急も山手線も埼京線もスムーズに乗り継げたので,立教大学キャリアセンターには予定よりも早く到着できました。1月にお世話になった佐藤さんと教員就職の現状などを話し合って資料をお渡ししました。そのあと学食で昼食。午後は目黒の都教委研修センターへ。4月にお会いした大熊先生とはかなり意気投合した関係ですので,教員派遣や教員研修について熱っぽく語り合いました。品川から千葉へ。夜は県教委の先生方4人が安房料理のお店に案内してく下さり,房総の海の幸を堪能。久しぶりの社会科論や教育行政のあれこれに話の花が咲きました。

 実習最終週(9月27日)
 附属小学校へ行きました。2〜4時間目のようすを見て回りました。最初のころに比べると全般的にかなり慣れてきているようで,ハラハラするような授業はありませんでした。気になるのは教科書をきちんと使いこなせていないこと。執筆者としては大いに問題としたいところです。一通りの教生の顔を見てまわりましたが,子どもが笑っている場面なのにブスッとして下を向いていたり,子どもと話していても表情がなかったりする教生もいます。実習をさせてみると良くも悪しくも個性がよく分かります。

 今週の部会には…(9月24日)
 業績評価の給与への反映,任期制など,「重い」議題が出ました。文科省のウケねらい政策の1つと言ってしまえばそれまでですが,これらはまぎれもなく,市場原理,競争原理,効率,グローバルスタンダードなどをキーワードとする新自由主義の世界的なうねりと同じ文脈にあります。それも悪くはないのですが,厄介なのは,歴史,伝統,地域,文化などをキーワードとするもう一つの極(ここには,大学教員のとまどい,特定郵便局長の憤慨,アルカイダの自爆などが含まれる)を人間社会は捨てきれないでいるという現実です。両者の折り合いをどうつけていくかは,まさに今世紀前半のもっとも重大な文明史的課題だと言えます。…っと,こういうヨタ話を書いてばかりいると,給料が減っていく??

 日程調整(9月22日)
 大学院入試関係の出張の準備で,今週は大忙しでした。何しろ相手のある話ですから,それぞれの教育委員会などのご都合をうかがいながら旅程を決めて行かねばなりません。今日の午後になって,立教大学キャリアセンターとようやく連絡がとれて最終決定。航空券の発注とホテルの予約という段階に進むことができました。結局,2泊3日で3つの教育委員会と1つの私学を回ります。当初よりもちょっとゆっくりした日程になりそうです。強行軍は健康にもよくないですしね。太田先生,山崎先生の出張分についても届けを終えました。

 太田邸へ(9月20日)
 9時半に谷村先生と五反田駅で待ち合わせ。太田先生のご案内で大田区久が原にある先生のご自宅に向かいました。久が原は静かで暮らしやすそうな町です。太田邸は3階建てであちこちに動物が飾ってあるメルヘンチックなつくりです。ビスケットなどをつまみ英国式に紅茶をいただきながら,大学院の院生指導,FD勉強会の悲喜劇,学会のあり方,教員養成のあり方などについておしゃべりしました。 もっとゆっくりしたかったのですが,飛行機の時間が迫っていたので,お昼前にお宅をあとにして羽田に向かいました。

 教育思想史学会2日目(9月19日)
 教育思想史なんてまったくの門外漢の私ですが,それでも断片的に理解できる部分はあって,「なるほどこういう研究もあるのか」と,新しい視野をもつことができたと言う意味では有意義な1日半でした。午後のシンポはグローバルがテーマになっていたので,私もそこそこ意見を言いたい場面がありました。新知見に驚かされる半面,日本国際文化学会や異文化間教育学会では当然のごとく語られる概念がこちらの学会ではあまり登場せず,「ン?」という場面もありました。国際異文化学会あたりが音頭をとって,「通学会的」なシンポをやったらオモシロイのになあと感じました。

 教育思想史学会1日目(9月18日)
 M2の小澤さんとの”ランチゼミ”(新宿にて)を終えて京王線で下高井戸へ。会場の日本大学には13:15着。学会1日目前半のコメニウスはともかく後半の遺伝子云々は素人には難しすぎたので,京王線で調布まで出て深大寺にお参りして午後6時に再び学会会場にもどりました。懇親会では高橋勝先生とゆっくりお話しできたほか,2次会では谷村先生の指導教官や先輩,同輩,後輩たち(阪大グループ)の輪に入れてもらって愉快な時間をすごすことができました。宿舎のダイヤモンドホテル(25年ぶりぐらい),深大寺(33年ぶり),院生「仲間」との大騒ぎ(25年ぶりぐらい)と,懐かしさにどっぷり浸かった1日でした。

 教育実践力を育成するには(9月16日)
 …という趣旨で教員を主たる対象とするシンポジウムが午後開かれました。出席者は京大の教授,高知の小学校長,本学の教科教育担当助教授,附属学校長の4人でした。そのうち本学助教授は,授業構成,展開,評価にあたっての段階別到達目標のようなものをじつに事細かに一覧表として書き上げて,これを一つずつつぶしていくといい授業ができるというような提案をしました。まるでナチスか金王朝の人間改造計画のようで,恐ろしくなりました。他のシンポジストからも批判が出ていました。「教師になる」ってそういうことじゃないんだろうなあと思いました。教育学部にもいろんな「研究者」がいるものです。

 ゼミ生の原稿(9月15日)
 先週,今週とM2の2人から送られてきた修士論文の原稿を添削しています。添付ファイルというのはまったく便利なものです。原則的にはいちいちプリントアウトしますが,紙の無駄を省くために両面印刷しようとしたりすると結構面倒です。かと言って画面を見て直接添削するのはずいぶん疲れます。2人ともまだまだ「調べたことをぶちこんだだけ」というレベルで,「小さくとも自分の論を組み立てる」という段階には至っていません。M1のときの基礎指導が少し甘かったなと反省しています。ゴールははるか先です。

 教生の授業(9月13日)
 今日は附属小学校へ授業を見に行きました。3時間目の社会。教生ですから仕方ないのですが,「言える人は? 正解です,ピンポ〜ン」が目立つ授業でした。「間違ってくれるから面白いのですよ」とあとの休み時間にアドバイスしておきました。それと,教科書の構造がまるで理解出来ていません。きちんと活用すれば初心者でもナントカなるように教科書というものは周到に編集されているのです。説明してやると「へ〜」と初めて聞いたような顔をしています。学部の教科教育関係の授業では,「教科書の使い方」というような「単純な」勉強はしていないのでしょうか。

 あらためてGP(9月9日)
 教員養成GPと言う名のケッタイなコンクールで,わが大学のプランが不採択になったのは既報の通りですが,私と同様,「不採択でよかった」としみじみ思っている人がほかにもいることがわかって,二重の意味でホッとしています。およそ教員養成系大学なんてのは人的資源(質・量)も研究課題も似たようなものですから,アイデアを競って(競わせて)みたところで結局はドングリのナントカ。その結果に一喜一憂するだけ時間の無駄ではあります。私個人はそれなりに仕事を楽しんでいましたが,しかしまあ,今後はあまりおつきあいしたくないコンクールですね。

 『人間と教育を考える』(9月7日)
 小講座の谷村先生たちが編まれた同書を,台風の日に読みました。第3部がちょっとお説教臭かったのが難でしたが,学部生むけのテキストですので,私のような素人にもよく理解できました。第1部は「いじめ」「問題教師」などの現代的課題に対する諸言説の分析,第2部が主な教育思想(家)の紹介でした。にもかかわらず,そういう明示された趣旨に反して,頁数オーバーしてまで内容そのものをエンエンと論じている項や,思想家の生涯を紹介せずにいきなり思想評価にとりかかっている項がありました。いくら立派な内容でもこれでは1冊のテキストとしての流れが中断してしまいます。どこの世界にも「天動説型」の人はいるもんだと苦笑しながら読みました。

 実習第1日目(9月5日)
 台風が接近。今年の附属小学校実習部長は雨男のようです。8時10分の教生打ち合わせからつきあいました。いつもは授業見学だけですので,こんな風に実習生活を最初から見るのははじめてです。8時20分から職員との対面式,40分からは子どもとの対面式です。遅刻が1人いましたが,態度はまあまあで安心しました。副校長室でずいぶんおしゃべりをしていたので,11時過ぎまでお邪魔してしまいました。午後から大学に出ました。台風のため明日の研究科委員会は延期になりました。

 「仏像が見たい」だって(9月4日)
 「よほど詳しい人かよほど何も知らない人しか通らない」(地元の声)クエッタルートで仏像見物のためアフガンのカンダハルに入った日本人男女の遺体発見。あきれてもう絶句です。私が訪れたのは平和なころのアフガンで,しかもメインのトルカムルートでしたが,それでも山賊のアジトは見え隠れしていましたし,越境に際しては銃で置いたてられもしました。2人が赤軍派でもなんでもなく,中学校教師だったというのにはこれまた絶句。こういう世間(世界)知らずの平和ボケ教師が,国際理解教育を論じていたりするから怖いのです。可哀想ではありますが,人質にならなかったのがまだ不幸中の幸いというべきでしょう。

 緊縮財政(9月2日)
 昨年度とちがってゼミ生の数がガタンと減ったあおりで,いわゆる研究費も今年はちょっと寂しい状態です。おまけに全員に貸与されていたノートパソコンが11月に回収となるので,手頃な新品を買わねばなりません。ということで西村宏講座会計主任からまわってきた報告を検討した結果,これまで続けてきた「総合演習」でのバス代(大学〜関空2往復)の研究費負担を今年はあきらめざるを得なくなりました。参加費が7,000円ほど高くなってしまい,学部学生には申し訳ないのですが,いたしかたありません。


研究室日誌  
     2005:SEP/OCT