| ■ バタバタと(8月30日) | |
| 朝,メールを開けてみると,本学が提出した教員養成のためのカリキュラムプランが文科省で不採択になったという連絡が入っていました。大学にとっては残念この上ない結果でしょうが,正直に書かせていただけるならば個人的にはホッとしました。「急な改革」には混乱がつきものですから。10時40分から講座会議。先日の大学院入試の結果について審議しました。午後は小澤さん(M2)の修士論文原稿の検討。3時からは入試委員会。秋以降の募集計画などについて4時40分まで会議。そのあと5時から6時半まで人事関係の会議。慌ただしい1日でした。渡英中の太田先生と昨春修了した野本先生(愛媛県・小学校)から絵葉書が届きました。 | |
| ■ 余韻(8月28日) | |
| 高知県・四万川小学校の記録映像は,見る者すべてに感動を与えますが,とくにお茶の水女子大学附属小学校のように,偏狭な教科意識とは無縁な先生方,フレネ教育などに造詣の深い先生方が集まっている学校では,その感動も理解も数段深いものがあります。そうにちがいないと確信すればこそ,同小の浅川先生から「やりましょう」との激励をいただいてから約3か月,私自身も8月26日が待ち遠しくて仕方ありませんでした。「教育とは、再現不可能なもの。・・・これは、衝撃的でした。そうなのです!実際はそうなのに、私達は『再現不可能なことは意味がない』ように思いこまされ、そうせよと、求められ続けているように思います。慣らされないよう、抵抗しつづけようと、思います。これからも自信を持って『一期一会』をこそ、大事にしていこう。そんな元気がでてきました。2度とないからこそ、大切なんです。あたりまえだけど、再発見でした」。…一昨日届いた感想メールの一部です。 | |
| ■ 台風一過,エクセルホテル東急,お茶小,屋形船(8月26日) | |
| 起きると曇り空。眠っているうちに11号は茨城県東部に達していました。10時半にホテルを出て渋谷エクセルホテル東急25階のフランス料理レストランへ。NHK企画総務部長の市川さんとのランチです。短い時間でしたが,四万川小学校の「物語」を何とか生かしたいなあというようなことを話し合いました。1時過ぎにお茶小に到着。会場には附属幼稚園,中学校の先生方も。開会前には小西ゼミM2の小澤さん,今春修了した原田先生(愛知県・小学校)も駆けつけてくれました。また文教育学部の小玉先生も一番前に陣取っておられました。四万川小学校の記録映像と私のパワポ解説で2時間45分。質疑応答を入れて3時間10分という長丁場でしたがあっという間でした。終了後,蔵前から屋形船で隅田川を下ってお台場に繰り出し,長い1日が終わりました。 | |
| ■ 台風(8月25日) | |
| 11号です。飛行機が飛ぶのか,ホテルはあるのか,そもそも研究会を実施出来るのか…。3つの不確定要素の中で神経をすり減らしましたが,昨日午後になって「研究会は実施」との決断が伝えられ,航空券のノーチャージ変更もできたので,急遽前日に上京ということになりました。13:40に羽田着。ホテルはさんざん探し回って,結局,超お馴染みの「オギワラ」にしました。駅からホテルまで傘なしでもいいぐらいの小雨で助かりました。ホテルでのんびりしていると,お茶小の浅川先生,岡田先生からはげましの電話がありました。 | |
| ■ 10年次研修(8月24日) | |
| 教師になって10年目に強制的に受けさせられる研修です。県の機関や地元の大学で受けます。今日は,「環境教育と総合学習」というメニューがあって,その午前の部を担当しました。環境教育について論ずるのは4年ぶりぐらいで,はりきって資料をたくさん用意しすぎて時間が足りませんでした。「ローマクラブの陰謀」その他「職員室では出ない話」をしました。「大学院に来たいです」という受講生も出て,まあ成功。台風が近づいていて26日のお茶小の研修会がどうなるか,そもそも東京へ行けるのか。午後は天気図をにらみながら神経をとがらせました。 | |
| ■ 大学院前期試験(8月22日) | |
| 「2年連続入試副委員長」という立場からようやく離れて,今年はヒラの入試委員そして講座主任として今日を迎えました。やはり気分的にはずいぶんのんびりしています。一番の違いが,本部詰めが部分解除になって口述試験いわゆる面接ができるようになったこと。未来の教え子?と直接話すことができるというのは楽しいものです。しかし,それが楽しいだけに2時間の面接を終えるとドタッと疲れが出てきます。今年の8人は結構手応えがありました。目の前の実践課題の解決以上の野望というか視野をもてないでいる人もいましたが,まあそのうちにゆっくりと。 | |
| ■ 成績提出,講演準備(8月10日) | |
| 採点が終了したので,午前中にパソコンで成績を教務に送りました。今年からすべてオンラインになっています。締め切りが非常に早くなるなどの不都合も多く,概して評判の悪いシステムではありますが,成績を記入して送るという点のみを考えるとずいぶん気楽になりました。そのあと,26日にお茶小で行う校内研のためのパワポづくりをやり一応完成。午後は24日に本学で行う現職教員の10年研修用の講義概要をまとめました。また12月に総合演習・八重山実習でお世話になる石垣島の東運輸に電話して,なつかしい山城運転手さんの声を久しぶりに聞きました。明日から21日まで「研究室日誌」も夏休みとさせていただきます。 | |
| ■ ゴーマンな人たち(8月8日) | |
| 文科省から「12日にヒアリングをするかもしれない」という通知が急に飛び込んだのが先月末のことで,ほとんどの教員養成系大学は,時期が時期だけに泡を食って航空券の仮押さえ等に奔走したはずです。1週間前をメドに連絡するとなっていた実施・不実施の連絡がようやく今日ありました。「面接は実施しないこととなりましたのでご連絡します」という一片の通告文。人騒がせしておいてこれだけです。「ご連絡が遅れご迷惑をおかけしたことをお詫びします」と一言書き加えるのが常識ってもんだと思いますが,そういう常識に振り回されているようでは官僚は務まらないのかもしれません。 | |
| ■ サン・テグジュベリのことば(8月6日) | |
| 昨日の講座で臨床の山下先生が紹介しておられました。「本当に大切なのは,見つめ合うことではなくて,二人が同じもの(方向)を見つめること」。なるほど,恋人,夫婦のみならず日韓,日中などの国際関係はもとより,教育の世界にも通じる至言です。そういえば,教師と子ども,教育委員会と大学院,学部と附属,そして例の理論と実践など,本来「同じ方向を見る」べきなのに,見つめ合って抱き合って,その重みで泥沼に沈没しそうな事例に昨今事欠きません。緊張感をもって対峙することの意義を,どうも世間一般が閑却しているような気がします。 | |
| ■ 公開講座2日目(8月5日) | |
| 忙しい藤村先生は昨日の夕方のバスで鳴門にもどりましたが,私は2日目もいすわって山下先生(教育臨床講座)の「子ども理解」に関する面白い講義を聞きました。家庭や学校での日常の何気ないシーンをもとに,言葉掛けの重要性を平易な大阪弁で語っていく飽きない内容でした。不登校などの話題も当然多く出てくるので,先生方も熱心に参加していました。思うに今回の3つの「出し物」は共通点を見付けるのは恐らく不可能だと言えるぐらい「あっちやこっちを向いた」内容でした。受講生はふりまわされたのではないかと思います。しかし一貫性のない講座もまた面白かったかもしれません。14時40分に中座して自宅に帰り着いたのは20時15分。松山はやはり遠い! 疲れました。 | |
| ■ 公開講座1日目(8月4日) | |
| 昨日はバスの都合で早めに松山に入ったのでホテルでのんびりしました。今日もカンカン照りです。歩いて10分たらずで会場の放送大学へ。受講生?として参加して下さった四万川小学校関係の先生方と久方ぶりの対面。また93年度修了の濱田朋子先生(大分県・小学校)や02年度修了の篠原純子先生(愛媛県・小学校)とも再会できました。午前は藤村先生担当で「考えることの教育」という論理学っぽい講義でした。いろいろなアイデアが紹介されて楽しく聞くことができました。午後が私の担当。四万川小学校の「物語」を見たあと約1時間,パワポを使っての解説でした。ちょっと急ぎ足でした。「物語」の「本人」が目の前にいたのですが,みなさん懐かしく楽しみながら「小西編集バージョン」を鑑賞して下さいました。ホテルにもどって一風呂浴びて18時から四万川の関係の先生がたと8人で近くの居酒屋に繰り出して5時間に及ぶ大宴会。すっかり土佐モードでした。 | |
| ■ バタバタ(8月2日) | |
| 昨日の月曜日はまた雑用日でした。先週後半お休みをしていた分,いろんな書類がたまっていたからです。講座主任となると書類整理に多くの時間をとられます。また大学院入試業務でも1時間ほどとられました。というわけで半ば楽しみにしていた公開講座用のパワポづくりの作業がそっくり今日にまわってしまいました。講座で紹介する「物語」のある意味では舞台の一部でもある愛媛県での講義だけに力も入ります。半日のつもりが夕方までかかってしまいました。今日,前期入試の最終集計があり総合学習開発コースには8名の応募がありました。まあまあでホッとしました。早速講座全員にデータを送りました。 | |
| ■ 北海道(7月28日〜30日) | |
| KLほかで稼いだマイルでJLの無料航空券を入手し,徳島・札幌の直行便を使って道央を2泊3日で見物してきました。旭川に連泊して,優佳良織工芸館,雪の美術館,拓真館,四季彩の丘,旭山動物園を2日で回りました。ジンギスカン鍋や創作えぞ料理なども楽しみました。最終日は札幌駅前をうろついて16:05の徳島行きに搭乗したのですが,徳島市内はくっきりなのに吉野川左岸にベタッと雲がはりついて,結局,伊丹に着陸となり,直行便の快適さは往路のみとなりました。 | |
| ■ 出願者7人に(7月27日) | |
| わが総合学習開発コースの前期出願者が7人になりました。先週は1名だったのでホッとしました。あと明日の朝の郵便でも例年10ぐらいの出願は届くので,今日の未整理分を合わせてもう少し上乗せも期待できそうです。ということで午前の講座会議も少し華やいだ雰囲気でした。午後からの教授会,研究科委員会では,一転,専門職大学院をめぐる「厳しい状況」が示され,一同(-_-;)。変化の多い1日でした。02年度修了の篠原先生(愛媛県・小学校)の声を久しぶりに聞きました。 | |
| ■ いずこも同じ…(7月25日) | |
| 昨日の日曜日に,沖縄関係の報告書を作成して関係部署に送っておいたので,今日は週明けの月曜日でしたがそれほど大慌てすることもありませんでした。10時半に大阪教育大学の峯先生(92年度修了)が訪ねてくれました。彼は大学教員になってまだ間もないのですが,早速大学村の「改革」騒動に巻き込まれているらしく,就職前には思いもよらなかった雑務に翻弄されて自分の位置を見失いかけているというような話をしてくれました。お互いに現状を嘆き合ったわけですが,彼の場合はまだ若いだけに深刻です。いい意味で要領よく立ち回るすべを早く身につけてほしいものです。 | |
| ■ しばしの別れ(7月23日) | |
| 昨日の研究授業終了後の講演では,学校教育をめぐる昨今の情勢のようなお話をしたのですが,校長先生,前副校長先生に非常に好感をもって受け止めていただき,「また近いうちに」とお誘いを受けました。今日は,10時にホテルを出て,南国の太陽がカッと照りつけるなか国際通りと牧志市場を覗いて空港に急ぎました。ちょっとあわてて11時50分のNHで関空にもどりました。 | |
| ■ たくさんの人と(7月22日) | |
| 9時30分に県教委を訪問。城間人事係長ほか2名の担当者と大学院への派遣状況について懇談。そのあと東海岸に車を走らせ,知念村教育委員会で3年ぶりに屋比久さん(95年度修了)に会って鳴門みやげを渡しました。教育長さんにもご挨拶したあと,世界遺産の斎場御嶽を案内してもらいました。大学院時代にさんざん講義を受けた聖なる島・久高島を初めて遠望しました。那覇市内にもどって,いまM1に在学中の名嘉原さんの置籍校にお邪魔して校長先生にご挨拶。昼食後附属小学校に急ぎました。校長室ではお茶小の横山先生とも顔を合わせました。研究授業終了後,地元の先生方もまじえて居酒屋で大いに語り合いました。 | |
| ■ 沖縄へ(7月21日) | |
| 15時35分のNHで関空を出て2時間あまりで快晴の那覇空港に着きました。ホテルに荷物を置いてすぐに沖縄料理の店に直行。附属小学校の嘉納先生,慶田盛先生と楽しい夕食となりました。南大東島の民俗調査のことなど研究意欲旺盛な嘉納先生のお話,附属と大学との連携強化についての慶田盛先生の熱意あふれるお話など,勉強になることばかりでした。 | |
| ■ 夏休み間近(7月20日) | |
| …と言っても,文字通りの休みなどはないのですが,それでも気分的には少しゆったりとしてきました。今日は恐らく前期最後の講座会議。8月後半の入試に関すること,後期の「総合演習」に関すること,同じく後期第2週の公開授業に関することなど,期末にふさわしいいくつかの議題がありました。入試と言えば,昨日現在,総合学習開発コースへの出願者は女性が1名。まだまだこれからと大いに期待しつつ,ちょっぴりソワソワです。 | |
| ■ 梅雨明け(7月18日) | |
| 大方の実感よりも2日遅れて昨日梅雨明け宣言。今日は海の日ですが,沖縄での講演の準備作業のために出勤しました。センターでは「徳島県生活科・総合的学習教育学会」が開かれていて活況のようでした。暑い中大変だなあと思う一方,教科調査官のご高説をみんながありがたく拝聴するという風景は,日本の教師文化(学校文化)そのものだなあとも思いました,こういう外側からのものの見方を訓練するのも大学院の大切な役割でしょう…と,余計なことを考えながらパワポづくり。15枚のきれいなスライドを仕上げました。 | |
| ■ 教員養成専門職大学院だって(7月16日) | |
| 国立の教員養成系大学の偉い先生方が,抽象的な業界用語満載の報告書やシンポ記録を大量にばらまいて森林資源の枯渇に貢献している間に,埼玉県を基盤とする某予備校がちゃっかりと教員養成専門職大学院の設置申請の提出を宣言しました。結果から見れば,機を見るにすばやい民間が先行するというのは,十分に考えられたことです。しかしこの大学院,予備校で教育実習をやるそうです。そうやって養成された教師なんて,現場では通用するわけないと思うのですが,これが案外「通用」したりするから,油断はできません。 | |
| ■ 学会発表(7月14日) | |
| 13日の電話のあと伊藤先生からメールがきました。大学の雑務の合間をぬって,今年は8回も学会発表の予定だと書いてありました。「そういうオソロシイことは,せいぜい2年に1回でいいだろう」と確信している私からすれば信じがたい行動力です。今日は若干頭痛がするので,自宅で『倫理としてのナショナリズム』を読み終え,付箋部分をもう一度読み直すという「二度読み」をやりましたが,これは自分の昨秋の学会発表のいわば後始末作業。ようやく発表内容の「ケリ」の付け方が見えてきました。でもそれを文章にできるのは,さて今年度中は無理ですね。ま,マイペースで。 | |
| ■ 3本の電話(7月12日) | |
| 今日は珍しい人と電話をしました。まずは愛知教育大学の寺本教授。ご本人と直接お話しした記憶も定かではないぐらい珍しい相手です。愛知教育大学の刊行物の審査体制についての質問でした。午後には香川大学の伊藤教授から電話がありました。一時体調を崩しておられたのですが,今日の声には張りがありました。復調されたようです。夕方には大阪教育大学の峯助教授から電話がありました。大学改革プロジェクトの委員に祭り上げられたとのことでいろいろと相談を受けました。月末には久しぶりに鳴門にお越しいただけるようです。 | |
| ■ 雑曜日(7月11日) | |
| 月曜日はいつもどういうわけか雑曜日になります。今日も,まず4時間目の授業の準備に追われました。文化間教育総論も今日が実質的な最終日。大急ぎで幕引きをせねばならず,パワーポイントにたくさんの情報を詰め込む羽目になっています。この際ついでにイラクやイスラエルやトルコのスライドもぶちこみました。11時から会議。東京出張が入らなくてホッとしました。5時間目は例によって太田先生の名物授業を見学する予定だったのですが,入試課長との大学院説明会の打ち合わせが入り,そのあと,学長に急遽頼まれた簡単な作文を仕上げていると,もうタイムアウト。蒸し暑い1日でした。 | |
| ■ 還暦をお祝いする会(7月8日) | |
| 総合学習開発講座の「始祖」である西村先生の還暦をお祝いする会が18時30分から「勘八」で行われました。講座メンバー(小西,藤村,太田,近森,谷村,村川)のほかに,西村先生の悪友を自認されている村田理事(同い年なので当然還暦)や,附属の大宮副校長,1期生代表の稲井先生らが参加しました。同じ「勘八」の隣室では藤田教務部長の還暦祝いとて教務関係の事務職員の宴会もあり,後半には私もその隣室にラチされるなど大騒ぎとなりました。久しぶりに楽しい宴会でしたが,料理を十分に味わえなかったのが若干心残りです。 | |
| ■ 授業の感想(7月6日) | |
| 総合学習総論Tの授業の講義部分が昨日終了し,後半担当の谷村先生が受講生に書かせた感想文が今日届きました。彼女の授業は結構抽象的な話も多かったのですが,たとえば「エポケーって考え方,いいですね」というような感想が少なからずあるなど,新しい知見に触れる面白さを記述している感想文がかなりありました。受講生参加型の授業形態も好評です。現場実践からちょっと離れてみることの大切さを受講生たちは敏感に嗅ぎ取っています。「それに引き替え前半は…」と指弾されぬよう,私も精進しなければなりません。谷村先生の笑顔は,とにかく「強敵」です。 | |
| ■ 太田先生の授業(7月4日) | |
| 4時間目に「文化間教育総論」で相対主義について”大演説”をして,そのまま5時間目の「教育課題探究」の授業見学に行きました。先週に引き続いて太田先生の担当。先週はドラえもんその他のマンガに秘められたメッセージ性のような話でしたが,今週は,イギリスの高級紙と大衆紙の比較から始まって,イギリス文化論,情報の選択,アリエスの「子供の誕生」論,「東京スポーツ」からNIEの課題まで,情報社会学と議論文化と学校教育の交錯領域を縦横に駆けめぐるというド迫力の内容でした。指導案の書き方みたいな講義はやめて,こういう授業を大学院全員の必修にしたいものです。 | |
| ■ 日本国際文化学会2日目(7月3日) | |
| 今日は石川さんの発表がありました。ホテルで彼の修士論文を読み返してこちらも予習。10時前には法政大学の会場に太田先生,小澤さんも顔を出してくれました。石川さんは10時30分から発表でしたが,非常に緊張していました。質問もでましたが,1つは政教分離という方向違いのもの(もちろん質問者は方向違いということに気づいていない)でしたが,私のすこぶる早口の「回答」でチョン。私自身の方向感覚は今日は大丈夫だったようです。石川さんはもちろん「きちんと」応対していました。お昼休みには昨日同様,私学会館の中華料理「翠」に行き4人で食卓を囲みました。15時過ぎ法政大学を出て,17時のJLで徳島にもどりました。 | |
| ■ 日本国際文化学会1日目(7月2日) | |
| 昨日は地下鉄出口で90度方向を間違えて,ホテルまで大変な遠回りをしてしまったのですが,今日は今日でJRの駅を一駅間違えたどころか,「ならば」と歩き始めた方向が180度まちがっていて,反対の駅に着くまで気づかなかったという信じられないミスをしました。エルサレムのアラブ人街を迷わすに歩けるほど方向感覚に自信があっただけに首をつりたいような心境。それでも定刻には法政大学に到着。発表はまあまあ楽しめましたが,一番楽しかったのは,文化本質主義批判の急先鋒・馬淵仁先生との廊下での”延長戦”でした。夕方,今春修了した石川さん(香川県・小学校),M2の小澤さん(東京都・小学校)と新宿で待ち合わせ,居酒屋に飛び込みました。午後9時半ごろ,やはり今春修了した小坂さん(東京都・小学校)も加わり,大いに盛り上がりました。 | |
| ■ 高橋先生(7月1日) | |
| 横浜国立大学教授の高橋勝先生とお会いしました。11時に相模鉄道大和駅東口でお目にかかったときの第1印象は怖そうな感じだったのですが,初対面の挨拶のあとはすぐにうち解けて,昼食をともにした90分は非常に楽しいひとときでした。教育人間学がご専門の高橋先生の著書と巡りあわなかったら,1期生の稲井さん,3期生の原田さん,石川さんの修士論文はこの世になかったでしょうし,また教科教育「学」に絶望しきっていた私が,今日のようにまがりなりにも大学教員として生きながらえていることもなかったでしょう。そういう意味では恩人中の恩人です。ご経歴や現在の教育に対する思いなどを拝聴していると,失礼承知で書けば,「似たもの同士」だなあという印象を持ちました。石川論文や四万川小学校の記録ビデオなどを差し上げて,小雨の中,小田急で東京に出ました。 | |
研究室日誌
2005:JUL/AUG