研究室日誌

□ 2004年9月〜10月

国際異文化学会(10月31日)
 小春日和の札幌から東京に来てみると,こちらは薄ら寒い氷雨ですっかり体調を崩してしましました。五反田駅前の薬局で葛根湯を買い込んで会場である立正大学に向かいました。発表のトップはわがゼミM2の小坂さん。日本とポルトガルの水車の技術的な異同を多くの資料やスライドを使って説明しました。最後は「小泉八雲没後100周年」ということでお孫さんの小泉時氏による記念講演でした。熱っぽいので楽しみにしていたパーティも途中で抜けました。

北社研・北生研(10月29日)
札幌市立篠路小学校で開催されました。会場は小学校ですが,近隣の中学校の生徒や先生達もバスで参集していて,中学校の授業も行われました。心配していたお天気もバッチリで,しかも体育館には暖房も入っていたので一安心。ところが講演時間を間違えて予定よりも30分も早く終わるという前代未聞の大ポカをやらかしてしまいました。しかし「ゆっくりタバコが吸えた」「本がよく売れた」というような「歓迎の声?」もありました。

札幌へ(10月28日)
 2時間半かけたM1の修士論文構想検討会を終えて,今日はM2の原田さんから提出された論文第1次稿を読みながら,バスと飛行機を乗り継いで札幌までやってきました。昨日の「大雪」のあとが少し残っていましたが気温は高く心地よいお天気でした。夜はタラバガニや厚岸の牡蠣をほおばりながら,地元の教育関係者と歓談しました。

氷雨(10月26日)
 …と言うのはちょっとオーバーでしょうが,しかし薄ら寒い小雨の1日でした。午前中は附属幼稚園と附属小学校へ行きました。小学校ではちょうど研究主任の稲井先生(02年度修了)と副校長の大宮先生とお会いすることができました。2月の研究大会のことなどを打ち合わせ。午後大学に来てみると,ヨーロッパ研修旅行の太田先生分の会計ができあがっていました。これと小西分を合算して参加者への徴収額を決定。ようやく「後かたづけ」にメドがつきました。

最後の社会科教育史(10月25日)
 自宅から添付で送った授業案を大学でプリントアウトして何とか3時間目の授業の準備はできました。本来社会系教育講座が担当の「現代の諸課題と社会認識教育」は,今となっては私が院生相手に堂々と社会科教育について論じられる唯一の場です。今日は,社会科がアメリカの対ソ戦略のなかで対日占領政策の一環としていびつなかたちで導入されたこと,従ってその本質をを学問的に正当化しようとしてもどだい無理な話であること,そういう意味で,社会科論は成立当初から崩壊,分裂の道をたどらざるをえなかったこと…などを論じました。「本職」の社会科教育担当者は触れたがらない内容ないし解釈です。この授業も今年が最後となります。

学会準備(10月23日)
 午前中はメール整理に追われました。午後,愛知教育大学での学会発表のレジュメならびに発表メモの再修正をしました。引用資料を差し替えたりして大体格好がつきました。いずれ1年以内に論文にまとめたい内容なので,発表に直接関係ないような部分までついでに引用してしまったので,予稿集の1頁も含めて11頁になってしまいました。一方,大慌てなのが札幌講演の準備と月曜日の授業準備。今日はついに手をつけることができませんでした。

30時間6分(10月21日)
 朝9時40分に高速舞子バス停にたどりつきましたが,淡路IC〜津名一宮ICが不通なのでJRバスは運休。私鉄系は動いているのですが,どれも満員。山陽電鉄が臨時を出してくれたので高架上で待っていた乗客は11時過ぎやっと車内へ。発車したものの大渋滞で淡路ICまで1時間以上かかる始末。最終的に高速鳴門に到着したのは15時15分。昨日名古屋駅を出てから30時間6分の移動でした。

愛知県社研大会中止(10月20日)
 台風23号は土佐清水に上陸。鳴門に向けて進行中。もうイヤって感じです。8時20分に担当の先生から電話があり,中止を知らされました。18年に一度の大会引き受け,2年間の苦労も水の泡です。それも通り一遍の研究内容ではなく今後の愛知の社会科研究のモデルになりうるレベルの研究だっただけに,そのお披露目の機会が奪われたことはなんとも残念。先生方の落胆ぶりは想像を絶します。9時9分の新幹線で引き上げました。と言っても,高速バスはすべて運休。携帯電話が壊れるし,踏んだり蹴ったりの1日でした。

またまたまた台風 急遽名古屋へ(10月19日)
 朝から天気予報を気にしていたのですが,3時間目の授業を終えてから現地=名古屋とも連絡をとった結果,明日朝大鳴門橋が通行止めになったら万事休すなので今日じゅうに名古屋入りしたほうがいいということになり,太田ゼミの松永さんの車に乗せてもらい帰宅。1時間ほどで荷物を作って16:40のバスで鳴門を出ました。名古屋着は20時15分,雨の中を駅前のビジネスホテルに飛び込みました。

大慌て(10月18日)
 今日は慌ただしい1日でした。愛知県社研大会の会場で本学の大学院案内を配布してもらうつもりだったのですが,その発送を忘れていたのです。とりあえず50冊入手して講座のパンフレットを挟み込み,箱詰めしました。先方の受け入れ確認のメールがないので,3時間目の授業を終え,続いて人事関係の会議を終えたのが16時前で,ぎりぎり宅配便に間に合いました。ほかに来月の出張手続きとか「総合演習」で使用するのバスの入札依頼なと細々した要件が山積です。16日土曜日に出勤して学会発表の準備をしておいて本当によかったです。

小西グループ始動(10月15日)
 今日は充実した1日でした。2時間目はFD関連で近森先生の「生化学」の授業を見学しました。具体的で非常に興味をそそられる展開でした。3時間目は「文化間教育総合実習」。ヨーロッパ研修の総括と今後の課題の確認。4時間目に大慌てで準備をして5時間目はいよいよ「総合演習」。21人のうち17人しか集まらなかったのが残念ですが,調べ学習のぺアづくりでは,新しい出会いを作ろうということで「アミダ」で相手を選ぶなど,早々からやる気満々の面々でした。沖縄行きが楽しみになりました。

久しぶりの教育実践研究(10月13日)
 今日の5時間目は教育実践研究。7月末の交換会が台風で流れ,そのあと大学は長い休業期間に入ってしまっていましたから,檮原町四万川小学校との交流もずっとお預けになっていました。今日はその間もコンタクトをとり続けてくれたM2の原田さんによる四万川の実践報告があり,これで受講生の心のエンジンに再び火がつきました。ご無沙汰を何とかとりもどしたいとの思いからか,圧倒されるような熱心さで2学期の予定が決まって行きました。次回は学年ごとの訪問になりそうです。

会計整理(10月11日)
 休日でしたが会計整理のために出勤しました。近頃はクレジットカードの精算もオンラインになったので,海外での買い物代金も3〜4日たてば日本円換算額が手元のパソコンに届くようになりました。キャッシュディスペンサーでの引き出しは即日届きます。というわけで,私が海外で立て替えた金額がすべて出そろってしまったので,今日は会計の整理を行いました。これでやっと旅行業務から解放されました。

「総合演習」集計(10月9日)
 昨日5時間目に小講座全員がかかわる唯一の学部授業「総合演習」のオリエンテーションを開催し,太田,小西,谷村,藤村,村川,山崎の6人が提案した6つのアクティビティへの参加希望をとりました。今日は1時半から谷村先生と一緒にその集計結果をもとにグルーピングの作業をしました。谷村先生のエクセル魔術のおかげでずいぶん気楽に作業ができました。配属結果は西村先生の微に入る検閲をへて藤村先生がホームページにアップの予定です。小西Gは男子5名,女子16名となりました。

帰国の途に(10月6日〜7日)
 7時にホテルを出て,RERのA線,B線を乗り継いでドゴール空港に到着したのが8時過ぎ。アムステルダムに到着したのが11時40分でした。大阪行きの867便の混み具合を地上職員に聞いたら,乗客は168人とのこと。思わず「GREAT!」と叫びました。と言うことで,ゆったりと寝ころんで関空までもどることができました。全員眠そうですが元気です。帰宅して一応の片づけを済ませたあとバスで出勤。とりあえずメールを処理してもどりました。夕食は{あらし」のおいしい味噌汁でした。

小雨のパリ(10月5日)
 メトロの5号線と7号線を乗り継いでムフタールの市場に出かけましたが,びっくりするぐらい寂れていました。あの賑わいはどこに行ったのでしょうか。市場からエコールノルマル(高等師範学校),パンテオン,パリ第1大学(ソンルボンヌ)と巡り,11時ごろセーヌにかかるサンミッシェル橋で解散しました。午後は多くの人がオルセー美術館に行ったようです。

フォンテーヌ・ブロウ(10月4日)
 今日もいい天気です。ホテルのすぐ前のリヨン駅から快速電車で約40分。バスで約10分。フォンテーヌブロウ宮殿に到着です。ベルサイユほどは知られていませんがその歴史は古く,適度に豪華で適度に落ちつきのある宮殿です。また有名なフォンテーヌブロウの森に続く庭園では,木の葉がほのかに色づき始めていました。午後3時前にパリにもどり,1号線でエトワールに出,どこまでも続く螺旋階段に喘ぎながら凱旋門の上まで登りました。

古都探訪(10月3日)
 天候と全員の体調を考えてリギクルム行きはやめにして,中央駅でパリ行きのチェックインをすませたあと9時35分の列車でルチェルンに向かいました。ここはザンクトガレン同様,風光明媚な古都で,壁画装飾のカペル橋で有名です。あいにく日曜日で少々活気は乏しかったのですが,その分落ちついて見学ができました。午後,直通列車で空港へ。今日も1日好天に恵まれました。16時の便でパリへ。ドゴール空港からはリムジンバスを利用し,リヨン駅前のホテルにほとんど横付け状態で到着しました。

ファドーツとザンクトガレン(10月2日)
 昨日午後,スイス航空機でダブリンからチューリッヒに移動しました。ここでの2泊はちょっと不便な場所ですが4ツ星のホテルです。今日は9時12分発の列車で,青空のもとまさに「スイス的な」風景を楽しみながらサルガンスへ。ここから郵便バス(30分,なんと無料)でファドーツに向かいました。午後は同じく郵便バスでブックス駅に出てここから列車でザンクトガレンへ。中世の面影を色濃く残すこの町のシンボルは修道院。ここでも有名な図書館を見学しました。三ツ池の森からの風景を楽しんだ後,列車でチューリッヒにもどりました。

学校訪問(9月30日)
 市内南部にあるSt.Brigid’s Primary Schoolを訪問しました。小西ゼミM1の小澤さんの知人である現地補習校校長・二川先生の紹介です。全体を5つの班に分けて5つの授業を順番に見学して回りました。感情表現の練習をする「ドラマ」という授業や,語学の授業に関心が集まったようです。授業見学後,全職員がスタッフルームに集まってくれ,サンドイッチと紅茶,ハーブティを楽しみながら質疑応答の時間をもちました。午後は電車で郊外のマラハイド城に出かけました。

ダブリン市内見学(9月29日)
 時折軽い驟雨が通り過ぎましたが,気がつくと青空が広がっていたりして変化の多い1日でした。ダブリン城,クライストチャーチ大聖堂,聖パトリック大聖堂を見たあと,繁華街の1つグラフトン通りの入口で一時解散,各自昼食をとり,トリニティ・カレッジに集合。午後は大学の図書館の歴史に圧倒されたあと,左岸に渡り,イースター蜂起の舞台となった中央郵便局まで歩きました。オコンネル通りで解散。

ダブリンへ(9月28日)
 8時45分には全員のチェックインが終わりました。KL868便でアムステルダムへ。乗り継ぎ時間を利用して鉄道で町に出て,1時間コースの運河巡りを楽しみました。ダブリン行きの飛行機は30分ほど遅れたので,ビッグタクシー3台連ねてホテルに到着したのは9時半ごろでした。思ったほどには寒くなく。各自,夕食をとりに夜の町に出かけました。

出発前日(9月27日)
 小雨です。しかし台風は東シナ海で停滞していて天候の心配はなさそうです。先週土曜日に出勤して研究室の大掃除をしておいたので,今日はちょっとのんびりできました。国際異文化学会から学会ポスターが届いていました。小ゼミの小坂克信さんが「食文化を支える技術−ポルトガルと日本の水車を中心に−」と題して発表をします。学会の総合司会は小講座の太田直也先生になっています。

連休の谷間(9月24日)
 19日に運動会を行った附属小学校は4連休ですが,臨地研修出発を目前に控えた身ではおちおち休んでもおられません。あちこちとメールのやりとりをするなどして慌ただしい1日でした。同僚の谷村先生が3度も研究室を訪ねてくださり,3度目には教育思想史学会発表に用いたレジュメを進呈してくださいました。ネット社会という特殊なコミュニケーション構造のなかで「他者性」概念の再定義に挑むという研究で,教育哲学と情報社会学を包括する新たな視点のようです。「谷村学」の構築が楽しみです。

出発準備(9月22日)
 昨日2時間目に,ほとんどの参加者を集めて「臨地研修最終打ち合わせ」を行いました。「しおり」にそって日程,所持品,健康管理などについて説明しました。打ち合わせの時間は連絡事項そのものよりも,一堂に会することで連帯感を醸成するということの方により大きな意味があります。今日は神戸に出かけて,15人分全87区間の国際線航空券ならびにスイスのホテルのバウチャーを入手してきました。結構重いので持ち歩くのが大変です。

18年ぶり(9月19日)
 昼から附属小学校の運動会を見にいきました。実習生の様子も見たかったからです。グランドに出てびっくしりたのは保護者の姿が多いこと。そして終了後にその保護者が力をあわせてテントや椅子の片づけをしていることでした。中央テントには高橋学長,村田理事をはじめ,新旧の校長や市長も臨席しておられました。考えてみれば高校教師をやめた昭和61年の秋以来,18年ぶりに運動会をみたことになります。

「臨地研修のしおり」完成(9月18日)
 一昨日から作成にかかっていたのですが,校正も終えて本日完成しました。名簿や日程表などおなじみの内容ですが,太田先生がアイルランドついて詳しい説明を書いて下さったので,A4版で8頁になりました。「留守家族のみなさまへ」「会計報告」「ルーミングリスト」などの関連書類も完成。パリの市街地地図のカラーコピーも用意できました。これで21日の説明会資料は出そろいました。

出発前に(9月16日)
 28日から10日間留守にしますので,出発前に片づけておきたいさまざまな要件の処理にとりかかりました。一番やっかいなのは帰国翌日の8日にある「総合演習」のオリエンテーションとグループ配属作業の準備です。そのほかに,28日からの研修旅行そのものの準備(しおり作成や会計整理)も本格化しています。このほか人事その他の校務も同時進行です。結構忙しくなってきました。

附属小学校へ(9月14日)
 8時過ぎに小学校に出勤しました。1時間目は実習生の授業をあちこちのぞき回りました。全体に幼い感じです。2時間目は社会科の研究授業。坂田先生です。討論型ですがちょっと設定に無理がありました。3〜4時間目にゼミ生の家庭訪問をして小学校にもどり,お昼は給食をいただきました。5時間目も校内巡視。実習生のすさまじい授業も見せていただきました。まっ,仕方ないか! 4時半から6時半まで坂田授業の事後研。帰宅したのは8時前でした。

第1次稿(9月11日)
 今日は土曜日ですが,M2の修士論文第1次稿の1つが昨日添付ファイルで送られてきたので,その検討のために大学にやってきました。先週から今週にかけてこれで3人の検討が終了したことになります。進度の差はありますが,そろそろかたちになってきたかなという段階です。ついでに附属小学校から送られきた6月の校内研の際の講演テープ起こし原稿も見ました。偉い先生の氏名を間違えるなど,こっちはかなり完成度の低いものでしたので時間をかけて加筆して送り返しました。今週はこういう急な仕事がいくつか入った一週間でした。

またまた台風(9月8日)
 昨日は暴風雨。台風そのものは日本海を北上したのですが,風が相当吹きました。今日登校してみると百葉箱がころがっていましたが,昨年のようにデイゴが折れるというような被害はなかったようです。台風のおかげで延期になっていた研究科委員会が10時から開かれ,それに伴う入試事務が昼まで入りました。

茂木さんの新著(9月6日)
 地震に台風と賑やかな週明けです。茂木弘道さん=(株)世界出版代表取締役=が『文科省が英語を壊す』という新著(中公新書クラレ)を送って下さいました。夏の研究会でご一緒したとき,氏の前著の一部が本学の大学院入試に使われたという話などをしたのですが,その折りのお約束をきちんと守って新著を贈呈して下さいました。「語学の基本は暗記」と帯にあります。刺激的な内容が楽しみです。

一区切り(9月2日)
 研修旅行準備,10月に出来る予定のわが作品の著者校正,11月の学会の発表要旨作成という3つの仕事を同時進行でやってきましたが,旅行準備は今日全員の入金と書類作成が完了,校正原稿と発表要旨も発送完了しました。一区切りです。来週からはM2の修士論文第1次稿の検討会が始まります。

台風(8月30日)
 またまた台風です。しかも今回のは猛烈。附属小学校は今日が夏休み明けの初日でしたが早々から休校になりました。午後から入試関係の作業があったのですが,これは日程的に遅らせることのできない作業なので,とりあえず居合わせた人間だけで10時00分から開始し昼までになんとか終えることができました。午後はますます風雨が激しくなったので,学会配付資料の原稿をもって早めに帰宅しました。

愛知県にワープ(8月27日)
 愛知県社会科研究会の夏期研修会場と総合学習開発講座教員合同研究室をネットで結びました。5人の先生方の実践発表をまあまあきれいな画面で拝見したあと,私が総括コメントを行いました。会場の大きなスクリーンに自分の顔が(数秒おくれで)大写しになっているのをパソコン画面で横目に見ながらしゃべるというのは初めての面白い経験でした。10月の大会が楽しみです。

大学院入試(8月26日)
 朝7時50分集合というのはキツイですが役職上しかたがありません。昨日=1日目はとくに問題なくまあまあ無事に終わりました。18時40分家路に。今日は8時集合。一部のコースのみなので学内は閑散としています。研究室にちょっと戻って…という機会も増えました。本部づめと言っても実際の仕事は今日はほとんどないので,合間を見て学会発表準備を続けました。当日配布資料の構成まで進んできました。すごいペースです。