| ■ 福知山線の事故から(4月30日) | |
| 25日におこったJR福知山線快速転覆事故の犠牲者が107人になりました。時がたつにつれてJR西日本の体質が問題視されてきています。いびつな年齢構成ゆえに,未熟な若者をどんどん現場に送り込み,「指導」をちらつかせながら過密ダイヤのもとで定時運転を強いたというのです。定時運転やスピードアップは鉄道マンの永遠の願いですが,それらは「ゆとり」の中で楽しみながら追求すべきもの。「ゆとり」のないまま目標達成だけが一人歩きするとろくなことはありません。「学力向上」も同じこと。やみくもに教師の尻を叩いてもどうなるものでもないでしょう。107の死骸累々は悲劇ですが,死骸が眼前に並ばぬことの悲劇にもまた思いをはせるべきでしょう。 | |
| ■ 修論構想発表会(4月29日) | |
| ここしばらくいいお天気が続いています。今日も初夏の陽気です。今年はM2の数が10人と少ないので,構想発表会も昼からという日程。楽ですが寂しさも禁じ得ません。一応講座内の行事なのですが,たいして宣伝もしていないのに学校改善や生活健康系からも見学者が訪れ,「総合」の研究領域の総合性が実証されたような風景もありました。終了後は,新装なった駅前の「さかなばたけ」で4人の新入生の歓迎会に繰り出しました。 | |
| ■ 満を持して(4月26日) | |
| 高知県四万川小学校の実践については,昨年度の「総合演習」で試行的に学部生相手に紹介しましたが,186キロの旅の全容を56分に編集しさらに子どもたちが作った思い出グラフィティの部分約10分の映像も加えて,先週,「教材」として初登場させました。その感想文を用いながら,今日の「総合学習総論」では,実践の解析を手がかりに,近代教育そのものの徹底的な相対化を論じました。教員養成制度もまたその呪縛のうちにあることにも触れましたので,自分たちが近代の枠組みのなかで従順な労働者として仕立て上げられきたことに,恐らく多くの現職教員は言葉にもならないほどの衝撃を受けたに違いありません。私としては満を持した授業でした。 | |
| ■ 出張明けの月曜日(4月25日) | |
| 出張報告の作成は土曜日にすませておいたので,ちょっとはゆっくりできるかと思ったのですが,週明け早々から3時間10分座りっぱなしという洗礼を受けてしまいました。文科省に出す書類の文章検討です。小西ゼミ以上のレベルで各委員が文章の非常に細かい表現をいちいち検討するわけで,ある意味快感でしたが,疲れたことも事実。腰痛もひどくなりました。午後は授業見学も返上して明日の「総合学種総論」の授業づくり。かなり力を入れている部分なのでたくさんのスライドを作りました。 | |
| ■ 社会科を語る会(4月23日) | |
| 正直なところ今日は家で寝ていたいという感じでしたが,約束してしまったので仕方ありません。徳島市立書道館で行われる社会科を考える会に久しぶりに出かけました。我が家まで迎えに来てくれた附属の稲井先生も昨日大きな宴会があったとのことで朝からフラフラです。主催者の檜校長先生が,資料をすべて自宅玄関に置き忘れてきたというハプニングがあり,結局,私が用意した四万川小学校の実践の紹介のみで会が終わりました。今日はどうもみんなバテバテのようです。しかし大学院入試案内だけはしっかり配布してきました。 | |
| ■ 現職派遣要請のための教育委員会訪問A(4月22日) | |
| 午前中は東京都教育委員会。場所は目黒の研修センターで,10年ほど前の夏の日,ここで指導主事をしていた中元順一先生に呼ばれて講座をやった懐かしい場所です。教員養成をめぐる諸問題についてつっこんだ話をしているうちに雰囲気もほぐれ,都と大学でタイアップした研修プログラムを…というような計画も出て予定時間オーバー。実り多い訪問となりました。池袋経由でお茶小に資料を届け,午後は品川区教育委員会へ。吉村課長にお会いして2月の附属小でのシンポのお礼を申しあげて,ここでも品川の教育その他について大いに語り合い,氏の運転で日野中学校まで送っていただきました。中元順一校長とゆっくり話したのは何年ぶりかでしたが,ある意味同じような性格の過激派なので,これまた大いに話がもりあがりました。どういうわけかくたくたに疲れた1泊2日でした。 | |
| ■ 現職派遣要請のための教育委員会訪問@(4月21日) | |
| まずは神奈川県教育委員会へ。教職員課前で時間調整していると「小西先生!」。見ると社会系の修了生の田中さんです。法律学のゼミでしたがよく議論しあった仲でした。聞くと同じ課に国語と臨床の修了生もいるとのことで彼らもすぐに集まってくれました。義務,高校それぞれの担当者と小笹課長代理(孤高の社会科論で有名なM先生の教え子)とも話がはずみました。午後は千葉県教育委員会へ。管理主事,主幹の方と話していると,近くで仕事をしていた方が「先生のご本でいつも勉強しています」と話しかけて来られました。以前,教科調査官らと一緒に全国行脚をしていたことがありますが,そのフォーラムのファンだったそうです。というわけでここでも話がはずみました。自分では「卒業」したつもりなのですが「社会科の小西」という看板は現場ではまだ”健在”のようです。 | |
| ■ 3連チャン(4月20日) | |
| 昨日は授業の3連チャン。2時間目が演習,3時間目が四万川小学校の実践記録ビデオの鑑賞,4時間目がゼミですから,いわゆる講義ではなかったのですが疲労感が先立ち,放課後は谷村先生たちと一緒に外で夕食をとりました。雑用にもまみれているので,「労働」のと言うより気ぜわしさゆえの疲労感のようです。今日は会議の3連チャン。こちらも同様気疲れします。講座会議で,私よりもはるかに過酷な日程をこなしている西村先生制作のコースPRパンフ2005年版が披露されました。色彩,デザインともに凝りに凝ったものです。「ゆとり」がなければとてもできない仕事です。不思議! | |
| ■ フル回転(4月18日) | |
| 午前中から昼過ぎにかけていろんな仕事をこなす羽目になりました。大変だったのは週後半の東京出張の準備。入試課との打ち合わせのあと,できたての募集要項等を預かり,一部はホテルに事前に送る手配をしました。出張命令手続きや品川区教育委員会の吉村指導主事との面会予約,日野中学校の訪問時刻を確定などの一連の作業もありました。このほか来週の授業(文献購読)でとりあげる文献を確定し印刷したり,今週土曜日の「徳島県小学校社会科を語る会」で使用する資料作成も行いました。4時間目は太田先生の,5時間目は西村先生の授業を見学。あっという間の1日でした。 | |
| ■ ちょっと恥ずかしいんじゃないですか(4月15日) | |
| 附属中学校から授業研究会のお知らせが届きました。第1次案内なので具体的な日程等は記載されておらず,かわりに「私たちの授業づくり宣言」がほぼ半分のスペースを使って印刷されていました。曰く,<新たな発見や疑問の追求により「へぇ」「ホント?」という生徒の好奇心を喚起し,もっと学習したいと思うような授業を目指します>。お説ごもっともですが,この程度の「心得」はずっと以前から言われてきたことで,今さらわざわざ「宣言」するなんて,まるで自分たちの不勉強を「宣伝」しているみたいです。公立学校の先生方が授業を休んででも参加したいと思うような,もっと気の利いた刺激的な提案ができないものでしょうか。 | |
| ■ 総合学習総論T(4月12日) | |
| この授業は新カリキュラムでは「特別枠」からはずれて一般授業扱いとなったので,さてどれだけの人が集まってくれるかなと心配していたのですが,今日の出席者は22名でした。まあまあです。今年度は小西と谷村先生のベストコンビ?で実施します。オリエンテーションのあと,次時「小さな学校の大きな挑戦」の導入を行いました。「小さな学校」とはもちろん高知県四万川小学校のことです。来週は昨年度の同小6年生の総合学習実践のビデオを見ます。受講生たちの反応が楽しみです。 | |
| ■ 授業開始(4月11日) | |
| 昨年受講生が極端に少なかった「文化間教育(総)論」には19名が集まってくれてホッと一息。太田先生との掛け合い漫才的なオリエンテーションも愉快でした。5時間目の教育課題探究は,直接の担当ではないのですが,「関係者」として見学に行きました。今年は西村,近森,藤村,太田というメンバーで,シラバスを拝見すると「生命の起源」からドラエモンまで多彩でありながらかつ流れの見える見事な構成になっています。現場実践べったりに偏ることもなく,さりとて目眩を感じるような高尚な議論に堕することもなく,中庸をわきまえた知的な授業展開が目指されているようです。 | |
| ■ うれしい相談(4月9日) | |
| 今日は土曜日ですが,国際異文化学会から頼まれていた学会公式HPの改訂版づくりのために大学にやってきました。懸案だった表紙デザインがほぼ確定しましたので,ここまでくればもう峠は越えたも同然です。なかなか洒落たものができました。完成したら小欄でもご案内します。午後,県内の中学校の先生が「大学院に進学したいのだが」とうれしい相談にみえられました。意欲・能力ともに抜群の先生ですので,管理職の理解を得てうまく同意書獲得にこぎつけられたらと思います。 | |
| ■ 4人の新しい仲間を迎えて(4月8日) | |
| それはまるで山奥の分校の入学式のようでした。正直寂しかったですね。沖縄から来てくれた名嘉原さん,一番札所霊山寺から来てくれた森さん,ストレートマスターの立和名さん(福岡)と藤原さん(兵庫)。じつはもう1人静岡から現職の小学校の先生をお迎えしているのですが,県側の事情で来年度からの就学ということになり,結局新入生は4人ということになりました。13時からオリエンテーション。コース紹介のビデオがほぼ完成したので,在校生も交えて鑑賞したのが今年の目玉でした。学内の桜,まさに満開です。 | |
| ■ 新学期本格始動(4月6日) | |
| まずは9時20分から講座会議。あさってのコースオリエンテーションの進行について打ち合わせました。新入生を迎えるのはいつものことながらワクワクします。席上,3月に修了していった3期生が制作した思い出のアルバムCDが配られました。先月18日にモアナコーストでお披露目された作品です。午後からは入試委員会。さっそく教育委員会への挨拶回りや入試説明会の日程など多くの議題が出され,珍しく2時間もかかってしまいました。明日はいよいよ入学式。 | |
| ■ | 第4世代(4月4日) |
| 期せずしてぞろ目。第4世代というのはこのホームページのことです。情報満載型の第3世代に対して今回はシンプル&スタイリッシュをコンセプトにヨーロピアンテイストでまとめてみました。まだ改訂の余地のある部分もあるのですが,とりあえずこのホームページのオープンとともに,平成17年度,スタートです。 | |
| ■ | 春の地中海(3月25日〜4月2日) |
| ご無沙汰だった地中海と久しぶりに再会しました。今回はローマに2泊したあと34年ぶりにシチリアに渡り,パレルモで1泊,カタニヤで4泊という日程でした。航空機を使っての日帰りでしたがマルタ共和国へも足を伸ばしました。往路はエアフランスの復路はアリタリア航空のそれぞれビジネスクラスでしたし,それが可能な3日間はイタリア人よろしく午後はホテルでゴロゴロというのんびり日程でしたので,春の地中海をゆっくり味わうことができました。 | |
| ■ | 今年度のニュース・ベストファイブ(3月23日) |
| 第1位=四万川小学校との交流,第2位=『教育関係論の現在』(川島書店)との出会い,第3位=拙稿「『最後の授業』をめぐる批判的ディスクールの再解釈」(『異文化研究』1)が上梓。第4位=大学院入学試験委員会副委員長(総括班長)としての任務無事終了,第5位=「総合演習」八重山研修,今年も無事終了。ということで,例によってアッという間の一年でした。学会発表も1件あり,GP関係の学内用務にもそこそこ汗を流しました。心残りは総合学習開発コースへの受験生が減少傾向にあるということです。さて17年度はいかに。 | |
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| ■ | 北九州の地震(3月20日) |
| 今日午前,玄界灘を震源とするかなり大きな地震がありました。珍しく佐賀で震度5とか6が出ていたので,修了生の坂井先生(佐賀市)と小宮先生(大和町)に安否をたずねました。どちらも特に被害はなかったそうですが,小宮家では揺れる家具を家族で必死に押さえたそうです。その後すぐに勤務校に駆けつけ窓ガラスのひび割れ6枚を確認したとのこと。さすがベテラン教頭です。それにしても前講座主任西村先生の予言(氏のHP日記3月15日)はまたしても的中しました。気味悪いぐらいです。 | |
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| ■ | 修了式と謝恩会(3月18日) |
| 朝の雨空が瞬く間に晴れ上がって,修了式は絶好の日和に。総合学習開発コース3期生19名が旅立ちました。18時からモアナコーストで修了生と教員8名が参加しての謝恩会。特筆すべきは思い出のシーンを集めたDVDのご披露その他の出し物です。以前所属していたコースでは飲み食いとカラオケ,せいぜい抽選会程度でしたが,さすがに「総合」です。ディレクター,プロデューサー,コーディネーター,プランナー,デジタル技術屋がウジャウジャしていますから,乾杯に始まり最後のアーチくぐりまで飽きることのない見事な企画・演出。洗練された言葉遣いのスピーチも感動的でした。 | |
| ■ | ゼミ謝恩会(3月17日) |
| 講座会議,入試委員会,M1ゼミと慌ただしかった1日の最後は,小西ゼミM2のみなさんが開いて下さった謝恩会です。原田号で18時15分に出発。徳島市南郊の「木の花咲くや」という料亭風の落ちついたところが会場でした。修了生全員から過分な感謝のお言葉をいただきました。とんでもない。勉強させてもらったのは私の方かもしれません。ときに涙ぐみながらの思い出話や今日巡礼の旅からもどったばかりの石川さんの苦労話などを聞きながら,豆腐料理としゃぶしゃぶを楽しみました。みんな,ありがとう! | |
| ■ | 2次入試(3月15日) |
| 大学院2次の入試がありました。受験生は50名ほど。講座ごとにみると1名とか数名の受験生しかいませんが,筆記試験の採点や口述試験のためにほとんどの教員が入試業務に携わります。そのアンバランスを批判的に評する声も以前はありましたが,定員確保が難しくなった昨今では,たとえ1人でも多くの学生を迎えたいということで一同頑張りました。私は例によって本部づめ。前期・後期とちがって16時すぎには解放されました。入試副委員長としての今年度の業務もあとわずかです。 | |
| ■ | DVD二題(3月14日) |
| 高知県四万川小学校6年生が186キロを歩いた「脱藩ウォーク」の記録がM2の原田さんの手で9枚のDVDに収録されているのですが,一昨日はこれを56分のVHSに編集する作業をしました。5時間ほどかかりましたが,これで授業にも使えるようになりました。もう一つの話題は,本学が作成を進めている大学院コース案内DVDの仮版がVHSのかたちで届いたこと。今日午前にとりあえず合同研究室で試写してみました。冒頭の日の出のシーンから最後のHP案内まで,無駄な瞬間がまったくない見事な仕上がりになっていました。藤村助教授の素人離れしたナレーションが光っています。 | |
| ■ | ようやく一息(3月11日) |
| 先週から始めていた研究室の大掃除が本日昼過ぎにようやく終わりました。部屋の大幅な改造などはなく,単に1年間たまったプリント類の余りや不要になった資料を廃棄するだけの作業だったのですが,途中に出張や会議がいろいろと入った関係でずいぶん長くかかってしまいました。これでようやく来年度の授業の準備にかかることができます。このHPの「シラバス」も2005年度版に衣替えしました。「ゼミ生の部屋」「未来のゼミ生へ」のページも若干の修正を行っています。うれしい新学期まであと4週間です。 | |
| ■ | これからの教員養成(3月9日) |
| …を考える講演会とパネルが今日午後,本学で開催されました。「専門の力量と人間関係構築力がないと現場では使い物にならない」(県教委の三原氏),「1000時間の『豊富な体験』と専門学修の『深い理解』による『試行錯誤』『自然熟成』『人間的成熟』(を信頼して待つ)」(島根大の山下氏),「自然体験や陶芸体験などの多彩な体験プログラムの提供」(上教大の増井氏)など,私がかねてから主張してきた方向の話題が次々と披瀝されました。それに比べると本学の教育実践学をコアとしたカリキュラム構想なんぞは,「世間知らずのお利口さんが業界用語を並べて作った見事な作文」としか評しようがなく,まったく寂しいかぎりでした。 | |
| ■ | 入学手続き(3月8日) |
| 先週,大学院前期・後期試験合格者の入学手続きが行われました。わが総合学習開発コースでは7人の合格者を出していたのですが,そのうち5人が入学手続きをしました。これまでの実績と比べるとかなりの減少です。もっとも,一部を除いて他のコースも青息吐息。最大の原因は各教育委員会が予算不足から現職派遣を縮小ないし廃止したことにあります。三位一体の改革とやらで地方に予算を委譲すると義務教育費が削られるから反対という文科省の主張も,このような実態を見ると「それもそうだなあ」と納得してしまいます。高速道路をやめても教育に金をかけようというような憂国の政治家の登場は…,期待するだけ無駄でしょうか。 | |
| ■ | 特色GPと現代GP(3月7日) |
| 高等教育の改善を目的とした標記の2つの補助金説明会(文部科学省主催)があり,昨日と今日の1泊2日で参加しました。その趣旨はまことに結構なのものですし,これだけの事業を精緻に組み上げた担当者の苦労推して知るべしなのですが,ある短大の先生が制度の本質にかかわる要求をしたのに対して壇上の若い官僚が即座に「認められません」と高飛車に拒絶した一幕からも察せられるように,馬の鼻先に人参をぶらさげるというそのからくりには十年一日の感を否めません。きらびやかな成果の一方,言うに言えない「被害」もあって,さてこのGP,いまのところは功罪トントンといったところでしょうか。 | |
| ■ | 修士論文提出を終えて(3月5日) |
| 四国遍路などを事例に生成とコミュニタスについて論じた石川さんは,その事例地の一つを直接体験すべくあさってから調査に出ます。論文は完成しても研究はまだ続くというわけです。論文の私家版を半ば自前でいち早く完成させた原田さんは,それを持って地元愛知にもどり教育委員会などへの挨拶回り。その後,再び檮原町に入って町長さんや教育長さんに成果を届けるということです。藤本さん,小坂さんも,今頃は私家版ができているころでしょう。山口さんは4月からの現場復帰に備えて朝昼晩5キロのウォーキングを欠かさない毎日とか。人事異動を気にしながらも,それぞれに充実した3月がスタートしているようです。 | |
| ■ | 集団無責任体制(3月3日) |
| 昨日の長電話では,まとわりつくような話しぶりにイライラして興奮気味にノッてしまった当方にも非があるので今日も反省することしきりなのですが,その話というのは,4月から始まる学部授業「市民社会と公共性」の授業分担の話でした。この新授業,4つの講座から教員が出て1人が1〜2コマ担当するとのことで,これは学生からはもっとも批判されている寄せ集め形式です。小講座がやったように,オムニバスでもせめて担当者が授業のコンセプトや流れを話し合い,すくなくとも開設当初はお互いに授業を見合って共通理解を図るという努力をするべきなのですが,どうもその気はないようです。「市民社会と公共性」は私自身がかかわってきたテーマだけに,つまみ食い状態での見切り発車には,長電話同様イライラを禁じえません。 | |
| ■ | 会議が3つ(3月2日) |
| 今日はまず附属小学校に我が家のガルーダ(インドネシアの神様)を運びました。これは魔よけですので,不審者が入らないようにとの祈りが込められています。10時に大学に到着し,午後の会議資料をあわてて完成させ10時40分からの講座会議に臨みました。前回の会議で私が来年度からの講座主任ということになったので,会議中にぼんやりできるのもあと数回です。午後は大学院入試業務のあと14時15分から学長室で会議。見込み通り2時間かかりました。やっと解放されたと思ったら同僚から長電話。話の長い人につかまると大変です。というわけで,あっという間に1日が終わりました。 | |
研究室日誌
2005:MAR/APR