研究室日誌
□ 2004年11月〜12月
| もうすぐ終着駅(12月27日) | |
| 本日をもって今年度の修士論文指導を終了しました。最後の最後は独力でゴールインしなさいというのが小西ゼミの方針。提出期限は1月18日です。12月8日の小欄で,進捗状況を東海道線上り列車に例えましたが,今日現在の5人の位置は次の通りです。有楽町駅,新橋駅,田町駅,品川駅,大井町駅。みなさん追い込みでよくがんばりました。 | |
| 愛知県社研リターンマッチ(12月24日) | |
| 台風襲来で無念の中止となった大会ですが,「せめて発表会を」という愛知県丹葉地区の先生方の熱意で開催されました。地元関係者だけと聞いていたのですがなんと100人。研究の層の厚さが想像できます。もちろん中身もハイレベルで,価値判断の根拠をきちんと調べている事例が多く報告されました。講演では授業の話もさることながら「授業研究」のあり方について丹葉は一つのモデルであるというお話をしました。終了後はサンパーク犬山でご苦労さん会。この種のパーティでは久方ぶりに心ゆくまで楽しめました。 | |
| 合同忘年会(12月22日) | |
| 修論検討,会議,旅費計算事務手続き…とかけずり回った1日がようやく終わり,18時から太田ゼミとの合同忘年会。「丸亀」のうどんすきです。両ゼミあわせて7人のM2は,いずれも修士論文をほぼ完成させた状態ですので,お互いの苦労話を出し合いつつ,じつに和やかな宴会となりました。クリスマスプレゼントということで,教員の方から全員の論文目次のコピーを配りました。唯一M1で参加した河野さんにとっては,先輩の汗と涙の結晶を受け継いだ格好となり,身の引き締まる思いだったにちがいありません。とにかく楽しい忘年会でした。 | |
| 追い込み(12月20日) | |
| 今週から集中講義期間に入り通常の授業はなくなりましたが,それを待っていたかのように会議がなだれ込み,今日は1つ,明日は2つ,明後日は4つあります。また修士論文の追い込みも激しさを増してきました。慌ただしい文字通りの師走ですが,師と言えば「尊師」こと坂井満先生(99年度修了)が大学院のGTとして来年2月に鳴門にお越しいただけることが今日決定しました。どんな講義になるのか今から楽しみです。 | |
| 事務処理いろいろ(12月17日) | |
| カニ忘年会の会計報告を作りました。28人でしたが,総額7万円弱で収まりました。一人1,000円ずつ返却することにしました。自分たちでやると安上がりです。1月の名古屋・東京地区大学訪問の日程が今朝の電話連絡で確定しました。早速出張の手続きをするとともにホテルの予約も完了しました。ヤドと言えば,2月の附属小学校の研究大会に「教育実践研究」でお世話になっている四万川小学校から校長先生を含めて2名お越しいただけることになったので,早速大学内の宿泊所の予約をとりました。歓迎会のプランも考えなければ…。 | |
| カニ忘年会(12月15日) | |
| 恒例の第2部忘年会です。午前中に私と太田先生とで鍋,皿,コンロなどを運んで配置する作業をしました。11時前から近森先生と山崎先生が買い出しに行かれました。昼前には兵庫県香住町から「カニ」30匹が届いたのですが,解凍要領をめぐって一騒動。部会が16時過ぎに終了し,その後,わが講座の有能なスタッフが瞬く間に野菜の盛りつけをしました。村川先生ご手配の酒類も到着し,17時30分,焼きガニの薫りが立ちこめる中,学長の挨拶で宴が始まりました。 | |
| 学長懇談会(12月14日) | |
| 今日は会議が3つありました。15時30分からの学長懇談会は,学長以下執行部が各講座と自由に意見を交換するという新企画です。特別会議室には所用で欠席の近森,藤村両先生を除く6名が集まりました。改装後とは言え「特別会議室」に集まって講座の招来や大学の今後などを好き勝手に話していると,99年秋以降の新講座立ち上げのための準備会議をやっていたころを思い出しました。総合とて聖人君子ばかりの集団ではありませんので,それなりにギクシャクもありますが,今日の会合はそれも忘れさせるような懐かしい雰囲気に満ちていました。 | |
| フル回転(12月10日) | |
| 1時間目は来週開催の第2部忘年会の準備計画書づくり,2時間目はM1のゼミ,3時間目は授業,4時間目はM2への指導と5時間目の準備。昼休みもビデオを見るという塩梅で,今日はフル回転でした。5時間目は学部の「総合演習」。今日はグループを解体しての特別番組(MA)でした。小西MAでは今年は四万川小学校の実践を紹介しました。まず地図で脱藩の道を紹介したあと,「四万小だより」で準備段階を,そしてビデオで8日間186キロに及ぶ脱藩の様子を紹介し,感想文を書いたあと私から「教育学的?解説」を行いました。MAの内容は学生達にかなりのインパクト(ショック)を与えたようです。 | |
| 東海道本線上り特急「修論」号爆走中(12月8日) | |
| 今日は,2つの会議と30分の雑用処理以外は修論読みに没頭し,夜の11時前までそれが続きました。珍しいことです。この時期になると小西ゼミでは,各自の修士論文の仕上がり具合を東海道本線の上り列車になぞらえて駅名で示し,あられもなく実名入りで関係者に公開するということをやっています。今日の時点で全員がなんとか丹那トンネルを抜けました。5本の”列車”の位置は,浜松町,大森,東神奈川,鴨宮,湯河原です。 | |
| ギョギョッ(12月6日) | |
| じつは先週末に,送付されてきた文書をいじくっていたところ,バックアップに10分近くかかるわ,あげくにはパソコン画面が(ルパン3世に出てくる)石川五右衛門の斬鉄剣でメッタ切りにされたみたいになって,こりゃあひょっとするとウイルスかと覚悟を決めました。今日,情報専門の藤村先生に見て頂いたところ,挿入されている写真がすっごい解像度でスキャンされていたために各画像が非常に重くなり,わずか7頁の文書でじつに64メガも食っていたことがわかりました。さすがのわが高性能パソコンの処理速度も追いつかなかったみたいです。画像を送るときは注意しなければ。 | |
| 感慨と憤慨と(12月4日) | |
| ある書き物の関係で,『社会科研究』その他社会科教育分野の文献を机の上に積み上げて作業をしました。目次をみていると「小西正雄」ほか懐かしい名前がいっぱいあってひととき感慨にふけりました。それにしても評価され主流となっている研究論文は,かけ声はともかくどれもこれも現場実践とは無縁のものばかり。固有性と一回性に彩られた教育実践の世界に拘泥していては研究にはならないのですから,それは当然といえば当然。ただ困ったのは,雲の上から「理論」?を振りかざして下界に降りてきて,実践にあれこれと口を挟もうとする不埒な連中があとを絶たないことです。 | |
| 今年最後のCA(12月3日) | |
| 学部3年の「総合演習」でグループごとに活動するCAを5時間目に行いました。来週はグループを解体しての特別番組(MA)ですので,今日が今年最後のCAの日。まず17年度版教科書を使って八重山調べ学習の総復習をしたあと,日程表と予算表にしたがって説明を行いました。そのあと国内旅行総合保険のためのデータ記入と欠席届の記入を行いました。最後に一昨年の小西グループ全体発表のビデオを見ました。沖縄へ行くぞ!というムードの高まった90分でした。 | |
| 四万川訪問報告会(12月1日) | |
| 3時間目の「教育実践研究」では,2学期に訪問した成果を各学年ごとにパワポやビデオを使って報告しました。3・4年の実践「茶道コンサート」のビデオでは子どもたちのリコーダーの演奏やあいさつの様子がよく伝わってきました。6年生の「脱藩の道ウォーク」の報告では,最終ゴールの感動の場面もさることながら,校長先生や担任の先生がどのような役割を果たしておられたのかについての考察が印象に残りました。院生のみんなも四万川の先生方や子ども達からいろんなことを学んでいるようです。 | |
| いろいろあった月曜日(11月29日) | |
| 午前中は発送作業で忙殺されました。1つは八重山実習関係の依頼状の発送。もう1つは四万川小学校への研究関係物品の発送。後者はとくに重くてかさばったので,段ボール箱3つと汗だくの格闘となりました。3時間目の授業はGTとして附属小学校の稲井先生(02年度修了)にお越しいただきました。12年前の懐かしい授業をビデオで視聴しながら中身の濃いお話を伺えました。4時間目のM1のゼミのあと17時34分からNHKの大学紹介の放送を見ました。予想以上にいいデキで安心しました。その後,欧州旅行の同窓会が開かれる「かかし」に向かいました。 | |
| 書類づくり(11月27日) | |
| 今日は土曜日ですが出勤。「総合演習」でお邪魔する石垣島と西表島の関係機関への依頼状を作成しました。昨年度の分はマルチプロセッサで作成していたので,何ヶ月ぶりかでマルプロの電源を入れ,文書をMS−DOSに変換してフロッピーに取り出し,それをパソコンに移してワードにのっけるという作業をして無事,昨年度の書類をベースに新しい書類を作成することができました。八重山実習関係は今年中に片づけておかないといけない事務的作業がいっぱいあり,なかなか気が抜けません。 | |
| 四万川小学校へ(11月24日) | |
| 懐かしい檮原の地に,今回は愛媛側から入りました。教育長さんにご挨拶をしてから学校に向かい,11時20分に校長室でM1の4人と合流しました。お昼をはさんで2コマの授業があり,14時30分から音楽室で研究協議会を開きました。1時間ほどいただいたので私の方から,「この実践は近代教授学の概念枠組みを超越したものだから,教授,助教授,指導主事を何百人集めても恐らくその真価について正鵠を射た説明がなされることはまずないだろう」というような話をしました。悲惨な「研究会」が続いて「もう教育の実践研究に関わるのは止めよう」と絶望したときでも,この四万川の谷に来ると「いや,やっぱり頑張ろう」と勇気が湧いてくるから不思議です。夜の懇親会ももちろんすばらしいものでした。 | |
| 週末もバタバタ(11月22日) | |
| 週末の2日の休日もバタバタしました。24日のプレゼンの原稿づくり,「総合演習」MAの案内状づくり,講座紹介DVDのシナリオづくり,そしてもちろんM2小坂さんの論文読み…です。しかし,作業の大半を片づけたので,今日大学では,パワポ作成,論文指導などが要領よく進み,予定よりも早めに1日の仕事を終えることができました。小春日和,11月下旬とも思えないような1日でした。 | |
| バタバタ週間(11月19日) | |
| 本当にバタバタした1週間でした。1日に5〜7つも珍しくないという前講座主任・西村先生に比べればカワイイものですが,今週は会議が4日間に6つありました。たくさんの資料を事前に読む必要のある会議も多く,そのためにずいぶんと時間をとられて,せっかく月曜日に提出してくれたM2の小坂さんの修士論文原稿の査読が遅々として進みませんでした。ほかに「教育実践研究」連携先の四万川小学校に送るための消耗品の発注作業や「総合演習」でお邪魔する石垣島の関係機関への電話連絡作業など,性格の異なる仕事が混在してかなり精神的に疲れました。 | |
| 修了生から(11月16日) | |
| 先日あちこちに拙稿の抜き刷りを送ったのですが,佐賀県立中学校の小部先生(98年度修了)からご丁寧な読後感想メールが届きました。きちんと内容理解しないと書けないような感想です。ありがたかったです。また,02年度修了の金野先生(広島県小学校)からは,ご自身の実践プランの掲載された『課題解決力を育てる授業の設計』(日文)という本を送っていただきました。私も旧知の水山先生(京都教育大教授)の編です。他の執筆者があまりやっていない「参考文献の掲出」をきちんとやっているあたり,さすがに大学院修了生です。 | |
| 番狂わせ2題(11月15日) | |
| 3時間目の授業の参考にと思って以前制作したパワポを呼び出そうととしたらこれが行方不明。ホルダーごと消えていました。う〜む。特段の実害はないのですが気持ちが落ちつきません。授業を終えて4時間目の入試業務をすませ,5時間目はNHKの取材対応会議。学長の命を受けて昨日の日曜日に大学紹介番組のシナリオを作ったのですが,すでに学生課と学生とNHKの間である程度の大枠が決まっていたみたいでとんだ一人芝居でした。ったく…。今日は少々後味の悪い1日でした。 | |
| 代休あけの多忙(11月12日) | |
| 2時間目はM2の藤本さんの論文検討会。今日の協議でとにかく出口らしきものが見えてきたようです。3時間目はアイルランドの教育制度に関する資料購読。太田先生のリードで久しぶりに英語を読む感覚をとりもどすことができました。4時間目,学長からNHKの取材(大学PR)についての対応をよろしくという突発的な依頼。ところがPRにぴったりの授業(「総合演習」)が本日行われることがわかったので,急遽NHK徳島に取材を依頼。授業開始40分前のことです。ふ〜。取材の成功を祈りつつ,小西グループの八重山調べ学習第2回発表会に赴きました。午後7時から明日の入試の設営点検。ホントに長い1日でした。 | |
| 1日講座主任(11月10日) | |
| 最近トラブッていた講座会議ですが,今週は元通りの正常な姿に復しました。と言っても主任不在なので小西が代役を務めました。われらが主任は超有名人ですので全国を股にかけて東奔西走していて,その使命感と行動力たるや尋常ではないのですが,一方にはそれゆえの(それ自体の)不幸を危惧する声もあり,さしあたっては主任の健勝と講座の安寧を祈るしか手がないというのが正直なところです。午後はM2の石川さんの論文検討。あと一歩というところまで来ています。 | |
| 残金10円(11月9日) | |
| 文化間教育総合実習の一環としての欧州臨地研修の会計処理のために開設した郵便貯金通帳の残額が,今朝の出金で晴れて元通りの「残額10円」にもどりました。200万円以上のお金がこの通帳を出入りしましたが,額の大きさもさることながら立て替えやカード払いなど,さまざまな入出金が錯綜して,お金オンチの私にはとてつもないストレスとなっていました。しかしこの苦しみからも今日で解放されました。もう二度とやりたくないというのが偽らざる心境です。 | |
| やれやれ(11月7日) | |
| 知己の田山先生(札幌市)と本学社会系修了生の加藤さん(愛知県)の発表をちらっと聞きました。わが発表は11時からでした。質問意見も3つほど出ましたが,研究の核になる部分に触れるものではなく残念でした。もっとも,教科教育の学会で近代教育の相対化を言うのは,カルカッタのメシ屋で牛丼談義をするようなものですから,すれ違いもやむを得ません。終了後峯さん(92年度修了:大阪教育大学)らと名古屋に出て昼食。ビールを飲んでバスセンターから神戸行きのバスに乗り込みました。これで今年度も論文1本に発表1つでそこそこ仕事をしたことになります。やれやれ。 | |
| 名古屋へ(11月6日) | |
| 6時55分のバスで鳴門を出ました。体調はほぼもどりましたが喉が心配です。難波を9時に出る特急に乗ってうららかな陽気の大和路,伊勢路を快走しました。愛知教育大学には1時半ごろ到着。知人との挨拶の嵐が一段落したら疲れたので,分科会には出ずに控え室で資料に目を通していました。懇親会では懐かしい金野さん(02年度修了)と再会。激務のなか本当によく来てくれました。しかし,喉の調子を気遣って早めに退出したので,金野さんとゆっくり2次会はできず。本当に申し訳ないことをしました。 | |
| かすれ声で(11月5日) | |
| 午前中はM2原田さんの修士論文第1次稿の検討会を行いました。結構しゃべったので喉がおかしくなりました。まだまだ無理はできません。午後は抜き刷りの発送作業を行いました。5時間目は「総合演習」。八重山調べ学習の第1回発表会でした。1チーム10分の発表時間ですが,今年は人形劇が入ったものなど結構工夫のあとが見られ,これまででもっとも楽しい発表会になりました。終了後,全員に北海道のお土産を配りました。 | |
| 病み上がりの大忙し(11月4日) | |
| まずはこのHPを11月号に切り替える作業を行いました。メールの整理も含めてこれでお昼になりました。午後は,旅先で検討を加えてきた学会発表資料を最終的にプリントアウトして印刷し綴じるという作業。最後の作業はM2の渡辺さん,野口さんが手伝ってくれました。『異文化研究』1号に掲載した拙稿の抜き刷りが昼過ぎに届いたので,これに挨拶状を挟み込み,一部は発送するという作業もやりました。まだ体調は十分に復していませんが日程上やむをえない作業ばかりでした。 | |
| 野村先生と再会(11月1日) | |
| この春定年でご退職になった社会系教育講座の野村先生を東京上野桜木のご自宅にお訪ねしました。2度目の訪問です。先生の普段の生活や郷里の北海道のあれこれなどに話の花がさきました。夕方新宿のホテルに入り,夜は東大の佐々木学長など教育関係者と会議そしてパーティーでしたが,やはり体調はすぐれず2次会も含めて十分に楽しめなかったのが残念でした。 | |