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| 前期入試問題(2月28日) |
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先週本学で行われた入試のうち必修の小論文の問題2に高橋勝『文化変容のなかの子ども』の一節が引用されていました。教師−子どもという教育関係を再検討してみようという氏の論調は,小ゼミの原田さん,石川さんの修士論文の根底をなすものであると同時に,私自身の昨秋の学会発表の大きな支えでもありました。また小ゼミ一期生の稲井先生(附属小学校)の論文の結論の構築にも大いに関係しましたし,その流れで,現在の附属小学校の研究の基調提案のまさに基調をなしているものです。また上記の著書は四万川小学校の実践の意義を読み解ける恐らく唯一のカギとなっているものです。問題をみていささかの感動を覚えましたが,高校3年生相手の入試問題としては,さていかがなものかと,首をひねったこともまた確かです。 |
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| 雪の四万川へ(2月26日) |
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「教育実践研究」連携校の高知県四万川小学校の子ども達がこの1年の成果を発表する日です。前泊した私を須崎で拾った原田さんの車が檮原町にさしかかると,歓迎するかのように雪が降り出しました。体育館で始まった発表会は,子ども達が司会・進行をしきっていました。自分の感動や反省を自分の言葉で観客に話しかけていましたが,こういう発表会ってじつは珍しいのです。用意された台本どおりに美しい言葉を並べるだけの「エセ研究会」がゴロゴロしているのが現状ですから。5年生の神楽などは,知らない人が見たらプロと見まごうような迫力でした。町長さんはじめ地区の多くの人々が車を連ねて見学に来て,さまざまな裏方作業を手伝っている様子も心地よいものでした。午後は音楽室で研究会。16時30分,降りしきる雪の中を帰路につきました。 |
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| 見習うべきはセントレア(2月23日) |
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今日の教授会で,本学のキャッチコピーを「教育の一番札所」とするという報告がありました。そのセンスのお粗末に私は悪寒を覚えますが,それはともかく,昨今,アーカイブを作るとか憲章を定めるとか,大学の特色づくりへ向けての諸策が氾濫しています。大学にはなまじっか手先の器用な教員や事務職員が揃っているものですから,すぐに「自分たちで知恵を出し合って…」と考えるのですが所詮は素人商法。もし大学を「知のワンダーランド」という商品として本気で売り出したいのなら,桁違いのお金をかけて電通あたりに企画立案・運営を頼んだ方が話は早いはず。官僚がよってたかって造りあげた関西国際空港とトヨタが主導した中部国際空港,その差は歴然としているではありませんか。 |
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| 小西グループの自己評価(2月21日) |
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18日の全体発表会終了を受けて,「総合演習」小西グループのメンバーからの自己評価(50点満点)の結果が続々と送られてきています。「発表が流れ終わり,(完)と出たときには,本当に鳥肌が立つような思いでした。50点というのはじぶんにかなり甘いと思われるかもしれませんが,50点に合うくらいのものを,今回一緒に行った仲間や,八重山から学ぶことが出来たと思うので,50点にしました。3年間で一番よかった授業だと思います」というようなコメントに出会うと,全員に満点をあげたい気持。たった20分のプレゼン番組づくりにために夜遅くまで集まってがんばった彼らの姿が目に浮かぶようなコメントばかりでした。やっぱりこういう「授業」?っていいですね。 |
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| お茶小研究大会(2月19日) |
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転じて今日は懐かしい面々と再会できたワクワクの1日。02年度修了の稲井先生(鳴教附小),金野先生(広島県・小学校),川村先生(栃木県・小学校)ご夫妻,「桃太郎」仲間の田所指導主事(山形県教委),旧知の南波先生(山形県・中学校),それに小ゼミ現役の小澤さん,河野さん,小坂さんも顔を出してくれました。私が登壇したパネルには社会科教育学界の若手異端児?(=近未来のホープ)である水山教授(京都教育大),吉村助教授(東北学院大),それに東学大の川崎先生の顔もありました。終了後,水山,吉村両氏と社会科準備室で,公共性や共同体論,意思決定だの境界主義だのについて大いに語り合いました。社会科から発して社会科を飛び出すこういう議論なら大歓迎です。4時から食堂で反省会。すっかり顔なじみになったお茶の水附属の先生方との楽しい「反省会」は場所を変えて11時頃まで続きました。 |
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| 「総合演習」第2回全体発表(2月18日) |
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藤村Gの発表は,パビリオンに見立てた?4つの教室を使っての環境や異文化の展示・解説。さながらデジタル文化祭と言ったところ。対してハリポタの源流に迫ろうという太田Gの発表は,イギリスの古城のような堅牢な構造をもった硬派の研究報告。いつもドハデなわが小西Gは,笑いあり感動ありのバラエティ巨編でしたが,それでも一歩突っ込んだ人間認識があちこちに織り込まれていて感心しました。6つのグループの発表が終わりましたが,司会役が最後のシメをきちんとしなかったので,「総合演習」のせっかくの半年の努力もスッポヌケの無様な幕切れとなりました。悔やみきれないミスキャスト。後味の悪さを引きずりながら雨中を空港に向かいました。 |
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| 小坂さんの活躍(2月16日) |
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小ゼミの小坂克信さん(東京都・小学校)の著書が全国紙(の多摩版?)で大きく報道されました。見出しには「立川の小学校教諭」「日野の用水次世代に」「教材向けに調査研究書」とあります。その記事コピーとともに『用水を総合的な学習に活かす−日野の用水を例として−』と題する原著も頂戴しました。B5版で162頁/1000円の立派なものです。「なんだ,こんなのがあるんなら修論書かなくってもよかったのに」と笑いながら話したのですが,彼は謙遜したままでした。小坂さんのようにライフワークをもった先生が活躍してくれれば,現場の雰囲気も変わっていくのだろうと思いました。 |
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| 厳しすぎるかもしれませんが(2月15日) |
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日本教育新聞社主催のセミナーとやらで,講師として呼ばれたYが,子どもの熱心な創作活動など知らんぷりで「学力,学力」と息巻いたとの報告が届きました。このYという講師,つい先日まで「総合的な学習ではパソコンと英会話をやろう」とはしゃぎ回っていた人です。いつの世にもどこの社会にも,時流にうまく浮遊して金を稼ぐ売文屋,演説屋はいるものですが,ここでむしろ指摘したいのは,こういう連中のヨタ話を歓迎し,彼らの跳梁を許してしまっている教育現場の不甲斐なさです。「情報を批判的に吟味し,主体的な判断にもとづいてみずからの主張を作る」能力は,決して子どもだけに求められるものではないようです。 |
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| 最後の授業(2月14日) |
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「現代の諸課題と社会認識教育」の実質的な最後の授業を無事終えることができました。この授業はもともと社会系教育講座の開設科目ですが,出発以来ずっと私が一人で担当し,社会科教育の担当者がまず言わないであろうような問題発言ばかりを辺り構わずまき散らしてきた「いわく付き」の授業でした。今日は,民主主義論では必ず出てくるルソー思想の危険性から話を説き起こし,契約論的国家観の矛盾とヒュームなどの歴史的国家観の論理,民主主義の文脈で歴史的国家観を説明するための奇策などについて,かなり専門的な話を展開し,反理性主義にもとづく社会科教育の展望というとんでもない問題提起で締めくくりました。この授業も今年限りで廃止されます。 |
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| 修士論文口述試験(2月13日) |
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総合学習開発コース3期生の口述試験がありました。11日にすませた4編を除く15編の力作が紹介されました。せっかくの大学院での2年間なのですから,多種多様な叡智に触れアカデミズムの薫りにわずかながらでも心揺り動かされるという体験を味わってほしいのですが,中には,学校現場での課題の直接的な解決や技術開発・システム開発という,言ってみれば教育センターの研究員が取り組むべき内容に,研究の大半を費やしてしまったかのような報告もありました。そういうレベルに安住させるということの「残酷」については自戒せねばならないところ大ですが,時間的制約と浅薄な「実践」指向の嵐のなかでは,なかなか思い通りの支援ができないこともまた事実です。 |
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| 附属小学校研究大会2日目(2月11日) |
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四万小のお二人を乗せた原田さんの車に便乗させてもらって,まずは厚生年金会館で朝食をとり,徒歩で小学校に向かいました。校長先生と私は「学力・評価部会」に参加しました。品川区の刺激的な提案と,そこで指摘されたような悪弊を相変わらず無自覚にまき散らしてしまった地元の公立校教師という,まことに恥ずかしい場面もありはしましたが,最後に「こういう時代だからこそ教師には哲学が必要,それ抜きでは学力補償も云々も矮小化されてしまう」旨のまとめ(じつは私の放言)があり,何となく課題にだけはうすうす気づき合って終わりました。四万川のお二人と再会を約して下校しました。 |
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| 四万小のお二人をお迎えして(2月10日) |
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研究大会第1日目終了後,四万川小学校の山崎先生と熊岡先生を高島会館にお連れしました。18時,「あらし」で歓迎の宴が始まりました。村田理事(副学長),小講座の近森先生,四万川にどっぷり浸かって修論を仕上げたM2の原田さん,この1年「教育実践研究」でお世話になったM1の4人,それに驚いたことに,総合1期生の川村先生(栃木県・小学校)も飛び入りし,最後には仕事を終えた附小の稲井先生までが乱入して大騒ぎとなりました。同じような教育論を共有するメンバーですので,土佐の銘酒や鳴門の海鮮もさることながら,同士が相集うことの心地よさに酔いきった3時間でした。 |
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| 附属小学校研究大会1日目(2月10日) |
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9時から全体発表。研究主任の稲井先生(02年度修了)が手際よく附属の主張を紹介しました。自己実現とか他者とのかかわり,応答関係などを強調した,教育人間学風な現状認識と課題の切り取り方がかなり明確に示されましたので,とまどった人もいるかもしれません。午前中の社会科の公開授業は坂田先生の担当。先生は教授内容の構造分析から授業を作っていかれるタイプでしたが,前記のような附属小の研究方針のなかで相当な葛藤に耐えながら,子どもの育ちを最優先にする構えを体得されてこられました。その涙ぐましい努力の跡が見えるような,記念すべき授業でした。 |
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| 査読(2月8日) |
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13日の口述試験に向けて,提出された修士論文を査読する毎日です。死ぬような思いで仕上げられた論文ばかりなのですが,なかには非常にやっかいで読むのに苦労したものもあります。研究したことが100あってもそのうちせいぜい10ぐらいの「いいところ」だけをそっと書くのが論文の極意なのですが,ついついあれもこれもと書くのはよくあるパターンです。論文作成も後半になると「何を書くか」よりも「何を削るか」が肝要になります。授業づくりと同じです。本人の努力が分かるだけに,不必要に長い論文には,惜しいという印象をぬぐい切れません。 |
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| 坂井先生の特別授業(2月8日) |
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「現代の諸課題と社会認識教育」の特別講師として,99年度修了の坂井満先生(佐賀県・小学校)をお迎えしました。テキストである『からくり民主主義』に掲載されている諫早湾干拓問題とその教材としての意味というような内容で熱弁を奮っていただきました。さすがに地元だけあって,何となくわかったつもりでいた話題に意外な背景があることを,具体例をあげて教えていただきました。また坂井先生お得意の民主主義論についてもお話いただきました。初めて接する人にはちょっととっつきにくい側面もあったようですが,社会科について立ち止まって考えてみるいい機会になったと思います。 |
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| 無理な注文?(2月6日) |
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私の社会科論を基軸に熱心に研究を進めてきたある地方研究会の若手の先生が現職派遣で大学院に進学決定。しかしウチには来てもらえませんでした。私の論とは似ても似つかぬ授業論が口を開けて待っている…,そういうところに彼は派遣されることになりました。単なる員数あわせではなく,「この大学には○○先生がいるから,なるほどあなたの研究だとここがいいね」というような研究内容に即した対応が望まれるのですが,そういう”進路指導能力”を教育委員会に求めるのは無理な注文なのでしょう。現職派遣枠を維持してくれているだけでも感謝しなければならないご時勢なのですから。 |
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| 「総合演習」第1回全体発表(2月4日) |
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3つの発表がありました。顔文字研究グループの発表は,単純なテーマからはとても想像できない奥深さがあり,すっかり感心させられました。あとの2つ(特色ある学校についての調べ学習と体験訪問報告,小学校の校内研究への参画の報告)については,正直なところ意味がよくつかめませんでしたが,学生たちが熱心に活動に取り組みそれなりの達成感を得ているということは画面から看取できました。もっとも,生活科あたりの授業と同じで,それを成功の証しとみるか深刻な問題とみるかは,意見の分かれるところでしょう。さて,わが小西グループは再来週,どんなプレゼンをするのでしょうか。「内緒」になっていますので,じつは指導教員の私も知らないのです。 |
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| 最後の「教育実践研究」(2月2日) |
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今日の3時間目で,今年度の「教育実践研究」の一応の〆としました。今日は各学年担当者からのレポート発表でしたが,四万川小学校の将来はどうあるべきかというようなある意味では「勝手な」話題が活発に飛び交いました。四万小の先生方が聞いたらびっくりするような提案もあったようですが,それだけ全員の気持ちが四万小に向いているのだということを実感しました。本当にお世話になった1年間でした。10日には校長先生と熊岡先生が鳴門に来られます。楽しみです。 |
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| 感想文集完成(2月1日) |
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「総合演習」八重山臨地研修の感想文集を作りました。一昨年の第1集はすべて私がワープロ入力したのですが,前回,今回はワードで送られてきたものを印刷して綴じるのみでしたので,ずいぶん早く完成しました。それでも29頁ですからM2の原田さんが手伝ってくれなかったら,製本にはもっと時間がかかったはずです。旅行業務から文集作りまで徹底して教員が世話をやくことで,逆に,唯一自分たちだけで企画から撤収まですべての作業をやらねばならないプレゼン(18日)という場で,彼らの創造力や協調性を存分に引き出してやりたいという,小西ゼミ独特の”作戦”です。 |
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| 1月の終わりに(1月31日) |
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およそ個人のホームページなるものはすべからく露出願望の産物に過ぎぬと観念しつつも,その弊を少しでも減じようと小欄は,「無味乾燥のきれいごと」とまではいかないまでも,できるだけ個人の思いを出さぬような記述に終始してきました。しかしすでにお気づきのように今年からは故あってちょっと方針転換しています。とりあえず1年間は,けが人が出ぬ程度に書きたいことは書くということにしました。そして1か月。いまのところは穏便な内容ばかり?です。明日からは2月。一番忙しい月に入ります。坂井先生の特別授業,附属研究会,修士論文口述試験,お茶小のパネル,入試,四万小の発表会と,行事が目白押しです。 |
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| 八重山その後(1月28日) |
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今日は,「総合演習」小西グループの学生達から提出された臨地研修の感想文を整理しました。マングローブやサンゴ礁などの自然景観に対する驚きもさることながら,今回第3回の研修感想文には,市立登野城小学校での真玉橋先生のお話に感動した様子が多く記述されていました。離島ならではの苦労,台風の苦労など,やはり地元の人のナマの声は,インターネットの情報とは比すべくもないインパクトがあったようです。5時間目,B304演習室をのぞいてみたら,小西グループが集まってプレゼンの作戦会議をしていました。2月18日の発表会が楽しみです。 |
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| 書類に追われて(1月26日) |
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研究費の業績主義的傾斜配分のもとになる業績等の申告書づくりと来年度のシラバス作成とがちょうどこの時期に重なり,私的には出張も重なって大わらわです。業績に配慮した研究費配分もシラバス(学生向けの授業プラン)の整備も,趣旨はすばらしいのですが,こういう試みを実行に移すとなると,「あれも,これも入れないと」とか「客観的にするにはこういう計算式を用いて」とか,空白の充填に異常な執念を燃やすイスラム建築のようにコトは際限なく”精緻化”していき,「いったい何のために」と首をかしげるような項目が続出します。大学院の演習について1時間ごとの計画を示すなどというのはまるで噴飯ものなのですが,大まじめに要求されます。やれやれって感じです。 |
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| 遺憾ながら量より質(1月23日) |
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先週来「学力向上→総合見直し」というニュースが飛び交い,私の手元にも現場の困惑を伝えるメールが舞い込んでいます。総合をやめて土曜日に授業をして,それで学力が向上しなかったらきちんと誰かが責任をとるのでしょうか? 学力低下の原因は授業時数の減少などという表面的なところにではなく,教育現場における教師の指導力の急速な低下にあると私は痛感しています(もちろん平均して…の話ですが)。そういう構造的な問題から目をそらせるために文部官僚は,単細胞学者の言説をうまく利用して「総合」を悪玉に仕立てすべての責任を負わせて当座をしのぎ,真相が明らかになったころには天下り先でのんびり退職金の計算でもするという算段なのでしょう。以上,私見。 |
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| 大学訪問A−「暗」(1月21日) |
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他大学を訪問するといろんな「外部評価」を耳にします。これまで複数の卒業生を本学大学院に送って下さった某私立大学の先生からは,「唯我独尊のひどい教員の理論押しつけに苦しめられ,せっかく進学したのに教え子はいつも泣く思いだったようだ」という指摘がありました。その教員は現在でもいろいろと学内外で物議をかもしている「ニュースな人」ですから驚きはしませんでしたが,本学にもそのような乱心者がわずかではありますが存在し,それが全体のイメージダウンに寄与しているという現実がたまらなく恥ずかしく,悔しさを禁じ得ませんでした。ほかにもある心理学者からは「目先の実践力を追求していてはいい先生は育たない」「教科教育の若い連中には頭が固いのが結構いて,彼らが教育をだめにしている」などの厳しい指摘もいただきました。 |
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| 大学訪問@−「明」(1月20日) |
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毎年この時期,大学院定員確保のための事業として各教員が主として私立大学を訪問してPRを行います。今年の目玉はこの4月から始まる長期履修制度で,これはずいぶんと好感をもって受け止められました。某私立大学では「やっぱり先生になりたい」という学生が来ても,カリキュラム等の事情でその夢を叶えてやれず,せいぜい通信教育を勧めるぐらいしかできなかったので,この履修制度は教免も修士号も取れて学費の割引もあるという,まさに干天の慈雨だと大変な評価をいただきました。応対して下さった事務担当者の「感動」がそのまま受験生増加につながるわけでもないのですが,まずはそのような「感動」をもって話を聞いて下さったことに感謝,感謝の訪問でした。 |
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| 慌ただしい2日間(1月18日) |
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「総合演習」八重山実習と明日からの「大学院定員確保のための大学訪問」とが連続していて,通常勤務は昨日と今日の実質2日。この間に,授業,八重山実習の会計報告作成,大学院紹介DVD撮影リハーサルなどが目白押しで,出張の準備もままならない忙しさでした。おまけに今日は予定外の用件で貴重な時間が5時間半消えてしまい大慌て。しかし一方,今日,小西ゼミのM2が5人揃って論文を無事提出という嬉しいビッグニュースもあった日でした。当初から体調不安に悩み続けた人,ゼミを2回も変わってここに来た人,なかなか研究の焦点が絞りきれなかった人もいましたが,とにかく無事に提出できました。 |
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| 晴れ時々驟雨−「総合演習」3日目(1月15日) |
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爆睡から目覚めると予報通り晴れ。「やった」という心境です。再び山城さんの運転するバスで今日はまず川平公園へ。ここのサンゴ礁観察は晴れないと意味がないのですが,1日目の訪問予定を3日目に変更した作戦大成功です。もっともサンゴ礁観察が終わるやいなや驟雨襲来。しかし,この後は屋内で山城さんによる沖縄民謡の実演ですから支障はありませんでした。興がのるに連れて学生も参加し,阿波踊りまで飛び出しました。たしかにリズムは似ています。最後の訪問地であるバラビドーではまたまた亜熱帯的な日差しがもどって,農園観察にぴったりの雰囲気となりました。今年は全般に北風が強かったせいもあって,関空で震え上がるということもありませんでした。21時20分,全員無事大学に帰着しました。 |
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| 西表島へ−「総合演習」2日目(1月14日) |
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曇り。少しずつ天気は良くなる方向とのこと。しかし高速艇の船浦入港は無理で,はじめて島の南の大原港に入りました。したがって浦内大橋まではバスで50分ほどかけて移動です。道中は運転手のおじさんがいろいろ説明をしてくれました。10時半,ショートトレイルプログラムがスタート。「寒い」とまではいきませんが「涼しすぎる」天気です。困ったのは連日の雨でコースがぬかるんでいることで,長靴を借りなかった人は足下に気遣いながらの往復となりました。A班はカンピレーの滝で昼食となりましたが,B,C班は水量増加でスペースがなかったので,休憩所での昼食となりました。15時40分終了。55分に迎えのバスが来て再び大原港まで50分の移動。ほとんどの人が眠っていました。 |
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| 雨の石垣へ−「総合演習」1日目(1月13日) |
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結局,西表島のバスに関するトラブルが解決したのは昨夕の6時過ぎでした。さて今日から2泊3日の臨地研修。昨日の指導が功を奏してバスは予定よりも6分早く関空に向け出発。スムーズに走ったので,9時過ぎには到着しました。搭乗手続きや弁当の仕込みも余裕。13時20分石垣島到着。曇天で北風が強い天候です。東バスの山城さんと再会。ホテルに立ち寄って荷物を下ろしてから「みね屋」に向かいました。見学が終わるころには雨になりました。雨プログラムに切り替えた作戦はまずは成功。次に訪れた登野城小学校では,子どもたちの活発さにびっくり。真玉橋先生の奇想天外,興味津々のお話のあと校舎を案内していただき,徒歩でホテルにもどりました。 |
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| 出発前日(1月12日) |
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気象情報をにらみっぱなしですが,相変わらず状況はよくないようです。この時期の石垣島の天気は新潟の天気とほぼ平行関係ですので,新潟が大雪だと石垣島は風雨が激しくなります。西表島のバス輸送に関してトラブルが発生し,その処理もままならない状態で13時から最終打ち合わせ。30分という短時間で大急ぎで諸注意。10分の休憩の間にも現地と電話連絡。13時40分から「教育実践研究」。学生の発表のあと私の方から「四万川小学校の実践の読み方」について講義。終了後,明日の予定変更について現地に連絡をまわし,大慌てで自宅にもどりました。 |
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| やっぱり授業は…(1月11日) |
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今日から2005年の授業が始まりました。3時間目の「文化間教育実践演習」は沖縄を題材とした内容でした。学部の「総合演習」とちょうど時期的に重なるように計画してきたものです。沖縄のもつ研究,教育素材としての可能性について,「大陸史観」と「海洋史観」,境界主義,国家認識などの観点から,縦横に講義しました。久しぶりだったので,軽い疲労感を覚えましたが,やはり授業をやると背筋が伸びるような気がします。その沖縄への出発はあさってです。 |
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| 石垣行きまであと5日(1月8日) |
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修士論文の冒頭に添付する「要約」の原稿チェックがほぼ終わりました。力作を2ページにまとめるという作業は案外難しいものです。さて,「総合演習」でお世話になる石垣グランドホテルから部屋割の大枠が届きました。この資料をもとにルーミングリストを作成しました。また現地での支払い用の封筒を作成。あとは35万円ほどの現金を前日に引き出して小分けすれば出発準備はOKです。今年は参加費を振り込みにしたので,集金や両替,小分けの作業が格段に楽になりました。 |
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| 続・年賀状の添え書きから(1月6日) |
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続編です。○一月に兵庫教育大の日本人権教育学会で発表する予定です。研究するおもしろさは,先生から教えていただきました。(Kさん) ○法人化熱に我が身を見失ったような一年でした。(Mさん) ○現場では,見える学力,成果主義への過激でアンバランスな体重移動が行われています。そこから学べることは学びつつ,教育としての軸をしなやかに保ちながら子どもに向き合いたいと思います。(Hさん)。 |
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| 年賀状の添え書きから(1月5日) |
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型どおりの年始挨拶のあとに添えられた「一筆」には,わずかな字数だけに,書いた人の思いが凝縮しているようです。今年もたくさんの年賀状をいただきました。
○現場の授業力の低下に強い危機感を覚えずにはおられません。この問題にどう取り組むのか…,大きな課題を抱え,なやんでいます。(Yさん) ○教育の限界を感じるととともに,加害者側の人権ばかりが強調される現場に疑問を感じます。(Aさん) ○狭い”学会”という枠に自分を合わせることに汲々とせず,自分のフレームで仕事をしたいと思います。(Kさん) |
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| 足かけ2年の大掃除(1月4日) |
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暮れの28日に研究室の大掃除をしたのですが,始めたのが昼過ぎだったので,廃棄資料をともかくも廊下に出しただけで年を越しました。今日は初出勤。メール確認や出張手続きを済ませたあと,廊下の廃棄資料を紐でくくって階下の廃棄場所に運びました。多くが「研究紀要」と称する冊子ですが,その美しすぎる言葉のオンパレードにため息がでます。10年前の紀要を持参して「その後研究はどうなりました」と聞くほど野暮ではありませんが,まるで移ろいゆく季節のように,研究主題や指導案が次々とただ現れ消えていくという実践研究の一端を垣間見ると,心も塞ぎがちになります。のっけからグチをこぼしているようではダメだニャーと自戒しつつ,大掃除を完了しました。 |
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